妊娠日記

2002.4.19
いよいよ退院の日。父と母が迎えに来てくれた。すぐにでも退院したかったんだけど母の仕事がお昼までだったのでお昼の授乳が終わってすぐに退院することにした。タクシーに乗って実家へ。実家につくと今まで寝てたのに目をあけてなんだか嬉しそうにしていたので写真を何枚も撮ってしまった( ̄▽ ̄;A父と母も初孫でとっても嬉しいのかじ〜っと見ていたので私はその間ゆっくり寝かせてもらった…。

2002.4.18
朝、看護婦さんがとなりの人に「昨日はゆっくり寝れましたか?」との質問にとなりの人は「授乳に行かれる方がうるさくって寝れませんでした」って答えていた( ̄□ ̄;)先生にも同じことを聞かれて「全然寝れませんでした」って答えていた…。私ははじめてのお産で帝王切開ってこともあって先生には10日間ほど入院するように言われてたので20日ごろに退院するつもりだったんだけどとなりの人の話してるのを聞いて1日でも早く退院しようと思い先生に退院の日を明日に変更してもらった。仲良くなった人もみんな退院してしまったし3時間ごとの授乳も辛かったし(無理に赤ちゃんを起こすのが辛かった…)なによりもとなりの人に気をつかって夜中寝れないのが辛かったから…。

2002.4.17
手術後はじめてのシャワー。傷がしみるんじゃ〜ないかと思ってガーゼをつけたまま頭と体を洗った…。結局お湯でガーゼを止めていたテープがはがれてしまったので勇気をだして全部めくってみた。傷口をそ〜っと覗いて見たら想像してたのよりはきれかった。傷口はもっと上の方を切ってると思ってたんだけどかなり下の方だった。シャワーが終わってからもう一度消毒をしてもらいに処置室へ…。消毒も全然しみなかった(*^-^*)

明日、帝王切開の手術をする人がとなりのベットに入院してきた。私は夜中の授乳でとなりの人が起きたらかわいそうだと思って看護婦さんが起こしにくる前に起きないとって思ってほとんど寝れなかった( ̄▽ ̄;Aとっても気をつかって歩くのもそ〜っとしてたんだけど授乳で他の人が廊下を通るたびに話をしたりしながら通ってたのでとなりのベットの人は寝れなかったみたいでゴロゴロしていた。

2002.4.16
いよいよ抜糸。ドキドキしながら診察室へ
見えないだけに怖かった。何箇所かチクチクと痛みはあったけど我慢できる痛みで終了。その後の消毒が傷にしみて痛かった(T-T)

抜糸するまでは普通に歩いていたのに抜糸をした後、傷口が開くんじゃ〜ないかと不安になって歩くのが怖くなってしまった。

2002.4.15
水分をしっかり摂ること昼間トイレに行きたい感じが無くても3〜4時間おきにトイレに行くように言われる

授乳は赤ちゃんとのタイミングがあわなくって赤ちゃんは寝てばかり…
足を触ったりして起こしてみるけど全然起きない。看護婦さんに無理矢理つねられて号泣…そして授乳。おっぱいはもともとあんまりでないのに号泣してるもんだから上手に吸えなくってよけいに泣いてしまう(T-T)そこまでしておっぱいをあげないといけないのだろうか??総合病院だから時間が決まってるのかな??他の病院でも寝てる赤ちゃんを時間だからと言って無理に起こして飲ましてるんだろうか…赤ちゃんが飲みたいときに
飲ませてあげたい…次の子は個人病院で産んだ方がいいのかな??でも帝王切開だから総合病院の方がいいのかな??もしまた産まれてすぐに熱とか出たらって考えるとやっぱりこの病院で世話になる方がいいのかな…寝不足なのにそんなことばっかり気になって全然寝れなかった。このころからいろいろ考えだしてひとりで泣いてばかりいた

採血・尿検査・体重測定・飲み薬(抗生物質と子宮収縮)を飲み始める

2002.4.14
今日からは夜中でも授乳室で授乳をすることに…。夜中は看護婦さんが起こしに来てくれる( ̄▽ ̄;A 3時間って言っても朝〜お昼は沐浴指導・育児指導とか面会とかあって全然寝れないし夜は夜で時間よりも早く看護婦さんが起こしに来てくれるので退院までフラフラになりながら授乳をしていた。

ガスがでたかどうかの確認が何度もあり出なければ浣腸することに…。
今日も点滴は朝と夕方のみ。粥からご飯になりました(o^-^o)

