妊娠前 〜1998年6月 「うちは一生二人家族なの?」
結婚してもうすぐ4年目だった。
あんなにいろんな人に「子供はまだなの?」って聞かれていたのに、
だんだんみんながその話題を避けているように思えてきた。
周りの友達がどんどん「家族」になっていくなかで、うちだけが「夫婦」のままだった。
私は20代後半、ダンナは30歳目前。
ダンナは今でこそ「アホか?」と思うくらいの子煩悩だが、その当時は「子供なんてうるさいだけじゃん」と言っていた。
そう、子供は嫌いだったのだ。
そんなだんなに「子供欲しくない??」と言っても答えは決まって「まだいいんじゃない?」だった。
私は結構あせっていた。この人に任せていたらうちは一生二人家族だ!と思った。
なんとかダンナを説得して(時には泣き落とし)子供を作ろうということになった。
でも、いざ作ろうと思うとなかなか簡単にできるものではない。
もしかして不妊症?とか悩みつつ、短期バイトなどをしてひまをつぶしながら悶々としていた。
1998年の6月の末よりお中元の事務のバイトが始まった。
始まって早々、なんだか体調が優れない。私としたことが食欲がないのだ。
その配送センターの食堂は確かにあんまりおいしそうなものはなかったけど、
大好きな冷し中華を頼んでも半分も食べられない。
なんだか変だなあ??なんて思っていたら今度はお腹が張るのだ。
こんなのは経験したことがないぞ〜。と思っていたら、生理が始まった。
「ああ、今月もできなかったなあ」って思っていたその日のうちに生理が止まってしまった。
おかしいなあ・・・と思いつつ3日くらいして検査薬で調べてみたらおっとびっくり「陽性」になったじゃないか!!
その翌日にバイトを休んで産婦人科に行ってきた。
「生理の予定日に少し血が出たんですけど・・・」と先生に言ったら、
「あなたもう一度出血したらダメですよ」なんて言われてしまった。
何がダメなのか??赤ちゃんがダメってこと?それとも私がダメ妊婦ってこと???
結局その後の出血はなかった。
先生も人間だからムシの居所が悪いときもあるかもしれない。
でも初めて妊娠して、不安120%で診察してもらっている私の気持ちも考えて欲しかった。
バイトは翌日に速攻でやめた。
妊娠2ヶ月(4〜7週) 「ホントにできたの?」
うちのダンナは失礼だ。
やっとの思いで赤ちゃんができたようなのに「ホントにできたの?まちがいじゃなくて??」とか言っている。
まるで疑っているのだ。びっくりはしていたけど嬉しそうではなかった。
ちぇっ、私は「本当かい??」とか言ってだっこしてクルクル〜〜とかやってくれたら
嬉しかったのにさなんて思っていた(←おおげさ)。
バイト中と同じようにつわりらしいつわりはなかった。毎日「低空飛行」って感じだった。
時々具合が悪くなっても吐くほどではなく、たまに貧血気味でクラクラしているくらいだった。
この頃、ヨーグルトにハマってしまい、冷蔵庫の中にはヨーグルトとチーズを欠かさなかった。
もともと太りぎみの私は「妊娠したら体重が増えるから、最初からセーブしなくちゃね」とか言って
おやつもなるべく健康的なものにした。
つわりのひどい人から見ればかなりの「平和な妊婦」だった私にも悩みがあった。
ゼイタクな悩みだとは思うが平和すぎて妊娠していると思えないのだ。
それで妊娠前からの基礎体温を続けて測っていた。もし何かあれば体温が下がってくると思ったからだ。
そしてある朝突然体温が下がってしまった。
びっくりして朝っぱらから病院に電話してさっそく診察してもらうことにしたが、
先生に「もう体温測らなくてイイから」と冷たく言われてしまった(呆れたカンジで)。
たしか友達がこの病院で出産したとき「先生がやさしくていいよ」って言っていたのに、
先生私にはなんだかツメタイ〜、たしか初めての診察のときも(「妊娠前」参照)
イヤなかんじだったしなあ・・・。などと考えていた。
妊娠中は便秘になりやすいとは聞いていたが、2ヶ月にしてさっそく便秘になってしまい
便秘薬を飲んでは下痢になってしまうという悪循環に苦しんでいた。
妊娠3ヶ月(8〜11週) 今、この瞬間に・・・。
相変わらずなんとなく平和な妊娠生活に時々不安を感じていた。
妊娠している実感があまりないので赤ちゃんは生きているのだろうか?
