2000.12.8(金)
入院1日目

5日の火曜日から高熱が続いていた遥菜。最初のうちは、いつもの扁桃腺かなんかだろうと思っていた。2度にわたる解熱剤の使用もほぼ無意味だった。日に日に唇が赤くなり、元気もなくなる。夜になると「お腹が痛い」と泣いて起きることも続いていた。今朝は熱も40℃近くのままで、白目の部分が充血する。両手を激しく痒がり、その指先が赤く腫れているのを見たときに『川崎病』の3文字が浮かんできた。かかりつけの病院に行き、遥菜をひと目見て先生がこう告げる。「川崎病だね・・ほぼ間違いないでしょう。すぐに病院を紹介するから、この足で行ってください。そのまま入院になると思いますから」頭の中の整理がつかないままで、紹介された病院へと急ぐ。到着するやいなや、採血したり、点滴したり、お尻に綿棒を突っ込まれたりと、遥菜にとっては精神的ダメージが大きかった。川崎病と診断されるには、6つの項目がある。該当数が多ければ多いほど、川崎病としての病状が重い・・と診断されるとの説明を受けた。詳しくは『川崎病って何?』で説明しますが・・・。遥菜はこの項目全部に該当。テストなら満点なのに・・・嬉しくない全問正解だ。3週間は退院不可。病室に移動し、早速γ‐グロブリンの点滴が始まる。アスピリンも服用。点滴が効いてきたのか、珍しく落ち着いた寝息を立てている。熱も急に下がってきている様子だ。しかし遥菜は絶対安静患者。ベッドから降りることは禁止されていて、トイレもベッドの上でしないとならない。ただ、下痢が激しく、何度となく漏らす。看護婦さんに「毎回シーツを替えるのは大変なので、持っているバスタオルなどで対応してください」と言われる。手持ちのバスタオル・・そんなにないのに・・・。
2000.12.9(土)
入院2日目
深夜の段階で熱が下がる。からだが冷えても困るから、氷枕もはずす。下痢が相変わらずひどい。何回かうなされて起きる。朝、身体の発疹が消えていた。ノドの腫れも昨日より良いとの事。それでなのか、朝食の時は卵焼きが食べたいと言い、半分を口にした。ご飯も3口ほど・・・。牛乳も飲めたし、大きな回復を見せてくれた。隣の人と楽しそうに会話している。遥菜のおしゃべりがちょっと回復の兆し。γ‐グロブリンの使用も一時中止。心臓のエコーを見ることになった。超音波で自分の心臓を初めて見た遥菜は「なんじゃぁ〜〜こりゃぁ〜〜わはは〜〜」なんてトボけていた。「今のところ、異常はないでしょう」とのこと。良かった。夕方過ぎから発熱し、再び機嫌が悪くなる。一度は復活した食欲も減退。アイスを数口含んでやめる。就寝時間前から腹痛が激しくなる。横になって寝るのが辛く、ベッドを起こして座ったまま寝たいと言う。便の状態は、昨日に比べれば、若干トロリとしたように感じる。おしっこや便が出る前が特にお腹が痛くなるらしい。お腹から腸のあたりを触ると、常にゴロゴロと音を立てているのがわかる。夜中は痛みと夢にうなされて起きることがほとんど。何度も「痛いよーもう耐えられないよー」と泣きながら叫んでいる。明け方になって、やっと少し眠れたかな?
