パリ篇


*一日目*

空港へ着いて入国審査を受けるつもりでいた私たちは、いつの間にか出口の方向へ出てきてしまって、“あれ?! 何で?” そう。EUでは一カ国に入国すれば、次の国からは入国審査の必要がないのだ。イミグレがそれだけ簡素化されて、流れがスムーズになるのはありがたいが、入国スタンプがもらえないのは残念…。

まずは、パリ市内へでるのに、バス代がかかるので、私たちは50ドル、空港で両替し、残りは率のいい、銀行で換える事にした。さて、バス乗り場を探す。空港からのルートは3つある。一つは、エールフランスのリムジン。二つ目は、ロッシーバス。そして三つ目はバスでロッシー駅まで行き、RER線の電車に乗り換える、というもの。私たちは、安宿の多いカルチェラタンに宿をとることをあらかじめ決めていたので、サンミッシェルノートルダム駅に止まるRERで行けば、降りてそのまま歩いてホテルへ行けると考え、三つ目のルートをとることにした。値段も一番安くなるはずであった。空港からちょっと離れたへんぴな場所にそのバス停はあり、日本人、というより、アジア人は我々だけらしい。バスでロッシー駅まで行き、RER線を待つこと20分。ようやく車内へ。

パリでのハプニング*その1

電車の中の人たちに目をむけると、皆とにかくおしゃれ。芸術の街、パリでは自然に色彩感覚などが養われ、ファッショナブルになるのかなと感心する。普段カジュアルで、外見などほとんど気にしないアメリカ人ばかり見慣れている私たちには、やはり衝撃的だった。電車は北駅へ到着。さすが、大きい駅だけに人の波だ。大勢の人がここで降りていく。すると、なんと電車は逆方向に戻り始めた。たけちゃんが、“あれ? 俺たちなんか戻ってない?” 私は“大丈夫。ちゃんと線に書いてあるんだから、間違いないって。もう少しで着くから。”とはいってみたものの、明らかに、電車はさっきとは別方向に動いている。さっきまで車窓から見えていたサクレクール寺院がどんどん遠のいているのだ。やっぱり、マズイ…。

私たちは仕方なく次の駅で降りる。駅員に尋ねると、指で上をさしている。あっちへ行けということなのか? 英語を話さないので、何を聞いてもわからない。結局、私たちはまた、キップ代を買う羽目になり、45フランも損してしまった。時間もお金もロスして、とんだ無駄足。予定では、1時から観光するはずがもうこの時点で時計は2時をまわっている。まだホテルにも着いていないのだ。こんなことなら乗り換えなどせず、バスでそのまま街に出てれば良かった…。それにしても、確かに地図の路線にのっているのにどうしてだろう…と思っていると、私たちと同じく間違ったと思われるアメリカ人のバックパッカーがやはりキョロキョロしながら人に尋ねている。彼はどうやら、シテ島に行きたかったらしい。他にも観光客らしい人が数人、電車を降りてキップを買っている。たけちゃんが、誰かがストライキと言っていたのを耳にしたらしい。これは、後になっての推測であるが、きっと車内でストライキのため、電車は先に行かないというアナウンスが流れ、皆北駅で降りた。が、フランス語であったため、理解をできなかった人だけが車内に残り、電車はそのまま逆戻りした…。もし、これが事実であれば、本当に迷惑な話だ。フランスではこういったストが多いらしいが、これだけ世界各国からの観光客を集めて、銭もうけしている国が、そういった事態に英語でのアナウンスをしないなんてあまりに不親切だ。結局、また北駅へ行き、駅のおねえさんが教えてくれた電車に乗り換え、目的地へようやく着いた。

地下からの階段を上ると、すぐそばにノートルダム寺院がそびえたち、眼下にはセーヌ川が流れていて、まるで絵葉書のような風景だ。でも、今は景色にひたっている場合ではない。一刻もはやくホテルを見つけ出さなければ、今日一日無駄になってしまう。ホテルの行き方は調べておいたのだが、これが思ったより難しい。看板、標識、当たり前だが、すべてフランス語だ。慣れないので、時間がかかる。地図を頼りにウロウロすること30分。ようやく、ホテルへ。一泊180フラン。ロケーションを考えると値段も部屋も悪くない。私たちはチェックインを済ませ、さっそく荷物をおいて、街にくりだした。

