掛け橋



看護という仕事と私 (2003.2月)

3週間ぶりに引越に伴って休んでいた看護の仕事を再開しました。
少し離れてみて感じたことは、「やっぱり私はこの仕事が好きだ」ということ。
看護師になって10年が過ぎましたが、一つ一つのいろんな経験が積み重なって、
今、ケースに応じた私のスタイルでの看護の提供を、
とても自然な形で訪問している皆さんが受け入れていってくれることが、
小さな自信と「これでいいんだ」という安心に変わっていっています。
待っていてくださる方がいるというのはとても嬉しいことですね。
それぞれの方が健康上の不安を少しでも解消しながら、
楽しくお元気に毎日を過ごしてくれる上で、私の知識が役立っているなら何よりだなぁと思うんです。
仕事が1件終わるごとに、私も幸せな気持ちになれるこの仕事は本当に性に合っているのでしょう。
3月いっぱいで止めることをお伝えするたび、後ろ髪を引かれる思いがしてます。
もう少し先になった時、どういう形で位置すれば、より私らしいスタンスで働けるか、
この機会に考えていってみようかなと思い始めています。


新しいパートナー  (2002.10月) 

訪問に行っている方には、ご夫婦もいらっしゃれば、
パートナーをなくされ、1人暮らしの方(独居老人)もいらっしゃいます。
奥さんを若くして亡くされ、独居になって10数年の方と、お天気もいいので散歩に行きました。
散歩は見える景色がいつもと違い、気分も晴れやかになるのか、話も色々と弾みます。
私はこの方の社会との関わり方を把握したくて、
「ご近所によく話される方はいらっしゃるのですか?」と尋ねてみました。
すると思わぬ展開が!
ここ数年になって新しいパートナーとの出会いがあったそうです。
お相手の方もご主人を亡くされ数年が経過、しばしば電話で近況を伝え合い、
お互いの休みが合った時は、真ん中あたりでお会いしてお話されるとか。
私は素直に「素敵なシルバーライフだなぁ。」と思いました。

夫婦2人が同時に死ぬことはほとんどありえないこと。
どちらかがどちらかを残して先に旅立つことになると思うのです。
人生をずっと共にしてきたパートナーとの思い出を大切にしつつも、
1人残された方は、たくましく元気に毎日を過ごしていかなければならない。
そんな中で、「この人のために元気でいたい。」と思える方と新しく出会うことは、
人生80年になった今、おかしな事ではないように思うのです。
訪問先の独居の方は、なかなか生きる目的を見つけられずにいる場合があります。
「1人のご飯は作る気がしない。」
「もう、いい加減、お父さんのところへ行きたい。」
「糖尿病なんて、もうどうでもいいと思ってる。」・・・
人は誰かと支え・支えられながら、そこに生きる楽しみを見つけていくのかもしれません。

とはいえ、70歳前後の出会いに、家族がすんなりと納得するわけがないそうです。
家だったり、財産目当てだと子ども達が疑うこと、ありえますよね。
子どもにとっては、大切な自分達の両親の思い出を封印される思いもあるでしょう。
受け入れたくない気持ち、それも分かります。
そのあたりをクリアにして、「いつか結婚するから。」と互いの友人に報告をしたというその方。
「2人で生きていく方が、元気で長生きできる気がするんだ。」と、
明るい表情で話されていたのが印象的でした。


心の健康   (2002.10月)

最近、「うつ」についてのコマーシャルを見かけるようになりました。
自分自身の気持ちの持ち方のせいだと、外に出すことを恐れ、
自分の中で解決の糸口を見つけ出そうとしていた方もいらしたことでしょう。
このように、社会が「うつ」を含めた心の病気をタブー視しない世の中になってきたことは、
本人自身や周囲の働きかけによる早期受診に繋がり、軽症で済むと思われるので、
とても嬉しく感じてます。

WHOが定義している「健康」には身体的・精神的・社会的な健康状態がうたわれています。
そう、体が健康、いわゆる病気・疾患がないことが、イコール「健康」ではないんです。
元気そうに見えても、心がついていっていない時ってありますよね。
「うつ」まではいかないにしても、心の健康が脅かされていることは、誰にでも起こることだと思います。
もちろん私にも、育児や仕事、対人関係の中で起こってきました。
自分が、相手がそんな時、どうしていますか?

これは私が今までの看護の中から、学んだ、感じ取ってきたことの一部です。

自分なら・・・
・ゆっくり休む
・話をできる状態なら、信頼できる相手に話す
 (これにより、自分の中で何が問題なのか、明確になってきます。)
 (場合によっては「カタルシス」の効果もあるかもしれません。)

相手に対しては…
・待ち・受身の姿勢
 (相手のペースに寄り添うことで、信頼感が生まれます。)
・とにかく話を聞く
 (アドバイスが欲しいわけではないのです。気持ちの内をただ伝えたいだけ。)
・「頑張れ」と言わない
 (もう十分頑張ってきていますから。)
 (ボチボチでいいんじゃない?そのくらいで十分です。)
・気持ちのために、体全体の状態が落ちている時は、病院受診をすすめる
 (心が原因で、体に症状として現れることもあります。心療内科

精神科医・佐々木正美さんもおっしゃるように、
人が集って安らいでいた時代と違い、今は一人で安らごうとする時代になっています。
受けてきた教育の中で、誰かとの比較やコンプレックス、否定的な見方など、
知らないうちに、これらの重圧に疲れきっているのかもしれません。

そのために、人と過ごす中に、くつろげる・穏やかな関係が見出せないでいるのかもしれません。
体の強い・弱いがあるように、心にも強い・弱いはあると思います。
辛い時に辛いと口に出すことは、決して恥ずかしいことではないのです。
自分の心の健康を守るためにも、それが必要なこともあります。
頑張りすぎないでいいのです。
ご自身の体と心を時々解放することで、自分らしい自分でいていいのだと、
ご自身が許容できると思います。

また、風邪で薬を飲むと症状が楽になるように、心にも効く薬があります。
信頼できる先生の下で、今の状況を伝え、薬を処方してもらうことも、
同じように考えてみてください。


精神科関連HPリンク集
〜精神科の先生のHPなどが載っています。
http://www.mh-net.com/link/home48.html

精神科保健関連リン〜全般的にかなりのサイトを網羅しています。
http://www.max.hi-ho.ne.jp/hukikyo/book%20mark.htm


散歩  (2002.10月)