2000.12.10(日)
入院3日目
発熱が治まらず、39℃台まで上がる。機嫌は更に悪い。朝食は食べず、代わりにいちごポッキーを数本と牛乳を少々。夜中に眠れなかったからか、昼過ぎまでぐっすり眠る。途中検温で起こされた時は激怒していた。1人で横になることを極端に嫌い、抱っこをせがむ。風邪を併発しているせいで、咳と鼻水も多い。午後に担当医が来る。細かく状況を聞かれ、ひとつひとつ答えていく。明日からγ‐グロブリンを再投与することになる。昼はアイスをひとくちしか食べず、唇が切れ始めたせいで、ご飯は食べたくないと言う。食べたいものを聞いても、何もない・・と答えるのみ・・困った。ジュースは口にしてくれるようになった。お気に入りはビックル。今日は遥菜の妹の誕生日だ。義姉に遥菜の付き添いをお願いして、2時間だけ帰宅した。すると、私がいない間に遥菜はおやつのドーナツを半分口にして、ビックルも1本飲んでしまったらしい。義姉は遥菜の精神安定剤みたいだ。夜から熱は39℃を超える。今夜も寝られない?鼻詰まりのせいで、口を開いていることが多く、唇と口の中の乾燥が尚ひどくなる。横になって寝ることをまた嫌がる。私は遥菜の枕兼布団になりつつある?おしっこの回数が増えた。おやつのビックル効果かも。
2000.12.11(月)
入院4日目
ひじょーーーーーーーーーーーーに機嫌が悪いっ!!!!!
熱も39.2℃。手足が再びパンパンに腫れてきた。咳も激しい。食欲はまるきりない。口にするのはビックル少々のみ。目の赤みも再度出てしまった。あちこちが痒いらしい・・膝の後ろが痛いらしい・・汗もいっぱいかいている。午前中に先生が遥菜の様子を見に来る。夕方からγ‐グロブリンの投与を再度始めるとの事。これで熱が下がって、心臓に後遺症が残らなければ、他の部分が良くなり次第退院になるはず。午前中に血液検査もあり、再度血を抜かれた。先日の痛い記憶も残っているせいか、大暴れする。熱が39℃〜40℃に。抱っこしているから、熱も高くなってしまう?氷枕を使うように説得する。やっと私から降りてベッドに横たわる。氷枕が気持ち良かったのか、2時間ほどよく眠ってくれた。血圧118/84下がちょっと高いな・・・・。PM5:00γ‐グロブリン再投与開始。心臓への負担が今回の高熱で更にあったはず。どうか軽く済んでいますように。γ‐グロブリンを投与してから器官と心臓が痛い・・苦しい・・とぐずり始める。鼻詰まりも苦しさに拍車をかけている。夜、先生が午前中の血液検査の結果を伝えに来た。血液の炎症数値が入院時の14から15に上がっているとの事。(健康な人はこの数値は0)やはり再度の発熱がかなりの負担をかけたらしい。ただ、肝機能の数値は元に戻ってきているとのこと。一喜一憂ってまさにこんな感じ?ベッドを横にしないでと訴える。今夜もおすわりスタイルで眠るのね。横で一緒に座り寝している母は尻と腰が痛い。でも、遥菜は身体中が痛くて眠れないんだ!その思いが今の私を支えている。夜中の血圧値で、上が130超えた。明け方から苦しさがピークになり、ベッドの手すりの部分を抱えるような体勢で痛みに耐えている。連日寝不足の母は寝ぼけて目が開かず、遥菜に叱られる(面目ない)夜中の体温39.2℃
2000.12.12(火)
入院5日目