まずはシテ島で両替した後、ブラブラ散策。でもたけちゃん、おなかがすきすぎて、ちょっと機嫌が悪い。それもそのはず、オランダで朝食を食べて以来、何も口にしていないのだ。通りに生ハムとチーズをはさんだバゲット、ジャンボンが35フランで売られている。結構高いなあと思ったけど、たけちゃんはもう待てないといった感じ。でもこれが本当においしかった。さすがフランス、チーズがおいしく、バゲットもやわらかいのだ。私たちはフランスに滞在中、このジャンボンにはまってしまい、毎日食べた。(シテ島のは高かったけど、他のところでは20フランぐらいで買えた)私たちはそのジャンボンをほおばりながらパリの街をどこまでも歩きはじめた。セーヌ川沿いの歩道を歩いていると、橋からの眺めが本当に美しい。アムスではすぐに足が痛くなったが、ここでは歩いても歩いても、景色にあきることがなく、疲れや寒さを感じさせないのだ。気がつくと、私たちはもうルーブル美術館に来ていた。さすがに元宮殿。建物のゴージャスさもさることながら、あまりの広さにしばし目が点。やはり、一番人気はモナリザ。周りは人がうようよいた。カメラで絵の写真を撮っていいというのには驚いた。シカゴ美術館などでは、フラッシュなどの光が、絵の損傷を早めるため、写真撮影は禁止されている。こんなに世界でも類を見ないほどの、たくさんの有名な美術品が集められているこの美術館で、保存に影響はないのだろうか。さすがにヨーロッパ絵画は古い絵がたくさんある。昔の絵はやはり宗教画が多いのが特徴だ。14世紀〜15世紀の人たちの様子が絵を通してうかがわれ、興味深い。閉店15分前、最後にミロのビーナスを一目みようと下に降りるが、そこにはもうロープがはられ像のあるところにはもう行けないらしい。ここから正面の奥に小さくそのミロのビーナスが見えている。一人、どうしても近くに行って見たいというおじさんが、入れてくれと係りの人にお願いしていて、最初は駄目だと首を横にふっていたが、しまいには仕方がないという風に入れてあげていた。我々もどさくさにまぎれて、おじさんにならって…と一瞬頭をかすめたが、小心者の我々にそんな度胸は無い。仕方なくあきらめることにした。

もう外は日が暮れて真っ暗。うろうろ、ぐるぐるオペラ座周辺を歩いているうちにまた空腹がおそってきた。足もいたくなってきたし、パリもアムス並に寒い。どこかに入りたいなあと思っていると、ふとそこに、札幌ラーメンの文字が…。フランス料理のコースを食べる予定でいたのだが急きょ予定変更。値段も47フランと安い。私たちはさっそく中に入り、たけちゃんはラーメン定食、私はタン麺をオーダー。たけちゃんはさっそく先ほど手に入れたパリの日本人向けの無料新聞に目を通す。店内を見渡すと結構日本人のお客さんが入っている。私たちは涙がでるほどおいしいラーメンをすすりながら、パリにいながらにして、久しぶりに日本にいるような、なんとも不思議な感覚にとらわれた。今日を振り返ってみると、全然お金を遣っていない。とんだハプニングで交通費で思わぬ出費があったが、食費もフランス料理を食べる予定がラーメンになり、ルーブルも3時以降で半額になったので、トータルで予算より 130フラン浮いた計算になる。私たちはメトロで10枚綴りのキップカルネを買い、ひとまずホテルに戻ることにした。パリのメトロは慣れてしまえば簡単でとても便利だ。

私たちは、ホテルのそばのカルチェラタン周辺を歩いてみることにした。サンジェルマン通りを歩いていると、一軒のお惣菜屋さん発見。“日本食品コーナー”という文字が…。インド人と中国人の共同経営で、ざっと15種類ぐらいのおいしそうなお惣菜がならべられている。日本食はどこにあるのかと覗いて見ると、なるほど、冷凍のうどん、しょうゆ、インスタントラーメン、缶詰などがおいてある。私たちは今食べたばかりなので、フラン(プリン)を買ってみることにした。すると、店内に若い警察官二人が入ってきた。顔なじみらしく、店のオーナーとなにやら親しげに話している。たけちゃんが、その警察官たちにこの辺にタオルが売っているところがないかと尋ねてみる。すると“???”言葉が通じないらしい。もう一度ゆっくり、言ってみるとようやく理解してくれたらしく、シャンゼリゼ通りまでいかないとないという。(ほんまかいな?)実はたけちゃん、さきほど、我々が泊まるホテルにかかってあった干からびた雑巾のようなタオルを見て、ショックを受け、タオルを買うと言い出していたのだが、この国にはコンビニなるものがどうも存在しないらしい。さっきから探しているがこの時間に開いている店は一軒も見当たらない。でももちろん、今さらタオルを買うだけのためにシャンゼリゼまで戻れない。私たちは、とりあえず、持ち合わせのフェースタオルで我慢することにした。

