ボランティア
ボランティア
私はかねてからボランティアをしてみたいという夢があった。でもそれは漠然とした思いであり、ボランティアと一口に言ってもどこでどんな形で参加できるのかという具体的なことはわからず、自分でどのように行動を開始すればよいのかなど、知る余地もなかったし、正直言ってそこまでの意気込みや勇気はなかった。ある日図書館の掲示板で、近くの地域のボランティアについての張り紙を目にした。どんな人でも参加できるということ。私が捜し求めていたのはこれかもしれない…と思い、さっそくボランティアセンターに電話をかけてみることにした。ボランティアの仕事の種類は、事務、掃除、地域のイベント、お年寄りの食事の配達、など10種類ぐらいあった。中でも、私は精神病患者のお手伝いというのに何かしらひかれた。何故かと問われれば、私自身もよくわからないし、その分野における知識も全く無い。ただ、なんとなく、人と接する場が多く、遣り甲斐のあるもののように思えたのだ。でも私に何ができるだろうか? 役にたてるものがあるのだろうか? 自信はなかったが、とにかく勇気をふりしぼってアポをとった。
ゲーリーというカウンセラーの人との簡単な面接があり、週に一度、4〜6時間やってほしいとのこと。よく、ボランティアをしたいといってくる人に、履歴書や内申書の欄に書きたいからと言ってくる学生とか、リタイアしてひまを持て余しているお年よりなどが多いらしい。私みたいななんの理由もない、ただやってみたいという人間は、とても珍しいとのことだった。まして私は英語を母国語としない日本人である。物好きな、変わり者が来たと思われたのかもしれない......
翌週から、さっそく私はその精神病患者さんがカウンセリングを受ける施設に通い始めた。午前中はアートセラピー。各々、絵を描くことによって、今の精神状態がわかるということで、皆、一様に紙と色鉛筆、または絵の具を手に握り黙々と描いていく。自画像を描く人、無人島を描く人、銀行、鳥、外国、たくさんの円、実にさまざまな絵を目にした。でもよく見ると全員が全員、筆を握っているわけではない。中には、別室でビリヤードをしたり、他の人と雑談をしたり、ただぼんやり座っている人もいる。強制的にではなく、やりたい人だけやる、ということらしい。私も紙と色えんぴつを渡され、描いてみることに。あまりに突然で私も何をかいてよいのやら、わからなかったが、私は日本にいる自分の家族と家の絵を描いてみた。一緒に描く事によって、一体感というか共に何かをやるという行為自体、意味のあるもののように思えた。 私は、精神病患者というと、普通の人と違うと見た目でわかるような、偏見というかイメージを持っていたのだが、こうして見てみると、皆普通の人と変わらない。
次に、30分の精神を落ち着かせるための体操。ヨガみたいなものだ。各々がどこかをイメージしながら、例えば海辺で寝そべっている自分とか、大空で星を眺めながら横たわっている自分とかを想像しながら、身体を動かす。そうすることによって、瞑想しながら、精神をリラックスさせ、その後各自、感情がどう変化したかをディスカッションするのだ。
お昼は、皆、持参してきたランチを食べる。私も前日の夕飯の残り物をタッパーに入れて毎回持っていった。箸をつかって食べる私を皆、一様興味深げに眺める。初日は、大半のひとは黙ってみているだけで、警戒していたのか私に話しかけることはしなかった。私はごはんを食べながら、そこのカウンセラーやスタッフの人に質問したり、患者さんにできるだけ積極的に話し掛けてみたりしているうちに、皆、徐々に私の名前も覚えてくれて打ち解けてくれた。でも中には、私の存在を煙たがったり、冷たくあしらう患者さんもいて、とてもショックを受けたこともあった。実際に、“あなたに、何ができるの?”とか“あなたには関係ないでしょ!”なんて厳しく怒鳴られたこともあって、やはり、私のようなアマチュアな人間はここには必要ないのではないか、私なんかここにいる資格はないのではないか…などと一時悲観的に考え落ち込んだりした。でもある日、カウンセラーの人から、彼らに悪気はない、病気なのだから…と慰められ、さらに“あなたがいるだけで雰囲気もみんなの様子も違う。それはあなたが日本人だから、アメリカ人ではないから逆にそれが、彼らにいい空気をもたらしているんでしょう。あなたにしかできない、あなたしか持っていない空気よ。だから、無理に助けようと思わないでいい。もっと楽に考えて…”と言われ、私もほんとに救われた思いで頑張ってみようという気になった。
