転職戦線異常あり!

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第6章 この年で、社会人失格

去年の3月に会社を辞めて早1年が経ち、その後の事務所も離れて2ヶ月が経とうとしている。
1年前のあの時に今こんな状況になることを僕だけが想像出来なかったのかもしれない。
自分なりの就職活動の限界が見えて、少しあきらめに近い心情となりつつあった。

1月も終わりに近くなり、静かに何かを待っているような、そんな時間が過ぎていった。

突然電話がなり、以前会社を紹介してくれると言った友人からの再度の話だった。
今の状況をはなし、しかし紹介される会社で自分がどれだけ貢献出来るかわからない旨を話したが、会うだけはタダだし、決める決めないはお互い五分五分の関係なのだから、多くの人に会って方向を考えた方が良いと言われた。
僕も今、当てが無くなりこの閉息感から抜け出すには、自分の殻に閉じこもらず多くの人に会えればと考えていた。
就職にこだわらず、友人や知人と話すことで気持ちの切り替えが出来るかもしれないとの期待もあった。

早速、相手の連絡先を聞いて、会社訪問の日を設定した。

面接当日の平成13年2月1日(木)、たまたま地下鉄の電車が遅れてしまい、約束の時間に間に合わなくなってしまった。
途中の駅から遅れる旨連絡して、早く伺う方法を確認して、一つ手前の駅で下車して走って行く事にした。
しかし、知らない場所のためかえって探す時間に手間取り、会社を探し当て社長にお会いできたのは約束から20分も遅れてしまった。
小さな会社ではあったが、広告関係の仕事もあり店鋪の工事も行い、もしやる気があるならビル関係の修繕の営業も今後行うつもりとのことだった。
そして、ひと通りの話が終わったあと、僕の遅刻の話に話題が移り営業としての自覚の話に及んだ。
本来なら、打ち合せの時間から関係は始まっていること、その時の対応の仕方を人に見られている事などを話され君にはその自覚が足りない、と指摘されてしまった。
ただ、君の年で家族を持ち子供に対する責任感は認めるし、大切なことだと言ってくれた。
せっかく準備した履歴書も見てもらえなかったが、社長としては紹介者を信じ、自分の人物評価を信じるとのことだった。

おかげで、最終的には4月からで良ければ来るようにと言ってくれた。
わざわざ僕が遅れたため、次ぎの予定をずらしてもらったり、僕の営業的資質から性格まで指摘されてしまい、この社長なら異業種でもついていけるかもしれないと思った。
社長からは家族とも相談して決めるように言われ、こちらから連絡することで帰った。

帰り道で早速、紹介してくれた友人に報告し、来週にでも連絡して働かしてもらう気持ちを伝えた。

その日、自分の中でもホッとした気持ちから真直ぐ帰ることが出来ず、ひさしぶりの澁谷の町をふらついて家に帰った。
帰るなり家族から何故連絡して来ないの、としかられた。

今日は話し合う雰囲気ではないので、明日話すことにして、早めに寝ることにした。
久しぶりに先が見えた感じで、ぐっすり眠ることが出来た。



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