| 父への鎮魂詩 |
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第5章 百か日に思うこと 昔の人はよく言ったものだ、肉体は朽ちても魂は人の心の中に生きている限り、その人の消滅は無いと。 今、その言葉をかめしめながら我々家族の心の中に、父は確実に生きていることを実感する。 何故今、この百か日を過ぎて父の死を文章に残したくなったかと言うと。思わず生と死、輪廻を考えているからである。 昨日、僕の家族にもう一人増えることがわかった。 この幸せな環境は父の残した遺産だと想い、残された者達が仲良く過ごすことが一番の親孝行だと思う。 人生の流れの中で過ぎていく時間、僕が老いていく時間、子供が育って行く時間、時間は残酷で冷淡であるけれど、我々に想い出と経験を残してくれる。 新しい命の子供達に残してやれるのは、僕の持っている思い出と、一緒に過ごしてやれる時間だけなのだから、少しでも僕の父の面影を残して置きたいと思い、今おもい付くまま書いている。 何十年後かに、また父を思う時、子供に話してやる時のためにどうしても残して置きたい、その一日。 新しい命の誕生を知って、ここに書き残す決心をした。 父が死んだ時母が言ったことは、2月25日が友引きの日に当たり、命ぎりぎり翌朝の午前12時30分に力尽きたように死んだのは、残された者達を思ってのことと言う。 今となっては父の意志によるものなのかは誰にもわからないこと。 しかし、その2時間の死闘を見ていた僕にとっては、それが親として残された者達に送る、命を賭けたメッセージに思えてならない。 そんな思いは、最後を見取った者として何かの形で残すことが僕の役目とも思った。 そして、残された者の永遠の想い出とし、これを父の鎮魂詩としたい。 終わり(父の百か日法要にて) あとがき 早いもので、あれから13年が過ぎ、子供達はもう中学生になり今家族と共に母と一緒に暮している。 次男が生まれるのを契機に家に戻り母も孫2人の世話で元気に暮している。 今までに2世帯住居や嫁・姑の問題も克服し無事過ごしているのも、いつも家の中心に父の写真があり、我々を見守っていると思うと、不思議と御陰様の気持ちになる。 そんな当たり前の様に何ごともなく時間が流れていたが、個人的には7年前の失業以来、再度の試練の時が流れている。 昨年、家族の反対を押し切り転職したところ、見通しの甘さから1年を待たずに失業の身となり、50才目前で一から出直す環境となってしまった。 自分で選んだ道に後悔はないけれど、一緒にいる家族の心配にはこころが痛む。 もう少しの間、僕の人生の安心は来ないのかもしれない。しかし、僕には五体満足、元気で明るい家族があり、借金もないのに何の心配があろう。 これからも、僕なりに満足いく人生を歩いていきたいと思う。 不思議なもので、親が当てにならない生き方をしていると、子供達はしっかりするものである。・・・御参考までに。 この文章が、いつか家族の目に止まり、また全ての人に何かのきっかけになることを願い、終わりたいとおもいます。 どうも、長い文章を読んでいただきありがとうございました。 |
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