2002.4.13  
朝、看護婦さんが来た時に「赤ちゃん新生児室から出れるみたいですよ!」と教えてもらった。「えっ?本当ですか??」って聞いたら「はい。でも間違ってたら困るのでもう一度確認しときますね(*^-^*)」って言って違う病室に行ってしまった

お昼頃、看護婦さんがやって来て「やっぱり出れるみたいです。よかったですね(*^-^*)」って言ってくれた。尿の管も抜いてもらえるのでこれで面会時間に覗きに行ける♪って思ってたら違う看護婦さんが病室に突然赤ちゃんを連れて来てくれた。「はい」って渡されて看護婦さんはどっかに行ってしまった。「はいって言われても…今は寝てるからいいけど泣いたらどうしたらいいの〜(T∇T)赤ちゃん育てたことないのに…抱き方すらしらないのに…」すぐに看護婦さんが戻って来てくれたからよかったけど。「今日から授乳しましょうね。次の授乳から来て下さいね」って言われこの日から3時間ごとの地獄の授乳がはじまった(T∇T)


授乳室に入ってから授乳の説明もなくただビデオを見ながらおっぱいマッサージをして授乳するように言われた。授乳の前にオムツの交換なんだけど紙オムツって言ってもやったことないし寝てる赤ちゃんをどうやって抱っこしたらいいのか分からない…オロオロしているとさっきの看護婦さんが「お母さん!何してるの??赤ちゃん泣いてるでしょ!!早くしなさい!!」って怒られてしまった。早くって言われても赤ちゃんがいっぱいいて看護婦さんも忙しいのか抱き方や授乳の流れやオムツの交換の仕方オムツがどこにあるのかすら教えてくれなかった…まわりのお母さんの姿を見てやっていくしかなかった。「なんなの??はじめての赤ちゃんなのにこの病院は抱き方とか何も教えてくれないの??(T^T)次はここで生みたくない…」わけが分からないままはじめての授乳は終了してしまった。2回目3回目になっても誰も何も教えてくれなかった。今日は夜中〜早朝の授乳はまだ術後すぐだったので看護婦さんがミルクをあげてくれた

あとで分かったんだけど普通分娩の人にはちゃんと赤ちゃんの抱き方とか教えてたようです
私の場合、帝王切開だったからなのか…授乳のスタートした時間帯が悪かったのかそれとも看護婦さんがいじわるな人だったからなのか…結局何も教えてもらえなくって違う日に他の人が教えてもらってるのをこっそり聞いて覚えていった(-_-#)

同じ日に手術した人は3人目で前回も同じ病院だったので教えてもらわなくてもてきぱきやってました(T∇T)

食事は全粥食になりました点滴は朝と夕方のみ

2002.4.12  
早朝、看護婦さんが点滴・おろの交換で来てくれた。
その時に「赤ちゃん熱まだ下がってないんです。なんか白血球の数値も高いみたいで…」と言われて「白血病なんですか??」と聞いてしまった。看護婦さんは困った顔をして「詳しいことは小児科の先生が説明にくるんで聞いてくださいね」って言われた。

夕方になって小児科の先生が赤ちゃんについて説明に来てくれた。
「熱があるんですね。38度こえてるんです…それに白血球の数値が普通に比べて倍以上なんです。原因を調べてるんだけどまだ分かりません。出産の時に頭に傷がつくことがあるんで超音波したんですけど問題ないんですね。考えられるとしたら…出産が赤ちゃんにはストレスだったのかもしれませんそれで熱がでてるのかも。熱と白血球の数値だけなんです今は特になんの治療もしてません様子を見るということで1週間ほど入院することになりますんで」ということだった。自分の頭の中で「なんでうちの子が??どうしたらいいの??逆子やったから手術の時に頭押されたのがストレスになったの??」といろいろ考えていた。

赤ちゃんに会いたい…でも会えない。1人では動けない…たった一枚の赤ちゃんの写真を穴があくほど見ていた(T^T)本当はまだまだ動けないんだけど夕方になってどうしても赤ちゃんの姿が見たかったので看護婦さんに「赤ちゃん見に行きたいんですけど…ダメですか??」と聞いてみた。「そうやんね〜!見たいよね…う〜ん、そしたら車椅子持ってくるから待っててね」と言ってくれた。面会時間になって看護婦さんが車椅子を持って来てくれた。私は他の人と一緒に窓から覗くだけだと思ってたんだけど母親なので未熟児センターの中まで連れて行ってくれた。エプロンをして面会に来てる人がたくさんいたんだけど尿の管をぶらさげたまま( ̄▽ ̄;A恥ずかしかったけど赤ちゃんに会えるのならこんなのなんてことないわ…

