一日一日を大切に・・・・
(対米国同時多発テロに思う)

  みなさんはもうご存知と思いますが、9月11日にアメリカの航空機4機がハイジャックされ次々とテロリストの標的となった建物を攻撃しました。罪の無い何千何万という人達が、たった数人の狂信的な人間によって、なんの前触れも無く突然命を奪われました。

  私達はハイジャックされた飛行機の飛び立ったローガン国際空港のあるボストンから内陸に2時間程車で走ったところに住んでいます。ローガン国際空港は私達がボストンに日本から来るときに使った空港であり、先月から私達を訪ねて来ている私(おっと)の実母を迎えにいったところでもあります。

  事件のあった日以来こちらでは昼夜を問わず臨時ニュースが流れ、昨日(事件当日)は妻の大学も含めほとんどの大学、公的学校、公的機関、ショッピングモールまで閉鎖されました。外に出ても人影もまばらで、みんなニュースを見て事態の推移を見守っているようでした。尋常ではない空気が流れています。

  何度も飛行機が特攻していった瞬間の映像や、世界貿易センターの崩壊する場面をみていても本当にこれが実際に起こったことなのか?と疑う程の惨事だと感じます。本当に体が震えました。
ハイジャック機に乗っていた人達がどんな思いで最後を迎えたのか?それを思う時、やり場の無い怒りと胸を切り裂かれるような悲しみに襲われます。倒壊していくビルに取り残された人達はどんな気持ちでいたのか?どんなことを考えたのだろう?

  ハイジャックされた機から家族に電話をかけた人がいたそうです。家族が色々な事を問い掛けても、ただ”ハイジャックされた”という事、そして”愛している”という事を伝え続けていたそうです。倒壊するツインタワーから逃げようとしていた中にも家族に電話をかけた人達がいました。もう自分は逃げられない、助からない、そう判って彼らがした事は、自分達の家族に”愛している”という事を伝える事だったのです。生き残る事を諦めた、そんな極限状態でさえ人は、憎しみでもない悲しみでもない、”愛している”という事を伝えようとするのです。

  日航機が墜落した事故がありましたよね?あの時も、遺品の中に手帳があって、墜落していく飛行機の機内でしたためた遺書が出てきました。あの手帳や走り書きの中にも、「なんでこんな事になった??」といった事は何一つ無く、ただただ残していく家族の事を思いやる言葉が綴られていました。そして志半ばで家族を見守ることが出来なくなった無念さが綴られていました。

  日本に居た時には「怖いねぇ〜」で済んだことかもしれません。しかし、これほど身近に”テロ”というものを感じたことはありませんでした。”平和ボケ”というのかもしれませんが、改めて日本とは違うところに住んでいるのだという事を実感しました。そして、危険や危機というのは自分達のすぐそこに潜んでいるのだと思いました。それは”テロ”ではないかもしれない、交通事故かもしれないし、自然災害かもしれない。
 
  自分達の平凡な”幸せ”というのは、とんでもない危ういバランスの上に成り立っているものなのだ、という事を強く感じました。 被害にあった人々すべてが、きっとその日の朝もいつものように家族に「おはよう。」を言い、いつものように仕事場に出勤したのでしょう、なのに、いつもの朝だと思ったその日は、彼らの命を突然奪い、残された家族には深い悲しみだけが残ったのです。だれも予想していなかったことでしょう。

  そう思うと、その日その日がたとえ平凡に感じられたとしても、それはとても大切な時間だと思えてくるのです。たとえ不慮の事故でなくとも、人は生まれた瞬間から”老い”と”死”という逃れられない不治の病を背負って生きているのですから・・・。
  
  私がインターネットで知り合った友人の女性はこんなことを言っていました。その人はたとえ人とケンカしても絶対に笑顔で別れるようにしているのだそうです。ひょっとしたらこの別れが永遠のものになるかもしれない、そうではないと言い切れない、そう思うと、ケンカしたまま、お互いが嫌な気持ちのまま別れるのは絶対に後悔するだろうと思うと言っていました。

  ”普通”に考えれば「次に会ったときにでも謝ればいいじゃない。」と思うことでしょう。けれども、”次”は”普通”に来るものではないと思うとき、その一瞬々々はとても貴重に思えてきます。でも、これはよほど気をつけていないと、すぐに忘れてしまうものです。いきおい、「退屈だなぁ〜」などとあくびをしてしまったり・・・。私自身もそう考えると、随分無駄にした時間があったと思います。 


  与えられる時間すべてを何か行動で埋め尽くす、そんなことは必要ではないと思いますが、たとえ何もしていなくともその時間がとても貴重な”ギフト”なんだと思うこと、そう思うだけで”何も”していなくとも、何かいつもと自分の気持ちが違うような気がします。

  そして、一日一日を大切にして、いつ自分が愛する人と別れなくてはならなくなっても、絶対に後悔しないようにしたい、そう強く思います。妻やたくちんの笑顔を守るために、絶対後悔しないように毎日を精一杯生きる・・・・・。これが、このとてつもなく大変な事件を通して、改めて私が思ったことです。そして事件が早く解決すること、被害者のご家族の悲しみが少しでも早く軽くなること、そして絶対に”戦争”にだけはならないよう、今は祈るばかりです。

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