平成14年9月12日〜16日までの5日間、
のんのんパパが入院し、初めて患者の妻という立場を体験。
看護や医療全般を、改めて見つめることができました。
患者の家族体験 <1日目>〜入院&術前オリエンテーション本日、手術(たいしたことはないのですが)のためにパパが入院。術前オリエンテーションを、みっちりと我が家で私から受けていた彼は、 夕方から病院食(それも術前最後)となる前、最後のランチに、 オムライスセット+ハンバーグ単品+私の残りのオムライスをペロリ。 そして、憂鬱そうに病院へ足を運びました。 しばらくして、先生からムンテラ(手術の説明)を3人で受けた時、 「インターネットなどで調べてみました?」と先生。 なるほどぉ〜、世の人は調べてくるわけだ! 彼は「いいえ(OP室経験者の妻から、事細かに手術の方法まで聞いているなどとは口にもせず)。」。 親切な先生で、こちらの質問にもきちんと答えてくれました。 次は術前準備。 看護師が来てくれて、ポンと「ご自分でお願いします。」とカミソリをおいていったらしい。 同室の同じオペのおじさんには、「剃毛しますね〜。」と泡を塗るブラシまで持っていっていたような… 年齢で対応を変えるとき、いくつくらいが境目なんだろうなんて考えたのでした。 そして剃毛はご想像通り、彼より依頼を受けたので、私が術前執刀することなく終了。 そして、のんのんが一言。「ママって上手いねぇ〜。」 そりゃあなた、患者さんをスキンヘッドにさせていただいたこともありましたから。 先生から手術時間が2時間くらいと聞いて、「その間にのんのんのお迎えに行こう♪」と思っていましたが、 看護師から、「手術中はロビーで待っていてくださいね。出掛けないでくださいよ〜。」と念を押されてしまった。 そうかぁ、そうよねぇ。普通はそうだ。(^^ゞ 仕方ないので、明日は友人にお迎えをお願いすることにしました。 明日は丸1日食事抜きになりそうなパパ。 夕食の献立の焼き魚を前に、ガックリ肩を落とした彼の姿には悲壮感が滲んでいました。(笑) そして、患者の家族1日目が終わったのでした。 のんのんは病院が楽しいらしく、ベッドの上で飛んだり跳ねたり。 しまいには、パパと一緒にベッドでお昼寝までする始末。 明日からのお見舞いも楽しみなようです。 かなり緊張している彼でしたが、さぁ、明日はどうなるか? それなのに、午前中は仕事に行く私を許してね〜。 |
患者の家族体験 <2日目>〜手術当日本日午後、パパの手術は予定通り、無事終了しました。後は食事の再開を切に願うばかりの状態です。(笑) 彼はみんなが朝食の時間から、浣腸・OP室ナースの術前訪問・抗生剤のパッチテスト・点滴ルート取り(2度も刺されたと怒っていた)を済ませ、 私が病室へ着いたときには、すっかり病人風になっていました。 とにかく憂鬱と不安が入り混じった表情で時間を過ごし、ついにOP室へ行く時間となりました。 術衣に着替え、ストレッチャーに乗って、術前最終のバイタルチェックと術前の筋肉注射(これが痛そうだった。)を施行。 手術室の前まで付き添い見送って、彼は手術室へ入っていったのでした。 万が一のことも頭をよぎったけれど、彼には「のんのんと部屋で待ってるね。」と言って別れました。 彼の手術は、盲腸のように取れば回復する、急変なども飛行機に乗る位の確率と分かっていることもあるからでしょう。 私の中に手術に対する不安はさほどありませんでした。 これがもしも癌だったら、手術は終わりでなく、闘病の始まりかもしれない… そう思うと、彼の疾患が軽いものだから、こうして書けていることも事実だなぁと、実感しました。 というのも、ここしばらく柳 美里の「命」や、「北の国から」のドキュメンタリー、仕事先の方などで、「癌闘病」に触れる機会が多かったからかもしれません。 ロビーで待っている間に昼食をとり、「命」シリーズを読み、 のんのんが幼稚園から帰ってくるので、迎えに降りて病室へ上がってくると、 彼も部屋に戻ってきていました。 腰椎麻酔は思ったほど痛くなく、それよりも術中の創部の引っ張る感じ・切る感じが鈍痛になって響いてきたそうです。 術後の気分不快もなく、緊張からかぐっすり眠っていました。 病棟の看護師の対応は全体に柔らかい雰囲気を感じました。 必要としたことだけをやってくれるというか、当たらず触らず心地よい関わりをしてくれています。 そんな中で看護師の私が感じたこと。 患者やその家族にとっては、看護師の名前ってほとんど分からない程度の存在なんだなということでした。 長い入院にはならないことが前提だから、お互い余計にそうなのかもしれませんが、 私たち看護師側は、すべての患者さんの名前や顔・病状を把握していましたが、 患者にとっては、今日の担当看護師が誰かすら、なんとなくしか分からないんですね。 