こんどこそっ!! 歌琳の巻
![]()
大樹が2歳、建人が1歳になりました。
まだまだ手がかかります。
建人をおんぶし、大樹を抱っこして・・・なんてこともよくありました。
買い物も外遊びも体力勝負。
そんな中で「3人目」の話をしていました。
25歳で結婚した私ですが、無謀にも30歳には産み終えたいなんていう希望がありました。
しかも子供はたくさん欲しいときてる。
もともと設定に無理があるっちゅーの!(笑)
しかし幸いにも結婚してすぐに妊娠、生んだらまたすぐに妊娠・・と立て続けに2人を産んだので、この年にもう一人生めば一応希望どおりでした。
「もう一人作ろうか」という話になれば、当然のように出てくるのが「女の子が欲しいね」でした。
私は姉妹でしたが、旦那は兄弟でした。
しかも旦那の家は旦那も兄弟、その父も兄弟と男家系の家です。
「あんたんとこの血が濃いんだ」
男の子が2人続いた私たちは、きっと次も男の子だろう、男の子でもいいじゃないか、そう思っておりました。
3番目を作るに当たって(笑)私たちが考えたのは。
大樹も建人も9月生まれだし・・・3人目も9月だな!
そしたら誕生日のお祝いも3人まとめて出来るし♪
安易な・・・(笑)
さて。
1月になって。
まるで恒例の行事のように、生理は遅れていました。
そしてまた恒例の行事のように、私は妊娠検査薬を買ってきたのでした。
もちろん結果は陽性です。
欲しいと思ったらすぐ出来る。
あたりまえのようなことですが、感謝しました。
不妊治療の話題がよくあり、人の生殖能力が落ちているという話を耳にする中、私と旦那は人間という種として衰えてないんだなぁ・・・なんて思ったりもして。
もちろん病院にも行きました。
「上の子は男の子だっけ。次は女の子だといいね」
「んー。でも、旦那の家は男の家系だし、きっと男の子だと思うー」
すっかり馴染みになった看護婦さんとそんな話をしていました。
妊娠の経過は良好。
暴れ盛りの大樹と建人を連れて、天気のいい日は毎日外遊びでした。
お腹の張りもさほどではなく、今度こそ元気で楽しい妊婦だぁ♪
外遊びのときに、近くの保育園で一緒に遊ばせてもらうことがよくありました。
そう。
私がお産で入院している間、子供達を保育園に預けなければなりません。
父母も義父母も仕事をしていたから、長期欠勤させるわけにもいきません。
人見知りには全く縁のない大樹と建人は、保育園の先生にも子供達にもすぐに馴染んでくれました
出産予定日は10月4日でしたが、子供達を早めに保育園に預けることにしました。
どうやら私は予定日より早く出産するようだし、いつ安静を言われるかもしれません。
少しでも私がゆっくりしていられるように、健全な妊婦でいられるように、との旦那の配慮でした。
ずいぶんお腹が大きくなった8ヶ月ごろ。
魔の8ヶ月です。
大樹のときに入院したのも、建人のときに安静を言い渡されたのも8ヶ月でした。
それまで多少のお腹の張りを感じるだけ、多分普通の人が感じるぐらいのお腹の張りだけですんでいた私ですが、ある日、極少量の出血を発見しました。
・・・・まただ・・・
出血は初めてでしたが、驚きはしませんでした。
切迫早産になりやすい体質だってことは明白だったし、1歳児、2歳児をつれて家事をする毎日です。
「入院」と言われるのを覚悟の上で、病院に行きました。
「出血してるけど、陣痛が始まったわけじゃないし・・・(お産になる)心配は要らないと思うけどね、やっぱり多少でも出血ってのはいい状態じゃないから、できれば入院して・・・」
ほーら、やっぱり。
「上の子がいるし、面倒を見てくれる人もいないし、入院は出来ません」
動揺もせず、はっきりきっぱり。
「日中は子供も保育園に行ってるから、家で安静にしてます」
取りつくしまもない私に、先生は「もしまた出血したら入院すること」を約束に家に帰してくれました。
「やっぱり早めに保育園に預けてよかったな」
と旦那。
旦那もそうなることは覚悟していたようで、驚きはしませんでした。
「お前は安産やけど、それまでがなぁ・・・」
出血をした頃から、少しずつお腹の張りが強くなってきました。
「まだ早いよーもうちょっとお腹にいて」
とりあえず洗濯をし、子供達の送り迎えをし、ご飯を作る・・・それ以外はずっとゴロゴロしていました。
買い物も極力旦那と一緒にいけるときにまとめ買いをしました。
保育園から帰ってもまだ外遊びをしたい大樹と建人には我慢をしてもらったり、すごく消極的に付き合ったりの毎日でした。
9ヶ月には行ったある日、旦那がまだ仕事で帰ってこない夜。
定期的なお腹の張りを感じました。
まだ痛みはたいしたことはありません。
今のうち・・・
まだ動けるうちに・・・
これが本格的にお産になったら「早産」です。
それでもお産になってしまったら仕方がありません。
旦那の帰りはまだまだ先。
私は自分で車を運転して、実家に行くことにしました。
義父母に大樹と建人のことを頼み、旦那に電話をして家を出ました。
実家まで約15分。
どうか陣痛が強くなりませんように。
家まで行けますように。
今思えば、なんて危険なことを・・・(^^;
運転している最中は軽い痛みがあっただけで、何事もなく実家につきました。
ところが。
実家についたら、痛みが遠のいてしまったのです☆
あれ〜〜?
すっかり産むつもりでいた私は気抜けして、夜中に散歩なんかして陣痛を促してみましたが音沙汰なし。
翌日になってから、一応病院に行きました。
「う〜〜ん。ちょっと開いてきてるから、昨日の痛みはムダじゃなかったみたいだね。」
まだ出産の時期ではなかったし、陣痛がきてるわけでもなかったので、そのまま帰宅。
産まずに帰る・・・そりゃあすごくきまりが悪いったらありゃしない!
それから数日、いつくるかいつくるかと思いながら、日は過ぎていったのでした。