ママノヒトリゴト

いつか何かの種になるといいのですけど。
6    人生の「背骨」
 「若いうちに『感動できる仕事』をこなす。そのためには好きなことに徹底してこだわること。そうしているうちに”背骨”のようなものができあがってくる。仕事で成果が上がらなくても、仕事以外の部分で必ず返ってくるはずだ」。サラリーマンを題材にした作品を手がけてきた作家の加藤仁さんのことば(3/27 日経新聞朝刊第二部より)。うーん、そうか、背骨か。
 大学を卒業して社会にでて、丸4年。今は育児休職中ではあるけれど、この4月で5年目に入ります。もともとあまり趣味のある人間ではないので、特に「これがやりたい!」という強い思いがあって就職したわけではなく、会社を特に選んだわけでもなく。ところがいざ仕事をはじめてみるとまったく冗談じゃなく忙しくて、特に好きなことでもないわけだから適当にしておけばいいのに、でも目の前にあることは犬のように忠実にこなしていくという妙にきまじめなところもあって、あれよあれよというまに丸4年。
 その間に結婚はしていたわけだけど、だからといって生活が変わる訳じゃなくて、相変わらず夜中の12時や1時に家につくこともザラ。妊娠してからも、5ヶ月6ヶ月の時はもう殺人的に忙しくて、夜9時からのミーティングに参加してそれが夜中の2時まで続き、パパが心配して車で会社まで迎えに来たことも多々ありました。とにかく時間におわれっぱなしの走りっぱなし。
 ところが子供が産まれて、育児休暇という、もう本当に人生これ以上長い休暇はないんじゃないかと思うほど長期の休暇をもらい、朝から晩まで家にいてテレビ見たり、本読んだり、雑誌めくったりしてると、ぽこっと「考え事をできる時間」がうまれてきて、なんだか妙に自分の人生を改めて見つめ直してしまったりするわけです。「何で好きでもないことをあんなにガンバッテやってたんだろう。何かやりたいこと、ほかにあるんじゃないの?何かできること、可能性ないの?」の、自問自答の時間。そこへ冒頭の金言。あー、感動できる仕事なんてしてないなあ、好きなことに徹底してこだわったことなんてあったっけ?このままじゃ私、人生の背骨がきちんとできないまま時間だけが過ぎてっちゃう・・・。でもでも、私も背骨、つくりたい!!
 だけど私、もう今年28になるし、会社には復職しますっていってるし、何かするったってほかの仕事なんてしたことないし、そもそもだいたい子持ちだし・・・。
 
 ・・・さあ、どうなる?今回も「つづく」。つづけるほどたいした内容じゃないけど、つづく。
Updated:
2001/03/28
7    緊急速報:学資保険について
 「人生の”背骨”」について続きを書くつもりだったのだけど、ちょっと速報が入りました。ので、それはまた別途。
 
 日記にも書きましたが、結くんのために郵便局の学資保険を申し込んできました。でも、学資保険って全然よくないのね。15歳と18歳の時にそれぞれ一時金がでて、18年で満期という仕組みなんだけど、契約者であるパパが万が一亡くなった場合、それ以上保険料の払い込みを必要とせず、かつ毎年保険料に見合った学資が受けられるようにするには「育英年金特約」という特約を月額780円で申し込む必要があって、なんと、この特約をつけると元本割れなのです。それってなんか不思議じゃない?だってこういう事態に備えるのが「保険」なんだから、この「育英年金特約」みたいな「特約」は、本来一番ベースの契約に含まれているべきじゃない?そうじゃなかったらただの「積み立て定期」じゃん。それも思いっきり利率の悪い。
 ・・・とかいいつつ、申し込んで来ましたよ。仕方ないもん、だって、なんか起きてパパがいなくなっちゃって、それで結くんが勉強したいのにできない、なんていうことになっちゃうのはとってもかわいそうだもん。でも、18年もかけて毎月積み立てて、結局元本割れか・・・。ああ、フクザツ。私がもっと世の中の情勢を見極められて、市場動向を見る目に長けていたら、こんなばかばかしい貯蓄じゃなくてもっと有効な投資でバンバン増やすのに。株とかさ、為替とかさ、債券とかさ。なんちゃって、そんなんで素人がもうけられるほど景気のいい世の中じゃないしねえ。
 