その後、ソルボンヌ大学周辺へ。さすがに若者が多く、活気がある。私たちは、大学前のカフェに入ってみる。店内には、若いカップルや、学生でいっぱい。私たちもテーブルに腰をおろし、カフェを2つ注文する。ミニサイズのコーヒーカップに濃いエスプレッソが注がれている。これを日本酒のようにちびちび少しづつ飲まなければいけないのだろうが、二口ぐらいで一気に飲み干してしまった。



*二日目*

パリでのハプニング*その2

朝6時に目が覚める。シャワーを浴び、ドライヤーをかけたその瞬間…。停電?!いや、どうやらヒューズがとんでしまったらしい。洗面所、部屋の電気、どれもつかず真っ暗。これは非常事態だ。困ったな…。まだ何も身支度してないのに何も見えない…。オーナーのおじさんを呼びに行くが応答が無い。まだ来ていないらしい。すると近所のおじさんが通りがかりどうしたのかと尋ねられたので、事情を説明すると、ここのオーナーは毎朝買い物とランドリーに出かけるから、7時ごる戻ってくるとのことだった。私達が待機していると、あのおじさんの言った通り、7時にオーナーが“ボンジュール”といいながら戻ってきた。あまり、このオーナーも英語が通じないので、ジェスチャーつきで説明すると、片言の英語で“ノードライヤー。ノーシェーバー”と言っている。どうやらこのホテルでは電気製品は使うなと言っているらしい。使いたい時は、1階の洗面所で使えと。はやく言ってよ…。

無事身支度を済ませ、私たちはRERでベルサイユ宮殿へ。昨日お惣菜やさんで買ったフランを車内で食べながら行くこと30分。うわさ通り、巨大できらびやかな宮殿だ。鏡の間ではクリスタルのシャンデリアが飾られ贅沢この上ない。それにしても行きのRERの電車で日本人と誰にも会わず不思議に思っていたのだが、着いてみると、いるいる大量に。観光バスに乗って団体ツアーが4組。ざっとみただけで、100人はいそうだ。たけちゃんは観光客にまじって、ちゃっかりガイドの説明をきいている。昔勉強したフランス革命や、本で読んだマリーアントワネット、ナポレオンなどの当時の彼らの様子を想像しながら、宮殿に飾られた絵画や部屋の一つ一つを見て周った。外庭の果てしなく続く、敷地の広さにも改めて驚いてしまった。これじゃ、当時のフランス国民が怒るのも無理はあるまい…。

宮殿の近くのお店でまたジャンボンを買い、私たちはまた電車に持ち込み食べた。するとアコーディオン二人組みが登場。BGMもついてこれは結構と思いきや、ちゃっかり最後はコイン箱を持って乗客一人一人に回っている。あたりの人たちがどうするのかと観察していると、おもしろいことに、観光客のアメリカ人2組はきちんとコインを入れていたのに対し、フランス人4人は一人もいれなかった。アメリカ人は、こういう時、意外に律儀だ。私たちはどうしようか迷った末、アメリカ人に見習って2フランだけいれることにした。

次に、やはりお決まりということでエッフェル塔に登ることにした。が、すごい行列で、見た瞬間、帰りたくなってしまったほど。仕方なく、寒い中待って並ぶことに。近くには、黒人のお兄さんたちが、ポストカードや、くり、ぼうしなどを売って商売をしている。エレベーターが一つしかないのでなかなか前に進まない。周りにはアメリカからの観光客が目立ち、このくそ寒い中、くだらないジョークを飛ばして笑いあっている。寒すぎて、みんないっちゃってるらしい。

2時間待ってようやく上に昇れたときには、私は美しい景色を美しいとは思えぬ程、凍りついてしまっており、下に降りることだけを考えていた。たけちゃんはさらに最上階にトントンと上っていったが私はそんな心の余裕はなく、ヒーターを捜し求めていた。でも下に行くにもさらに待たなければならず、エレベーター待ちの行列なのだ。エッフェル塔の上は地上より風が冷たく、地獄のような寒さだ。極限状態に達した私たちは、エッフェル塔を出てすぐタクシーと拾うことにしたが、なかなかこない。仕方がないから、私たちは最後の力をふりしぼって、さらに、向いのシャヨ宮そばの電停まで歩いてみる。

