「いじめ」に対する私の考え
理由のない「いじめ」はほとんど存在していないと思います。理由と言っても、一般的には理由として見とめられるようなことではありません。要は嫌いと言うことです。嫌いだから「無視する」「暴力を振るう」。エスカレートしたり周囲の人達も同様な行為を取ると「いじめ」となるのです。
テレビなどで専門家の方が言う「子供のゆがんだ心が・・・」や「社会のひずみがどうの」といった難しいことはありません。一部の人間が嫌いといった思いを行動に示し、それが、周りの人間に伝染するという形が最も多いように思います。
一昔前の学園ドラマに出てくるような、リーダー格が嫌った人と仲良くしてると自分も標的になると自己防衛の形で「いじめ」に加わっている人はほとんどいません。どちらかと言えば、周りに流され、つい一緒になってからかってしまう。自分が「いじめ」をしている意識はないように思います。
何度も言うようですが、「いじめ」を受けている側に非があるわけではありません。しかし、「いじめ」をしている側の人間にやめろというより、「いじめ」を受けている側が変わるほうが「いじめ」をなくす近道だと思います。
「いじめ」を避けるには