 世の中リスクを商売にしていることが多すぎて、単純な思考回路ではついていけない・・・。
Updated:
2001/03/29
8    もしあのひとが生きていたら
 人生の「背骨」のつづきです、一応。今回は、私が何を「背骨」にしたいと思ったかと、そのきっかけのおはなし。
 「背骨」ほしー!!、と明確に思ったのはつい最近のことなのですが、出産をしてからこのかた、自分の中でそれらしきことはずうっと漠然と考えていました。ただ、この間書いたとおり私は何事にも興味とか趣味があまり強くなく、したがって「これをやる!」という明確なものも「これが好き!」というものも何もなくて、結くんと一緒にいると楽しい、でもそれだけっていうのも私にはちっとツラいかも、でも今の仕事にそんなに熱心な訳でもないし、そんな気持ちで仕事に戻るんだったら結くんと一緒にいてあげる方がいいのかな・・・。ただもやもやもやもや、うつうつうつうつしていたのです。ところがある晩、お風呂から出て歯を磨いてふつうにベッドに入ったのに、まったく眠れない。1時間が過ぎ、2時間が過ぎ、夜中の2時半もすぎた頃、急に昔読んだ本のことを思い出したのです。
 それは向田邦子の「冬の運動会」というお話。もともと向田邦子の本はわりと好んで読む方だったのですが、この本だけは特に印象に残っています。というのもこの本、本編の文章もさることながら、このお話がNHKでドラマ化されたときに出演した女優さんが、巻末に寄せているあとがきがとにかくすばらしい。向田邦子の作家としての力量、脚本家としての力量だけではなく、人間としてのおおらかさ、こまやかさがじーんと伝わってくる、本当にすてきな文章です。この中でこの女優さんは「向田先生はおそろしい人だ、こんなに人間の本当の悲しみというものを解っている人はいない」と評し、「もし向田先生がまだ生きていたら、日本人はもっとやさしい人間になれていたのではないか」と結んでいます。ああ、そうかもしれない、もし向田邦子が生きていたら、日本はこんな”貧しい”国にならなかったかもしれない。こんなことを思って夜中に起きあがった途端、「私、文章を書きたい!」と思ったのです。
 でも文章を書く、って今までの仕事とまったく関連のないことだし。28という年齢を否定的に考えているわけでは絶対にないけど、ある方向にすでに走りはじめて4年も5年も経つのに、今更方向転換をして挑戦の毎日を送っていく、そんなことができるのかな、と思っている時、今度私のアンテナに引っかかってきたのが「大森美香」だったのです。
 
