初めての妊娠     大樹の巻



旦那とは、19歳の春から約7年近くつきあって結婚しました
まさに長い春(笑)
結婚のきっかけは「子供が欲しい」
私も旦那も「結婚→出産」という順番を守りたかったので、長男長女でしたが、実力行使はしませんでした☆

11月3日に結婚式を挙げ、新婚旅行へ
残念ながら(!?)ハネムーンベビーというわけにはいきませんでした(笑)
間もなく結婚して初めてのお正月を迎えた頃
・・・・遅れてる♪・・・・
しばらく日にちが経つのを待ち、私はいそいそと妊娠検査薬を買いに行ったのでした。
旦那の仕事が休みの日に、その妊娠検査薬を使ってみました。
どきどきわくわく
吉と出るか凶とでるか!?
なーんて。
実は私は、くるべきものはきっちりくるタイプの人だったので、わりと確信はありました。
それでも陽性反応をこの目で確かめたときには、嬉しくって旦那に抱きつき、目はうるうる〜〜〜(T∇T)でしたね。

さいわいつわりも軽く、元気で楽しく充実した妊婦生活を送っておりました。
妊娠出産の本を買い、あるいはすでに子供を持つ友達に話を聞き、いろんな知識を蓄えながら大きなお腹を抱えて幸せでした。
「お腹が張る」というかんじを実感したのはいつのことだったか。
本によればお腹が張るときには横になってゆっくり休みましょう」とありました。
お腹がきゅーっと締まっていくようで、カチカチになります。
横になっていてもなかなか治まらず、自分も息苦しく、自分が苦しいとお腹の赤ちゃんも息苦しいんじゃないかと、大きく深呼吸したりしていました。
それがいつからか、寝転がっていてもお腹が張ってくるのです
そして、その張りも強くなってきます
でも、なにせ初めての妊娠。そういうものなのだと思っていました

7月に入ってから検診に行きました。
横になって超音波で赤ちゃんの様子をみていてもお腹が張ります。
「お腹がはってるねぇ。よく張る?」
「はい・・・横になっていても張るんですけど・・・」
「ちょっと内診しようか」
え・・?このお腹の張りって普通じゃないのかな・・・
内診を終えた後、先生は人差し指を1本立てて言いました。
「あのね、もうこれぐらい子宮口が開いてる.まだ赤ちゃんが出てくるには早すぎるから・・・どうしようかなぁ・・・」
子宮口が開いてる?どうしようかって、どうなるんだ?
とりあえずその時は、お腹の張り止めの薬をもらい、1週間後にもう1度来てねってことで帰りました。
「できるだけ安静にしててね」という看護婦さんの言葉をもらって。
この張り止めの薬というのがまた曲者でした。
食後に飲んでしばらくすると、すごい動悸と息切れ。
横になってハアハアいってるのがやっとです。
それ以来、食事の後片付けを終えてから薬を飲むようにしました。
だって、先に薬を飲んじゃうと、使い物にならなくなるんだもん。

なんとか赤ちゃんのため・・と薬を飲みつづけた1週間後。
「大丈夫みたいだね。もう薬は飲まなくていいよ」
そんな言葉を期待していたのですが、結果は。
「だめだな。前より子宮口が開いてる。このまま入院して」
「このまま・・・?あの、とりあえず一度帰りたいんですけど荷物とかもあるし・・」
「車で来てるんだよね?う〜ん・・・帰っちゃだめ。荷物は家族の人に連絡して持ってきてもらって。上(病棟)にあがって、すぐ点滴するからね」
先生は有無を言わせませんでした。
看護婦さんに付き添われて入院する病棟にむかうエレベーターの中で、思わず泣いてしまいました。
こんなはずじゃなかったのに。
突然入院を宣告された驚きと動揺と、赤ちゃんに対する不安と入院に対する不安と。
「大丈夫、大丈夫。もうちょっとだから頑張ろうね」
看護婦さんは背中をさすって励ましてくれました。
ナースステーションで必要な書類を記入し、旦那や家族に電話をし、私の左腕にはすぐに点滴がつながれたのでした。

母と妹は私の荷物を持って、すぐに駆けつけてくれました。
そこで先生がやってきて、点滴は24時間つけていなくちゃいけないこと、許可が出るまでお風呂には入れないことを告げました。
「点滴をしていても赤ちゃんが生まれてしまうこともあるけど、生まれても赤ちゃんが大丈夫になるまで頑張りましょう」
夜になって仕事が終わった旦那もすぐに来てくれました。
突然の入院で旦那もショックを受けていました。
入院初日はショックでショックでなかなか眠れず、一晩中泣いていました。
さて、点滴ですが、私の場合は機械で一定量の薬を流すものでした。
この薬は飲んでいた薬より強い張り止めの薬でした。
そのせいで、点滴に体が慣れるまで、やはり動悸に耐えなければなりませんでした。
電気で液を流すタイプの点滴は血管への負担が大きいらしく、血管が弱くなり、よく液漏れをして腕がはれて針の刺しなおしをする羽目になりました。
おまけに私の血管は針を刺しにくいらしくて、なかなか1回では入りません。
入院していた1ヶ月の間に、右腕といわず左腕といわず、手の甲からひじまで私の腕は針の痕だらけになり、「なんか麻薬中毒患者みたいやな」なんて旦那と笑っていたりしました。
同じように入院している妊婦さんとお友達になり、旦那や父母、妹も毎日来てくれて、それなりに落ち着いた入院生活を送っていました。

そして1ヵ月後のお盆の頃、やっと先生から退院の許可が出ました。
・・というか、許可をもぎとりました(笑)
「まだ”早産”の時期なんだけど、もし万が一今生まれちゃっても、いちおう赤ちゃんは大丈夫でしょう。でも一日でも長くお腹にいられるように安静にしていて。もし産気づいたときには、もう無理矢理止めたりしないで、そのままお産に入りましょう」
退院の荷物をまとめるのは早かった!(爆)
家に帰ってからは、おとなしく安静にしていました。
布団を引いて寝ているだけの生活でしたが、家にいること、点滴につながれていないことがどれだけ自由だったことか。
おりこうさんに寝ていたおかげで、私は無事に「正産期」に入ることが出来ました。

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