某年 正月三日
生復路は見るどころではなかった。体温は39.2度、関節が痛い。しかし眠れない。普通こういう時は、例えるならば失血死のように、あるいはモルヒネの大量注射のように(失血死もモルヒネの大量注射もしたことがないので実際の所はわからないが)、溶けるように意識が無くなっていくのだが、今回は違う。絞死のように、序々に、しかし苦しいまま、眠りに落ちるのである。
しかし、いろいろやむを得ない事情があるので無理矢理宿舎に帰る。
某年 正月四日 深夜
解熱鎮痛剤も効かない。これはまずい。新年すぐではどこの病院もやっていない。発熱に耐えられなくなり隣の大学病院へ行くことにする。
受付のおじさんに「ここって掛かり付けなの?」と言われて焦る。恐る恐る「あのぅ、初診なんですけどぅ・・・」と正直に告白する。と、案の定渋い顔をされてしまった。というのも、この大学病院は三次救急なので高度な医療機器を備えているからだ。言い換えると、高度な医療機器を必要としない患者は受け入れの優先順位が低い。
※筆者注
後に正式な大学病院の患者になってから聞いた話だが、駆け込みの患者を渋ってなかなか引き受けないのは三次救急だからではないらしい。むしろ事務のほうが面倒だかららしいのだが・・・。
今から他の病院まで歩く元気はない。「ここの大学の学生なんですけど、正月だし、どこの医院もやってなくて、困り果ててここに来たんですうぅぅ」と必死に訴えかける。粘ったあげく、なんとか当直の医師を呼んでもらえることになった。
ただし、「これって内科だよねえ?内科ねえ・・・。放射線科って内科かなあ?」という受付のおじさんの言葉を耳にしてちょっと不安になる。
Dr登場。しかし若いので不安になる。なんだか研修医っぽい・・・。
診察開始。医師が結婚指輪をしていることに気づき、それなりの年齢なのかとちょっとだけ安心する。
いつの間にか現れた当直のNsがベテランぽいので、さらに余分に安心する。
しか〜〜〜し!!
「どうしましたか?」「症状は?」「熱は?」「今迄に手術したことありますか?」・・・カルテの項目棒読みである。
どうやら彼は研修医ではないけれど、ジュニア・レジデントとかシニア・レジデントと呼ばれる人種だったらしい。
一通りの診察が終わる。
私「あのぅ、なんなんでしょうか・・・インフルエンザとか・・・」
Dr「うーん・・・ま、ただの風邪だと思うよ」
本当か?本当にただの風邪なのか?
カルテを書きながらの雑談タイム。
Dr「ここの学生なんだって?学部は?」
私「でも学部生じゃなくて、院生なんですよ」
Dr「研究科はどこ?」
私「・・・医科学修士です」
一瞬固まるDr。
私「だから、授業にいらした先生とかに会ったらどうしようとか言ってたんですよ」
Dr(ちょっとひきつり笑いをしつつ)「ま、授業に来るような先生はこんな時間にはいないよ」
Dr「でさ、解熱剤なんだけど、坐薬だと嫌?」
ざやくぅ??
ちょっとまて、いい年したお嬢さんに坐薬はないだろ、坐薬わあああああぁぁぁぁ!!
硬直している私に気づいているのかいないのか、Drは話を続ける。
Dr「坐薬の方が効くんだけどねえ。飲む方がいい?」
私「飲むほうがいいです(きっぱり!はっきり!)」
結局私の主張が通り、経口薬が出ることになった。
診察終了。廊下のベンチに座り込む。
しばらくして診察室から出てきたレジデントの手には「治療薬マニュアル」と思しき本が(勝手にレジデントだと決めつけている)。どうやらこれから処方箋を書くらしい。
レジデントは診察室の向かいの部屋へ引っ込んだ。
以下、同行してくれた友人(薬剤師)との会話。
私「医師って自分で調剤できるんだっけ」
薬剤師「自分で書いた処方箋ならできるよ」
私「ひょっとして今調剤してるのかなあ」
薬剤師「してんじゃないの、一生懸命(笑)。ま、これだけの規模のとこなら当直の薬剤師がいると思うんだけど」
私「処方箋のなかみ考えるって大変なの」
薬剤師「ハンドブックの最後に処方例が載ってるから、それ見ればいいんだけどね。でも喘息とかあると薬変えなきゃいけないから結構面倒かも」
そしておよそ20分が経過する。
私も友人もすっかり件のレジデントDrが調剤しているものだと思っていた。
が。
部屋から出てきたレジデントDrは「はいこれ。」私にくれたのは処方箋だけ。
あんたはそれだけ時間かけて処方箋しか書いとらんのかああぁぁぁ!!!
どっと疲れた私に友人がフォローを入れる。
「ま、ま、多分あんまり慣れてないんだよ」
それはさておき、これで多少は楽になれる(はず)。ありがたく処方箋を受け取り、夜間調剤室へ行く。
受け取った処方箋を友人に見せると「あー、これ○○だよ。××って何だっけな。・・・思い出した、▲▲だ。あ、ロキソプロフェンナトリウム出てるじゃん。□□でしょ、●●でしょ、うわー、ベタだね。俺でも出せるよ」
※筆者注
この友人は薬剤師といいつつ今迄調剤したことは一度もない強者である。友人と友人の大学の名誉の為に書き添えておくと、友人はすらすらと薬物名を並べ立てたのだが―○○だの▲▲だのというのがそれだ―私の耳には残らなかった。だから記号になっている。
夜間調剤室のインターホンを鳴らす。しばらく待った後、薬剤師の登場である。
再度待たされた。しかもかなり長かった。
帰宅すると午前四時であった。薬を飲み、そのまま寝る。しかし解熱鎮痛剤は私を楽にはしてくれなかった・・・。