風が肌に優しい季節になりました。
暑い夏は「やり過ごす」ので精一杯だったご老人も、ちょっと外へ出てみようと思える気候です。

ここしばらくは、お天気と体調がよければ、みなさんをお散歩にお誘いしています。
散歩は、対象者の残存能力を計るのに、絶好のチャンスです。
●歩行状態に危険性はないか
●聴力や視力・俊敏性など、交通ルールに即した危険回避がどの程度できるのか
●自宅までの記憶力など、痴呆はどのレベルなのか
●見える景色からどのようなコミュニケーションをとるか
などなど・・・
外での実際の行動を見ることで、新たな発見があったりします。

先日もある方をお散歩にお誘いしましたところ、
当日は朝早くから起きて、いいワイシャツにいいズボンをはいて、待っていてくださったと奥さんから聞きました。
こうやって、私の訪問を日常の一こまとして受け入れてくださっていることは、とても嬉しいことです。
その日は、「亀を見に行きましょう」と言ってくださいました。
家の中では簡単な単語の発語もままならない方でしたので、「大丈夫かな?」とやや不安ではありましが、
状況把握が目的でしたので、その方の後ろをついて歩いてゆきました。
どうやら、その方のお散歩コースらしく、左右を見ながら道路を渡り、ゆっくりながらずんずんと歩いてゆきます。
そして、とうとう、真ん中に小さなほこらのある人工的な池に着きました。
私も知らなかった場所。そして本当に亀が6匹もいるんです。
しばらく静かに亀を眺め、ちょっと手を打ってみて、そこを離れました。
道行きに、子どもがいるとにこやかに眺め、庭先の花に立ち止まり「きれいだね」と私に言い、漢字で書かれたことも読んでいる。
また、とてもレディファーストな紳士で、何でもまずは私からどうぞとおっしゃってくださるのです。
道路の横断の際は、私の心配までしてくれます。
一旦社会にでると、この方にはまだまだしっかりとした部分がたくさん残されていると確認しました。
そして、自分以外のことに関心があり、この方のゆったりとした時間の流れに、見習う部分を感じました。

帰宅後、奥さんにお散歩中の経過を話したところ、奥さんも行った事がない場所だとか。
「今度は私を連れて行って」と話も弾みました。
今の残存能力をできる限り引き伸ばせるよう、手を出しすぎず、見守りながら、関わっていこうと改めて思いました。
そして、どうしても口調が強くなってしまう介護者に、この方の普段は見えてこない残された機能をきちんと伝えることによって、
2人の関係がお互いに良い状況で続くよう、援助していきたいと思っています。

その方の時間に私の時間を重ねることによって、見えてくるものがあるものです。


映画「命」を見る  (2002.10月)

水曜日のレディースデイにようやく時間が取れて、見に行ってきました。
そのせいか、館内の98%は女性のように見えました。
映画を見終わった率直な感想は、「あれだけの内容を2時間に凝縮するのは難しい」ですね。
心配していた様に美談にまとめられているでもなく、なんだか全体に薄っぺらく感じました。
でも、アジア映画祭ではグランプリだとか。
柳 美里さんは、この映画で伝えたいことを伝えられたのかしら?
小説の方が、もっと深く、醜く、登場人物の内面が読み取れました。
本の方が、もっと「生きてる」感じを受けました。
現実はさらに壮絶だったのでしょうが。

元々、どうしてこんなに「命」シリーズ全4巻を読み尽くしてしまったかと言うと、
小説の中に、私の過ごしてきた病院が出てきたことが発端でした。
初めて看護に触れ、楽しさ・辛さ・厳しさ・優しさ・・・様々な自分自身の感情と向き合ってきた病院。
実習に出た学生時代、10例の分娩介助についた産科病棟、勤務した手術室や病棟。
その病院の中の外来で、出産の待合室で、あそこの景色を見て、歩きながら、
こんな風に感じていた人がいたんだと知って、
本との距離が近くなり、どんどん読み進んでいきました。

私自身は、正直言って「柳 美里」さんを好きではないと思います。
実際にご近所なら、きっと関係をわざわざ持とうとは思わないでしょう。
ただ、彼女の中に宿った命と、何よりも大切だった人の消えゆく命の2つの命と同時に向き合っていったことは、
これからの彼女の中で大きな力になるのだろうなと、感じました。

映画での豊川悦司の演技は、本当に凄まじいものがありました。
画面が変わると、一回り以上小さくなった彼が病床にいたり、彼の中に東由多加さんの「生」を強く感じました。
江角まきこの役は、別の女優でも十分勤まるでしょうが、東由多加さんの役は、彼しかできないでしょうね。

生きたくても、手の施しようがなく、体力がどこまで続くかにかかっている人がいる。
生き抜くことが人として生まれてきた意義なのかもしれません。
いいことばかりでは決してないけれど、全てが含めて人生なのだから。
病院勤務で出会った患者さんたちのことを重ねながら、映画を見て、強くそう感じました。


抗生物質の使用   (2002.7月)

私が子どもの頃(と言っても、覚えているのは多分小学生くらいですが)は、よく高熱を出していました。
お腹からの熱を一番良く覚えていますが、40度とか出ることがありました。
あの頃は、まず家で寝てることが第一で、
病院にかかっても症状に対する薬がほとんどだった気がします。
下痢止めとか、鼻水を止めるとか、解熱剤とか・・・
水薬がなんだか病気っぽくて嬉しくて、水で薄めてまで飲んでいた記憶が残っています。

抗生物質が受診すると常に出される様になったのはいつからなのでしょうか?
最近、病院に行くたびに出される抗生物質に少し疑問を感じるのです。
少し難しい話かもしれませんが、一般的な病原体には、細菌とウィルスが存在します。
抗生物質は一般的に細菌には効果がありますが、風邪を引き起こすウィルスには効かないのです。
けれど、他の意図があってか、「風邪でしょう。」と必ず抗生物質がついてくる。
抗生物質を頻繁に使うから、強い菌が残り、また抗生物質に頼るのか。
菌が強いから、抗生物質に頼ららざるを得ないのか。
こうした抗生物質の乱用が耐性菌を産んでいく一因になっているのではないかと思うのです。

ついでに言うと、よくTVの「無菌・殺菌・除菌特集」などを目にします。
なんだか煽られているなぁと思うのです。
この社会・世界に菌はいくらでも存在しますし、人に害を与えない菌までなくす必要はないのです。
以前ラジオで、「ネコが触ったかもしれない魚を魚屋で購入していた時代より、これだけ殺菌に力を入れてる今の方がO-157などの菌が横行している」と聞いたことがあります。
菌の力が強くなっていると共に、人間の菌に対する抵抗力が下がっていると感じた瞬間でした。

