*3日目*
朝8時。母のいとこであるおじさんの住むディジョンへ行くためリヨン駅へ向かう。ホテルのそばで朝市が開かれ、チーズ、野菜、果物、日用品、となんでも売られてる。時間があればゆっくり見て周りたいのだが…。すぐそばのベーカリーで焼きたてのクロワッサン、ブロシェット、チョコデニッシュを買う。リヨン駅まではメトロで行く予定だったが、たけちゃんが歩いていきたいと言い出した。この人は本当に歩くのが好きらしい。放って置くとどこまででも歩いていきそうだ。TGVの時間が多少気になったが、途中までメトロで行き、乗り換えの場所でそのまま降りて歩くことにした。
外はまだ薄暗い。パリの冬の朝は日が昇るのが遅いようだ。白い息を吐きながらセーヌ川を見下ろし橋を渡る。リヨン駅で急いでチケットを買う。なんとか間に合ったようだ。駅の売店でまたジャンボンを発見。たったの 18フランだ。さっきあんなにたくさんパンを買ったではないか…。でもたまらなく食べたくなった。いいや、買っちゃえ〜!
ぎりぎりで列車に乗り込むとたくさんの人がすでに乗っている。指定の座席に腰を下ろすとゆっくりと列車が動き出した。皆、見慣れた景色なのか、眠ったり、本を読んだり、と外の景色に目を向ける人はいない。私たちはさきほどのパンをかじり、田舎ののどかな風景を眺めた。
ディジョンに到着したのは10時35分。おじさんの姿は見あたらない。しばらく待っていると、おじさんが急いで走ってきた。“まずはカフェにでも行きますか”とディジョン市内のカフェへ。私たちは外のテラスに席をとり、メインに面したそのカフェからあたりを見渡す。田舎らしい小じんまりとした町並み、石畳が敷き詰められた小道、古い教会…。街全体がかわいらしくって私はすっかり気に入ってしまった。おじさんは画家をしており、ここディジョンにもう25年も暮らしている。某有名私大を卒業後、高校教師をしながら趣味で絵を描いていたが、いきなり仕事を辞め渡仏。周りの反対を押し切って、海外で、しかも全く畑違いの分野に飛び込むのはよほどの勇気がいったにちがいない。現在は四季を通じて、ブルゴーニュ地方のワイン畑を描きつづけ、年に何度か日本で個展を開いている。また雑誌の翻訳をしたり、日本からワインの視察や買い付けに来る人たちの通訳をしたりもしている。遠い親戚で、あまり直接の面識がなかったので、お世話になるのは厚かましいかと思い、恐縮したが、おじさんは快くガイド役を引き受けてくれた。ディジョンの観光ガイドの仕事などもたまにやっているとのことで、観光案内は慣れているようだった。
お言葉に甘えて、私たちはさっそくおじさんに、市内を案内してもらう。週末でちょうど市場が開かれているということで、行ってみることに。すると、すごいすごい!!衣類、小物、フルーツ,野菜…いろんなものが所狭しとずら〜と並んでいる。よく見ると結構あやしいものが置いてあったりもするが、ここは東南アジアではなくフランス。探せば掘り出し物もたくさんありそうだ。行き交う人の群れ、生活のにおい…。市場大好き人間の私にはたまらない場所だ。
歩いて見ていると、かわいいグレーのウールの帽子とおそろいのショールを発見。1つ29フランと書いてある。モコモコしていかにもあったかそうだ。眺めていると店員にフランス語で話し掛けられたので、おじさんに通訳してもらうと、帽子とショール二つ買えば20フランにしてくれるという。二つで20フランというと3ドル?!(350円程)メキシコ並みの安さだ。
私は嬉しくなって、即購入。
建物の中の市場に入ってみるとワインの試飲をさせてくれるというので私たちもさっそくトライする。ワイン通のおじさんは、“冷えてないけど、まあまあいけるな”という。私たちはあまりワインに詳しくはないが、結構飲みやすい。ラベルには“ボジョレヌーボー・ビレッジ”と書いてある。ラベルに村の名前がついているワインは格が一つ上なのだとおじさんは言う。1本27フランと安かったので私たちはお土産に2本購入した。
メインストリートのりベルテ通りを歩きながら、かわいらしい小道、フォンジュ通りに入り、ノートルダム寺院の横を通る。そこにはフクロウの浮彫りがあり、左手でフクロウの心臓部を触ると幸福になれるという言い伝えがある、というので私たちもさっそくさわってみることに。こんなことしているのは観光客である、私たちぐらいのものだろうと思っていたのだが、見てみるとそこを行き交う人、皆がそのフクロウを触っていく。私はとても嬉しくなった。この街のシンボルであるフクロウは、ずっと皆に愛され続けているのだ。
教会の中を覗いて見ると、すばらしく立派なステンド・グラスに圧倒される。13世紀に建てられたというその教会。歴史の浅いアメリカの建築物とは比にならない、重圧感がある。その後、ブルゴーニュ大公殿へ。かつてブルゴーニュ地方の首都だったころに栄えた面影を残す、唯一の建物だ。あとはフランス革命ですべて壊されてしまったらしい。14世紀に建てられ、17世紀に改造されているとのこと。
その後、おじさんは自由行動をくれた。再び2時におじさんとカフェで会う約束をし、我々は街をブラブラしてみることに。メイン通りはほんの1キロほどだ。まず、デパートの地下の食料品売り場に入ると珍しい商品がいっぱいで目移りしてしまう。お土産を買ったり、またベイカリーに入り、ジャンボンを買ったり、ウィンドウショッピングを楽しんだりしているうちにあっという間に約束の時間に。すると、ポツリ、ポツリと雨が降り出した。さっきまであんなに青空が広がっていたのに…。楽しみにしていたワイン畑は見えるのだろうか?
