2001年(平成13年)4月〜6月

日  付
(H13年)
自分勝手な思い込み日記
6月24日 やはり悩んだ時は、外で一杯
事務所に来て早4ヶ月、幸い社員にもなれたが、中々所長との関係に、いや距離感が掴めず日々今だ緊張の連続である。
耐えきれず、昨日は一人飲みに行ってしまった。久しぶりの飲屋のはしごに酔ってしまったが、 肩の力が抜けた感じ。
この分なら来週も会社に行けそうだ。
6月17日 ひさしぶりの建築図面
ひさし振りに書いた建築図面、何故か心が踊った。しかし、驚いたことに目が老眼になっていた。
母親の眼鏡を借り図面を書いた。気を入れ過ぎて書き過ぎたようだ。
後日、使えずに書き直されていた。しかし、久しぶりに書く喜びを味わった。
すこし続けてみようかと思う。
6月10日 視野を広めるために
何か締め付けられる状況に、土曜・日曜を利用して他のこと、趣味に近いことで誰かに貢献出来ればと思い、昔の後輩に連絡した。
アルバイトをする余裕はないが、今の閉息感から逃れるには部外者と話すのが一番との思いからだった。
幸いその事務所では仕事が忙しく、図面を手伝ってくれないかと頼まれた。
少し手伝うことにした。当然今の仕事に影響しないように!
6月3日 自分のビジョンを考える
念願だった社員となり、希望に満ちた毎日となるかと思っていたが、以外と冷静に考えている自分がいる。
何しろ個人事務所で、個人の存在価値がなければ居られなくなる会社だと思うからだ。まだなれない状況だが、自分の経験を生かし早く貢献出来ればと思う反面。一人立ち出来るように、ここを修行の場と考えて仕事をしていこうと思う気持ちが今は強い。
そんな気持ちを、■コラム■に書いてみた。
5月27日 小泉総理はちょっと違うかな!
連日、小泉総理と田中外相の話題で、新聞が騒がしい。
それと、イチローと新庄も大リ−グで頑張っている。
小泉さんは、今日相撲の千秋楽で、直に優勝した貴ノ花に優勝杯を渡していた。それに、ハンセン訴訟に政府として控訴せずの方針を決めた。
思えば、雅子妃に待望の子供がお腹に出来た。
一昨日、僕の採用の話があり5月16日付けで社員となった。何の前触れもなく社員となった感じで、僕の不安とは別に、社長は自然の流れとして考えてくれていたようだ。
もう少し、ひとを信頼する必要があるかもしれない。
まあ、今年は良い年になることを信じたい。
5月20日 アルバイトも3ヶ月
早いもので、勤め始めて3ケ月が過ぎた。
仕事も環境も満足しているが、何せ時給が低いため毎月赤字の生活が続く状況。 いつまで続くか社長まかせの状況に多少不安な毎日な続いている。
いろいろ考えることを、■コラム■に書いてみた。
5月13日 今日は母の日で一人留守番
我が家の母の日は、僕の母は妹が食事に連れ出し留守となり、かみさんは実家の母と食事に出かけ、 長男は友人と遊びに出かけ、次男も友人と出かけた。
家に居るのは父親の僕だけ。昼飯を一人で食べ、一日中パソコンに向かいホームページの更新日となってしまった。
5月05日 長男が卓球で初優勝
今日、結局僕一人で大山登山に出かけた。秦野から蓑毛までバスで行き、蓑毛からヤビツ峠そして大山の頂上を目指し、帰りは見晴台からあぶり神社へ廻り女坂を下り、バス停から伊勢原へ出た。
久しぶりの登山(?)だったが、体力・気力の衰えか非常にきつかった。
家に帰ったら、息子が卓球の試合で優勝したことを聞かされた。今日は想い出に残る一日になった。
4月29日 いまコラムの執筆に夢中
新しいコーナーのコラムに書く内容で頭が一杯の状況。誰が観てくれる当てもないが、以前から自分の体験を残しておきたい衝動は止められない。
この日記と同じように、自分の思うがままの内容だけれど、自分の思いを綴るページにしたい。
4月22日 電車にバックを置き忘れた。
昨夜、仕事帰りの電車にバックを忘れてしまった。中には携帯電話に名刺入れ、手帳にへそ繰りの多少のお金。幸い財布はポケットに入れ別に持っていた。
まだ仕事の緊張感が取れず、電車に乗った時の解放感から一瞬バックを手から放してしまった。
ある時期から2つ以上の手荷物は持たないと決めていたが、とうとうその考えも改める程老人力が付いたかとがっくりしてしまった。
電車から降りて10m位で気が付いたが、時すでに遅く扉が閉まってしまった。
駅員に連絡して、途中駅や終点で探してもらったが見つからなかった。
そして今日、幸いに見つかったとの連絡を受けた。まだまだ東京には親切な人がいると感謝した。
それで思い出したことがある、2年前に阪神大震災の町にいった時も財布を落としたことを。
そのことをコラムに書こうと思う。
4月17日 歯の調子が悪い
1月末に歯槽膿漏で歯が痛くて歯医者に行っていたが、やっと先週終わったのに、 何となく噛み合わせが悪く、調子が悪い。
今回の歯医者はひどかった。相性が悪かったと言うべきか。ただ早く終わることを 願っていたが、やはり具合が悪い。どうしょうかな。
前の歯医者が良すぎたため、年とった男でへんな医者は最悪だった。
看護婦も2ヶ月でみんな居なくなった様子だ。
そんなことより、このまま我慢するのか、それとも他へいって見てもらうか、それが問題だ。
4月16日 河島英吾が死んだ
今日の朝刊の載っていた。48才肝硬変だったとのこと。
1週間前、俺の好きなアーチストで、忌野清志郎がテレビに出ていて、好きなアーチスト達で 同年代の人間達が頑張っているのを見て、僕も今生きていることを実感していたところだったのに、
又、逝ってしまった。さみしいねえ。
4月 8日 矢沢の言った言葉、俺の今の気持。
週間誌の中吊り広告の中に、矢沢永吉の対談で”運命は俺を見放なさなかった。” と書いてあった。
今の自分の環境は、どう見てもそう思える。何故かは、またコラムにでもまとめて書きたい と思う。
今の状況が無事良い方向に向けばと本当にそう思う。
4月 1日 子供達と大山へ(予定)
5月の連休の間に、密かに子供を連れて大山へ登山しょうと考えている。 僕なりの考えで、今年で兄弟共中学生になった記念に彼等にとって初体験のもので、多少苦しく達成感のある事と考え、体力的にも負けない内に父親と言うより男同士として同じ目標に向かってみたいと思う。
僕は父親の役回りの一つは、いろんな体験ができる環境を提供することだと思っている。だから好き嫌いは別にして、僕の知る範囲の経験は体験させてやりたいと思う。
でもワガママ息子達はきっと嫌がるのがわかるので、どうなるかわからないが!