2001年(平成13年)10月〜12月

日  付
(H13年)
自分勝手な思い込み日記
12月30日 カミさんの実家でモチつき
今年もカミさんの実家でモチつきが出来た。
子供達も大きくなり大分協力してくれるようになった。
12月28日 今日で仕事おさめ
大掃除をして、終わった。
机の整理をする時間もなく、最後まで、余裕のない気分で終わってしまった。
来年は、どうなることやら!
12月23日 来年は、建設会社の倒産が相次ぐと予想
早々、青木建設が12月6日に民事再生法の申請をし、即日受理された
株の額面割れで、10円台の会社が存続しているほうがおかしいと思う。
株の終値30円以下の会社(平成13年12月22日付け)は、要注意。
佐藤工業(21円)、飛島建設(20円)、フジタ(14円)、
長谷工(20円)、日産建設(30円)、ハザマ(22円)、
熊谷組(18円)、殖産住宅(30円)、ニッセキハウス(26円)
来年は、大変な年になりそうだ。
12月23日 設計事務所をたたむ友人にあった
有限会社を17年間続けたが、ついに力尽き事務所をたたむそうだ。
5個所の機関から借りているようで、借金も多く銀行の取り立ても厳しいらしい。 保証人になってもらった友人を気付かい、その分だけは何とかして返済すると言っていた。 借金の多くは肉親からのもの、今後も付き合えるように誠意を尽くすと言っていた。
僕と同じ年代の人間で、いま別世界の体験をしている。何とか生き抜いてほしいと祈るばかりである。
曲がりなりにも就職している我が身が、愚痴をこぼすのも恥ずかしい気分。
12月13日 アントニオ猪木記事に感動
一休禅師の詩
この道を行けばどうなるものか
危ぶむなかれ
危ぶめば道はなし
迷わず行けよ
行けばわかるさ
12月7日 若い2人のケンカをみて感じたこと
深夜最寄りの駅で、若い2人がケンカをしていた。
最初駅員2人が間に立って止めていた。そのうち最寄りのお巡りさん2人が来たが、処理出来ず あとから県警のパトカーで2人の警察官が来て、結局納まらず警察署に2人共連れていかれた。
若い2人は、一人は大人しそうで受け答えもせず黙っている、後一人はまくしたて警察にも 物おじせずしゃべりまくっていた。
見ていていろいろ考えさせられた。
駅員の対応の悪さ、警官の処理能力のなさ、警察権力に対しても物おじしない若者、弱そうでいて決して自分を曲げない若者。
切っ掛けは、些細なことでも廻りに人がいなければ、いきおい怖い状況になる可能性があり、 特に弱い性格の人間にとっては、怖い社会になったと思う。
12月1日 息子2人と僕でカラオケに行った
今日はたまたま3人で夕食を食べることになり、焼肉を食べに行った。
今社会は、狂牛病の話題で一杯だ。おかげで随分焼肉屋が打撃を受けているそうだ。息子達も心配していたが、僕は今さら心配したところでどうなるものでもなし、30年後のことを心配しても仕方がないと思う。
心配していたわりに、息子達の食欲はそうとうなものだった。
その後、初めて3人でカラオケに行った。うまいとは言えないが、思いきり歌っている姿に我ながら息子達の成長に感動していた。こんな情けない父親なのに、充分人並み(以上)に育っていることに感謝したい。

今日の午後2時42分、雅子さまが女の子を生んだ。国民にとって待ちにまった出産だった。
少しは、社会の明るい話題となるのではないか。
11月29日 三者協議でやった僕のポカ
マンションの管理組合と管理会社、そして監理事務所の我々(所長と僕)の協議があった。
もめるようにして有利に誘導しようとする所長と穏便に交渉を進めようとする管理組合との息が合わなかった。
僕も穏便にの性格が出て、相手の言い分にうなずいてしまう。交渉ごとの難しさを思い知らされた。
今後の流れが読めず、また不安な日々を送ると思うと気持ちが重い。
11月28日 今日で3日も続く勉強会
事務所で仕事の後、みんなで今年から始まるマンション管理士の試験勉強を始めた。正直なところ僕は毎日この日記のように悩みに明け暮れ、全然勉強する気にならずあきらめていた。 2週間後(12月9日)とせまった試験のために所長が始めたものだが、他の所員はすでに勉強している様子だった。ここでも一歩もニ歩も廻りに遅れをとり勉強にもいまさら身が入らない状態だ。
11月26日 友人から仕事場を自宅に変えるとのメールが来た
友人が長く設計事務所として、外に開設していた事務所を経営不振のため閉鎖し、今後は自宅で仕事を行うとのこと。15年以上頑張っていたが、この社会状況では難しかったようだ。
11月23日 15回目の結婚記念日
今日は、子供達も居ない為、ひさしぶりに二人で横浜(みなとみらい)へ出かけた。
早いもので、結婚して15年が過ぎた。自分自身の人生が定まらず、家族にはいろいろ心配を掛けているが、何とか生活し僕の勝手を支えてくれている妻には感謝している。
これからも、行き先の見えない僕の人生に付き合ってもらいたいと思う。
