小さい頃からやたらと風邪を引きやすかった。無欠席だったのは小学校1年生の時くらいで、以後は年に数日は必ず欠席していた。年がら年中風邪を引いているような状態で、常に鼻がぐすぐずとしていた記憶がある。
暑くなるまで風邪を引っ張り、夏にはしっかり夏風邪を引き、夏風邪を引いた状態のまま冬に突入する、といったところだった。
小学校4年の冬に微熱と咳がしばらく続いたことがある。
母親は結核を疑い(後になって筆者が知ったことだが、筆者の母親は幼い頃に結核にかかっており、しかもかなりひどかったようでストレプトマイシンを飲んだり小学校にバスで通ったりしていたらしい)、診察、レントゲン、尿検査と一通りこなした。
レントゲン像に異常はなかったが、尿に蛋白が降りていたので後日再検査と相成った。しかし再検査時には正常に戻っていた。
年度が変わって小学校5年の5月、再び微熱が続いてこの月はほとんど欠席していた。この時も多分診察を受けていたと思われるが、あまり記憶がない。つまり、どうでもいい結果だったのだろう。
少し大きくなってからのはなし
中学校2年生の12月に初めて喘息の発作をおこす。
中学時代といえば、いわゆる小児喘息は治ったり軽くなったりしてくる時期で、一方大人の喘息になるにはまだ早い時期でもある。従って有病率は低くなる時期なのである。
当時のホームドクターには「まぁそういうこともあるから気にしなくていいよ」と言われ、さらに「あんたの喘息は喘息に毛が生えたようなもんだから、普通に運動したりしていいよ」と言われた。
特に自分の健康に気遣うことなく、冬場に外を走ってげほげほ咳き込んだりしていた(教科書的には運動性喘息というやつだ)。
高校に入ってからは、冬期以外は喘息に苦しむこともなく、相変わらず運動性喘息でげほげほいっていたが(通学が自転車20分だったので冬場は大変であった)のんびりと暮らしていた。
全般的には、少々喘息があるものの問題はなく、健康診断でもひっかかったことはなかった人生であった。
某年 春
引越して早々に、おそらくインフルエンザであろう症状で寝込む。38度を越える熱が連日続くので医者にかかることもできない。こういうときに限って手持ちの解熱鎮痛剤もストックが切れた。
熱より先に餓死するかも、と思っていたが何とか餓死しないうちに熱が下がった。動けるうちに食料を備蓄しておく。
熱が下がったあとも、何となくからだがだるくて寝たり起きたりを繰り返してしたらいつのまにか春休みは終わっていた。
某年 夏
夏休み中に集中実習を控えているのに、どうもやる気がでない。精神的なものかとは思うのだが(心当たりは多々ある)。
某年 春
また、だるくてやる気が出ない。
Cell Biologyのmidは捨てた。ほとんど勉強しなかった。過去問をくれた後輩にはあきれられたが。
教育実習が始まった。実習中は緊張のためかハイテンションになっていたが、実習が終わって下宿に引き上げてきた途端に寝込んでしまった。
本当は大学に戻ってきていたのだが、「教育実習で忙しくってぇ〜」と舌先三寸でごまかしてfinalのうち1本をレポートで振り替えてもらった。
からだがだるくてやる気がしない。the Cellなど見たくもない。midを捨てたCell
Biologyはfinalも結局捨ててしまった。さようなら、E開講。
某年 秋
毎年のことだが、秋は喘息のシーズンである。しかし今年は例年と傾向が違った。喘息もあるが、微熱がだらだらと続く。手帳をひもといて確認すると一月近く微熱が続いていた。
喘息の薬を出してもらっている開業医に状態を説明すると「血液検査しましょう。一月も微熱が続くのは普通じゃないです」と言われ、そのまま血を抜かれた。
