出産までの事 長男編
御懐妊まで!
長男を出産するまでは結構病院通いだった。仕事をしてるときから極端な生理不順で
病院にいくとこのままでは不妊になるよ。といわれ週に三回ホルモン注射を打ちに行った。
通院する事一年結婚が決まったので引っ越す事に。病院も止めてしばらくばたばたしていた。
ふと気がつくと半年間生理がない。でも覚えもないので病院に行くと生理不順ですね。といわれた。
飲み薬と注射で治療しなんとか正常な生理が来てまた、翌月になると今度は生理が止まらない(笑)
もう一週間・・・二週間・・・・三週間・・・・生理になりっぱなし(笑)
なので、また病院に行った引越し先での病院はちょっと雑誌に載るような有名な病院だったのですごく綺麗でなんとなく通いやすかったので豆に通ったな。
で、今度は生理をとめる薬をもらった。
そんな生理不順のほかに激痛と戦う生理痛というのがあった。夜中に転げまわったりするのはしょっちゅうで家族が心配して救急車を呼ぶこと数回。原因不明の腹痛・・・と処理され病院を転々と回った結果ある日かなりひどい膀胱炎になり?尿がどす黒くなって入院。で、調べた結果子宮内膜症。内膜症がすすんで子宮にたまった血液が膀胱に回ってかさぶたを作って血尿がでたらしい?で、管を通す事一週間。なんとか正常な尿が出た。
その間子宮にカメラを入れるという検査もしてちょっと左の子宮が小さい事がわかった。
退院しても病院に通いつづけやっと!生理が普通に来るようになって・・・・生理が止まってしまった。
病院にまた逆戻り・・・・と思いきや。御懐妊!
先生もカルテにはなまるを書いてくれた。
御懐妊から数週間
懐妊してから数日後おなかがちくちく痛くなってきた。
流産なんてことにならないか心配だったのでまた病院へいった。(車で15分ぐらい)
「おなかがちくちくするんですけど」
と、いうと子宮が伸びてるから痛むんですよといわれた。
なるほど・・・そうかもな・・・・・。
その後ちくちくが続き終いには出血もし始めた。
再び病院へ。
「出血してるんですけど」
切迫流産の疑いがありますね。今のところ安静にしていてください。
といわれた。
家で安静にしていたせいか?出血は止まったが今度はすごいつわりだ。
八ヶ月・・・・まだまだ気持ちが悪い。
食べられるのは冷やし中華となぜかとんかつカツどんだと気持ちが悪くなった(笑)
で、そのせいかどんどん太った。
一ヶ月に四キロも太るという時もあった。
すげー。
我ながら感心したふとりっぷりだ!!
順調に10ヶ月過ごせるだろうか?・・・・・・。
もしや破水??!
出産を控えて私は地元に帰ってきていた。
12月19日寝返りをうとうかなぁーなんておもいつつ、うとうとしていたら「ん?」じわーっと何やら染みてきた。
ちょっとおおい「おりもの」って感じだったんだけどまてよ?ちょっと多いんじゃないか?
ふと時計を見ると朝の五時半。母の家にいたものの夜の仕事をしている母を今起こすのは気の毒だ。
もう少し様子を見ようと生理用のよるようナプキンでもあてて横になっていた。
朝の七時。そろそろ起こすか、ナプキンは間に合わないぐらい破水してる。
ちなみにおなかは痛くない。なんとなくしくしく〜って感じだった。
母に破水してるんだけどーなんてのんきに言いに行ったら一人パニックになっていた。(笑)
病院に電話してくれたんだけど娘の嫁ぎ先の苗字が思い出せなかったらしい(笑)半分寝ぼけていたのかも。
そして車に乗り込もうとしたとき、駐車場の隣のすし屋のかあちゃんが、窓をがらりと開けて「あらー生まれそうなの?がんばってねぇー」と手を振ってきた。窓から様子見てんなよ・・・・。
病院についたんだけどもう、破水しちゃってるからローカに水が落ちる落ちる。
ちなみに破水をするとT字帯というふんどしみたいなやつで超特大ナプキンみたいなので抑えておくんだがまったく聞かない。どんどん破水。陣痛なし。
その間促進剤やらなにやら、処置をするわけだがおなかが痛くなってもお昼ご飯はしっかり食べた。
そして陣痛がおき始めて数時間、ずっと分娩室で一人取り残された・・・・。
陣痛室は荷物置き場と化していた。
誰かきて〜
結構大きめの病院だったが設備はめっちゃ古い。
なので分娩室は大きな処置室という感じで、ベットはかたい椅子のようなものだった。
でもって点滴をずっとしてるからトイレが近くなる。
いっていいのか?この部屋からでていいのか?と思ったが聞くにも看護婦さんなんて人っ子一人いない。
頭の上に執事を呼ぶようなベルがおいてある。
ちょっとやってみた。「ちりんちりーん」
「・・・・・・・・」
誰もこない。あたりまえだよな。聞こえるわけがない。
で、仕方がないので陣痛の合間を縫って点滴片手にトイレに行った。
点滴をドアに引っ掛けてよいしょ・・・・と座ろうとするが何じゃーこのトイレ。?