人間には自分の体内の力で病気と戦って治していこうとする自然治癒力が備わっています。
我が家では、できるだけ、本人の自然治癒力に任せ、抵抗力をつけてあげたいと考え、
解熱剤の使用と、休息、栄養補給などを、自宅で様子を見ながら行っています。
ただ、抗生物質を飲んで当たり前の世の中で、飲まないままでいて果たして大丈夫なのだろうか?とも。
ひどくなったり、取り返しのつかないことにならないようにと思いますし、正直悩む所です。

子どもの病気と事故のHP
http://www.kenminkyosai.or.jp/tokutoku/oyako/nisimaki/index.html

こちらを書いて翌日のこと。
友人に、私の考えなどを話している時に、とても参考になった彼女の言葉がありました。
「看護婦さんのように知識があるから、状況の判断もできるんだと思うの。
でも、一般の素人にはその辺りってわからない。
先生が抗生剤を出せば、そういうものだと思って飲むんだよね。」
そうですよね。
普通は専門家の医師が言っているのだから、間違いはないと思うのが当たり前。
そうして、薬の乱用に慣らされていっているのかもしれません。
いろんな絡みがあってのことかもしれませんが、抗生物質に限らず、
必要最小限度の薬の処方であって欲しいと、私は思っています。
                           (by のんのんママ)

今回の「手と目と心」の抗生剤から始まった一連の薬関連のお話。
あの場にとどまらず、こうして掲示板で深められたことは、
私にとって、いろんな意味で勉強になりました。

いろんな文献をもう一度読み返す機会になりましたし、
解熱剤一つとっても、
薬剤師は薬の効能や作用する流れから薬の使用の是非を考え、

看護師である私は、対象の苦痛除去や体力消耗を避ける視点から使用を考える
と言う違いは、とても興味深いものでした。

同じ医療職であっても、違う視点で考えるから、
専門職同士が意見を交わすことでより良い医療を行うことができる!
と、その必要性を感じました。

それと同時に、読んでくださっている皆さんに、
今一度お伝えしておきたいと思ったので、ここに書かせてくださいね。

薬の薬としても効用は素晴らしいものがあります。
近年ますます開発されて、いろんな病気に体への負担少なく効く薬が出てきていると思います。
誤解のないように言っておきますが、
私は決して抗生物質は怪しいとか、薬を飲まずに自分の力で治すことを推奨しているわけではありません。

細菌由来の風邪などの感染症も多くありますし、その場合の抗生物質は効果的です。
感染症において、抗生物質により、細菌の数を減らし、症状の悪化を防ぐことは、体力消耗を避けるうえでも大切でしょう。
現在の医療に薬は欠かせませんし、医師の処方したように内服することは、当然のことです。
薬剤師より薬の知識を得ることも良い方法だと思います。
「掛け橋」での「抗生物質の使用」で私が一番伝えたかったことは、
薬の効用以前のことというか、こんなに簡単に抗生物質に頼ってばかりで、人の体に抵抗力はつくのだろうか?と言うことです。
巷で言う風邪にも色々な症状の重さや程度があるのでしょうが、
「風邪と言えば抗生物質」みたく、セットになった今の時代の考え方って・・・
とその姿勢に疑問を感じたまでです。

この風邪の状態は、対症療法だけで様子を見るのでは難しいのかしら?みたいな。
ご理解いただけるでしょうか?
きっと、「結局はどうするのがベストなの?」と???だらけの方もいらっしゃると思います。
せっかくいい機会をいただいたので、この掲示板に書かれているあたりと、
それに関して文献等で確認したことは、まとめて記録しておこうと思っています。

もう少し待っていてくださいね。

これからも、「これってどうなの?」なんてこと、ありましたら、ぜひ教えてください。
また「のんのんママはこう言ってたけど・・・」のようなことも大歓迎です。
医療全般に関する正しい知識をみんなで持ち合わせていくことができれば、
それが何よりだと思っています。

ちょっと、長くなっちゃいました・・・とはいえ、まだまだ言葉足りずかもしれないです。
上手く伝わればいいのですが。

                     (by のんのんママ)



パートナーのうんち   (2002.6月)

子どもが生まれて、毎日のお世話をするようになり、当然おむつ交換もしますよね。
でも、いとおしい我が子♪
うんちだって量も少ないし、多少交換時に手につこうが平気でした。
看護婦として病棟で働いている時も、おむつ交換は日常茶飯事。
その時はその時で、とても仕事と割り切って関わっていたせいか、
うんちは患者の状態を知るバロメーターでもあり、当たり前のように向き合っていた気がします。

現在訪問している方の中には、寝たきりの方もいらっしゃいます。
訪問時に自宅で介護していらっしゃる奥さんと一緒に、清拭・寝衣・オムツ・シーツ交換などを行っていきます。
トイレでの排泄ができないので、オムツになっているわけです。
当然、おしっこもうんちもオムツ内に出るわけです。
そんな中、手につこうが平然とオムツを交換していく奥さんを前に、「私ならできるだろうか?」と思ってしまう私がいました。

訪問先に、ご夫婦のいろんな形を目にします。
寝たきりになったから、逆に子どものようにかわいくて、いい関係が築けていると言う方、
変わりゆくご主人を立てて、一緒に寄り添う方、
奥さんを介護する方は、いらっしゃらないですが、私たち夫婦ならどうなるのだろうと思ってしまいます。
彼が痴呆になったとき、寝たきりになったとき、それだけの愛情をもって、日々過ごしていける関係を作っているだろうか?
逆に私が介護してもらう状態になったとき、当たり前のように彼がしてくれる存在に、私は成りえているのだろうか?と。
代わり映えのしない毎日を、それぞれに過ごしつつ、いろんなことに共感し合って、ケンカしあって、これからも過ごしていく事でしょう。
そして子どもと同じように、パートナーのうんちが多少手についても平気でいられるような関係が、その先にあればいいなと思います。
みなさんはどうお考えですか?


