自分探しの旅

HISTORY コラム目次


25才として、これから生きる。

平成14年3月21日
今日は春分の日(お彼岸)で、家族は墓参りに行っている。
僕は、この23日に仕事で人前で話す必要があり、その精神的不安状況のなか、留守番と決め込んだ。
一人、その不安を解消するために文章を考え、声を出して練習をしている。
何度やってもうまくいかず、不安がつのるばかりだった。
そして、仏壇の前で手を合わせ、親父にこの心情をぼやいた。

以前は、一人言を声を出して話すのは、ノイローゼの兆候と思っていたが、2〜3日前に見たビデオ(トム・ハンクスのキャスト・ア・ウエイ)を見て考えが変わった。
それは、誰も居ない無人島で正常な精神状態を維持していくために、カボチャの頭を友人に見立て、一人そのカボチャと話すことで生き抜いた人の物語だった。

考えてみれば、最近会社では事務的な話以外はほとんどしないし、帰りに同僚と飲みに行くこともなく、家に帰っても一人で食事を取り、後は寝るだけの生活が続いていた。
すべて自分で作った殻の中にいる状態なのかもしれない。会社でも自分以外の人達は、おしゃべりをしている。
家庭ではテレビの嗜好の違いから、家族と別の部屋で食事をする習慣を作ったのも自分自身である。
そして、最近特に口が重くなり自分の考えを上手に整理して話せなくなったと実感していた。
これが、年のせいなのか、不安定な精神状態のせいなのか、あるいは会社のせいなのか。この状態で人前で話すことなどとても出来るとはとても思えない状況である。

この数カ月間、相変わらず気持ちの不安は次々に生まれては過ぎていき、その間に気持ちを落ち着かせるために読んだ本は、9册にもなった。
”自身”加藤諦三薯
”対人恐怖”内沼幸雄薯
”なぜか「人の心をつかむ男」の共通点”弘兼憲史薯
”声を出して読みたい日本語”斎藤 孝薯
”イヤな仕事は絶対するな!(いのちの仕事を見つける方法)”倉林秀光薯
”超集中力”田中孝顕薯
”哲学”稲盛和男薯
”論理力を鍛える(トレーニングブック)”渡辺パコ薯
”小さいことにくよくよするな!”リチャード・カールソン薯

読んでも、読んでも自分の中に生まれる不安な感情は無くならず、いよいよ会社を辞めることを考え始めた。
辞めてどうするか!
その時考えたのは、以前より考えていた介護士への転職である。
そして、辞める覚悟で仕事を続ける決意をした。

今仏壇の前で、自分をこんな性格に育てた父親に愚痴をこぼしている。
今までの自分の生い立ちから、社会人となった今までのことを、思い出しながら声を出して話してみると、自分の精神構造が決して親のせいではなく、自分自身が大人になる時期に大人になれず、ただ心の感じるままに生きてきた結果が、いまここにいる自分ではないかと思い始めた。

たしかに小さいころ、両親が仕事を持つことでさみしい思いもしたし、厳しい父親に恐怖を持って接していたことも、気持ちの中にはトラウマとして残っている。
しかし、高校柔道部で3年間頑張り、卒業後就職してから、3年後に夜間の大学に行き2年後に昼間に転部し、アメリカにも行って、自分の思うがままの人生を歩んでいたはずなのに、大学卒業後の歩みは、その経験を生かし社会人として成長する道を歩んでいなかったのではないだろうか。

始まりは、卒業後の初めての就職先で、自分自信を鍛えられなかったことかもしれない。
最初の会社で、社会人として成長出来なかったことが、今の自分を作ったのだと思う。
それは、仕事で遠い現場へ行きそこで一緒に働く人達と、コミュニケーションがとれず、いや取らなかった自分がいる。今思えば、僕の原点がそこにあるように思う。
毎夜みんなは、夜マージャンをして過ごしていた。
僕はと言えば、マージャンを知らないからと一人部屋に戻り、みんなと一線を画していた。
そこでの自分自信への言い訳は、僕はマージャンで時間を潰すより一人で本を読んだり音楽を聴いている方が、自分にとって価値ある時間だと考え、みんなと一緒に行動を共にしていなかった。
しかし実際は、みんなそれぞれ違う会社から派遣されて来た人達で、初めて顔を合わせた者同士が、一つの大きな仕事をまとめるために、コミュニケーションの手段としてみんなが同じ時間を共有することで、意志の疎通を計っていたのだと思う。
考えてみれば、いつも自分は人の輪から離れ、自分だけ違う位置からみんなを見ていたように思う。
もし、その会社を仕事の内容が自分が希望する仕事ではないと言って辞めなければ、違った人生を歩んでいたかもしれない。

今、自分を見つめてみると、気持ちをこの頃に戻し、25才の気持ちからやり直すことが出来れば、もしかしたら違った見方や考え方、気持ちの持ち方が生まれるかもしれないと思う。
そう、25才の精神状態しか持ち合わせていないと思えば、叱られても注意されても素直に聞けるのではないか。
50才の人間が、25才の精神年令だと開きなおれば、もう一度人生をやり直す元気が出るかもしれない。

今、僕は精神年令25才として物事に向かおうと考えている。いつまでこの気持ちが続くかわからない。しかし、もう一度人生を歩き直してみるのもまた、僕らしいかもしれない。

これが、今の会社で1年間絞られて感じたことである。


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