赤ちゃんを抱っこすることができた。首の座っていない赤ちゃんを抱くなってはじめてでどうやって抱いたらいいのか…とても緊張した。両親にも見えるようにと窓のところまで私と赤ちゃんを連れて行ってくれた。これには両親も喜んでました。ちょうどミルクの時間だったみたいで哺乳瓶を渡されたんだけど熟睡してて飲んでくれなかったので看護婦さんにおまかせしました。。。


私のからだの方は…手術前からできるだけ体を動かして下さいと言われていた。足はまだ自分では動かせる状態ではなかったんだけどベットのさくを持って上半身を必死で動かした。看護婦さんに最初は手伝ってもらってたんだけど横向きにされたままなかなか戻って来てくれないので自分で必死に動かした。夕方になって辛いけどなんとか自分1人でも向きをかえれるようになった。食事はお昼頃から水分をとって夕方から5分粥を食べれるようになった

2002.4.11  手術後
手術の後、病室に戻ったら両親とのんがいたけど何を話したか全然覚えていない。

3時頃になって看護婦さんが生まれてすぐの赤ちゃんの写真を持って来てくれたその時に
「後で赤ちゃん連れて来ますね〜(*^-^*)」って言ってくれた。
本当なら翌日まで会えないはずなのにとても嬉しかった♪ところが…4時になっても連れてきてくれない。両親も新生児室の面会時間が終わったからと言って帰ってしまった(T∇T)
のんは5時ぐらいまでいたんだけどまだ赤ちゃんは連れてきてくれないし雨が降りそうなので帰ってしまった。1人になっても赤ちゃんは連れてきてくれないし赤ちゃんの写真を取って見たくても1人では動けないし…諦めて寝ようとした時にのんの両親とお兄さんがお見舞いに来てくれた。「赤ちゃんなんか熱がでてるらしいね」てお母さんが聞いてきた。「えっ??そうなんですか??( ̄□ ̄;)」「そうらしいよ。今日は面会できないみたいやから帰るわね」と言ってほんの少しだけ話して帰ってしまった。

夜になってやっと看護婦さんが「赤ちゃん熱がでててね。連れてこれないの…なんで熱がでたのか今調べてるところで…」と言われた。とっても悲しかった。抱っこできると思ってたのに…。それなら病室に連れてくるなんて言わないでほしかった。。。(T^T)
前日に帝王切開した人が痛い痛いって言ってたんだけど私には全然痛くなかった。本当は痛かったのかもしれないけど痛みよりも赤ちゃんのことが心配で心配で…それどころではなかった


夜中何度も看護婦さんが点滴のチェックおろの交換に来てくれた

2002.4.11  手術
手術当日。本当は午前中に手術予定だったんだけど午後から手術予定だった人が夜に破水してしまったらしく手術は午後に変更になってしまった。私のタイプは嫌なことは早く終わらせたいタイプで早朝看護婦さんに午後になると聞いた時は仕方のないことだけどとてもショックだった(T∇T)

7時頃に浣腸。診察。9時半から点滴(点滴は翌朝まで)。手術室に行く直前に麻酔がかかりやすくするために肩に筋肉注射。病室で手術着に着替えそのまま手術室へ…。最初に麻酔をするんだけど失敗してるのかなんなのか3本打ちますと聞いてたんだけど3回以上打たれたような気が(T^T)麻酔の先生に「背中だから見えないから怖いと思うけどビクッって動くとやりにくいので動かないでね〜」って言われたけど我慢しようと思っても何度か動いてしまったそれにしびれるような感覚があって怖かった。

麻酔を打ち終わって麻酔の先生が私の足をさわって「足触ってるの分かりますか〜?」って聞いてきたけど全然分からなかった。「正座をした時みたいにしびれてるんですけど…」「そうですそうです麻酔効いてますね〜じゃはじめましょうね」麻酔の先生は緊張しないようにと思っていろいろ話かけてきてくれたんだけど返事をするのがとても辛かった。途中でとても息苦しくなってきた。麻酔の先生が言うには「みんなそういいますね。でもお母さんちゃんと息できてますよ〜!赤ちゃんにもちゃんと届いてますからね〜!でもしんどかったらマスクしましょうかね」と言われほんの少しの間酸素マスクをしてもらった。