「看護婦」から「看護師」へ   (2002.5月)  

3月1日から、看護婦の名称が変わりました。
ご存知だった方、いらっしゃいますか?そうだと嬉しい♪
京都府看護協会のHPによりますと、
『看護職の資格法である「保健婦助産婦看護婦法」は1948年に制定されていますが、
その後時代の流れとともに保健士・看護士・准看護士が生まれました。
日本看護協会は、男女共同参画社会に向けて、看護職の「性別による相違をなくす名称の統一」が必要と考えてきました。
今回、平成14年3月1日より看護職の名称は、保健師・助産師・看護師・准看護師と変わります。(一部略)』
という流れのようです。

以前は、「看護婦」と「看護士」が存在していました。
看護婦は女性、看護士だと男性と呼び分けていた訳です。
それが、3月1日からは「し」違いの、「看護師」に名称が変わったのです。
同様に助産婦は助産師に、保健婦は保健師に。
「医師」「薬剤師」などは男性女性に関わらず同じ名称なのに看護職だけ区別するのはおかしい、
それに準じたと言うところでしょうか?
結構現場の私たちでも名称変更に意識が届かず、今まで通りの言い方をしていたりします。
患者さんなども「看護婦さん〜」って今まで通り呼んでくれます。
私もあえて直す必要もないかなと、そのまま返事しています。
だって、私たちにとっても、患者さんにとっても、
大切なのは名称ではなく、「看護」が何であるかだと思いますから。
せっかく名称を改めたのですから、気持ちも新たに、今までの古い体質・慣習にこだわらず、
日々情報に敏感に、より良い看護の提供を目指していかなくては!
ちなみに、自分で言う時は、意識的に看護師と言うようにしています。
一人でも多くの方に看護職に興味を持ってもらいたいですからね。

看護師・医師・薬剤師がいれば、
「保母」さんは「保育士」、介護する人は「介護士」、弁護士・建築士・技術士・・・。
「士」と「師」の違いは?って思いますよね。
私の考えですが、医療分野は「師」を使い、福祉分野は「士」なのかなぁと。
でも、美容師・調理師・・・と来ると、それも当てはまらず、一体どのような理由がそこにあるのか、
私にも謎だったりします。


地域を走る   (2002.5月) 

仕事を始めて早1ヵ月。少しづつカンを取り戻してきています。
自宅近くでの仕事なので、訪問先へは自転車(雨天時は車、あるいは電車&徒歩)で伺っています。
私自身、千葉に来てもうじき2年。通ったことのある道は随分と増えてきました。
何気なく通っていた道の脇に、訪問している方のお宅があったりするわけです。
それはなんだか不思議な感覚です。
当たり前のことなのですが、知るまではただの1景色としての通りも、
訪問する方ができると、そこで生活して来たその方の毎日がふっと想像され、
違う用事で通る時も、その通りに愛着が湧いたり、今までとは違う表情で見つめている私がいます。

また逆に、今まではあまり足を踏み入れていなかった地域に伺うこともあります。
そして、このあたりにこのようなマンションがあるとか、こんなお店があるとか発見して、
そこの空気を感じたりもします。
仕事を通じての出会いを通して、新しい土地を知る。それもまた新鮮なことです。

富山県には「旅の人」と言う言葉があります。
いつかその地を離れていく私たち転勤族などを、このように呼ぶのです。
それでも、たった数年かも知れないけれど、私たちは生活をした土地土地での、いろんな暮らした中での思い出を持ち続けてます。
そして、それぞれの土地で、地域に人に、馴染みたいと思っています。
ですから、いろんな道を走り、訪問先へ伺い、お話をする、人と関わることが、とても嬉しかったりします。
地域と繋がっていくことで、私自身も、その地域に根付いていっているような気がするのです。
そんな喜びもこっそり持ちつつ、今日も私は自転車に乗って、地域を走っています。


地域保健推進員   (2002.4月) 

この4月から、出産・育児のために辞めていた仕事を、3年ぶりに再開することにしました。
職名は「地域保健推進員」と言います。聞きなれない名前ですよね。
せっかくの機会ですから、少し説明させてくださいね。
市からの委嘱で、自宅近くの地域で、介護保険適用外の寝たきり・虚弱を対象とした、
訪問看護指導を行うものです。
訪問看護指導???これまた、聞きなれないですよね。(笑)
病院からの往診の付き添いや内服薬のお届けとは違って、
医療行為より、どちらかと言うと福祉に近いかもしれません。

まず対象は、在宅で生活されているけれども、寝たきりで介護を受けつつ生活していながらも、
年齢や疾患名など諸事情によって、介護保険の適用になれない方、
介護保険を適用するにはお元気だけれども、一人暮らしだったり、自立にはやや不安があり、
少しご様子をうかがっていった方が良い方となります。
保健師が訪問できればいいけれど、なにぶん住民全てが対象の保健師では追いつかず、
地域の看護職者に委嘱されているのです。
訪問して何をするかと言いますと、
「ご自宅での生活を健康に長く続けていっていただくための健康面でのアドバイス」です。
病院でもそうですが、対象との面接により、対象の健康上の問題点を挙げ、
目標を長期・短期に分けて定め、実践し、担当保健師と共に評価をしていきます。
その中に、健康状態のチェック・内服薬や病状管理・日常生活動作の補助・転倒予防や介護方法の指導・
リハビリ・対象や介護者の精神状態安定目的のコミュニケーションなどが入ってきます。
日常生活を送る上でのより良い方法を、専門職の知識・技術の中からお伝えしたり、
活用できる市のサービスの利用へ結びつけたりと言った、
地域担当の保健師との橋渡しの役目といったところでしょうか。

私の場合、のんのんが幼稚園に行っている間、週に2〜3日くらい、1回2時間程度働く感じです。
指導の幅も広そうだし、久しぶりの再開にドキドキしているのが正直な気持ちです。
もともと地域看護にはとても興味がありました。
暮らしてきた地域で寝たきりにならず健康に生活を送ること、
介護やサービスに助けられながらも楽しい我が家で過ごすことが、人にとってよりよいと思うからです。
岐阜の時に、「訪問看護婦養成講習会」の聴講をさせていただいたこともあります。
ですから、時間的にも場所的にも、いい仕事にめぐり合えたと思っています。
今までの仕事の中で培ってきた技術や知識を使いながら、育児を通して成長してきた今の私で何ができるのか、
仕事ではあるけれど、私にとってもいい経験・勉強になりそうです。
またとても意欲的な方が多く、連絡会や研修もあり、いろんな看護職から学ぶ機会もありそうで、とても楽しみです。
そして、遠い香川で祖母を介護している母を、得た知識や情報で、少しでも手伝えることができたらと強く思っています。

