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ぐちゃぐちゃ。
季節に背いた蝉が狂ったように鳴いている。鈴虫たちの涼しい音には不似合いのハーモニー。

すっかり秋になって、私はまたおかしくなる徴候が出てきています。ここんとこ調子がいいと思って油断してた。

先の日曜日、昼間めっちゃ具合悪かったけど娘と約束してたので夕方から「猫の恩返し」を見て娘と二人でダイニングバー(!)で飯食ったら5000円以上かかっちゃってちょっとびっくり。いやそりゃ1200円の刺身盛りとか頼んだからなんだけど。
帰ってきて神社のほうに明かりが見えて、あーそういえばお祭りだったなあと思い出す。昼間ちょこっとだけ山車引いたことも思い出す。
一通り夜店見て、スーパーボールすくいをやって、ラムネ飲んで、焼そば買って、この祭でしか買えないアイスを買って帰ってきた。例年通りのコース。

例年通り?

急いで帰ってパパにアイスをあげてから、ふと違和感を感じた。

去年のことは覚えてない。たぶん行ってないと思う。
じゃあ、一昨年は?

写真が残ってる。パパに支えられながらボールすくいをする娘の写真。

・・・今年は、一緒じゃなかった・・・

そんなの、嘘だ!
桜海老の入ってない焼そば頼むのも、炭酸好きじゃない私がおいしくラムネ飲めるのも、アイスを人数分買うのも、すべては、すべてはパパのためなのに!!

悲しくて、虚ろで、久しぶりに1時間も泣き続けた。薬を丸一日分まとめて飲んでチューハイ5本飲んで暴れた。

そのあとの生活はめちゃくちゃ。
不眠と過眠と拒食と過食がぐるぐるくり返されていて、生活というものができてない。かろうじて娘を保育園には連れていくものの。

この寒々しい荒れた部屋は私の心象風景だ。
こんな私で、生活で、この先どうなる?
2002年09月12日 00時03分38秒


近況みたいなもの。
9月になってしまいました。
また、あの、、、、恐怖の季節です。
既に、キンモクセイの樹を見ただけで恐怖でココロが痺れています。
(去年の入院のきっかけは金木犀の匂いでした)

なんだかもう「鬱」そのものに疲れてしまって、ポジティブなものがぜんぜんありません。
それでもまあ薬で現状維持はできているので死にたいほどの状況ではありませんが。
そういうわけで全然更新もできてません、すいませんm(_ _)m。

えーと、日記更新してなかった間にあったこと。
病院が夏休みになって不安だった。
んで金曜に病院友達のおうちに遊びにいって飲みながら「北の国から」ダイジェストを見て、次の日二日酔いになりながら多摩動物公園いって、そのまま東中野のダンス教室に行って。
であまりに疲れすぎてバタンキューして30時間寝た。
そしたらやっぱり不眠にシフトしてしまって、薬効かない仕方ないので酒飲んでも午前4時まで寝れず。(月火水同じ)あたしの睡眠神経どうなってんだよ〜(;_;)
今に至る。

でもプレステ2をもらったんだ〜♪なのでいろいろ安いソフト買い漁って「スペースチャンネル5」をやってる。「サンライズ英雄譚」(元メカオタク>わし)が欲しい。

やっぱ入院するしかないのかなあ。
逃げて逃げて逃げまくって、それで問題が解決するとも思わないけど、でも今の私にはまだ辛すぎる。
2002年09月05日 23時04分41秒

またこの季節
涼しくなりだした。夜、虫が鳴き始めた。

秋だ。
また、この季節がやってきてしまった。
大好きだったあの季節ではない、同じ季節が。

キンモクセイの葉っぱを見かけるたびに畏怖している。また去年のようになるんじゃないかと。

空を見て、夫のいるあの場所への高さを思い知る。
あの場所に逃げ込めたらどんなに楽だろう。
2002年08月21日 22時58分39秒

・・・疲れた。
13日に知人の一周忌弔問を終え、14日から18日まで帰省してきた。

・・・疲れた。
あまりの精神的緊張の反動で、帰ってきてから20時間近く寝てしまった。その間娘はネグレクト状態。なんか「おなかすいたよおー!」とか泣き叫んでいたのは聞こえたけど、どうやって娘がしのいだのかは不明。たぶん買ってきてあったおみやげお菓子を食べたんだろう。ほんにひでえ母だな。
だけども、わかってくれとはいわないけど、今までずっと笑って出迎えてくれていた人が3人もいないんだ。それが現実と思えないんだ。その精神的負荷たるや、どんなものか。