麻酔が効いてきたのか眠たいというのかどうなのか意識はあるんだけどなんか目をあけてるのがとても辛くなってきて「すみません。目をつぶっててもいいですか??」って聞いたら「いいですよ〜赤ちゃん出てきたら教えてあげますからね(*^-^*)」と言ってくれたので目をつぶっていた。遠くの方で「お母さん女の子やわ〜」と言う声が聞こえてきたが目を開けることはできなかった。

体をゆすられてるような感覚があって赤ちゃんが誕生した。
出てきてすぐには泣かなかったみたいだけどちょっとしてから泣き声が聞こえてきた。処置をしてからほんの少し赤ちゃんを見せてくれたちっちゃな指を触ってみた。泣きじゃくってたけどどう見ても私にそっくりだった( ̄▽ ̄;A
赤ちゃんが新生児室につれて行かれた後は安心したのかとても眠たくなってきた。眠たいけど病室に戻るのにいろいろと体を持ち上げてもらったりして寝れる状態ではなかった(T∇T)

2002.4.10 38w4d 血圧132/77・134/81
朝一番で病院へこの日も一応、超音波でチェック。やはりもどっていない…。病室につれていかれ少し休んでから処置室でお腹の毛剃り。その後すぐにシャワーをあびる。NSTをして食事は夕食まで水分は21時まで寝る前に下剤と睡眠薬を飲んこの日はおわり。

2002.4.9 38w3d 子宮底長34cm 血圧135/86・129/80 浮腫− 尿蛋白±20 尿糖−
この日も逆子がなおってないか超音波でチェック。もちろんなおっていない…いよいよ明日入院するため入院の説明を看護師さんから聞いて帰る。

2002.4.2 37w3d 子宮底長32cm 血圧136/87・130/76 浮腫− 尿蛋白±10 尿糖−
4月に入って今まで診察してくれてたI先生のかわりに新しく入ってきたY先生(女医)が私の担当医に。この日も逆子がなおってないか超音波でチェック。超音波をしながら「外回転したんやね〜!でもあかんかってんね…」子宮を押しながら「う〜ん、いけそうやのにな」って言われた。でも私の中で『もう二度と外回転はしたくない(T^T)』って思ってたから先生の言葉が聞こえなかったふりをした。

2002.3.28 36w5d
朝1番でNST。朝食の後で内診。「う〜ん5cmほどひらいてるかな…もし陣痛がはじまったり破水したらすぐ連絡してね」と若いI先生。『えっ?5cmもひらいてるの??11日まで大丈夫かな??』と思いながらその後、手術の準備ということでレントゲンと心電図をとって手術中どれぐらいで血が止まるか確認するために耳に傷を作って何分で血が止まるかチェックしてその後すぐに退院した。

2001.3.27 36w4d
朝1番で外来で逆子がなおってないか超音波。やはりもどってなくってそのまま1日入院。ベットがたらなかった為、陣痛室のベットでNST(ノンストレステストおなかの張りと赤ちゃんの心音・胎動を観察)を約1時間。外回転をして子宮が収縮しないように点滴を。先生の都合で外回転術は夕方4時ぐらいからスタート。ベットの上では無理だからってことで分娩室の中へ…。N先生と若いI先生、助産婦さんが1人。この時私の担当医ははじめて会ったこの若いI先生になっていた。『なんか私とあんまり年かわらないようやけど本当に大丈夫なん??』と思いながらいよいよ外回転がはじまった。まずは超音波をしながら赤ちゃんの位置を確認。その後が地獄だった(T-T)若いI先生が上の方をN先生が子宮をぐに〜って押しまくる。回転しないもんだから何度も何度も力いっぱい押しまくる(T^T)男の先生が二人額に汗を流しながら必死に押しまくる(T-T)私は肉がひきちぎられてるみたいですごく痛かった声もでないぐらい痛かったそれでも赤ちゃんは動かないのでN先生が赤ちゃんの頭の辺をぶるぶると振動をあたえてみながら子宮をぐ〜っと押してみたそれでも動かない…、ぐ〜っとこらえてたのに若いI先生は…「あれっ?お母さん痛くないの??」だって。あまりにもアホな質問に「痛いですよ〜(笑)」笑いが止まらなかった。N先生が「痛いわな〜!我慢してるだけやのにな〜!!」と。若いI先生が「僕って力ないんですかね?」と言い出した。『おいおい本当に大丈夫なのか( ̄□ ̄;)』何分ぐらいやってたんだろうかおなかも真っ赤先生達も疲れきっててN先生が「もうちょっとやねんけどな…ちょっと休憩しよう、お母さんもしんどいやろ一時間休憩しようか」ということで少し休憩。またNSTをつけて一時間その間も分娩室の中。みんなどっかに行ってひとりぼっち。おなかはヒリヒリするし最悪(T^T)一時間たってまた再開。超音波で何度も何度も確認しながらおなかをぐいぐい子宮を押しながらもず〜っとぐいぐい痛いけど声もでない…。N先生が「あかんなぁ。お母さんあかんわ。ごめんな〜もうやめとこか」その言葉を待ってました!「もういいです(T-T)」って言いかけたその時、別の助産婦さん登場!!「どうですか?」って聞かれN先生が「あかんな〜」と。「内診やってみた?」と助産婦さん。「やってみよか」とN先生。すっかり終わったと思ってたら「もうちょっと頑張ろか〜!内診しながら回すからね〜」とN先生『えっ???( ̄□ ̄;)』その私の顔を見て若いI先生「もう終わりやと思ってたのにな〜」そして今度は内診をしながら…痛い…痛い…痛いってばぁ(T^T)「やっぱあかんか…赤ちゃんのお尻下がってきてるわ。もうほんまにやめとこ」とN先生。『だからもういいですってば…』