こちらでも、看護を通して感じたことなどを時々綴っていくつもりです。
介護や老後を他人事と思わず、興味を示してもらえると嬉しいです。


子どもが病気にかかったら  (2002.2月) 

インフルエンザや風邪が流行る時期となりました。
看護婦のママは、どのように病院を見つけるのだろう?
先生にはどんなことを質問してるだろう?
自分の子どもが病気になった時って、どんな感じなんだろう?
そう思われる方が、いらっしゃるかもしれませんね。

私自身は、岐阜の時も千葉も、ご近所の仲良くしていただいているママ数人に、「どこの小児科に通ってる?」と聞いてきました。
その中で、通院に便利で、良い評判を聞いたところに通っています。
大切なのは、病院全体(とりわけ先生!)との相性が、ママ自身と合うか?だと思います。
話が聞きやすい先生がいい人もいれば、いわゆる腕のいい人なら多少の頑固さには目をつぶるとか、ありますよね。
のんのんのかかりつけの先生は、
岐阜では、ハッキリとものを言うけれど、キッチリとフォローをしてくれ、患者の立場に立ってくれる女医さん。
千葉は、お忙しそうなのに、こちらが尋ねると、一端あげた腰を椅子に戻して、丁寧に答えてくれる先生です。
どちらもとても信頼のおける方です。

受診にはどうなったら行くか?ですが、
もっと小さい1歳代の頃、のんのんには喘息性気管支炎があり、先生からも「ゼコゼコいったら、受診するよう」言われていました。
ですから、気管支・呼吸系には私も慎重になって、早めに受診し、軽く済むようにしていました。
3歳近くなった今では、上気道も強くなってきたようで、随分治まってきました。
発熱時は、のんのんの状態を見て、グッタリしていなければ、そのまま様子を見ます。
39℃近くでグッタリしていれば、解熱剤を使い、それでもよくならない時に受診、といった感じでしょうか?
今のところ、熱性痙攣は起きたことがありません。
下痢・嘔吐も、よほどひどくなければ、受診しません。水分を取りつつ、様子を見ています。
水疱瘡は、水疱が一つでも出たらすぐに受診して薬をもらった方が早く良くなる、と聞いていたので、すぐに受診しました。
脳外科に勤務していたこともあり、かなりの重症患者を診てきたせいか、
のんのんが吐いたりして少し大変な時の方が、冷静に優しく(笑)対処しているかもしれません。
よほどの時以外病院に行かないのかというと、しんどい子どもをわざわざ病院へ連れて行って待つより、
自宅でゆっくり休ませて、人間に備わっている自然治癒力に任せる方を選ぶからでしょうか。
でも、このあたりは人それぞれだと思います。
ひどくならないように早めに受診し、投薬することもありますよね。
「母親の保健行動を子どもも真似る傾向がある」という研究文献もあります。
ご自分のお母さんのとられた方法が少なからず影響していることもあるでしょう。
ご自分や子どもさんにとって、最適の方法をとられることをおすすめします。

さて、病院にかかった時。
先生には、家庭での過ごし方を中心に質問します。
例えば、どうなったらお風呂はだめか?外遊びはしていいのか?
食事で気をつけること、受診の必要性がある場合、・・・
家での看護はやはりママが担うことになるでしょうから、判断に迷うようなことを聞いておきます。
病棟でも、生活行動範囲や食事・緊急時の対応・薬に関することなどにポイントをおいて、先生に聞いていくんですよ。
薬を飲んで、何かいつもと違う時など、よく分からないけど「あれっ?」って思うことがありますよね。
そういうことは、先生に悪いと思わず聞いたほうがいいです。後悔先に立たずですから。
何でもなければ、一安心ですしね。
質問することを忘れてしまう時は、紙に書いておきましょう。
また、先生に聞きづらい時は、看護婦を味方につける方法もあるでしょう。看護婦にもよるのでしょうけどね。

私の場合はこんな感じで、のんのんの健康状態を見ています。
一番大切なことは、子どもの正常な全身状態をキッチリと把握しておくことではないでしょうか。
その状態が閾値を越えて悪いのかどうかだと思います。
不安なときはすぐに受診し、判断を仰ぎましょう。そのための専門家、先生・医者なのですから。


乳幼児健診  (2002.2月) 

今回、乳幼児健診に関する依頼を受けたこともあり、少しその頃のことを。

のんのんの場合、乳幼児健診は4ヵ月・10ヵ月・1歳6ヵ月・3歳(これから)です。
自治体により、健診月齢や委託診察など、多少の違いがありますよね。
4ヵ月・10ヵ月健診は元いた職場に顔を出す感じでしたので、
順調に成長していることを確認する程度で、結構なぁなぁでした。
私自身も大体のことは分かっていたので、不安も特になかったように思います。
岐阜では、待っている間も遊べるように、床に直接赤ちゃんを寝させることができました。
時期に応じたおもちゃなどがたくさん用意され、
おしゃべりをしながら待つ雰囲気がとてもよかったように思います。流れもスムーズでした。

途中で転勤が入り、私は2つの自治体による乳幼児健診を受ける機会に恵まれました。
千葉では、椅子で待たなくてはなりませんでした。
おもちゃもなく、手遊びや歌を歌って待ち時間を過ごしましたが、
ものすごい人数が待っていて、とても長く感じました。
健診では保健婦よりも歯科衛生士の方が、気さくにお話が聞けた気がしました。
1ヵ所でしか受けた事がないと「こういうもの」と思いがちですが、「地域によって色々」ですね。

私自身が乳幼児健診をする立場だったこともあります。
4ヵ月・10ヵ月・1歳6ヵ月・3歳と、問診や先生の診察介助を行っていました。
乳幼児健診の一番の目的は、
「子どもの成長・発育における異常を早期に発見し、必要な治療や指導を行う」ことです。
けれど、それだけでなく、乳幼児健診の場でお母さん方は普段の不安や悩みを口に出し、
それを保健婦が聞くことで、スッキリしたり、自分で答えを見つけたりしていたように思います。
そのような場であることを保健婦が理解しているとないのとでは、違うのかもしれませんね。
問診で、これから生まれてくる子どもやお母さんの体調のことに耳を傾けたりすることも、
育児を担うお母さんの精神状態を安定させる意味で、私は必要なことだと時間を取っていました。
診察で心配なことをうまく先生に伝えにくいお母さんの場合は、直接介助する保健婦に伝えたり。
1歳6ヵ月や3歳で急に知らないおばさんの前で話せといっても無理ですよね。
遊びや面白さで引き付けながら、成長度合いを確認したりもしました。
言葉が遅れていて心配な時、「言葉の先生はいらっしゃるけど、みてもらう?」と、
こちらは待つ姿勢を見せた時、お母さんなりに結論を出されたりしていました。

