時間ができた時に手にとった、いくつかの本。
本も出会いだなぁと感じます。
こちらでは
そんな私の心に響いた本をご紹介したり、
過ごしていく中で、ふと感じたこと
書き留めておきたい情報などを集めています。
| シンプルイズベスト (2004.6.17) | ||||
| 一本の花木を生ける度に、余分な葉や枝などを落として使います。 できる限りシンプルに生けた方が美しさは際立ちます。すっきりさせると摘めたところが生きてくるのです。 生活する部屋のしつらいだって同じでしょう?と先生はおっしゃいます。 本当に必要なものだけを残して暮らせば、すっきりとしたその美しさが自然と輝いてくる。 その人のココロが映し出される生け花では、普段の暮らしからぞんざいにしないということでしょうか。 |
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| 生け花と江戸前鮨 (2004.5.27) | ||||
| 草月では花の向きたい方向に生けることが大切です。 かといって花のあるがままに生けるのでは、花を大地から切り取っている意味がありません。 花のありように添いながら、より美しく生けるための仕事を加える。これが草月の生け花の基本です。 そして、見えない部分でのきっちりした仕事が花を活かす要素になってくるのです。 これって江戸前すし職人に似てるかも。先生のお話を伺っていたときにそう思いました。 イキのよい魚はそのまま刺身に切って握ったって十分おいしい。 けれど江戸前鮨はそこに、ヅケにしたり、少し塩と柑橘系を添えたり、酢じめにしたり…と手を加えていく。 これはその魚のおいしさをさらに引き出すための仕事なんですよね。 素材をより活かすために少しの細工を加える…草月のココロとリンクしてきませんか? 元をたどると、本来の美しさがより引き立つよう手を加えることが、日本らしい「仕事」なのかしら?なんて考えてしまいます。 |
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| 草月に思う (2004.5.27) | ||||
| 月に1回草月流を学び始めて一年が過ぎました。 出掛ける前は足取りが重い日もありました。 でも教室に着き、目の前の花のことだけを見つめて、何もかも忘れ生け終わった頃には、 「今日も来てよかった」とスッキリとした気持ちに変わっています。 生け花を通して私は何を学んでいるのだろうと考えた時に、 単に花を美しく生けることだけではないことに気付きます。 花を生けながら、―人としてのココロのあり方―を先生から教えてもらっているなといつも感じています。 |
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| 私らしさって? (2004.3.18) | ||||
| “居心地のよい場所”の別ページでご紹介している月1回のお花の時間も、 今年に入って2年目を迎えました。 1年間草月流のお花と向き合い、先生とお話をしているうちに、 草月流の「花のあるがままを受け止め、その人の個性で花を生ける」気持ちが とても私に合っていると理解でき、転勤でどこへ行っても草月で学んでいけるように、 今年からはテキストに添って一からお花の生け方の基礎を学んでいます。 今は初歩も初歩の段階なのですが、生け終わって先生に見ていただくと 「のんのんママさんらしく生かっていますね。」とおっしゃるのです。 ---フム???私らしいとは?--- 先生がおっしゃるには、「花は生けられた段階でその人そのものになる」のだそうです。 同じ花材や花器を使っても、その人の個性がそこに映し出されてくるのだとか。 だから展覧会での自由花は、すぐに誰の作品か分かるんだそうです。 確かにここしばらくお花を生けていて感じるのは、性格が生け方のセンスを左右してしまうなぁということこと。 思い切ったことができない私は、最後の最後で手堅くまとめてしまう… お花を生けている中でその先にいる私自身を見つめてしまうのです。 ---自分と向き合う生け花って本当に面白い!--- 私らしいお花が一体どんなものなのか、先生の口からお聞きできなかったのですけど、 私が理想とする私自身がいつかお花の中に存在していたら… それはとても嬉しいことだなと思いますね。 |