子育てっていうのは、本当に体力勝負です。これを読んで頂いている皆さんはもうご存知かもしれませんが・・。
何しろ相手は生まれてまだ数ヶ月です、もう若くって体力有り余ってますから。(苦笑)とにかくジッとしていられず、
すぐにイケナイものを見つけて口にくわえたり、上手くいかなくて泣いたり、かと思うと次の瞬間笑ったり・・。
自分の子供を持ってみて、初めて子育ての大変さが分かったというのが実感です。
何しろ私自身は妻と結婚するまでは、子供ということは考えたことがありませんでしたし、そもそもそういうアイディアが浮かびませんでした。親戚の従姉妹やクラスメートの子供を見て「可愛くない。」と思ったことは一度もありませんが、子育ての大変さの話しを聞くと、それに同情するより先に「じゃぁ、なぜ子供なんか持つの?」という疑問の方が先に浮かんでいました。
30を過ぎた辺りから、ひょんなコトで自分の父親が結婚や子供についての話しを向けると、「いやぁ、結婚しても子供は二の次だなぁ。自分の住みたいところに住んで、乗りたい車に乗って、着たい服を着て、食べたいものを食べて、・・・やりたいことやってそれでまだお金に余裕があったら、そしたら子供だね。」なんて嘯いてましたから、多分相当罰当たりだった事でしょう。私の父親は「男は家庭・家族を持って一人前。」という持論の持ち主でしたから。
子供が出来たことを知った時から、そういう考え方は吹き飛びましたが、しかし、まだなんとなく自分が親になる、
一人の人間の親になる、ということには違和感を感じていました。でも、一方でそういう違和感を感じては「いけないんだ。」という声も聞こえました。理性で、「子供は可愛い。子供は大切。」と思うように自分を仕向けていくような時もありました。
そりゃ、そうですよね。だって今まで自分自身のことしか考えたことがなくて、自分自身が世の中で一番”可愛かった”んですから。(苦笑)これから自分は二の次です、っていきなり言われても、戸惑う方が自然です。
でも「赤ちゃんが生まれる」ということはやっぱりとても神聖な事だという意識は、自分の中にとてもありましたから、とにかく妻を労わり、無事に赤ちゃんが生まれるのを祈るばかりでした。
実際にたくちんが生まれてからというのは、私自身が自由業ということもあり、家にいることが多かったので、
妻や看護婦さん、またまた自分の母親と、色々な人を見よう見真似でオムツ替えからお風呂、寝かしつけることまで、
自分自身としては積極的に育児に関わったつもりです。(自画自讃ですが・・)妻の出産後の体調が思わしくなく、夜のたくちんの世話は私が見ることもしばしばあり、夜中の3時間おきの授乳も、妻とは別の部屋でたくちんと寝て、寝ぼけ眼でミルクを作って飲ませる事もありました。
ですが、こういう風に自分なりに一生懸命世話をしても、ありがとうの一言もなく(当たり前!)たくちんはギャーギャー泣くこともあって、そういう時には本当に頭に来ることがありました。オムツも替えた、ミルクもあげた、でも機嫌が悪い。一体何が悪いの??勢いたくちんを抱っこしながら「何なの、おまえは!!ホント、大変な子だ、おまえは!(怒)」と声を荒げることもたびたびありました。
そんな時には、いつも自分の母親(つまりおばあちゃんですね。)に「何言ってるの!!相手は赤ちゃんなんだよっ!そんな事言ったって分からないでしょ!そういう事は伝わるんだからやめなさい。」と怒られる事が何度もありました。自分は一生懸命やってる(つもり)、でも、それを周囲は理解していないと、妻や母親に怒られる度にそう思っていました。そしてこうやって言い返していました。「自分は別にたくちんに怒ってるワケじゃない。だって、夏の暑い日に”暑い”って言うようなもんだよ。”暑い”って言って何が悪いの?ただ感想を言ってるだけだよっ。」「でも、”暑い”って言ったって、”暑い”のは変わらないでしょっ!!!言ってもしょうがない事、やめなさい。」というようなやり取りがちょくちょくあって、泣きたくなる事もありました。
そうやりながらもたくちんが寝て、その寝顔を見ていると、本当にさっきのことはすまなかったなぁと思うことしきりでした。なんだかんだ言ってもやっぱり子供は可愛いですから。(苦笑)
その頃はちょうど児童虐待死の事件が頻発していて、そういうニュースを見るたびに、妻と2人で「本当に可愛そうだけど、でも気持ちもわかるような・・・」なんて本音とも冗談ともとれるようなことを言う事がありました。実の親でもこれだけ子供に「こんちくしょう!」と思うことがあるのだから、それが血がつながっていないとなれば尚更だろうと。
私達はもちろんそんなことはしません。なぜならそういう怒りよりも愛情の方が勝つからです。当たり前のようなことかもしれませんが、きっと世のママパパは同じように葛藤しながら子育てなさっているのではと思いますが、皆さんは如何ですか?
男親っていうのはママより親になるという実感を持つ、または育つのに時間がかかるんだと思います。それはきっと、ママは自分から正に「出てきた」んですから、ものすごく自分と繋がっているという気持ちが、肉体的にもあるでしょう。でも、男親は、下手をすればある日仕事から帰ったら、突然我が家に赤子が・・・ということにもなるのです。
今は”立会い出産”を希望する男性が多くなり(私もその一人ですが)そういう事も少ないと思うのですが、ひところのドラマや映画のように、病院の廊下でウロウロとクマのように行ったり来たりして、そのうちに”オギャー”っていう声が聞こえて、「ハッ」として顔を上げると、病室から看護婦さんが出てきて「元気な男の子ですよ」なんていうシーンじゃ、なかなかすぐにママほど実感など持てるハズもないと思うのです。
親子というのは、すごく不思議な関係で、初めは”親””子”じゃないのかなぁと、最近思います。これは妻が言っていた事でもあるのですが、親子という関係は自然に出来るものじゃない、つまり、一生懸命世話をして、オムツ替えて、ミルクあげて、分かってるのかいないのか分からなくても「パパだよ、ママだよ。」と話しかけたりして、ものすごくエネルギーを使って働きかけることによって出来るのかもしれないと思うのです。だから、前述の事件のように、そんな働きかけを一切せずにいたら”法的・生物学的には親子”であっても、親子の関係を築く事が出来ずに、実の子供であっても、ただの一人の「人」として見えてしまう事が”親子”であるという意識を凌駕してしまう事もあるかもしれない。そう言う時に、ああいう痛ましい事件が起こるのかもしれないと思うのです。
葛藤しながら、それでも可愛いと思える、子供ってとても不思議なものだなと思います。そして、日本からアメリカに来て、家族3人だけになってみて、関わる時間が多くなるほど、どんどん私達親子の絆は深まっている、そう思います。どんどんたくちんを好きになって、そしてちょっとだけ憎たらしい・・・そんな”ベビーギャング”との格闘が、明日もいつもの様に待っています。 |