
| 響は超楽勝出産で次も大丈夫!!!だと思っていたのに 双子妊娠…やっぱり出産もスムーズではなかったし、 その後は和と蒼は病院の未熟児センターに入院!! いろんな体験をした2002年5月でした。 |
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平成14年5月1日帝王切開で出産 奮闘記 |
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和&蒼 おとうchan&おかあchan 入院 奮闘記 |
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2002.5.1 救急車で運ばれて…帝王切開しました。 1ヶ月早い出産となりました. 出産奮闘記 |
お昼頃 |
入院生活ちょうど一ヶ月。 入院したのが4月1日だから。 この1ヶ月間外には1回も出てないなんて、私の人生でそうはない。 いつものように朝ご飯を食べて、午前中はうとうと。 ひとまず5月に入ったからさー、いつまでもつのかな??いつぐらいかな? なんて考えながらだらだらと過ごす。 |
| おなかの張り止めの点滴を射しているところが漏れてきたので 看護婦さんに言って変えてもらうついでに 3日ぶりのシャワーと先生の診察があることに。 ちょうど先生が用事があったようなのでシャワーから浴びてすっきり。 そのあと診察室へ。 |
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午後〜 転院に なる!? |
先週くらいから2人の体型の差が出てきていたので大丈夫かな? くらいの気持ちで診察を受けていると、いつものおしゃべりの先生が なんか様子がおかしい。 そのあとで「赤ちゃんの差が出てきてよくない状態だから転院して産もうか」 そんな感じの言葉だったと思う。 個人病院だったけれど今まで順調で切迫早産を除けば大丈夫だと思ってたので かなりびっくり!!へぇ???という感じ。 旦那さんと親を呼んでどこに転院するか決めようと言い出す先生。 今日明日では出産しないともっと状態が悪くなると。 妊娠していたときから言われていた 2人の間に差ができて1つの方に多く血が流れて状態が悪くなったら 早く産まないといけなくなるかもとは聞いていたけれど ほんと、3日前の診察までは大丈夫だったのでとにかく目からうろこ状態。 でも1ヶ月お世話になって居心地もよかったので ここではだめですか?せめて出産くらいと何回か私先生に言ってみたと思う。 でも、先生が自分だってここで産ませたいとのひと言であーしょうがないと。 私自身がとっても元気なのでここで産んで赤ちゃんを運ぶのはかわいそうと なんかわけわからないままひとまずそれぞれの母に電話した後、 としぼうに電話。 その時はぜんぜん深刻に受け止めてないと言うかボーっとしていた私は なんか転院みたい、先生が話をしたいから来てほしいと。 でも、ちょうど3時までは仕事が忙しいからそれからでもいいよーなんて感じで。 母たちは急いで来てくれたけれど先生は旦那さんと話すからと待ちの状態。 やっぱり2人の子供なので親より何でも旦那さんとと病院では言われるし。 私が悠長にしているとお義母さんがとしぼうに早く来いと。 どうやら深刻に受け止めてないのは私ととしぼうだけだったかも!? でも仕事の引継ぎをしていたらしく思ったよりは早く来てくれてた。 その間、転院はいやだなーなんて思いながら準備をしていた私でした。 |
16時ごろ 救急車で 病院へ!? |
としぼうが来ると私以外で先生から説明を受けて 国立病院に転院して出産と言うことが決められていよいよ移動。 転院を聞いたときは誰に送ってもらうのかな?なんて思ってたけれど 看護婦さんに救急車で移動だよと聞いて なんて大げさなんだろーなんて相変わらず楽天的な私は思ったりもして、、、 周りはばたばたしているのに私は次の日ひびがサークル行くのをお願いしていたので りょうちゃんママにひびは行けなそうだと悠長に電話なんかしてたけれど。 いよいよ救急隊の人が来て転院することに。 1階へ降りるとストレッチャー?が置いてあってここに寝てくださいとのこと。 私は恥ずかしくなって 大丈夫です、自分で歩けますけれどと言うけれど 有無を言わさず先生に乗れといわれて、赤ちゃんのために乗るんだよと言われて 納得して乗りはしたものの、元気なので超恥ずかしかったけれど。 そのとき先生が状態をちょこちょこっと救急隊の人に言ってたけれど 今思えば「双胎間輸血症候群」と言ってたと思う。 私の母と看護婦さんが一緒に乗ってきてくれて初体験の救急車へ。 いちお酸素マスクまでつけられてしまったのに べらべらおしゃべりしていた私。 今思えばやっぱり超楽天的なのでまったく深刻に受け止めてなかったし、 先生も今産めば大丈夫みたいなこと言ってくれたので 産むのは今日の夜かなー、明日かなー うまくいけば普通分娩もできたりしてなんて考えてたのは事実。 |
17時ごろ 手術の 前準備 |
国立病院に行くと一番奥にある婦人科病棟の診察室へ。 (あとで入院したときに診察室だと気づいたんだけれど…) 助産婦さん2人がせっせと心音を取ったり準備をしたりと私はわけのわからないまま。 そこへ先生が入ってきてエコー診察を始めて「向こうの先生はなんて言われましたか?」 との問いに言われたまま言うと、「そのとおりですね、手術の準備してますから」 とのこと。ということは帝王切開かやっぱり。 でも、もうやるの?えらく早くない???とまたあれーという間にことが運んでいくみたい。 助産婦さんは言葉では痛くてごめんねーとか大丈夫とは言っているけれど 次々と準備や検査したりとパタパタと。 あげくに私の苗字はおかむらなのに「おかもとさん、おかもとさん」と連発。 あとから入っていたとしぼうがなんかいらいらしたのか「おかむらです」と言っていたけれど そのあともおかもとさんが連発されるのでチョットあきれてたくらいの余裕があったかも。 注射よりも尿管をはめられるのが痛かったくらいだった。 |