11月22日 自分にないものを持つ息子達
長男は、寡黙だが思いやりがあり精神力もある。本人の努力によるものだが、部活の卓球が強い精神力と粘りのある精神を養ってくれているようだ。
次男は、思ったことは全て口に出しヒンシュクを買いながらも、家族の中で一番の明るい性格である。
思ったことが言えるのは、言えない自分から見るととても羨ましい。その上小学校から続けているサッカーが自然と仲間意識を育て、多くの友人達に愛される性格は僕にはないものだろう。
改めて、しっかりと成長している家族に感謝・感謝。
11月20日 テレビ番組”人間とはなんだ”を観て(2)
前から養老孟司の脳の解説には興味があったが、今回は自分と照らし合わせて少し気分が楽になる言葉があった。
それは、脳が自分が行うまたは感じることの全てを発信しており、性格も知能も障害もすべて脳の中にある神経細胞の伝達物質による差により生じるもので、悩みと感じること事体ただの伝達物質の増減でしかなく、化学的反応による症状でしかないと言う。
ならば、自分が感じることと相手の感じることが同じだと思うことは錯覚で、それぞれの感じ方は個人差があり、一人として同じ感覚の持ち主はいないと言うことだろうか。
ならば、自分の気持ちを理解してもらえないと嘆くより、自分は自分として自立して生きるほうが気持ちは楽になるのではないだろうか。ただし、世間並と言う”普通”を意識すると恐らく神経症の世界に埋没してしまうのだろうが。
11月20日 テレビ番組”人間とはなんだ”を観て(1)
臨死体験について考えさせられた。いままで臨死体験者の報告から”死後の世界”はあるように感じていた。しかし、そこで体験されることはすべて脳の演出によるもので、すべて自分の記憶の中から生み出されるものでしかないと言う。
死後の世界に自分の安住の地を求めて旅立つ人にとって、なんと味気ない言葉だろうか。
死は、一人の人間にとって全ての終わりを意味するものになるわけである。ただし、僕が思うに遺伝子( 子供達)のなかにその人の記憶(経験)は組み込まれ、後生に残ると考えたい。
すると人間として死ぬまで何があっても生きるしかない。逃げようが、戦おうが、じっとしていようが、あるがまま自分の意志の流れるまま。廻りの影響や評価に振り回されず生きてりゃいいと考えたい。
11月18日 頼もしい息子の精神力
今日、息子の試合会場へ卓球の試合を観に行った。10ポイント先取で5セットマッチだったが、同レベルの選手同士なので精神力の差で勝負が決まる。それも永遠と思えるほどの長い緊張感の果てに決まる勝負を観て逞しい精神力に驚いた。
僕が学生のころ経験した柔道は、一瞬の気迫で勝負が決まる世界で僕の持つ弱い精神力、すぐに勝負をあきらめてしまう勝負弱さは、結局僕には何も与えてくれなかったように思う。その弱さをいまだに引きずりながら生きているのかもしれない。
我ながら感心する息子の姿に、自分にない強さを感じいま感激している。
11月17日 生きてりゃいいさ
今日ひさしぶりにプールで泳いだ。無心で泳いでいたら突然、死んだ友人のことを思い出した。 その時友人が死んだ悲しみの中で思ったことは、どんな状況であろうと、どんな人間になっていようと幼い頃共に過ごした友人は、生きているだけで、僕にとって離れていても励みになる存在であり、それは生きているだけで充分なことだと叫んだことを思い出した。
いまの僕の状況は、人生の中で最悪の泥沼に入り込み、逃げ出すことも耐えることも何も出来ず、ただ無意味に落ち込んで毎日を過ごしている。
ただ、毎日自分の弱さを見つめるだけで、何も行動もしない自分に不満も感じている。
そんな時浮かんだ昔感じた言葉 ”生きてるだけで充分だよ”その言葉をいま自分自身に送ってみようと思う。するとなぜか、肩の力が抜けて楽になったような気持ちになった。この気持ちが少しでも長く続くことを期待したい。
11月16日 強気、負けん気、向かうクセ
毎日、自分の弱い部分を考えて、気力もやる気も落ちた状態では、何も変わらないし何も生まれない。
といって考えたのが、強気、負けん気、向かうクセで、物事に立ち向かおうと心で決めた。 ところが、無惨にも恐れる相手を目の前にしたら、やはり硬直した思考と態度になってしまい弱い自分をさらけだしてしまった。
アタマの中では分かっていても、気持ちの持ち方をかえて行動することは、非常にむずかしい。 どうしても自分の殻に閉じこもってしまう。
11月14日 弱音、弱腰、避けるクセ
今日考えていたことは、戦う相手は、上司でも仕事相手でも、社会でも環境でもなく、自分自身との戦いが必要だと考えていた。そして自分のいままでの生き方から、いま必要なのは弱音、弱腰、避けるクセを自分の中でどう向き合い戦うかではないかと考えている。
また、休むに似たりの考えを巡っているのかもしれないが、いままでの精神構造を変えることなど個人の気持ちの持ち方で変わるものだろうか?