家に戻ってきて改めて突き付けられる「現実」(?)。日常生活との落差。

ああ、また「普通の日々」が始まる。
その生活にももう疲れ果ててしまったよ。
2002年08月19日 23時00分41秒

小さな悲しみ
保育園にお迎えに行ったら、黒縁の張り紙がしてあった。
年長さんの子が、病気でなくなったというお知らせだった。
それを読んで、私は全然知らない子なのに、涙が溢れて止まらなかった。
たった6歳でこの世を去るってどんな気持ちだろう。それから御両親の気持ち。それを考えただけで胸が痛い。
娘は無邪気に言う。「○○ちゃんしんじゃったんだって。」
娘が健康でいてくれること。それがどんなに大切なことか、改めて思い知った。
小さく、そして無限の悲しみ。

そして明日は、去年なくなった知人の一周忌。
2002年08月12日 23時51分28秒

娘の誕生日。
今年は私史上最高に日焼けしてる年かもしれん。毎日の保育園送り迎えでけっこう焼けるもんだなーと紫外線の強さ及びオゾンホールに思いをはせたりして。

さて、娘の誕生日があった。
前後に何だかいろいろトラブルがあって全然気持ちの盛り上がりに欠けたけど、まず第一部の
「断髪式」。
生まれてから一度も切ってない後ろ髪を初めて切るのだ。ふわふわしててかわいいのにもったいないなーと思いつつ、汗かいても髪が長いからあせもになりやすいとか実害が出てきたのと、何といってもキリがいいので切ることにしたのだ。
ちょうど保育園のお友達で美容院やってるおうちがあって、娘も「○○ちゃんちでかみのけきる。」と言っていたのでそこでお願いした。
一番長いとこで20センチぐらいあったのかなあ。なんか雰囲気がけっこう変わって、ちょっとおねえさんぽくなりました。

第2部「食事の会」は娘の好きなピザとミニモニケーキ。このケーキがまた、中は普通の
生ケーキなんだけど箱からミニモニ、ケーキの包み紙(?)もミニモニ。で4人のピックが刺さってるというもの。
それで普通の同じケーキより500円ぐらい高い(^^;)。いい商売でんな。デコキャラシリーズでアギトとかいくつかあった。

でもね。
なんか気持ちが萎えてんのだわ。愛娘が1歳成長したというのにさ。
ひとり足りない。
そのことばかりに考えがまわって、ただ喜びで「誕生日おめでとう」と言えない。
去年の方が少しましだった。今年の方がひどいってどういうこと?やっぱりあたしどんどん壊れてってる?

うるさい、うるさい!蝉の声。
頭の中に響いて、気が滅入る。
2002年08月10日 22時02分31秒

流れる。。。
切ない。
時間の経過、それに伴わないリアリティ。

アタシハイマドコデナニヲヤッテイルノダロウ?

何度も問い、答えは出ない。
ただ、切ない気持ちだけが流れてゆく。

もうじき娘が5歳になる。
去年いただいた誕生日プレゼントのワンピースがぴったりになった。

この子が、5歳?
パパのいない2度目の誕生日が来るの?

時々寝ているのを見てぎょっとする、そのでかさに。もう赤ちゃんじゃない、それはわかっているけど大人用の布団にちまっと寝ていたあの子じゃないんだなあ、そしてその感情を共有する人が足りない、と思うと、涙が流れてくる。

流れる。
時の流れにただたゆたう。
そしていつしか沈んでいく日を夢見ている。
2002年08月03日 23時34分51秒

離人症
久しぶりにもんのすごい離人感が出てきてる。原因はいろいろ。

金曜夜に私の友人宅にお泊まりして、一旦うちに帰って今度はダンスレッスンの支度をしてそのあとオーディション用写真(なぜか娘も芸能活動することになっちった)の撮影に出かけて、帰ったら土用ウナギするぞーと思ったがおなかがぐー。よく考えたら昼飯食ってなかった。軽くのつもりでラーメン食って、新宿からバス乗って帰った。もう疲れ果ててばたんと倒れ、意識不明になってしまいましたとさ。