ランチのあとの日課はお散歩。私ともう一人の、ボランティアのブライアン(元エンジニアで10年前リタイアしたおじいさん)が患者さんを連れて施設の周りを一周する。外で気持ちの良い空気を吸いながら、木々や草花を眺め歩いていると、なんだか気持ちも大きく、開放的になるのか、クライアントはよく私に話し掛けてきてくれた。恋人相談、兄弟の話、両親の話、将来の話など、誰にもいえない話などを、私にしてくれたりした。私はこの時間が一番好きだった。私はプロのカウンセラーではないので、よいアドバイスこそできなかったが、聞いてくれる人がいるだけで、彼らは満足していたようだった。私は彼らのカウンセラーには彼らが悩んでいることを打ち明け、プロの目で診断して、彼らにアドバイスしてくれるようにお願いした。
午後は、グループセッション。いくつかのグループに分かれて、カウンセリングする。患者さんの病状は皆違い、同じ動作を繰り返し行う人、自分の世界に入り込んで人の話が全く聞こえない人、幼児期の虐待で過去のトラウマで今も苦しんでいる人、多重人格、強迫観念、対人恐怖症、うつ病など、さまざまだった。もちろん、みなメディケーション(薬による治療)も受けており、薬である程度は精神を安定されるらしいが、彼らの心の傷は我々が想像を絶するぐらいかなり深い。私は、映画やテレビでは見たことがあっても、実際に直接患者さんの口からさまざまなかなり残酷ともいえるトラウマや悩みを聞いたことがなかったので、最初はそれがとてもリアルで、私自身かなりのショックを受けた。過去の虐待のシーンがぬぐい去ることができず、30年も40年もたった今も、なおそれに苦しみつづけている人、体中傷だらけで精神的にも肉体的にもズタズタに傷ついている人…。話を聞きながら、私も時折こぼれそうになる涙を必死で抑えた。
精神病を治すのには、その病状にもよるし、個人差もあるが、だいたいにおいて時間がかかる。カウンセラーによると、治る人もいれば、治る見込みの無い人もいるらしい。でも治る見込みの無い人でも最悪の状態から救ってあげられること、例えば自殺することからまぬがれるようにすることなどはできるという。
さすがに精神的にダメージを受けているだけあり、みな何かにすがりたい気持ちが強いらしく、その対象が、お酒であったり、たばこであったり、食べ物であったり、ドラッグであったりする。その中毒から抜けられない患者さんも多いのでそのためのグループセッションもあるぐらいだ。休み時間になると大半の人が外にたばこを吸いに行き、暇さえあれば食べている人も多い。 ちなみに、そこの患者さんの役3分の1が肥満の人であった。
ボランティア、イコール、人助けといとも簡単に考えていたが、実際はそんなにあまいものではない。人を助ける、というのは想像以上に、難しいことだった。約一年間のこのボランティアの経験は、私にとって本当に貴重で意味のあるものだったように思う。ちょっとした勇気がこんなにも自分の人生観を変えるなんて思いもしなかった。一番大切なことは、ボランティアだからといって、人を助けてあげようとかいう恩着せがましい言動や、偽善者ぶった優越した態度などをとってはいけないんだということ。同じ人間として、同じ視点から向き合ってあげることが大切なんだと痛感した。つまり“患者さん”としてではなく“お友達”“一個人の人間”として人間らしく接してあげることが大切なんだということである。心の傷を背負いながらも、しっかりと前をむいて生きようと懸命に努力している彼らに、果たして私みたいな人間に何ができたかといえば、ほとんどなんの役にもたっていなかったかもしれない。実際、こちらの方が学ぶべきところが多かった。しかし、人と人との信頼関係を築く上で、大切なこととは何か、人と接する上で、必要なことは何か、という簡単そうで彼らにとってはとても難しい作業を解くきっかけをつくってあげられたのではないかと私は思っている。
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