ドアからずいぶんおくに便座がある。管がとどくのか・・・?
なんとかとどいた・・・・あたたたたたたたっ
ふと見ると点滴逆流していた。血が上がっている。
やべやべ。と思いつつ点滴をうえに持ち上げなんとか収まった。
で、ふたたび陣痛が収まるのを待って分娩室へ。
よろよろと硬いベットに横になる。
そうこうする内に朝の七時半に病院に到着後八時間が経過・・・・・
看護婦が時々遠くのほうで話をしている、どうやらナースステーションがあるらしい。
ちょっと呼んで見るか。
ちりんちりーん・・・・
ぱたぱたぱた・・・・・・
やっときた。
「あのーちょっといきみたい感じがするんですけど〜」
ひっひっふ〜×無限をくりかえしながらそういった。
ちょっと子宮口を測ってみる9センチ・・・・
おしいっあと一センチだ。
看護婦さんはもう少しだねといいつつ注射器をおもむろに肩へぶすり・・・
「なんですか?それ?」
「子宮を広げる薬だよ」
「なるほど・・・」
このころになると冗談抜きにおなかが痛いというか腰が割れるかと思っていた。
そして、そろそろ生まれるんじゃないかと自分でもそう思っているころ。やっぱこの病院って古いんだな。
と、思った。
産まれましたよ〜
そろそろ産まれるんじゃないかと思ったころ、そしてもう、痛みを逃がすには限界を感じていたころそれは始まった。
ばたばたと何やら部品を装着してるのだ。
硬いベットに。(笑)
まず腕をまっすぐ伸ばしたところに皮製のわっかのベルトを引っ掛けていた。もちろん両手分。
そして足の部分のベット部分を取り外し、和紙のような紙をお尻の下に敷き、足を乗っける台を取り付けだした。
ねじ式だ。
足には時代劇で旅人が巻いている白いたびをはき(ひざくらいの長さ)滑り止めになっていた。
その準備ができたころ、?内線電話で看護婦が医師に連絡。おばあちゃん先生か?院長の息子か?どっちだ?なんて思いながら陣痛と戦っていた、分娩室の外で昼間帰ってしまっていた母が「がんばれー!」と叫んでいた。
結構はずかしい。・・・・・。
「ハイ、いきんでーーー」
の、掛け声に思わず顔だけが力が入ってしまってうまくいきめない。
「はい、顔じゃなくてお尻にちからいれてーーー」
と、言われるが二回目もうまくできない。
三回目にしてうまくできた。
結構いきみだすと、腹痛はどこへやら?
ちょっと痛くないので休憩・・・痛くなるとはいっがんばってーーっと声をかけられがんばってみた。
そしてしばらくしてつかれたーーとおもって休んでいたら。
「だめよ!休んじゃ!!」と怒られた。(笑)
じゃーもういっちょーがんばるか。とおもって
うーんうーんとやってみたらするりと何やら出てきた。(あかんぼだろ!)
ばたばたと処置をしている。
泣き声はない。
私はかなり疲れていた。
巻きついてるな・・・・・。と医師の声。なにやら吸引の音
ちょっと間があき。すっごいハスキーな声がかれている泣き声が響いた。
「ぼぎゃーーぼぎゃー」
結構弱弱しい声。
大丈夫か??
産まれたとたん?!
産まれたのはいいんだけど、普通のイメージとしては?母親の顔の横に寝かせてもらって「はじめまして赤ちゃん・・・」と涙するのだが現実はさっさと産湯につかるために別室に連れて行かれ身長体重など量るためにしばらくご対面できなかった。で、しばらくぼーっと放心状態になってると「後産」が出た。うーん気持ちが悪い。
なんかでろろろ〜んとした感触。
そのあとちくちく縫ったりしていたたたたたぁ〜と叫んでること数分?ハスキーな子供がすやすやおねむの状態でやってきた。あらまー黄色の麻模様の服を着せられなーんにも知らない状態で抱っこされている。
まーなんだかんだ言って12時間くらいで産まれた。夕方だった。
しかし陣痛が来てからは五時間くらいだったか・・・我ながら見事な安産だったと思う。
しかし、それもつかの間後産が強烈に痛くって二日ほど口がまともに聞けなかった・・・・。
安産恐るべし・・・・。