転職戦線異常あり!

HISTORY コラム目次


第5章 地元の会社へ行きたい

正月も終わり、いよいよ働く場を探さなければならない状況となった。今度は人に頼らないで探してみようと思う。

まずはインターネットで求職情報を検索し、職種を以前勤めていたリフォーム業界の会社に絞って探したところ、募集があったので応募してみた。
しかし年令の都合上6ヶ月の試用期間後、契約社員(1年契約)としてなら入社できるとのこと。
契約社員が今の僕の年令に対する評価と考えたら、いまさら以前の業界に戻る気持ちも薄れもう一度考え直すことにした。

そこで最後の職場は、地元の会社に絞り探してみようと思った。
思いあがりの気持ちだが、過去の経験と実績を並べればきっと雇ってくれるはずとの思い込みがあった。
そこで地元企業では、インターネット上のホームページに募集を出す程の規模の会社は無いと思い、まずは地元職安で募集リストの閲覧から始めようと出かけてみた。
そこには人が溢れていて、自分と同じくらいの人で埋まっていた。

地元の職安、横浜の職安、今は進んでいて全てパソコンで求職情報が閲覧できるセンターもあった。
その中から家の近くの会社をリストアップし、面接依頼をする前に会社の近くまでもいって様子も見てみた。
それらの会社をインターネットで検索したところ、しっかりとホームページもあった。
今の時代、インターネット上に会社案内を出すのは常識の時代かと改めて思った。

その中から1社を選び面接依頼をして、自分のPR資料を作り1週間後に訪問した。
仕事は住宅の現場監督で、募集年令も範囲内にあったのでこころの中では確信していた。
結果が出るまでの間に、友人から会社を紹介する話を受けたが、今は面接したところにいくつもりなことを話して断わってしまった。
1社に絞り結果を待っていたが、結果はやはり不採用だった。
会社が言うには年令が問題であり、職歴の多さも指摘された。
自分としては、社会に対して武器になると思っていた経験や実績が、逆に僕の転職の足枷になってしまった。
その後、2件の面接依頼をしたが、すべて履歴書の段階で断わられてしまい、他にも面接依頼しようとした会社はあったが、そこは事前に会社近くまでいって、自分が働くイメージが湧かないため辞めた。

友人が紹介してくれた会社の話には、まだ気持ちの整理がついていない状況で、いくら面接は会社と個人の間で五分と五分の関係といっても、紹介者がいる以上真剣に取り組むことが礼儀だと思うし、まだその仕事が出来る自信も無かった。

いよいよ、あてがなくなり気持ちに不安感が押し寄せる毎日となった。前にも増してトレーニング、朝の散歩が長くなり、図書館で時間を潰すまでになってしまった。
家の者には、のんきを装い、痩せるための運動と言い、働く気力があることを見せていた。

実際は心の中では、自分に対し働く気力があるのか、新しい職場が選べない状況なら一体自分に何が出来るのか、社会から取り残された自分がまた人と関わりを持てるのか、自問自答の繰り返しとなってしまった。

しかし、そんな中でも幸せなことに癒しの時間はあった。
子供達との会話の中に僕に対する思いやりを感じることが出来たこと。
くちでは叱咤されているのに、何故か心地良い時間となっていた。
それと、以前の会社の同僚達からの励ましメールだった。
廻りに家族以外誰も居なくなった今、本当にありがたかった。

1月も終わりに近くなり、静かに何かを待っているような、そんな時間が過ぎていった。




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