
えらい大仰なタイトルやな。

ワシがこにゃんこ「ちょび」ですじゃ。サバトラ♀。
'98.6月のとある日
住んでるマンションのこどもたちが、「ねこいりませんかぁ」と段ボールを抱えて走り回っていた。
「えー、いらんよ」とすげなく断る。冷たい奴。実は前々から家人に「ねこ飼いたいよぉ」と言っていたのだが、
反対され続けてた。スポンサーに反対されてちゃ無理だよ。
翌朝・曇天 今にも降り出しそうな空
粗大ゴミ置き場に段ボール入りのこねこ。誰やこんなとこ置いたんは。「ねこ飼ってください」の張り紙。
中学生の女の子が心配そうに撫でている。「はよ がっこ行き。」
おばちゃんが ちゃんと連れて帰るから。おいおい。かくして こにゃんこは地上11階という高層(?)住まいとなる。
その夜
近所の別のマンションに捨てられていた仔だと知る。流れ流れてここへ。
昨日 走り回ってたこどもたちも 結局飼えなくて 管理人さんがミルクをやっていた。
飼い主が見つからなければ、保健所に電話しようと思っていた。「よかった、よかった。」(談:管理人)家人が怒った。家の中がボロボロになる。 もうぼろぼろやんか。
そのまた翌朝
近所のじゅーいに連れて行く。
「拾ったんですけど・・・飼うのは初めてで・・・」おずおず。。。
「これだから困るんですよね。」汚いモノを触るようにつまむ。(そりゃ見るからに汚いが。)ろくに診ない。
何があかんねん、何であんたが困るねん、うちの子にするんや、何の文句があんねん!
決意を堅くする。このじゅーいを見限って 別の獣医様に連れていったのは言うまでもない。(呼称が違うぞ こらこら)
ねこバカへの道を驀進
栄養不良の注射、蚤取りの薬「フロントライン」(←劇的に効く。)猫風邪の薬、注射。
鼻詰まりのため吸引治療。 はー 払った払った。 こにゃんこは雌であった。こにゃんこトイレ、砂、こにゃんこミルク、ほ乳瓶、離乳食、食器、おもちゃ、極めつけの猫タワー。
もひとつおまけに月刊「猫の手帖」。ねこ貧乏への道も 確実に歩みつつあった。
大いに狂乱す
こにゃんこが自分で水を飲めない、自分で離乳食を食べない。私の手からでないと食べない。
推定生後1ヶ月は過ぎとるというに。焦る、あせる。なんでや。ネットで調べる。サーフィンサーフィン。
ブリーダー様に教えを請う。人間との信頼関係を築く為にも、出来るだけ手から食べさせるようにしているということ・・
ほーほー。感謝。まるで人間の子育て。育児ノイローゼ気味のころに 毛利子来先生(小児科)に出会えたようでうれしい。
着実に進む ねこ貧乏
職場のリストラ。正確には 執拗なる人員削減への嫌がらせ に「そんなんやったら こっちから辞めたるわい。」
短気は損気。「猫の手帖」も買えなくなった。
どうでもいいこと・追憶
ここらで昔話をひとつ。
私は 動物嫌いの母の元で育った。動物だけではなく、外遊びも嫌がるヒトだったので、
幼い頃 外や公園で遊んだ記憶が、ほとんど無い。
母は「公園なんかで遊ばせるのは嫌だった」と公言して憚らないヒトなので、(なんちゅー母じゃ。)
記憶の欠如ということではないだろう。砂場で遊ぶなど、とんでもない事だった。にゃんこやわんこの うんちがあるという理由からである。
かくして私は粘土遊びも大嫌いなこどもになったのであった。(今でも引きずっている、粘土嫌い。余談)
その私が30余年後 こにゃんこを拾って飼うことになろうとは・・・。この夏 母に電話をした。こにゃんこ一緒に帰っていい?「ひぇー、連れて来んといて!来たらあかん!」
孫が行くのまで拒否するか。ひとの性癖はそう簡単に変わるものではないな。(にが笑)さらに つづく