「お母さんどうする?お産どうするか決めた?」って聞かれて「帝王切開でいいです」と答えた。「そうやなぁ、そしたら…11日にしようか」と。その日赤ちゃんの誕生日が決まってしまった。予定日は20日のんの誕生日が18日のんは何がなんでも18日に!って言ってたのにな…。18日だと陣痛がくる可能性が高くなるので1週間早く手術することに。家族の人に来てもらうようにって言われてたんだけど、のんは仕事が忙しいと言ってこんな日でも仕事休んでくれなかった。それどころか病院にも来てくれなかった(T^T)仕方ないからお産になった時のことを考えて実家の両親にお願いして来てもらってたけどもしお産になってたらどうするつもりだったんだろう…???夜もう一度NSTをしてこの日は終わった。

2001.3.26 36w3d 子宮底長32cm 血圧136/87・130/76 浮腫− 尿蛋白− 尿糖−
内診・児心音聴取・胎動検査
やはりI先生はいなかった。診察をしてくれたのは初診の時のN先生。『えっ?いやや…』って思ったけど今回は普通だった。超音波をしながら「逆子なおってないわ。どうする?普通分娩してみて無理やったら帝王切開するか外回転してみてなおったら普通分娩するか外回転せんと帝王切開するかどれがいい?」って聞かれた。外回転でもどる確率は60%あるって聞いて「外回転してみます」って言ったら「じゃ〜いつにしようかな…もう日にちもないし…う〜ん。明日にしよっか?」「えっ?明日ですか?」心の準備ができてないのに翌日に決まってしまった(T^T)「もしかしたら赤ちゃんが嫌がってお産になる可能性もあるから家族の人に来てもらうようにね」『そんな…お産はまだまだだって思ってたのに…』この時の赤ちゃんの体重は2500gぐらいだった。先生が言うには逆子の子はこれぐらいが標準らしい。話が終わった後、先生がいきなり何も言わずに子宮をぐに〜って押して「うんうん、これならいけそうやな」と一言。『何すんねん!痛いがな( ̄□ ̄;)』と思いながら何も言えなかった。この時は翌日とんでもないことになるなんて思ってもなかった。前回の血液検査の結果、貧血の薬を飲むように指示された。

2001.3.12 34w3d 子宮底長32cm 血圧132/80・133/76 浮腫− 尿蛋白±20 尿糖−
児心音聴取血液検査(貧血・培養検査)・胎動検査
病院の壁に一枚の紙が貼ってあった「I先生は3月末で退職します」って。『ん?I先生??ってもしかして…担当の先生やん!そんな…予定日4/20なのに…もう少し待っててほしかったな』そしてこの日も超音波で逆子の確認「う〜ん逆子なおってないね。僕次の診察の時いないからどうするか次の先生に相談してね」って言われてしまった。そんな…。
 
2001.2.26 32w3d 子宮底長33cm 血圧128/79 浮腫− 尿蛋白±20 尿糖−
児心音聴取・・胎動検査
前回逆子だったため超音波でなおってるか確認。赤ちゃんのむきが変わっていたため今度は右を下にして寝るように言われる。先生が言うにはまだまだなおる可能性があるらしい…。