 ・・・次はその大森美香さんのお話。
Updated:
2001/04/02
9    カバチタレ!
 さて、その「大森美香」さん。
 つい最近までフジTVで放送されていた「カバチタレ!」というドラマ。深津絵里、常磐貴子、陣内孝則というキャスティングと、「ナニワ金融道」でもおなじみの青木雄二の作風が好きで、珍しく毎週欠かさず見ていました。底抜けに明るいウェイトレスの女の子と、仕事バリバリ行政書士のキャリアウーマンという正反対のコンビのどたばたと友情はなんだか見ていて気持ちが明るくなり、バカらしくアハハと笑って1時間過ごせるとっても楽しいドラマに仕立て上げられていました。
 向田邦子を思って眠れなかった翌朝、眠い目をこすって結くんと遊びながらテレビをぼーっと見ていました。そこで番組宣伝の一環として紹介されていたのが「大森美香」さんだったのです。彼女はその「カバチタレ!」の脚本をしている29才の女性。以前は地方局でADをしていたのが、どうしても脚本を書きたくて一年間脚本家修行をし、今回が脚本家デビュー作、とのこと。「女の子が見ていて元気になるような作品」を書くのが目標、と紹介されていました。
 私はといえば、その話にビビビッと来てしまいました。「向田邦子」で感度がよくなっていたアンテナに、ぴっとひっかかった感じ。女の人でも、今まで違う仕事をしていても、29でも再スタートできるんだ、「女の子が見ていて元気になるような作品」を作りたいという、まさにその言葉通りの仕事をできるようになるんだ・・・。いつもだったらあっさり見逃してしまうようなたかだか数分のこの番組宣伝に、私はなんだかとっても大きな勇気をもらってしまったのです。
 そうはいっても、今現在私には結くんという大切な大切な子どもがいることだし、当然手が離れた訳ではないし(当たり前!)、それどころか今から手を最大限かけてあげるべきだし。子どもがいなかったときのように、時間もお金もパワーも自分の好き勝手に使うというわけにはいかない。そんなことわかってる、でも・・・。
 そうだ、懸案事項が私と子ども、すなわち家族である以上、結局ひとりで悩んでいたって答えなんかでないんだし、パパに話を聞いてもらってラクになっちゃおう。そこで私は、いつでも私の強い味方、論理的思考で問題解決!のパパに、自分の「前に進みたい」思いを話してみたのです・・・。
Updated:
2001/04/04
10    育児、仕事、自分らしさ -@
 結果から書いてしまうと、5月から週二回、11月末までの半年間、パパにも協力してもらいながら、編集・ライター養成講座に通うことにしました。
 いろいろなスクール雑誌を調べたり、週末を利用して気になる講座のセミナーを受けに行ったりして、最終的に編集・ライターの講座の受講を決心するまでに数週間。数多くある講座の中から今回私が選んだものは、文章力、取材力をはじめとして、実際に書いた文章を「商品」にするための文章ビジネスの成り立ちなどを総合的に学ぶことのできる、水曜夜と土曜夕方の週二回のコースでした。とはいっても比較検討して選ぶだけならカンタン。問題は、土曜日はともかく水曜日の夜7時半からの講座にどうやって出席するか、でした。最悪水曜日は毎回欠席で、その分土曜日にビデオ録画の補講を受けるしかないかなと思っていたのですが・・・。思いきってパパに相談してみたら、水曜日の帰宅時間を調整して早く帰れるようにする、もともとフレックス制なんだし、ととてもこころよく協力を約束してくれました。
 きっかけは実に些細なことで、そこからやりたいことにトライしてみようと思った、という流れは私にとってごくごく自然なものだったけれど、それを実行しようとしたとき、ひとりの人間であると同時に曲がりなりに妻であって母である私にとって、現実はそんなに甘くないということも私なりの思考回路で十分理解しているつもりでした。ただその思考回路のもう一方では、私が前向きに考えて進んでいこうとすることに対してパパが否定的になる可能性はゼロに等しいということを、誤解を恐れない言い方をすれば「踏んでいた」のも事実です。
 実際今回の相談にあたってパパからはこころよい承諾のほか、結くんに寂しい思いをさせないように、とか、家のことに支障がないように、などの釘を刺す言葉も、「その代わり」的な条件提示も一切ありませんでした。8年前出会った頃から一貫して、やりたいことをやればいい、楽しいことをすればいい、というのが大前提。それをすることによって周りの人がもし悲しかったりイヤな思いをするようだったら、結局自分は楽しくない気持ちよくないと感じるはず。だから自分が楽しい、そんな自分といっしょにいる周りも楽しい、周りが楽しいことでまた自分が楽しいと思う、そういう生き方をしよう。それがパパと私の一番根底の部分でつながり、共有している考え方だと私は理解しているつもりです。周りが幸せだと思うことで自分が幸せだと感じる、自分はそういう人間であるという確信と自信が私の前に進もうとする意志の源であって、かたちは違ってもそれはパパも、そしてたぶん結くんも同じなのだと思っています。迷惑をかけないように、と私一人でがんばるつもりはないし、そもそもそんなことができるとは私自身毛頭考えていません。パパと結くんに助けてもらって支えてもらって、ママとして、社会人として、「私」らしい生き方をちょっとずつちょっとずつ積み上げていけるといいなあと思っています。
 
 というわけで5月から講座が始まります。育児休暇は会社への申請では6月いっぱいということで、7月から復職の予定になっています。同じく7月には新居への引っ越しも控えていますが、結くんの保育園も探していません。やっぱり本人だけは割り切っていても、家から一歩出てみれば割り切れないことなんて山ほどある。さあ、育児、仕事、「自分らしさ」、どうしよう?
Updated:
2001/04/18

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Last updated: 2001.5.23 Wed.

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