転職戦線異常あり!

HISTORY コラム目次


第3章 もう業界にこだわらない

結局この平成13年12月の年末こうやって、過去の経験と資格をもって職安を廻っている自分がいる。

事務所を辞めた当初は、意外と気楽に考えていたところがある。

自分としては最後の賭けであり、残りの生涯をこの事務所でと思っていたし、社長の人柄が好きだったのもあっただろう。そんな賭けに完全に負けた以上、これからは何でもありで、仕事の種類は選ばないで全く違う世界の仕事でも良いと考えていた。

正直なところ建築業界から離れたいと頭では考えていた。
そこで、昔その会社の本社ビルを設計監理をした縁のある社長から、一昨年に突然連絡があり新しい工場を新築するので、相談に乗ってほしいと言われたことを思い出した。
その当時はすでに、新築の設計事務所から離れ住宅のリフォーム会社で毎日現場を飛び回っていたので、お断りしていた。
しかし、ずうずうしく世間知らずの僕は、手紙を書いて雇って貰えないか頼んでみることにした。
全くの異業種への転職であるが、この返事に僕は将来を賭けてみようと思った。

考えてみれば7年前に同じように失業したときも、建築業界から離れるべく広告業の世界に転職しようと挑戦したことを思い出す。
その時は、僕にあった業界はきっと広告業の世界で、僕が目指す世界だと思ったものだった。
しかし残念ながら採用されることはなかったが、あきらめが早いのか軽薄なのか生活の為なのか、こころの中の自分に対して屁理屈をならべて挑戦した大手リフォーム会社に幸い就職が出来たことを思い出す。

手紙を送って2週間後社長から連絡があり、手紙を読みいろいろ部課に当たってみたが、残念ながら中途採用の席がないとのことだった。
しかし、突然のお願いにわざわざ連絡をくれて、心配してくれたことに嘘はないと信じて感激した。
しかし、またしても建築の世界から離れる道は閉ざされてしまった。
自分としては、この社長と一緒であれば、業界を離れてもやっていけると言う甘えの上にたった選択なので、あきらめるしかなかった。

改めて、建築業界に自分がこれから生きていける職場があるのか、いや雇ってくれる職場があるのか、それよりこの年で新しい職場の人間関係に耐えられるのかと、だんだん重たい気持ちになり落ち込んでいく自分がいる。
しかし今は落ち込んでいる余裕はないし、家族を抱えて一人逃げ出すことは出来ない。
自分で選んだ道である以上、家族からの責めは受けても逃げ出すわけにはいかない。と、心の中で叫んでいる。

思えば、そんな精神的な不安に押しつぶされそうになったことが、過去にもあったことを思い出す。
今回もその時に覚えた方法で耐えるしかない。それは精神が不安定で追い詰められたと感じた時は、体を疲れさせることで不安から一時でも解放され、考え込む時間を無くすことで精神のバランスを保つ方法である。
そこで、週3回の水泳とストレッチの時間を毎回約2時間することを決めた。
家族の視線はきつかったが、平静でいる為にはこの方法を続けるしかないと思う。

家に一日居て粗大ゴミになることは避けたかったが、かと言って飛び込みで就職を探すわけにもいかず、ただパソコンの就職情報と職安の情報を検索して日々過ごすしか方法がなかった。

そして、冷静に次ぎの就職依頼をする会社を探していた。



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