2001.2.12 30w3d 子宮底長29cm 血圧132/80・136/78 浮腫− 尿蛋白− 尿糖−
内診・児心音聴取・超音波検査・胎動検査
この日はじめて逆子のことを言われた。左を下にして寝るように言われたけどおなかも大きくなっててずっと左を下にして寝るのはとても辛かった。先生にも「まだまだ逆子でもほとんどの人がなおるから大丈夫!」って言われてたしうちの母も「お兄ちゃんもあんたも逆子やったけど自然になおったから大丈夫」って言ってたのであまり気にしてなかった次回から2週に1回の検診に

☆30wになったので赤ちゃんが10回動くのに何分かかったか毎日家で計りグラフにして次回から診察の時に提出する

2001.1.22 27w3d 子宮底長27cm 血圧145/88・149/85 浮腫− 尿蛋白+30 尿糖±50 児心音聴取・血液検査(血糖)・超音波検査 
赤ちゃんの姿が見れると思って楽しみにしてた超音波。頭と胴の大きさを確認しただけで終わってしまった(T^T)年末から正月にかけて気がゆるんでしまったのか尿蛋白+尿糖±に。血圧は毎回高いということもあって「妊娠中毒症になるかもね」と言われてしまった糖が±になったことから血液検査をして帰る

2001.12.18 22w3d 子宮底長21cm 血圧141/76・140/81 浮腫− 尿蛋白− 尿糖− 児心音聴取
超音波がなかったので赤ちゃんの姿を見ることはできなかった。今回も血圧が高かった…。

2001.11.20 18w3d 血圧139/81・131/77 児心音聴取・超音波検査
やっと紹介状のI先生に診察してもらうことができた。とてもやさしそうな先生。超音波の写真ももちろんもらうことができた。この日の赤ちゃんはげんこつしゃぶりをしてるところでとてもかわいかった。これが全身で写ってる最後の写真になってしまった。 
 
2001.10.19 13w6d 血圧149/87 尿蛋白±20 尿糖− 内診・児心音聴取・血液検査(血液型・不規則抗体貧血・梅毒・肝炎ウイルス・風疹・白血球ウイルス・エイズ・血糖)・超音波検査
はじめて総合病院へ。紹介状を書いてもらってたんだけど妊婦検診の初診はN先生と決まってるみたいで違う先生でした。超音波したんだけど写真はくれないし紹介状を見ながら「なんでSクリニックに行ってたの?」って聞かれた。なんでって…紹介状に書いてあるはずなのに「不妊治療してました」と無理に言わされたような気がした。なんだかイヤな先生だな。

今まで毎週診察があったんだけどこれからは月にたったの一回それが普通なんだけどとっても不安だった。知らない間に消えてしまうんじゃ〜ないかなって。。。

2001.10.5 11w6d
お世話になった病院は出産の設備がないためこの日が最後の診察の日になりました。はじめておなかの上から超音波をしてもらい目・鼻・口がはっきり見えました。予定日は4月20日。

2001.9.28 11w2d
赤ちゃんの姿を見れるのがとっても楽しみだったんだけど今回も角度が悪かったのか横向きでかわいい姿を見ることはできませんでしたやっと「母子手帳をもらっていいよ」と言われたので病院の帰りにもらいに行きました

2001.9.21 10w2d
この日は足を上にあげてました。角度が悪かったのか頭がすごく大きく見えました。

2001.9.14 9w1d
キューピーちゃんみたいにかわいい姿を見せてくれましたつわりがひどくなって毎日もどしていたため5キロ痩せましたその話をすると点滴をすることに…その日だけは気分が悪い程度でもどさずにすみました

2001.9.7 8w5d
少しだけ赤ちゃんらしい姿になって無事、心拍を確認することができました。
 
2001.8.31
少し大きくなった赤ちゃん(胎嚢)を見ることができましたまだ少し卵巣が腫れてました

2001.8.24
超音波検査で無事に胎嚢を確認することができました卵巣が腫れて痛かったです

2001.8.20
不安な気持ちのままいつもの病院へ。まだ超音波をしても赤ちゃんの姿は確認できないということで尿検査だけでした。

2001.8.17
いつも行ってる病院がお盆休みのため違う病院へ。超音波をした結果妊娠はしてるけど胎嚢は確認できず子宮外妊娠の説明をされました。
すごく不安でのんが帰ってくるまでの間何もせずに1人でずっと泣いてました…。