朝一番で先生が来てくれた。胸の痛みの話しをする。とにかく熱が下がらないと・・・と先生の言葉。夜勤明けの先生。深夜に何度も遥菜の様子を看護婦さんに聞きに行っていたらしい。ありがとうございます。朝食は相変わらずひとくちも食べず。お掃除タイムが10時前。おんぶをして廊下にしばらくいたが、遥菜にとってはこのおんぶが一時的な特効薬になったのか、10時のおやつで出たたまごボーロを数個口にしてくれた。クリスマスのプレゼントの話しなどでも盛り上がり、久しぶりに明るい声を聞いた。その後もヨーグレットを3粒食べた。夜が眠れないからか、昼頃はよく眠ってくれる。昼過ぎから熱が再び高くなる。首の痛みがピークになり、横が向けない状態になる。だから、凄く不機嫌。食欲は完全にない。どこに触れても痛い!の連発になって、食べ物の話をすると遥菜は激怒。母、謝りっぱなし・・・。遥菜の横で笑顔で過ごすようにしているけど、ぶわぁーーーって涙が出そうになる。『こんな病気になっちゃって』そういう涙ではなくて我が子ながらその小さい体のどこにあるのか不思議になる強い精神力で川崎病と闘っている姿に『あんた凄いよ!頑張っているよ!』そう叫びたくなる涙だ。先生に、明日になっても熱が下がらないようだったらステロイド投与に切り替えるかも・・と言われた。熱は相変わらず39℃台のままだ。就寝前になって、首とお腹の痛みを訴える。そんな遥菜に折り紙を折ってあげようとしたら「遥菜も折るよ!」と言って、私に金魚と人形と花を作ってくれた。手は小刻みに震えていて、見ているだけで辛さが伝わってくる。頭痛も始まり、全身が悲鳴を上げている・・・そんな感じだ。深夜、眠りの合間に痛い痛いと泣いていた。時々暴れもしたが、頑張って朝を迎えた。血圧値143/85めちゃめちゃ高い。明日、心臓のエコー、心電図、レントゲンの3種類の検査が入った。肥大が起きてないといいけど・・・ね。
2000.12.13(水)
入院6日目
朝から心エコー、心電図、レントゲンの検査があった。検査で移動の為、ベッドから起き上がるのにも悲鳴を上げる遥菜。ただ、話し方にはいつもの生意気節が戻っているように思えるのだが?車椅子で移動。心エコーの順番を待っているときに先生が来る。遥菜のむくみきった手と、充血しまくった目。震え続ける身体と傾いたまま戻せなくなっている首・・・そんな遥菜の姿を見て、先生が一瞬言葉を失っているように見えた。遥菜に色々尋ねても、遥菜はまともに声も出せない状態になっていた。心電図から始まり、心エコーに続く。遥菜の形相に不安を抱えた先生、何故か同席していた。現段階では、心臓に少し水が溜まっているとの事。でも問題はないので気にしないようにと言われた。車椅子で病室に戻り、体温を測ると37.4℃・・・・え?・・・・ええ??という感じだった。その後血液検査の為採血。先生と仲良くなっていた遥菜は先生がやってくれることを条件に採血させた。とても上手だったらしく「あのね〜、先生ね〜うまかったんだよ〜。あのね〜先生ね〜病院で一番採血うまいんだってぇ〜」なんてことを弱々しい声をしながらも説明してくれた。さて、午後の検温・・・37.7℃。しばらくして先生が来る。血液の炎症数値が先日の15から25に上がっていますとのこと。結果として、γ‐グロブリンの効果がなかったという事になるらしく、これからステロイドの投与が始まる。もう1種類の点滴もだ。副作用はそんなに心配はないとのことだった。でもステロイドって、やっぱり抵抗がある・・・。まずは明日まで投与して、様子を見るそうだ。心臓の肥大が心配なのはこれからだそうだ。(一応安定期に入っているとの事)午前中の高熱の疲れからか、一気に下がった熱への安心感か、12時から18時まで熟睡した遥菜。この時期に突然死が多いことも本で読んで知っていたので、寝息を思わず確認してしまう状態だった・・・・。ステロイドの1回目投与の後の体調の変化が気になっていたけど、熱も37.4℃と落ち着きを見せ、顔色もどんどん良くなっている。ここまで急に元気になると、逆に不安も抱くけど・・・・。おしゃべりも復活。絵を書きたいとまで言うようなった。父親に絵本を読んでもらってご機嫌になった、食事もカステラをひとつ食べることが出来た。
2000.12.14(木)
入院7日目