「一日に何回か体温はかって、発熱パターン記録しといて下さいね」と言われ、素直に記録を取ってみる。結果は朝高く夕方下がるというパターン。これではまるっきり登校拒否児の発熱パターンではないか。まずいぞ。非常にまずい。
一週間ほどたち、検査結果があがってきた。しかし検査項目全てが正常値であった。細かくみると若干貧血気味だったが、正常値を大きく割り込むほどではない。
「なんだったんでしょうね?」と聞くと、「う〜ん、多分疲れじゃないですか」とすごくわかりやすいお言葉が医者から返ってきた。
結局このときは実験をやりつつさぼりつつだらだら大学に行っているうちになんとなく恢復した。
某年 夏
雑菌に入られてしまった。放っておいたら膿みだしてしまったので病院に行く。一目見て「出そう。」と医者に言われた。
「まっ、麻酔かけるんですかっ?!」
「かけないぞそんなもん」
問答無用で切開。がりっと音がしたような気がした。
抗生剤を出された。
翌日、学生実習でDNAの抽出をやりにいったが、どうもだるくてしょうがない。ぐてっとしながらそれでもピペットマンを握る。帰宅して熱をはかったら38度を越えていた。
その翌日。熱が下がらないので実習を休む。
さらに翌日。37度まで下がってきたので実習に行く。
抗生剤が切れたのでまた病院に行く。発熱したことを報告すると「あーやっぱり熱出たかー」
某年 夏
夏ばてなのか、毎日とてもだるい。微熱(36度台後半〜37度台前半)が続く。夜もぐっすり眠れない。ここにきて高温期続いちゃってる説が浮上する。
このまま行くと聖母マリアになってしまうぞ。こうなったら転向してクリスチャンネームなんか持っちゃってシスターとか呼ばれちゃったりして・・・などと妄想が進む。
と思ったら咳が出だした。結核だったらどうしよう(注・当時は戦後何回目かの結核の感染の山がきていた)、おさげにして白いワンピース着て麦藁帽子なんか持っちゃったりして(サナトリウム文学の世界だ)・・・などと再び妄想が進む。
普通に内科にかかると金をとられるので、全てをタダで済ませるため保健管理センターに行く。担当医に説明すると、「とりあえずレントゲン撮ってきて」と言われた。ひょっとしてほんとに結核?と、うきうきしている内心を知られないよう冷静を装って尋ねてみる。
「結核なんですか?」
「まず結核じゃないと思うけど、微熱が続いて咳が出るんだったら一応撮っとかないと」
出来上がったX線写真には影など全くない。やっぱりねー、という顔で担当医が言う。
「少なくとも肺結核じゃないね」
肺結核ではない結核とはいったい何だ。腸結核か?
某年 秋
微生物学実習でスタフィロに入れられた。培養して確認した(笑)
皮膚がうすくむけてきた。「あーっ、表皮剥離毒素だ」と友人に言われた。
某年 正月
年明け初っぱなから、風邪→発熱→微熱→食欲不振→全身倦怠感とだらだらとした状態が続く。一ヶ月ほど寝たり起きたりを繰り返していると、関節痛が加わった。以前と同じようにだらだらしてみるが、あまりはかばかしくない。一日起きると翌日疲れて起きあがれないような日々が続く。
実家から電話がかってきたのでちょろっと体調が悪いと告げるとすさまじい勢いで「検査してもらいなさいっっっ」と言われた。
「せっかく大学病院が隣にあるんだし、免疫教室の教授とかに知り合いいないのっっ?なんとかしてもらいなさいっっっ」
・・・ちょっと待て。大学病院とはそおいうものではないぞ。
補足説明をしておこう。筆者は近親者にSLE患者と膠原病(疑)患者とリウマチ患者複数がいるという、なんだか免疫系の怪しい家系に属している。ちなみにSLE患者なのは妹である。教科書的には膠原病の原因は不明であるが遺伝的要因も考えられる、ということになっている。
別にどうってことはなかったのだが、あまりの剣幕のすごさに無視することができずに内科に行くことにした。