2001年(平成13年)7月〜9月

日  付
(H13年)
自分勝手な思い込み日記
9月21日 大きな力に逆らわず!
今日は花の金曜日、毎日の緊張から解放される夜は、自分勝手な時間にしたい・・・、と。 思っていたら、まず帰り際、友人を誘ったら断わられた。それでも行こうと、 夕御飯要らないコールを自宅にしようとしたら、携帯の電池が切れていた。その上、 朝定期が切れていたので、定期を買ったため財布にはお金がないことを思い出した。 ああ、今日は真直ぐ帰ることにしょう。
9月16日 戦争が始まるのか
アメリカは、これを戦争状態と言う。テレビを見ていて思う事がある。何故ビルの崩壊の救助作業を 報道しないのだろうか。報復の意志表示のニュースばかりで救助作業の様子がほとんど報道されないのが不思議の思うのは僕だけだろうか。
9月11日 深夜アメリカで爆弾テロ
深夜とんでもないことが起こった。アメリカの高層ビルに飛行機が飛び込み、そこだけではなくペンタゴンにまで飛び込んだ様子がライブで放送された。戦争の始まりの歴史的瞬間かもしれない。
9月09日 小さな親切、まずは一から
本屋の帰り、親娘が自転車の鍵が抜けずに困っている様子。一声、声を掛けて抜いてあげた。小さなお節介でも、感謝されるとうれしいものだ。
あ−ー、自分で出来ることで良かった。
9月08日 原因は、干渉され慣れていない僕の対応不良。
考えてみると、干渉されて生きて来た記憶がない。少年の頃から両親は働き、自分で考えて時間を使っていた。いくつかの職場の中で、口うるさい所長のもとにもいたが、ノイローゼ状態で辞めている。その他の会社は、干渉されない会社だったし、先輩の指導を受ける経験も積んだことがない。つまり、今の職場の閉塞感は、きっとこの過干渉の所長に対し自分のなかでかわす方法を見つからず、人間関係の作り方に欠陥があるように思う。
9月07日 今日のぼけた朝は、ひどかった。
今日は花の金曜日、事務所には誰も居ない、今日は早く終わって寄り道しようと考えていたわけではないが、いつもと違い気持ちに余裕があったのか、朝の通勤電車で新聞に読みいってしまい、乗り越してしまった。
すぐに戻ろうと飛び乗った電車が、行く先違いの電車で、そしてまた戻るはめになり、乗り換えの末、元の路線に戻るのに30分も掛かってしまった。
あーー、何ぼーっとしているの!
9月03日 失業率が5%を超えた
社会経済はどうなってしまうのだろう。失業者は増えるし、リストラは相変わらず続いているし、牛丼もマクドナルドのデフレのように安く売っている。
情報業界も新しい産業として中々安定しない。一体これからどうなるのか日本!
9月02日 改札口で、定期券を抜き忘れた。
朝の通勤改札口で、定期券を抜き忘れて改札を出ることが出来なくなった。しかたなく駅員に相談しに行ったところ、ほとんど同時に電話があり、忘れた駅から忘れ物の連絡が入った。
親切な人にまた助けられた。あ−ー、感謝。
9月01日 3年で独立する
夜、寝ながら考えたことがある。今の状況だと心身共に疲れてしまいそうだ。 気持ちを切り替えることを考えた。一日単位で考えること。今の経験は自分の知らない経験なのだから、失敗も恥じも当然のことと考え、まず1年間言われるまま動いてみようと思う。
3年後には独立する気持ちで!
少なくとも家に帰れば家族がいて迎えてくれるのだから、もう少し・・・!