ワイン畑
おじさんの車で郊外にあるワイン畑を案内してもらう。おじさんは画家としてこのワイン畑を描きにここを訪れるほか、通訳でワイン畑の地主との交渉や試飲にも定期的に来るらしいので、なじみの道のようだ。それにしてもすごい! なだらかな丘陵地帯に広大なワイン畑が広がっている。私達が見たかったのはまさにこれだ。ここでたくさんの有名なワインが作り出されているのだ。おじさんはワイン畑のど真ん中に車を停め、ワイン博士のごとく一つ一つ丁寧に説明してくれる。下に石灰が埋まっているところのぶどうから作られるワインが一番おいしいらしい。ぶどうの木から実をとって食べてみる。うん。ウマイ。
何キロも広がるブドウ畑を眺めながらボーヌの街へ。おじさんはボーヌ慈善病院へ案内してくれる。昔、貧しい人や病気で苦しむ人たちをシスターたちが看護してあげていたというこの建物。
一度見たら忘れられないほどインパクトの強い、幾何学模様のさまざまの色で形どられた屋根は、もともとベルギー産で、粘土でできているそうだ。内部には、当時の医療器具が展示されているが、麻酔の無かったこの時代に、どんな治療が施されていたのかと想像するだけで痛々しい。
ここの最大の見所は“最後の審判”の絵。神が一人一人、天国に行くか、地獄に行くか、天秤で比重をはかり判定している。とてもきめ細かなタッチで描かれたその絵をしばし鑑賞し感動にひたった。
楽しかったディジョンでの旅を終え、お礼の意味を込め、私たちはおじさんに夕食をご馳走することにした。“この辺にどこかおいしいところありますか?”ときくと、おじさんは意外にも“中華はいかがでしょう?”と言う。え?!フランスで中華?と一瞬驚いたが、私たちはディジョン駅のそばの中華料理レストランに入ることにした。時刻は6時。パリ行きの8時の列車までは充分余裕がある。でもさすがにフランス。中華もコース形式になっている。おじさんに訳してもらい、私は前菜に春雨入りホットスパイシースープ、メインにきのこときくらげの中華炒め、デザートに杏仁豆腐を頼んだ。たけちゃんは、前菜に豚肉を春巻きの皮で揚げてレタスと一著にたれにつけて食べるもの、とメインにチキンのカレー煮込み、デザートにやはり、杏仁豆腐を頼んだ。飲み物はもちろん、ワイン。(中華にワイン?!)
さてさてお味の程は…。おいしい〜!!! 店の雰囲気は古臭くって正直、あまり期待はしていなかったのだが、こんなにおいしい中華食べたのは初めてといっても過言ではないほどおいしいのだ。おじさんはここに何度もきているらしい。アメリカにあるようなアメリカ人好みに味付けが変えられているようないんちき中華ではなく、日本人好みの中華だ。
おなかいっぱいになり、大大大満足したところで、おじさんに、“日本にはもう戻られないんですか?”と尋ねると、“いや〜、もうずっとここにいるでしょうね”とおじさんは答えた。ワイン畑に囲まれたこの小さな街で、一生骨をうずめる覚悟のようだ。本当にここに住むことがカンファタブルであるという口調であった。日本の情報などもほとんど入らないこの街で、たった一人で生きているおじさんの力強さをひしひしと感じながら、おじさんに改めて、精一杯お礼を言ってディジョンをあとにパリへ戻った。
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