私たち保健婦のように、たくさんの事例をみていれば、心配ないと割り切れることも、
初めての育児に、育児本を頼りに毎日向き合っているお母さんたちには、不安なことも多いでしょう。
成長には幅があり、子どもの個性も色々であり、一般的なラインに入らなくてもしばらく様子をみる余裕を伝えることも大切だと感じます。
また、お母さん自身も、例えば、「1歳6ヵ月前なのに刺身を食べさしてしまった、どうしよう・・・」など、
育児本の通り、キッチリ・キッチリ育児をしていなくてもいいのです。
愛情をかけていれば、子どもはまっすぐに健康に育つ!と私は思っています。



受付  (2001.4月) 〜患者さん側の立場からメールをいただきました。ありがとうございました。〜

体調を崩してから肌の調子が悪く、おでこはカサカサ、あちこちに吹き出物が出来てしまいました。
体調が戻ってもなぜか肌はきたないままなんです。 
全然よくならないので皮膚科に行く事に。
家の近くで、メインは内科なんだけど週イチで皮膚科もやっている病院です。 

受付に行って診察券を出しました。 
待合室にはかなりの人がいて時間がかかりそう。そこで、受付の人に聞いてみる事にしました。 
時間がかかるようなら、診察券を出して1度家に帰ってまた来よう。

私:「混んでますか?」
受付の人:「そうですね〜。 今日は、1週間に1度の皮膚科の日ですからねぇ〜。 
15番目だから1時間ちょっとかかるかなぁ?」
私:「じゃ、1度出て1時間後にまた来ますから・・・。」
受付の人:「いや〜、それはちょっと。 一時間後に来られても、順番過ぎてて後回しになってるかもしれませんよ。」
私:「そうですか。 じゃ、45分後に。」
受付の人:「それもちょっと。 どれだけ時間がかかるかわかりませんから。」
私:「それじゃ〜、確実な時間は? 何分ならいいですか? 30分なら大丈夫ですか?」
受付の人:「だから、時間はわかんないんですよ! 人それぞれ診察時間は違いますからね。」(少しむっとしてる。)
私:「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・。」
私:「じゃ、もういいです。 また、来ます。」

結局、私はそのまま帰ってしまいました。  
もう少しで「受付やってたら、大体の時間わかるでしょ?」って言いそうになりました。
大体でわかりませんか? 
私だって時間がきっちりわからないくらいわかってます。だから、聞いて少し早めに来るつもりでいたんです。 
なのにわからないの一点張り。 
もう少し融通利かせてくれてもいいんじゃないですか? 
あとで文句を言われると思ってるんでしょうか?

それにしても、もう少し他の言い方もあるだろうに。何であんなに高飛車な言い方をするんだろう・・・。
病院って何であんなにえらそうなんでしょう? 全部がそうじゃないけれど・・・。
診てやってるって気持ちがあるんでしょうか・・・? 明らかにそういう態度の先生とかもいるし・・・。

病院だってある意味サービス業でしょ? 患者さんあっての病院ってところもあるじゃないですか?
もう少し、患者のことを考えてくれてもいいんじゃないの? 
しんどい時の待ち時間が長いのってすごく辛いですよ。(今回はしんどかったわけじゃな いけど。)
待たせて当たり前って思ってないですか? 

なんだか怒りにまかせて書いちゃったけど、これって私のわがままかな?
みなさんはどう思いますか?

のんのんママさんが、元看護婦さんだから言うんじゃなく、私は今まで 看護婦さんに嫌な思いさせられたことはないです。 
私が、不審に思うのは先生の方が多いかな?今までに、何回かいやな思いしたから・・・。 
でも、半分は自分の勉強不足だから仕方ないと思うようにしています。

人間病気の時は、すごく気が弱くなって誰かにすがりたい、助けて欲しいって思っちゃうんですよ。
そんな時に、優しくしかもきちっと対応してくれたらどんなに気持ちが落ち着くか。
反対に冷たく扱われたり、きちっとした説明がなかったりすると、すごく不安なんです。
患者が頼れるのは、先生や看護婦さんしかいないんですから。

それに、患者は立場が弱く感じてて「もし、何か先生の気を損ねるような事を言ったら、治療をしてもらえなくなるんじゃないだろうか?」
なんて思ったりもするんです。
実際はそんなことはないのかもしれないですけど、患者側も診てもらっているって意識が強いのかもしれません。
実際に私もなかなか質問出来ないときがあります。

医療者、患者、両方が少しでも近づけたらいいですね。
お仕事忙しくて大変だと思いますが、みなさんがんばってください。
私も賢い患者を目指します。


ご意見ありがとうございました。患者さん側の思いがとても伝わってきました。
今回は受付の方のことでしたが、看護婦は違う!!とは言い切れない出来事ですね。
私自身、在職中はできる限り、「患者さんの思いを汲み取った行動を」と心がけてきましたが、
ホテルや百貨店の様な「お客様」への真摯な対応ができていたかというと、そうではなかったように思います。
つい目先の忙しさにかまけてしまったり、患者さんとなれあいになって、甘えてしまっていたり…。反省するところが多いです。

ここ最近、病院でも顧客満足度を上げる対応を行っている病院も増えてきていますが、
実際のところ、まだまだ「診てやっている」気質が病院全体に残っていることは、事実のようですね。
病院が偉い、医者が偉いという時代はとっくに過ぎているのに、なかなか古い体質を変えることのできない職場の1つです。
せめて、患者さんのご意見を心にとめる姿勢を、私たち医療者は見せていきたいものです。

私は看護婦は患者に一番近い医療者だと思っています。
患者さんが先生に言いにくいことを、看護婦が察して上手に伝えていくことも、
気持ちよく患者さんが治療に臨める環境を作るという点で、仕事の1つだと考えます。
そんな私たちでも、何気ない話し方が、体調を崩している患者さんにとてもつらい一言を投げかけているかもしれないと、教えてもらった気がします。(by のんのんママ)

 

 

病院を選ぶ基準と、看護の質  (2001.4月)