今、この瞬間にも、赤ちゃんの心臓は止まってしまうんじゃないか??と思ってしまうのだ。
時々なんとなくおなかが痛いような気がするときは、病院に行って超音波で赤ちゃんを見せてもらったりしていた。
今思えば、私のようなヒマ人な患者が病院を混雑させていたのだ。
不安になるたびに病院へ行くのではご迷惑なのでダンナに赤ちゃんの心音が聞こえるというものを買ってもらった。
20週以降にならないと聞こえないらしいのに、おなかにあてて赤ちゃんの心音を探してみたら、
私のおなかが「ギュルルル〜〜」となる音が聞こえて、ガックリ来た。
妊娠4ヶ月(12〜15週)少しづつ調子がでてきたかな
市の保健センターで母子手帳をもらい妊婦気分を満喫しつつ
12週に入ってすぐに、私は病院へ検診に行ってきた。
このあたりから超音波で赤ちゃんを見る時、その画像をビデオにとってくれるというので、
ものすごく楽しみにしていたのだ。
超音波の写真というのは静止画像なうえに白黒なので、人に見せても「???」ってなことが多い。
よっぽどはっきり写っていないとなんだかへんてこりんな白黒写真なのだ。
その時のビデオはもちろん今でも大切にしていて、
これがはるちゃんだったのねえ〜〜。なんて時々しみじみとみたりする。
なかなかよい思い出だ。
4ヶ月の検診の時のこと。
尿検査があるので、尿を取ろうとしたけど、出そうにない。
しかたないので、自動販売機でドリンクヨーグルトを買って飲んだら、
尿糖がプラスになってしまった〜〜!!
ああ〜〜〜っ!!私としたことがぁ〜〜!!
もらったばかりの母子手帳に尿糖+と書かれ、これからはお茶にするわ!!と誓ったのでした。
このころから、少し太ったかな?と思うくらいに少しづつおなかがでてきたのだった。
妊娠5ヶ月(16〜19週)忙しい妊婦
5ヶ月はなんだかイベントが盛りだくさんだ!!
いよいよ安定期に入ったし、戌の日あり、市の妊婦教室もあり、
マタニティウエアなんて買っちゃったりして〜!!
そうそう!!ずっと楽しみにしていた胎動も今月の終わりころには感じられるかもしれない〜〜!!
なんて期待で盛り上がっていた。
ちょっと気持ちに余裕が出てきたのか、赤ちゃんの産着などを手作りしようと思い始めた。
手芸店を回っては本をみたり、生地を見たり。
大型手芸店には色々産着に適した生地が売っていて、
なんだかそのパステル調の生地を見ているだけで、ニヤけてしまう〜。
でも、まだ性別もわからないしなあ。。。
女の子が欲しいけど、男の子のような気もするしなぁ・・・
そして17週に入ったある夜、横になっているときにおなかに手を当てていたら、
左手のほうでボコボコボコ、右手のほうでポコって動いたのを感じた。
キャ〜〜!!これが胎動かしら??
びっくりしたけど、もしかして、ガスの移動だったかなあ??というようなものだった。
戌の日に病院で帯を巻いてもらった。
その病院では先生が帯に「祈 安産」とか朱色のインク(?)で書いてくれて、看護婦さんが巻いてくれる。
なんだか腰が安定するなあ。。。とか思いつつも
めんどくさがりの私はそれ以降一度も帯をしなかった気がする。
だって、帯って洗濯も大変だし、巻くのも大変なんだもん(洗濯して干すとふんどしにみえるし)。
なので、わたしは、ガードルっぽいの派だったなあ。
19週の終わりごろにお友達の結婚式があって、横浜まで行ってきた。
マタニティーの服を着ていったので、乾杯の時「ジンジャーエールをおもちしましょうか??」なんて聞いてくれて、
初めての妊婦扱いに戸惑いつつも、なんだかうれしはずかしだった。
妊娠6ヶ月(20〜23週)性別判明!!
私は性別以外にも自分の妊娠のことなら(たとえ理解できなくても)全てのことを知りたい!!と思っていた。
なので、性別なんて絶対に聞く!!と思っていた。
私は女の子が欲しかったので、先生が超音波を見ながら
「9割方、女の子だね」といった時、うれしくて、近くにいた看護婦さんに「女の子だって!!」と言ったら、
看護婦さんたら「あら、そうなの?」って!
今一緒に聞いてただろ!!って突込みを入れそうになってしまった。
プロ野球で、今まで見るたびに最下位だった横浜ベイスターズがなんと優勝した。
私は地元ということもあって横浜大洋ホエールズの時代から横浜の応援だ(ぜんぜん詳しくないけど)。
そんなめったにない横浜の優勝の年におなかにいる赤ちゃん。。。
次に横浜が優勝するのはこの子が何歳の時なんだろう??