| 転職戦線異常あり! |
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第4章 気持ちの沈んだ正月 週3回の水泳とストレッチの時間を毎回約2時間することを決め、毎朝30分の散歩も続けた。 そして、冷静に次ぎに就職依頼する会社を考えていた。 年内は、まず知り合いの年長の人を頼りに紹介してもらうことを考えた。一人は以前の会社の上司、そして学生時代の恩師とそれぞれ、手紙に自分の身勝手な心情を書き綴りながら就職の斡旋を頼んでみた。 しかし、どちらも丁重に断わられてしまい、人を頼りに紹介してもらうことの難しさを思い知った。 考えて見れば、普段の付き合いもないのにいきなり就職先を紹介してくれといわれても、出来るわけが無いとも思うし失礼な話である。 僕にしてみれば、これこそ藁をも掴む思いの行動だった。 これが現実であり、世の中であり、自分の考えの甘さでもある。 その次ぎ考えたのが、以前の事務所で挫折したマンションの建物診断の業界でもう一度との思いから、インターネット上で探したマンション管理会社を当たってみた。これは相手が大きな会社のため募集はあるものの年令の為か書類選考で、面接までも行かなかった。 しかし、今の時代は自分で探しに行かなくとも、ネット世界で充分募集の検索が出来ることに驚いた。 とうとう年末も近づき、いよいよ失業の身で正月を迎えるのかとあきらめるしかなかった。 いつになく長い正月の始まりである。 まず毎年恒例の、かみさんの実家での晦日の餅つきから始まり、正月の親戚訪問と、どうしても酒を飲み話しをすればぐちっぽくなる。 しかし、おおっぴらに失業宣言は出来るわけもなく肩身の狭い思いの正月が長く続いた。 廻りは知ってか知らずか、思いやりか静かだったことはありがたかった。 飲んだくれているうちに正月も終わり、さて第2ラウンドの始まりと気持ちを新たにした。 正月飲みながら考えたことは、人生50年もうそろそろ最後の仕事場は、家の近くがいいとの思いだ。 考えてみれば、この30年どの職場も1時間30分から2時間を有し、いつも朝苦労して出勤していた。 出来ることなら、終の職場は地元でしかも自分の経験が行かせれば最高との思いが高まってきた。 地元企業では、インターネットに募集を出す程の規模の会社は無いと思い、まずは地元職安で募集リストの閲覧から始めようと思い、動き出した。 |
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