皆さんは病院を選ぶ時、何が一番のポイントですか?
私の場合、「先生の患者への態度」です。こちらの質問したことに対し、分かりやすくきちんと答えてくれると、信頼感がもてます。
「インフォーム・ド・コンセント」は、どんなに小さな治療でも必要だと思っています。

正直なところ、今まで通院した産婦人科も、小児科も「看護の質」を基準に選んだことがないのです。
「看護婦さんがいいから。」「あそこの看護はしっかりしてるよ。」という評判を耳にしないのは、どうしてなんでしょうか?
それだけ、患者さんに看護の具体的な内容が、伝わっていないということでしょうか?
働いている側にすれば、あれだけ患者さんについて情報を収集し、看護計画を立て、実践しているのに・・・。
外来診療では、先生の治療が目的となり、看護婦は補助的な立場となるため、なかなかそこまでできていないことも事実としてあるのでしょうが。

確かに他の職業でも、同じなのかもしれません。
保育園や幼稚園、金融関係…人が表に出てくる職業なのに、行事内容や設備、金利などハード面の良し悪しで選ぶ事って多くないですか?
ハード面も人が考え出したものではあるのですが、実際に関わっている人の結果は反映されにくい様に思います。
人の直接的な行動・対応が人の心を動かすことって、とても難しいことなのですね。
また、それを期待してはならないのでしょうか?

 

 〜とても励みになるメールをいただきました。ありがとうございました。〜

私も子供の頃から病院 とは何故か縁の切れない人間で、
小学生の頃の2度の入院、2度の切迫早産での入院 と、看護婦さんには随分お世話になりました。
高校生の頃には、本気で看護婦にな りたいと考えたりもしたのですが、持病で諦めました。
出産は、内科でかかっていた都内の病院でしたが、2度目はこちらの市内の病院でと、通院をしていました。
でも、先生・看護婦さんの対応、体制に不安を感じ、結局元の病院での出産となりました。
何しろ自宅から遠いし、上の子の心配もありましたが、
自分が納得できる環境で出産させてもらえて、今でも感謝しています。
そりゃ、100%満足のゆく病院という訳でもありませんでしたが、
一度その病院で入院・出産を経験して、何故か看護婦さん達の顔が一番に思い出されて、
迷わずこの病院への転院を決めました。
出産時に頼りになるのは、医者より助産婦だと思っていましたから。
切迫早産は病気ではありませんが、大きなお腹と不安を抱えてベッドの上にいることは、やはりストレスです。
そんな時、笑顔で接してくれる看護婦さん達を見ていて、「白衣の天使」って本当だなあ、と思いました。
少なくとも、こちらの看護婦さん達は、しっかりと教育を受けて、プライドを持って仕事に臨んでいるのが見て判りましたから。
私にとって、下の子の時は、いろんな意味で印象深い出産でした。
それだけに、忘れられない看護婦さんとのエピソードも幾つかありますし、
2ヶ月近くを同室で過ごした3人の切迫仲間とも、未だに行き来をしています。
唯一心残りなのが、私自身の医療に対する認識・意識がまだまだ低くて、
先生や看護婦さんとの関わり方という点で、病院にとって都合のいい患者(?)になってしまっていたかなあ、と言う事です。
それでも、担当の助産婦さんが私の要望を聞き出してくれたり、いろいろ助言をくれたりと、本当に心強かったです。
忘れられない看護婦さんです。

ご意見ありがとうございました。看護婦への思い、読んでいてとても嬉しかったです。
看護婦として働いていて、患者さんに接していて、
「本当にこの関わり方で、満足されているのかしら?」と悩むことが多くありました。
子どもを産む前で、経験も浅く、年齢も気持ちも若い若いお嬢さんだったと、本当に思うのです。
ですから、「何故か看護婦さん達の顔が一番に思い出されて、迷わずこの病院への転院を決めました。」
そう言っていただけて、私たちをこうしてみてくださっている方がいると実感できました。
看護婦としてのプライドを忘れず、看護婦だからできることを考え、行動していく私たちの自信に繋がりました。
このメールを読み、明日からまた元気に働ける看護婦が増えることと思います。
                                   (by のんのんママ)



復職  (2001.4月)

子どもを出産するまで、何らかの形で仕事に携わっていた私ですが、出産を機に看護から離れて、もう2年が過ぎました。
知り合いで仕事を続けている人が多いので、ブランクができて、看護技術や知識の面で遅れをとることに焦りを感じる時期もありました。
今でも、募集の広告を見ると、「働いてみたい!!」と思います。
看護の話をしていると、心がワクワクしてくるのがわかります。

けれど、私の場合、仕事をしながら家事・育児をこなすことは性格的に無理なんですね。
そして、「仕事」と「子ども」、どちらをとるかといえば、私の場合は「子ども」でした。
子どもの手が離れてから、その時の丁度良いスタンスで仕事とは関わっていきたいと思っています。

子どもを持ちながら働いている方もたくさんいらっしゃいます。
そのほうが上手くバランスがとれる方、辞めるに辞められない方、様々でしょう。
復職してみていかがですか?子どもを持って、今までとは違って見えてきたこと、仕事と家事と育児のバランス、子どもとの家庭での関わり、などなど。
私の知らない世界ですので、色々お聞きしたいです。
これから、復職する方にもぜひ、アドバイスをお願いします。

      〜復職に関して、メールをいただきました。ありがとうございました。〜

仕事をしている人が妊娠した時、仕事をどうするか?って悩みますよね。
私の仕事は、企業の健康管理の仕事をしています。
私は妊娠して退職する女性社員の方をたくさん見ています。9割近くの方が退職していると思います。(私は医療職ですが、その他の多くの女性社員は、旅行業です)
そんな中で、私自身が妊娠した時、仕事、育児について、特に悩む事はありませんでした。幸い、日勤で残業もない仕事だったので、妊娠が退職を決意させる理由にはなりませんでした。

出産を終えてからその考えががらりと変わりました。
はっきり言って、退職しなかったことを後悔しました。復職する日まで、あと何ヶ月と数えてはため息をつくようになりました。
子供がこんなにもかわいくて、いとしい存在なんて、出産前には思いもよりませんでした。
復職1ヶ月前から、慣らし保育で保育園へ行くようになりました。初めは、預けるたびに大泣きされて、私と引き離されるのを嫌がります。子供にとっても試練ですが、親にとっても試練です。
保育園へ預けて働くなんて、私はなんて悪い事をしているんだろうかって罪悪感に悩まされました。