今までのあれはなんだったの?そう思うくらいに顔色もいい。夜中はあっちが痒いこっちが痒いと泣いて大騒ぎしたけれど・・・・。お尻が痒いから始まって、身体中のあちこちが痒くてガマンできなかったらしい。泣いた泣いた。今日一日、ステロイド3本点滴。心臓の影響が、果たしてどれくらい残っているんだろう。朝一番の検温で36.0℃。熱が下がって、今までで一番楽なはずなのに、お尻の痛みと痒さに耐えられず、機嫌は一番悪いかも・・・。泣き虫になっていて、ちょっとしたことでぐずり出し、そうなると止まらない。「泣きたくないのに泣いちゃうの!止まらないの!」そう言って大泣きしている。気持ちに余裕ができた証拠でもあるんだろう(ワガママが出せるようになって)昼の熱、36.1℃。午後は36.2℃で、一応安定してきているように思える。あとは機嫌が安定すればいいよね?看護婦さんにお尻を洗ってもらう。ちょっとすっきりかな。入院後、初めての下半身シャワーだった。食欲も少しずつ出てきた。お菓子を食べて、アンパン食べて、しまいには「ヨーグルト買って来て!」と騒ぐし。機嫌が悪いのは「甘えたいのに甘えてない」が理由らしい。尻が痒いのもあるだろうけどね。夜は入院後、初めてよく眠ってくれた。途中泣いたのは一度だけ。おしっこ洩れた〜〜って言って、パジャマを着替えさせてお尻をポリポリ掻いてあげていたら再度夢の中へ・・・。明け方、久しぶりに熟睡していた私は自分のイビキで起きてしまった(恥)
2000.12.15(金)
入院8日目
久しぶりに熟睡した遥菜。目覚め一発目はグズって泣いたものの、機嫌はOK。顔色良し、食欲あり。トースト2枚弱りんごを半分、しっかり食べた。しかし・・・点滴も8日間ぶっ通しで遥菜のか細い血管は、さすがに持ちこたえることができなかった。紫色になってしまったので、点滴の位置を替えることに。ついでに・・・と明日の予定だった血液検査もすることになったし、これでしばらくは点滴以外の針刺しはないだろうと思っていたら・・・おいおいおい!!!先生!!看護婦さん!!点滴洩れてます!!腕が腫れてきてます!遥菜が痛がってます!!!またもや点滴用血管を確保し直し。院内で・・いや?日本で一番針刺すのうまいんだぞ〜と遥菜に言っていたらしい先生。カーテンの向こうから遥菜の凄まじい悲鳴が・・・・。先生は申し訳なさそうな顔をして出てきたけど、何も言わなかった。遥菜に後から聞いたら、先生2回失敗したらしい。腕にはその証拠が残っていた・・・・。精神的苦痛はなるべく与えないように、先生、本当に院内で一番になって下さいね。(後で突っ込んだら謝ってました・・・)しかし、私にその時の状況説明するときに「おいおいお〜いって思っちゃったよ〜」なんて言えるようになった遥菜。体調は確実に復活してきている。血液検査の結果、炎症数値は7まで落ち着く。前回の25からはグっと下がってきている。ステロイドの点滴は、今週いっぱい続くとの事。数値がゼロになったら、全ての点滴がはずれるとのこと。痒がっていたお尻の皮がむけてきた。これは川崎病の症状のひとつだ。本来は足や指の皮がむけるんだけど、何故か遥菜はお尻だった・・・。看護婦さんに髪の毛を洗ってもらう。久々にサラサラの髪の毛になった。夜中は回数が増えたおしっこと、お尻が痒いのとでグズったけど、それきり、またぐっすりと眠ってくれた。
1999.12.16(土)
入院9日目
さすがに退屈そうにしている。昨日からうんちが出ていない、鼻詰まりになる。風邪が院内感染しているらしい。元々ベッドから降りちゃいけない遥菜なんだけど、部屋のまん前にあるキッズルームへの立ち入りは、厳しく禁止された。(病室掃除で移動の際も、その部屋には入らないようにと言われる)食欲はどんどん回復してきている。前日にいちごを12粒食べて、私に食べ過ぎ!と笑われたからなのか、義姉に2パックも買って来てもらったにもかかわらず、4粒だけ・・と控えめ。一番下の兄貴夫婦がお見舞いに来てくれた際、たこ焼きを食べさせてもらった遥菜。機嫌はとても良い。