ようやくメトロの中へ。メトロはあったかい。シャンゼリゼ通りのカフェに入るという目的をもったとたんまた力がわいてきた。メトロを降りるとテレビや映画でしかお目にかかれなかった凱旋門がたっており、シャンゼリゼ通りもクリスマスのイルミネーションで飾られ想像どおりの華やかな光景だ。さあ、目指すはカフェ! “♪オー、シャンゼリゼ〜”などという鼻歌まで飛び出し、足取りも軽快だ。さきほどの地獄のエッフェル塔がうそのようだ。途中、ルイヴィトン本店を発見。何も買う予定はなかったが、とりあえず入ってみようとしたその瞬間、“すみませ〜ん”と日本の20才ぐらいの女の子二人に声をかけられ、“グッチどこか、知ってますか〜?”と聞かれる。さすが日本人パワーはすごい。しかも、パリのヴィトンの前でグッチどこですか?っていうのがすごい。私は“イタリアに行けば?”とはもちろん答えなかったが、持っていた地球の歩き方を彼女たちに見せてあげた。店内は、私たちの期待を裏切ることなくいるいる、いるいる日本人。ざっと見ただけでも、お客さんの8割は日本人だ。本店だけあって、やはり、品物も安い。私も、余裕があれば買ってみたいが、バッグ一つの値段で私たちの宿に2週間滞在できることを考えると、あきらめざるを得ない。

そして、やっと目的地であった老舗のカフェ、“フーゲ”に入る。カフェが一杯30フランもしたがここはシャンゼリゼ通り。場所代と考えれば致し方ない。カフェを飲んで体が温まり、窓を眺めると、颯爽と歩くパリジャン、パリジェンヌたちが目に入る。

ディナーはシャンゼリゼ通りから一本はいったところにあるお店で、たけちゃんは鴨のペーストとステーキ、私はスズキのフライにデザートのフランを頼んだ。なんだかアメリカンスタイルで、味も雰囲気もいまひとつといった感じ。ほんとはエスカルゴや牛ヒレのブルゴーニュ煮込みなどが食べたかったのに残念。でもワインでほろ酔い加減になったところで、またコンコルド広場まで歩いてみることにした。それにしてもパリのタクシーは危ないことこの上ない。歩行者がいようといまいと全速力でカーブを曲がる。横断歩道のないところではこちらも命がけだ。コンコルドからの夜景は素晴らしいの一言に尽きる。ライトアップされたエッフェル塔、凱旋門、ルーブル、そしてシャンゼリゼが一望できるのだ。寒い中ここまで歩いて来た甲斐があったというものだ。 **** ディジョン篇につづく ****



*三日目*

ディジョンからパリに戻り、ホテルに着いたのが夜の11時。パリでの最後の夜にカフェに行こうということに。さきほど地下鉄を降りたとき、カフェが開いているのを確認していたのでそこへ直行。ホテルからは目と鼻の先だ。風は相変わらず冷たいが、見慣れたこの近所の風景は今となっては自分たちのテリトリー。妙に親近感がわく。カフェに入り、私は初めてフランス語でオーダーしてみる。するとなんと通じるではないか〜。学生時代にとったフランス語も無意味ではなかったらしい。(^^) 

二人で今回の旅を振り返り反省会。珍道中でハプニングもいろいろあったが、総合的に見るとなかなかの旅であった。というより、私たちは初めて足を踏み入れたこのヨーロッパにはまってしまい、すっかり舞い上がってしまった。たけちゃんなんか住んでみたいといいだす始末…。(冗談ではなさそうであるのがヤバい。)歴史の浅い近代的なアメリカとはケタが違う。すべてに歴史の重みが感じられ、厳か。人も気品がある。ディジョンも行くかどうかさんざん迷った末に、行くことにして本当に良かった。パリを一歩出れば、農業国フランスの本当の姿がそこにはあるということを車窓から確認できたし、田舎町の風景もなかなか風情があった。そして、なんといってもワイン畑。あの広大にどこまでも連なるワイン畑の風景は忘れられない。私たちは結局12時半まで反省会をし、最後そばに座っていたフランス人の青年に写真をとってもらいホテルに戻った。