その後、私が復職してからは、身体的にも精神的にも本当に大変でした。
保育園は、7:20〜17:40くらい預かってもらっています。家に帰ってきてから、夕食のしたく、お風呂、洗濯、子供を寝かしつける、保育園の日記を書くetc…・毎日、くたくたです。
しかも、初めのころは、子供も環境に慣れないせいもあり、熱を出して呼び出されたり、休んだり、その度に私も仕事を早退したり、休んだりしていました。
復職してすぐは何でもやる気マンマンだったのですが、
職場内では、私はいつ休むかわからないので、即戦力から外されていて、なんとなく中途半端…(出産前と同じようにがんばれないもどかしさ、仕事が終わったら、わき目も振らず保育園へ走る日々…)
家では、食事の支度、洗濯などの家事、育児をしなくてはならないのですが、それらを完璧にはこなせなせなくて中途半端…
なんだか、すべてが中途半端のような気がして、“これでいいのかな”って思います。
一番の悩みは、やはり、“育児”です。子供と接する時間は、1日に3時間くらい…その中で、ゆっくりできる時間は、1〜2時間です。
よく3歳児神話と言われていますよね。3歳までの親の関わり方が大切と…1日、数時間しか接する事ができなくて、子供の成長にとって、今の環境でいいのかなと悩みます。
しつけ、教育的な事…何においても、短い時間の中で何ができるのだろう…と思います。
悩んでも答えは出ないので、今の環境でできること、1日少ない時間でも子供とのふれあいを大切にするようにしています。
多分…子供が小さいうちは、母親といっしょにいるのが一番良い環境だと、私は思います。

でも、我が家の場合は、今のところ保育園へ入れよかったなと思っています。
一つは、今まで、一人で試行錯誤していた育児ですが、保母さんからのアドバイスを頂けたり、ちょっとした事でも、保母さんにすぐ相談できるので、助かります。
あと、同じ位の年齢の子供がたくさんいる環境は我が子にとっては、良かったようです。保育園へ行くようになって、性格的にも明るく積極的になったし、親意外の人から子供を見てもらえる目があるという事…
あと、子供と離れる時間がある事で、子供の大切さをより実感できています。お迎えに行った時は、毎日、感動的な再会といった感じで、毎回思い切り抱きしめてあげたくなります。

働くママは、これからどんどん増えてくると思います。
働くママ達と、いろいろ悩みを相談しあったり、励ましあえるような環境があったら良いなと思います。
子育てに関しても、保育園へ預けていても大丈夫!!って言う声がたくさん聞かれるようになったら安心できます。
結局、働くママがいいのか、専業主婦がいいのか、答えはないのですが、とりあえず、今の環境でがんばっていくしかないですよね。
ご意見ありがとうございました。読んでみて、専業主婦の私がホッとしたというのが正直な感想です。
出産を機に自分で決断して仕事を辞めたはずなのに、子育てだけでいいのかなぁと悩んでしまう・・・
でも、働いてらっしゃる方もこれでいいのか悩んでいると知って、同じママとしての親近感がとても湧きました。
きっと、どちらがいいなんてことは言えないのですよね。ママがイキイキとしていられる毎日を過ごすことがベストなのでしょう。
そして、どちらを選んだとしても、子どもの成長に寄り添うだけの気持ちを常に持ち合わせていたいですね。
「働く」「働かない」でママ同士が線を引いてしまわずに、情報を交換し励ましあえる環境って理想ですね。(by のんのんママ)


「生きる」ことを学ぶ (2001.3月)

よく、「看護婦さんって、尊敬するわ。」と言ってくださいますが、ほんとに、そんなことはないんです。
私は患者さんから「生きる」ということを、身をもって教えていただきました。

看護婦という仕事は、確かに命と向き合っているのでシビアです。
患者さんの死や退院、障害を持って生きていくことの受容過程を見つめ、
人が日々当たり前に生きていけることのありがたさを強く感じました。

助産婦の時には、生命の誕生の素晴らしい瞬間に立ち会い、
ご家族の幸せそうな笑顔から、家族を作っていく素晴らしさを教えてもらしました。

尊敬するのは、生きていこうとする人です。
多くの患者さんに出会えたから、今の私がいる。
とても素晴らしい人生の先生です。


独身時代 (2001.3月)

30代になったからか、結婚したからか、子どもを持ったからか、
独身の頃の仕事振りを思い出すと、まさしく、「青かったなぁ。」と感じます。

あの頃は、若さも体力も元気もありました。
私自身のポリシーとして「患者さんには優しく(身内に厳しい!!)」があり、患者さんたちとの関係も円満で、毎日働くことがとても楽しかったです。
それでも、いろんな患者さんがいると個性もそれぞれで、中には若くて短気な私には受け止め切れない方もいらっしゃました。

でも、今振り返るとなぜ受け止められなかったのかなぁと思うのです。
結婚して微妙に違う価値観の相手と暮らすようになって、相手と折り合っていくことを知り、
子どもという、自分のペースで毎日が動いていかない対象を持ち、上手なあきらめ方を知りました。
今なら、もっともっと患者さんに余計な負担を掛けることなく、入院生活を過ごしていただけたかも。
実際に働いていないから、そういえるのかもしれませんが…

そんな世間知らずの私を、患者さんやご家族が暖かく包んでくれていたように思います。
本当に感謝の思いでいっぱいです。


初めての入院 (2001.3月)

出産のための入院は、私にとって初めての入院体験でした。
産婦なので、患者とは少し違うのかもしれませんが、看護を受ける立場を実感できました。

以前は、看護婦はベースとして優しい人に、上手な看護技術が備わっていることが大切と思って、働いていました。
が、入院中、プロに求めたのは技術がしっかりしていること。優しければなおさらいい。
それでも、出産した友人等に聞くと、「看護婦さんに怒られた。」「怖かった。」という感想が出てきます。
う〜ん、やはり看護婦にもっとも大切なのは優しさ?
命への直結具合にも寄るのでしょうけど・・・

もうひとつは、看護婦にとっては「多くのケア対象の新生児の1人」でも、
ママにとっては「たった一人のかけがえのない赤ちゃん」ということ。
ママは看護婦の赤ちゃんの扱い方をずっとみています。
ベッドへの赤ちゃんの寝かせ方、ミルクのあげ方、泣いてる赤ちゃんへの話し掛け・・・
家族を持ってつくづく思いますが、他に代われる人はいないのですね。
赤ちゃんに限らず、本当に接し方には十分な注意が必要だと思いました。



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