2000.12.17(日)
入院10日目
あと1週間でクリスマスイヴだねぇ・・・・・・。今朝は開口一番に「お腹が痛い」と訴える。それからすぐに吐いた。昨日のたこやきがきちんと消化されなかったらしい。何度も痛みが起きては「おえぇぇ〜〜〜〜」と苦しそうにしている。もしかして風邪に感染?もしかして食中毒??それともステロイドの副作用???と様々な心配がグルグルとまわる。4回吐いた後、ぐっすりと眠る。朝ご飯も食べず、薬も飲まずぐっすりと・・・・・。起きたら・・治っていた。吐くだけ吐いて楽になったのかもしれない。それからは、お昼ご飯に出たお肉も食べたし、ご飯も全部食べた。遥菜自身が「昨日食べ過ぎたのかもね」と言っていただけに、おやつは口にすることなく眠ってしまった。明日は心臓検査がある。この結果次第で、退院の予定が何日なのかが決定するかもしれない
2000.12.18(月)
入院11日目
3回目の心臓検査があった。遥菜の大嫌いな血液検査もあった。毎度毎度の大騒ぎ。エコーの画面を見ていても、私には何が何だかわからないけれど、大丈夫!悪くなんかなってない!そんな気がしている。ようやくトイレの時だけはベッドから降りてイイと許可が出る。遥菜用のスリッパ買わないと・・・。午後に診察結果が出る。血液炎症は2.5、心臓肥大は入院当時よりも良くなっているとのこと。この調子なら、月曜日にもう一度検査して、その結果次第では26日に退院できるそうだ!ただ、血小板の数が今でも上昇中とのこと。ステロイドの使用を止めたことによる再燃(再発のこと)の心配もあるので、水曜日にももう一度血液検査だけするらしい。それで数値が落ち着いていたら、まだつけられている点滴もはずれるとのこと。
2000.12.19(火)
入院12日目
今日は調子も良く、元気いっぱいだ。日中熱が上がらなかったら髪を洗ってあげる〜という看護婦さんの言葉が嬉しかったらしく、「まだかな〜?まだかな〜?」と心待ちにしていた。やっぱり女の子だよね。洗った髪を乾かしとかし終えた遥菜の言ったセリフ。「唇もほんのり赤くて、遥菜美しい?」もうこのセリフには看護婦さん大爆笑!ナルシスト遥菜、ここで誕生する。昨日、調子が良くなってきたのをいいことに、昼寝をしなかった遥菜。今日はきちんと昼寝しなさい!という言葉にきちんと返事をして、かれこれ2時間以上は眠っている。お利巧に一日を過ごした遥菜に「やっぱりパパの子だよね!頭がいいし、お利巧だよ!」って言ったら「いやぁ〜それほどかもぉ〜」と頭を掻く遥菜・・・・。そんな所もパパに似てます。
2000・12・20〜26
入院13日目〜20日目
遥菜の調子は日に日に良くなり、お尻の皮も全部剥けて、指の皮も少しだけ剥けた。その後のレントゲン検査でも異常は認められず、点滴もはずれて普段どおりの生活をさせてもらう。血液の炎症だけは、なかなか0にならず、1.2とか1.1とか・・・その辺をウロウロしていた。24日のクリスマスイヴは外泊許可が出て、妹と共にサンタさんのプレゼントを待っていた。1泊の外泊で完全に精神的元気を取り戻した遥菜。25日の病院内でのクリスマスパーティーで、サンタに扮した先生に「あー!先生でしょー!ホラ!声がそーじゃん!」なんてバラしたりもしていた。先生サンタからのクリスマスカードには「よくがんばったね!」って書かれていた。本当に良く頑張ったと思う。あの辛さ・・・大人が見ていてもハンパじゃないと思った。26日、予定通り退院になった。炎症数値も0.2までに下がったので、もう大丈夫とのことだった。3週間。川崎病にかかった子供達からしてみれば、かなり早い方の退院だったのかもしれない。そんな中、突然死という恐ろしい不安にもかられ、後遺症への不安も残り、最後の最後まで気が抜けない川崎病。退院した今でも、心筋梗塞などへの不安が消されないでいる。