*四日目*


我々は朝の7時にチェックアウトを済ませ、お世話になったホテルをあとにモンマルトルへ。ここが我々の最終目的地だ。メトロを二回乗り換え駅の階段を上ると…??? 何も見えない。私はなだらかな丘にサクレクール寺院がそびえ建っているというのを想像していたのだが、それらしき建物はない。一体どこにあるのだろう?とあたりをうろうろしていると、細い坂の小道のすきまからドームのてっぺんが見える。“この小道を行けばいいのかな?”と私が言うと、“いや、もう少し歩いたら大通りにでるはずだから、もうちょっと歩いてそこから上に登ろう”とたけちゃん。私たちはゴロゴロスーツケースを転がしてくてく歩く。しかし、行けども行けども大通りにぶつからない。それどころか、地図でみると遠ざかっているようだ。“北に行ってみよう”とまたゴロゴロ荷物を引きずりながら坂道を登る。重い荷物を持っての坂道はかなりこたえる。気がついてみると、私たちはサクレクール寺院の真東にあたるところまで歩いてきていた。残りのメトロチケットを使ってケーブルカーにのるはずだったのに…。見上げてみると果てしなく続く階段。しかもかなり急だ。この階段を一段一段、荷物を抱えていかなければならないなんて…。トホホ…。チキショー、たけの野郎…!!! と内心ちょっとむかつくが、たけちゃん任せにしていた私も悪いのだ。気を取り直して頑張ろう!最後に果たされた試練だ!と二人でオイショ、オイショ、とゆっくり一段ずつ登る。途中休憩しながらまるで登山のようだ。

ようやく丘を登ると、朝焼けの光が街全体をつつみパリがきれいに見渡せる。まだ朝早いせいか、観光客の姿もまばらだ。教会内を一周してみるとここでも大きなステンドグラスを見ることができた。神聖な場所なので皆静かにいすにすわっている。
その後私たちはテルトル広場へ。ここでは芸術家たちが集まり皆一様に絵を描いている。私たちはオランダでの残金をすべてフランに両替し、カフェに入ることにした。テルトル広場の周りにはいくつものカフェが並んでいたが、私たちはお金をあまり持ち合わせていなかったので客引きのお兄さんに値段を確かめ店に入る。カフェが12フラン。ジャンボンが20フラン。ロケーションを考えると悪くない。カフェの外にもヒーターがあるので寒くない。私たちは外に座り、パリでの最後の朝食をとりながらそこからの風景と広場に行き交う人たちを眺めた。するとどんどん人が増え、この狭い敷地内にすごい賑わいを見せている。器用に切り絵をする人、サクレクール寺院を描いている人、カフェの絵だけを描いている人、似顔絵を描きつづけている人…。こうしてみているだけでも、実に多くのスタイルがあり、それぞれの絵に個性がありユニークだ。芸術の都、パリならではの風景。たけちゃんはすっかりここが気に入ってしまったらしい。

最後に再びコンコルド広場へ。昼間のここからの景色は二日前にみた夜景とはまた違った表情を見せている。シャンゼリゼ通りの奥にそびえる凱旋門、遠くにかすんで見えるエッフェル塔をしっかり目に焼き付け、帰りの空港行きのバスに乗り込むため、オペラ座方面に歩き出す。途中マドレーヌ寺院を横目にみながらオペラ座を見てみようと立ち寄ってみるとなんと工事中。建物のほとんどが見えない状態。残念…。

バスに乗ること40分。空港に到着。チェックインを済ませ、時計を見ると搭乗時間までまだまだ余裕がある。もうこれで一安心だ。残金を見てみると78フランある。免税店でお土産用のマスタードとたけちゃんのタバコを買う。すると残りは24フラン。空港内のカフェで値段を見てみると1つ12フラン。ちゃんと二つ買えるではないか。私たちは残りのコインをゴソゴソかき集めて黒人のお姉ちゃんに白い目で睨まれながら、カフェを2つ注文する。私たちはパリでの最後のカフェを味わいながらゆっくりのんびりくつろいでいた。さあ、もうそろそろゲートに行こうか、とその瞬間、“ムッシュXXXX、ムッシュXXXX”と私たちの名前がアナウンスされているではないか。これはヤバイ。私たちはダッシュで走る。これが、思いのほかゲートまで遠くて何度もアナウンスが繰り返される。やっとのことでゲートに着くとスチュワーデスが何人も並んで私たちに“はやく、はやく!”とせきたてる。パスポートと搭乗券を見せるように言われるが無い。突然のことで用意していなかったので私はパニクっていていた。焦りながら急いでバッグを全部ひっくり返して探すと、“あった!”スチュワーデスの人も苦笑する。 何はともあれ乗れたからよかったものの、やはり国際線をなめてはいけないと痛感した。私達が最後の搭乗客で我々のせいで30分も飛行機の離陸が送れてしまったらしい。カフェなどでくつろいでいる場合ではなかったのである。 珍道中の旅はまたつづく…。



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