そんで起きたらこの離人感。現実感てんこもりで連日いろいろ動くともう離人症&過眠。
要するに疲れてたんだが、一番の痛恨は、たきたてごはんで土用ウナギを食べる約束を夫としていたのにはたせなかったことかもしれん。
なんかもうテンパりすぎて子供の前で泣いてしまった。「パパに会いたいよお〜」(;_;)って。
子供はどうやら毎晩パパが夢に出てくるらしく、「じゃあママもゆめでぱぱとあえるようにまほうをかけてあげるね。」だって。

そんな娘を前にしても、
はよ死にたい。
としか思えないなんてさすが畜生ですな。
2002年07月23日 23時53分43秒

曲作り
フラモニきりりと焼酎でエセマイタイのできあがりっと。今日買った焼酎トライアングル、すでに半分近くないぞ。

というのも素面じゃできない作業をしてるので。

作曲。

作詩は多分今でもなんとかできる。でも曲が、メロディーが出てこねえ??。といいつつ酒飲んでたら2曲できた。わしって天才?!あとはアレンジ。これは全く私にはできない作業なので友人に手伝ってもらわなきゃ。

結構マジでデビューしようと画策している。
私にとって唯一の、夫への免罪符なのかもしれない。
先週会った新しいカウンセラーの人は私の夫作品伝道のことを「弔い」と言った。確かにそうかもしれない。

私は夫の曲を世間に広めたい。ジャカジャカジャンケンの作曲者なんだってことを、ポンキッキーズを知る人総てに伝えたい。
そのために私はメジャーになりたい。
一発屋でいいんだよ。それで夫のことが知り渡るなら。
願いはひとつだけなんだ。
2002年07月14日 23時57分09秒

ライブ。
昨日まではかなりへこんでたので遅くなりましたが。

ライブ。
というものをもんのすごく久しぶりにやった。しかもオール。
(子供はじじに来てもらってまかせた)

そもそものことの始まりは、大学時代の友人からの一本の電話。
夫のアレンジした「りんごの唄」をライブに使いたいという内容だった。
でいろいろ話を聞いて、じゃあ私も一緒にやろうということになったのがライブの3日前。
こんなんでいいのか?練習しなくていいのか?とか??だらけのまま入ったら、みんなライブ重ねてそれなりに練習してきてる(しかもキワキワのキワドイ人たち)人たちばっかりで、これはヤバいそぐわないのではないかという皆の雰囲気ひしひし。私もテンパリまくっちゃってもう大変。

ちなみに私が出たのはKYOKA with KYOKA Showというボーカルユニット(友人はその中の一員)。「平成今日歌」というインディーズCDを出してます。
私は一応飛び入り参加みたいなもの。「ダンナの曲使いたかったら俺もまぜろやオラァ」とは言ってませんがまあそんな感じで。

で、ライブだ。
なぜか私達の前がSMショー。。。(~O~;)
どうやらなんでもありってことらしいということはわかった。
でも、なあ。
そんな人たちの中で、かなり大人しかったよなあ?ライブ。。。ていうか、2回出番があったんだけど、ライブで練習したことがないから初ライブだったとのこと。それは、ねえ。。。(~_~;)
メンバー皆しおれてたよ。。

わかったのは、「やっぱりあたし、歌いたい。」という自己認識のみだった。
あと練習はすること。(^^;)
そんなとこ。
2002年07月11日 00時16分21秒

「死」の耐えられない軽さ
またひとり、近しい人がいなくなった。
親友のお父さんで、家族同士で何度も旅行をしたり泊まりっこしたりと、下手な親戚よりとても、とても近しい人だった。
51歳での突然死。たぶん夫と同じ虚血性心不全だったんだろう(地方なので解剖は行わないらしい)。
今日も帰京前に寄らせてもらったけど、今にもおじちゃんが出てきて「ともちゃん、ゆっくり遊んでいきな」って言ってくれそうなのに。

なんなんだ?突然死って。あんまりにもリアリティに欠けるエピローグ。

「存在の耐えられない軽さ」って映画あるけど、私はそれを「死の重さ」との対比と思ってたけど、違うのかもしれない。
実は「死」の「軽さ」、命の儚さのことなんだろうか?

こんなに簡単に消えていく命の軽さ。
なんて軽いものなんだろう。
2002年07月01日 19時38分47秒





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