看護に不満はないのだけれど、看護師は医師・看護師が必要と思ったことを患者に一方的に与えてるのかも…と思ってしまいました。 一緒に疾患に取り組もうといった感じは受けず、だから、覚えようとも思わないというか。 自分自身の働き方も振り返ってみるきっかけとなりました。 パパの介助で、初めての離床の際に一緒にトイレまで付き合ったのですが、 以前勤務していた病棟での私の対応は、やはり仕事だからしてたものでした。(笑) とても彼にはあれほど優しい声では話せない。 それでも、普段よりは随分とやさしい対応(笑)に、彼も感謝の意を表していました。 明日の回診でOKがでれば、ベッドから離れることも可能とのこと。 彼はとにかく果物をたくさん食べたいらしい。 すでに退院当日に何を食べるか計画中のようです。 |
患者の家族体験 <3日目>〜大部屋で過ごす私が「病棟」といって一番に思い出すのは、独身の時に2年間働いた脳外科病棟です。やはり、仕事にかなりの思い入れがあったんでしょうね。 脳外科病棟は外科病棟に比べて、ベッド数が少ないんです。 ベッド上で過ごさざるを得ない方が多かったことが理由でしょうか。 それでも、脳外科患者だけでベッドが埋まることはなく、外科や整形外科の患者さんも入院していました。 病棟はだいたいナースステーションに近いほど重症というか、頻回な患者観察が必要な方ということになります。 のんのんパパはナースステーションから一番遠い部屋です。 まさに、元気に近い人というわけです(本人はそう思っていないけど。)。 脳外科病棟勤務も、もう、7〜8年も前の話になるので、イメージ的に断片的にしか記憶に残っていないのかもしれません。 ただ、あの頃のあの病棟と違うなぁと感じたのは、「大部屋も個室化している」ということです。 どの大部屋も処置や消灯の時に部屋を囲うためのカーテンが日中も引かれています。 同じ部屋の患者同士が言葉を交わすことがほとんどないんです。 勤務していた頃は、結構ベッドの上にそれぞれに座っておしゃべりをしたり、してなくてもカーテンは引かずに過ごしていた気がするんです。 佐々木正美さんの「子どもへのまなざし」にも書いてありましたが、 ここ数年で人間関係が希薄になり、会話を通じて人とくつろぐ余裕がなくなってきているのでしょうか? 少し寂しい気持ちになりました。 とはいえですね、やはり大部屋は大部屋です。 医師や看護師ははっきりとした声で、患者さんと話します。 そうすると、直接話したわけではないけれど、大体の病状なんかが分かってしまうんです。 あの人はパパと同じ手術だなとか、 この人は盲腸だけど、手術せずに散らすんだな。絶食でかわいそうにとか、 この人は全身麻酔で手術するんだななど… 個人のプライバシーに対して、医療者はもうちょっと敏感でいてもいいような気がしてしまいました。 さて、彼の病状は回復に向けて順調です。 私が看護記録を書くならば、 「バイタル安定、熱発なし。ロキソニンの内服にて、疼痛自制内。創部上層浸出無し。日中床上で過ごすこと多い。」 って感じでしょうか。 付け足していいなら、「毎食事完食プラス差し入れ多量摂取!!!」(笑) たった1日の絶食だっただけなのに、彼の食欲は異様に亢進している気が… 果物・ケーキ・アイス・チョコ・カップラーメン…と、一体食事にいくらつぎ込んでいることやら。(笑) 入院時、体重計に乗って病棟へ入ったのだけど、退院時にもしも乗ったら、確実に彼の体重は増加している気がするなぁ。 |
患者の家族体験 <4日目>〜看護時間昨日・今日は休日なので、病棟がとても穏やかかもしれません。検査や手術がなく、外泊の方も多いので、空いているベッドも多いです。 看護師としても、休日の勤務は急変や入院さえなければ、結構楽でした。 それでも、ルーチンワークはあるので、重症な方のケアにはそれなりに時間を要していました。 では、のんのんパパレベルの患者の場合はどうか。 看護師と会話する時間(直接的に看護された時間)は多分1日で15分〜30分あるかないか。 本当に少ないっ!と実感します。 術後は、朝の挨拶と検温、点滴処置&抜去、清拭(今日はなかった)、食事を運んできてくれる、受け持ち交代による挨拶と状態確認くらいなもので、 後はひたすら安静にするために過ごしている感じです。 でも、これ以上何を望むかというと、それも別にないし… これでは、軽症の方には看護師が何する人かっていうと、↑に書いたことが全てのように思われても仕方ないのかも。 きっと、看護の良し悪しも感じないうちに退院になっちゃってますね。悲しいけれど。 さて、ここ数日はお天気も悪いし、私も出かける気力がなく、「ちょうどいいや♪」と病棟で過ごして1日が終わっていく始末。 私は”読書の秋”といわんばかりに、本が読み進んでおります。 一緒にいればそれで安心というか、話すことはそんなにないんですよね〜。 