帝王切開 手術決行! |
救急車で病院へ入ってから1時間半くらいですぐに手術室へ連れていかれてしまう。 コンタクトもはずしてまわりはぼやっとしていて服も手術用に着替えさせられ中へ。 そこにはとにかく多くの先生や看護婦さんたちが。 小児科の先生たちもいたので20人くらいは私ひとり(正確には3人!?)にしては多いなと 思いながら手術台へ。 ここまできたら腹くくらなきゃなーとチョットいやだった帝王切開への心の??準備を。 でも入ったときからなぜかずーっと音楽が流れていて(結局終わりまで流れてたけれど) それがなぜか「スピッツ」のシングルの曲ばかり。ちょっとベストっぽい。 私はめちゃスピッツのファンなので(ファンクラブまで入っている) あれ?私に合わせてくれたのかな?おとうchanがファンですと言ってくれたのかな? なんて思いながらうれしくなって聞き入っていた。 その間もかなり時間かかって麻酔がかけられてたっけ。 麻酔は横向きでくの字ポーズで注射をボスボスたくさんされたけれど (あとから聞いたらかかりにくくて多めにされたらしい…まったく…) そのポーズがしびれてきつかった。でもスピッツの曲でお気楽になってたのも事実かも!? いよいよ仰向けにさせられて服も半分着ている状態で亭切が始まった。 局部麻酔なので意識ははっきりしているけれど胸の上あたりにまくがしてあるので 様子はわからないけれど、あまり時間がたってなかったと思う。 「はい、1人目産まれましたよ」 という看護婦さんの声に横を向くと赤ちゃんがとりだされてへその緒が切られた直後だった。 しばらくするとキャーキャーと泣き声が。 あれ?産まれたかな?あまりにも午後から目まぐるしく過ぎたのでこの時点でも まだなんか実感がなかった。 それからすぐあとに「二人目も産まれましたよ」との声。 今度は泣き声はしなかった。 2人ともまずはそばにいた小児科のスタッフの方が待つところへ。 「どちらですか?」いちお女の子とは聞いていたけれど実際どうかな?と問うと あれ?知らなかったの?聞いてなかったの?という感じな顔をした後に そばにいた看護婦さんが「2人とも女の子ですよ」と。 あーやっぱりね。でも大丈夫なのかな?2人とも。 その中でもやっぱりまだスピッツが流れてたっけ。 1人目は小さくて2人目が血を多くとりすぎているので調子が悪いと聞いていたので やっぱり不安。 このあと未熟児センターへ連れて行くのでと横に2人を連れてこられる。 お姉の方はまだ泣いていて元気そう。 小さいと聞いていたけれどみた感じ意外と2300gくらいは行ってそうな感じだった。 妹の方はかなりピンクと肌黒い感じ。だけれど肉付きはかなりしっかり重そうな感じ。 でも口に管見たいなのを入れられていてあっという間に連れて行かれてしまった。 先生がやっぱり双胎間輸血症候群になっていたみたいで治療が必要ですとのこと。 でも判断が早かったからひどくはないみたいですとのこと。 ちょっとホットした瞬間。今までお世話になった先生にも感謝でした。 でも、そのときでも産んだという実感のないまま、話を聞いていたような…。 |
すっかり 夜に… |
おめでとうございます、よくがんばったねと看護婦さんに言われながら ベットに乗ったまま手術室を出る。 時間は8時前、入るときは6時5分前だったので約2時間くらいかかったみたい。 思ったより時間がかかってるなーと思いながら病室へ。 (帝王切開で双子でも1時間半もかからないと聞いていたから) 病室へ行くととしぼうと母たち2人が待っていた。 麻酔がまだ効いていたから痛くなくて 意外と楽勝かなと言う感じな私とそれをみて安心した3人だった。 (でもこれが大きな間違いだった。夜中からはすごーくいたかった) 2人とも元気そうでよかった、思ったより大きかったとよかったラッシュ。 まだボーっとしていた私だった。 でもすごーくあっという間の7時間あまりだった。 赤ちゃんも触ってなかったのでやっぱり産んだのかなー 帝王切開したのかなーと前に予想していたとは違って 実感がその時はあまりなかったのが事実。 ひびを産んだときとはまったく別な感じだった(それは当然だろーけれど) でも、無事に産まれてよかった。 思わず確認したのが手足の指の数があるかを聞いてしまった。 とにかくわけのわからないまま2人も産んでしまった私でした。 としぼうに スピッツ流してくれるように言ってくれたの?と聞いたら 何のこと?手術室で音楽とか流れるの?と ぼやいていた。 やっぱり偶然に好きなスピッツが流れていたらしい。 偶然ってすごいけれど、それが一番安心して臨めてたかも。 |
双子の出生
| 第一子(女) | 午後7時4分出生 体重 2048g 身長 42.0cm |
| 第二子(女) | 午後7時5分出生 体重 2918g 身長 44.2cm |
お姉の方は頭がまあまあ大きかったせいか見た目より体重がなくてちょっとがっかり。
妹の方はえーそんなにあったのという感じだったけれど多かった分は羊水を含んでいたからとのこと。
でも2人で5kgを入れていたと思うとさすがびっくり。人には見せられないほどの妊娠船の跡が。
双子は下の骨盤にはまった方がお姉ちゃん。(経膣分娩だと早く出てくるから)
帝王切開もその順番で取り出されるみたいだけれど、1分差で出生になっているけれど
実際は30秒も変わらなかった気がするのは私だけかな???と思ってます。
結局双胎間輸血症候群で35週と1日で出産になり双子の早産児で産まれた2人。
しばらく国立病院にある未熟児センターに入院することになりました。