8月29日 仕事が出来れば、人間関係はニに次ぎ
潰されて捨てられて、何処に行く当てもなく、ただ呆然と今の自分を恥じ生きる希望を無くしても、何も生まれないし誰も喜ばない。
どんなに相性が合わなくても、今の経験が20代の若造が初めて仕事をして親方に叱られていると思えば、仕事を覚えるための修行の時間と思えば、もう来るなと言われるまで何でもやるのも生き方だと思う。もしかしたら一人立ちする気力が身に付くかもしれない。
8月26日 対人恐怖症、不安神経症、パニック障害
叱られ弱い僕は、頭ごなしの叱責には神経が硬直し、頭の中で考えがまとまらなくなり、言葉が出なくなる。
何をやっても対応が悪く叱責を食らう。気持ちの落ち込みがひどく毎日が不安で胸が苦しくなった。
思わず神経症の本を読んだら、対人恐怖症、不安神経症、パニック障害といろんな病気が現代病としてあることを知り、まだ軽症の僕は少し気分が楽になった。
8月22日 人の傘を黙って借りたツケ
急な雨に、傘の無かった僕は残っていた傘を無断で借用した。その時残っていたのは所長だけだったけど、以前にも借用した傘なので借りてしまった。
次ぎの朝、無断で借りる神経を叱責され、無神経さを責められた。以前にも借用したことを見ていた様子で、一時が万事と責められ落ち込んでしまった。
言われれば非常識なことをしていたものだが、社会常識でやってはいけないことを無意識でやっていたことは恥ずべき行為と反省した。
8月19日 最悪の盆休み
夏休みは9日もあるのに、仕事を引きづり後半は仕事に振り回されてしまった。
交渉相手との話にオタオタして、先の見えない話に不安がつのり、果ては病的に胸が苦しくなった。ただ不安が募る毎日に精神が不安定になっているのが自分でもわかる。
もう一人の自分が悲鳴を上げている。
8月12日 自分のことしか考えていないのか。
最近毎日、かみさんに仕事の愚痴を言っている。
昨日、自分でこぼしたお米を片付けもせず、自分の用事のためにその場を離れ人に処理をまかせてしまった。それは、自分のことしか考えていない証拠だと言われ、それが一時が万事を表していると言われれば、返す言葉もなかった。
8月05日 改めて今の職場の難しさを知った。
今の職場は、コンサルタント業務が主と言って良いだろう。
過去の経験を生かせると思ったが、全く違う要求に狼狽えている。
言われたことだけ、与えられたことをまとめることを繰り返して来た人生。
今、コンサルタントとしての役割の難しさに翻弄されている。 人を説得し、相手に方向を示し、時には叱咤しながら交渉を進めるなんて、 今だ未経験で、どう考えたら良いのかもわからない状況だ。
7月29日 人の間に立って事を進めるのは難しい。
簡単に人の間に立って、事を進めることの難しさを知った。
コンサルタントの初歩の初歩だが、僕のように両方の話を聞いて納得していたのでは何も進まずかえって両方の不信感を誘う。
僕の対応が悪ければ、僕を抜きで直接話会うことになるだろう。せっかく個別の付き合いは良好だったのに、たまたま僕が間に立ったために友人を失いかねない。プライベートに仕事を絡めることの難しさを知った。
7月23日 はじめてHPのメンタルヘルスを訪ねた。
今、仕事になかなか慣れず上司との人間関係にストレスを感じ初めている状態に陥った。
そこで初めて、HPのメンタルヘルスの掲示板を訪問して見た。そこには驚くほどの悩める人達がいた。 まだチャットもしたことがないので、掲示板を読み歩いてみた。読んでる内に少し勇気が湧いてきた。
7月22日 カミさんがエアロビクスを始めた。
僕はストレス解消と体力維持の目的で、市内のトレーニング室に通っているが、子供が大きくなり休みもほとんど居ない状態になったら、カミさんがエアロビクスを始めると言う。そこは、僕の通うトレーニング室だった。
7月21日 河島英吾のCDを買った。
何処に行っても売っていなかったCDをやっと見つけたので買った。
23年前に買った”信望”のLPが、僕の青春時代の癒しにどれほどなったことか。その後時代は変わり、飲屋でたまに歌うのが、”野風増”と”時代おくれ”。しかしどちらもCDで覚えた分けではなく、飲屋で覚えたもの。
今英吾が亡くなり、どうしてもその曲が入っているCDがほしかった。
先日やっと、NHKで河島英吾のドキュメンタリーをやってくれた。さすがNHKと感心した。英吾の子供達がりっぱに成長しているのを見て安心した。
それほど、僕にとっては身近な存在だった。御冥福を祈ります。
7月15日 友人に近況報告
毎年、遠いところに居る友人に年賀状と近況の手紙交換をしているが、今年はどうしても書けなかった。
失業中の身で、いつもの手紙が書けなかったのだ。しかし、やっと就職も出来いろいろ問題を抱えながらも仕事をしている今の近況を書いた。
年1回の会う事もない友人との手紙だが、大切にしたいと思う。
7月 8日 ふと考えたこと
僕は18才で社会に出て、何人の先輩から指導を受けただろうか。
はたして、ちゃんと教えてもらったことがあっただろうか。
いつも、すぐに離れてしまい、年上の先輩と付き合うスベを覚えてこなかったのではないだろうか。
そんなさみしいことを考えている。しかし、反面誰に教わる事なしに、いままで自分の力だけで生きてきた自負もある。
気負いと弱音が交互に自分の中で、自己主張をしている。
7月 1日 今、子供達は試験期間中
僕から見れば、良く勉強していると思うが、カミさんは不服の様子。
出来ないから勉強しなくてはいけない。無理にでも勉強して良い点をとって、自信が付けば勉強が好きになるはずだと言う。
僕は無理しては何も得られないと思う主義だから、いつも話が噛み合わない。
子供達よ、程程ガンバッテ楽しい少年時代を作ってくれ。
それが、僕の願いです。