のんのんも私たちに「静かに〜」と言われながらも、パパのベッドの上で昼寝をしたり、買ってきたおもちゃで遊んだりしています。 面白いのは、看護師の技術をじぃぃぃっと見てること。 子どもさんがいらっしゃらないような看護師は、気を使って、針をのんのんに見せないようにしてくれるんです。 でも、本人は全然平気。 多分お医者さんごっこの本物版が見れて「わぁ、本物だぁ!!」って内心思っているのかも。(笑) 今後のお医者さんごっこにどう反映されるのか?なんだか楽しみなような、怖いような・・・。 さぁ、いよいよ、明日は彼も退院。思えばあっという間でした。 案外、のんのんと2人きりの生活も全てにおいて手間が少なくて、楽といえば楽だったような。 でも、しゃべり続けるのんのんのお相手は、やっぱり私一人ではできないわぁ(疲)。 |
患者の家族体験 <5日目>〜退院&お会計休日の当番の先生による回診(といっても、創口は見ない。ガーゼの上から周囲の腫れなどを見る程度)が午前中に終わり、ついに退院許可がおりました!!今日は抗生剤の点滴もないので、私とのんのんが到着する頃には、彼は帰る準備を終え、今か今かと待ち構えていました。 ちょうど、昼食が運ばれて来たのですが、彼は外で食べたいとのことなので、下げてもらいました。 先に会計をと支払いに行くと、今日は概算のみで、平日に改めて清算しますということでした。 そういえば治療費ほどあってないような値段ってないですよね。 病院に勤務していた頃、看護師は看護記録をつけた後、その日使った処置の伝票を思い出しながらつけていきます。 例えば、点滴処置&点滴セット、フォーレ(おしっこの管)管理、包交(包帯交換)に使ったガーゼなど、処置伝票をチェックしていくのです。 手術室であれば、術式と麻酔に使用した麻酔薬の量、途中静脈注射した薬品、器械や使った糸など・・・ けれど、私たちは(少なくとも私は)このコストがいくらかまでは頭になく、ただ使ったからチェックしてる感覚でした。 患者さんのご家族が用意してくださるオムツなどは、なんだか値段のことが気になって、汚れていなければ極力捨てないようにしていたのにです。 治療にかかる医療費、往々にしてみなさん太っ腹ですよね。 実際にどれが必要なのか専門的なことは分からないし、命にかかわることにケチケチしてもってところなのでしょうが、 今回の入院も「だいだいこのくらいかかると思います」って提示された金額に3万くらいの開きがある。 でも、「ふ〜ん、分かりました。」って感じなんですよね。 「点滴しますが、こちらの処置はおいくらです。よろしいですか?」とかないですよね。 「ちょっと痛いけど、あの薬はいくらだったから、少し我慢しようか。」なんて発想が全くないですよね。 彼の退院時の昼食も、お金が含まれているのに食べない。普通のランチではないことですよね。 細かい料金表示があるはずなんだけど、患者も医療者もお互いにどんぶり勘定な今の状況では、 健康保険でまかないきれなくなっている現状は、簡単に回避されないのかもしれません。 概算で支払って病棟へ領収書を渡すと、晴れて退院です。 看護師から「術後の過ごし方」なるパンフレットをいただき、簡単な説明を受けて病棟を出ました。 パンフレットを読んでみると、いわゆるルーチン化された一般的に彼の受けた手術による術後起こりえる問題と生活の仕方が載っていました。 どこまでを軽い手術とするかは、患者さんにとってはまちまちでしょうが、 看護師としては、開腹にならない手術はこの程度のルーチンで経過を見ていくことで、 患者の家族としても十分だなと感じました。 これを踏まえた上で、合併症がある方とか、精神的・社会的に問題を抱えている方には個別に対応するケアを追加する。 一方、全身麻酔でもう少し時間のかかる体力的に術後の変化が大きい患者に対しては、 一般的な枠組みを使いながらも、個人により目を向けた看護展開が望まれるところでしょう。 とはいえ、業務としてスムーズに流れながらも、個々の状況に応じた対応は必須ですよね。 帰宅時、彼はまだ腹筋をかけれない状態なので、荷物を持ったり、無理のないように配慮したり、 夜には私も結構疲れてしまいました。 なんだかんだ言っても、緊張していたんだと思います。 家族の柱の一方が病気になると、ついつい頑張って一人で背負ってしまうんでしょうね。 たった5日間でこうでは、長期の入院や介護を看る時、患者だけでなく、介護に当たる家族へのケアもかなりの割合で行っていかないと共倒れになってしまうのは当然と思われました。 家族単位で患者の看護に当たる視点は、医療者の中の看護師の特性かもしれません。 今回は患者の家族として、とってもよい勉強になりました。 これからの日々の仕事の中で活かしていきたいと思っています。 |
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