11月10日 遊んで帰ったら、息子がケガをした。
いつも不思議に思うことがある、飲んで帰ったり自己嫌悪に陥ることをして帰ると、悪いことが身の回りで必ず起こる気がする。
自分だけが苦しむならともかく、大きな存在(力)により家族に何か影響を及ぼすのかと思うと、自然の流れに素直に従いたくなる。
その反面、自文勝手な欲求を通す気力が無くなるのも寂しい気がする。
11月9日 自分は、もしかしたら大きな力の影響下で生きているのかも!
今日は朝から人前で話す仕事のことを考えて、心臓が苦しく息苦しい一日の始まりだった。しかし、時間は無情に過ぎ心配した会議も無事終わってしまった。問題がなかったわけではないが、今日も一日終わった。
あれ程心臓がドキドキし、不安を体で感じ、息苦しい時間を過ごしたことがウソのようである。 そして一瞬の安堵が過ぎると、また次の心配事が頭に浮かび、不安感が体を覆い心臓を締め付ける感じになってくる。
今の自分を考えてみると、毎日を何かしらの不安や心配ごとを考えて無為な時間を費やし、気持ちに余裕も持たずに日々を過ごしている感じがする。自分で処理出来ないと思う問題を抱えながらも、日々流れていく。
いつも解答や方向を見つけられない状況で緊張しことに望むと、思いもよらない方向へ物事は進む、自分の思考を超えた方向に必ず進む、自分の考えの甘さもあるが人知を超えた筋書きを感じることが多い。
11月8日 25年前と今だ思考は変わらず
今日、若い頃の懐かしい音楽特集を見ていて、突然昔の日記を開いて見た。
驚いたことに今と同じ悩みを綴っていた。読んでいく内に、自分で感動してしまった。それは孤独、夢、お金、女性、全てに対する不安感と夢に向かっている一生懸命さが伝わってきたからだ。悩んでいる言葉は同じでも、中身が持つ真剣さはずっと輝いているように思えた。
今ここで綴っている仕事や人生の悩みは、夢のためとも金のためとも家族のためとも、何も意識しないでただ今後のための経験としてとか、初めて経験する世界だから我慢するとか、明確に夢に向かう意識を持っていないから、その不安を綴った文章も泣き言としか聞こえないのである。情けないことに!
11月7日 不安から逃げるクセが付いた、人生になってしまったか!
考えてみると、人生なんて見方を変えればヒーローにもなるし脱落の人生にもなる。しかし、ここで自分の人生を脱落の歩みとして捉えたら、ピタリと納得できてしまった。つまり逃げの人生である。
高校時代は親父と合わず逃げ回り、柔道部は強くなりたくて入部したのに辞めるのが怖かっただけのことで、社会に出れば監督業が合わないと設計界に逃げ出し、夢を持って入学した大学でも生き方も見つけられず一般学生で終わってしまった。設計事務所に入社しても自己研鑽する意識もなく、業績が悪いのは所長のせいと逃げ出し、次ぎの会社でも上司が合わないと逃げ出した。どこに誇りと努力の後が見えるだろうか。果たしてこの人生に明日があると言えるだろうか!
10月28日 独立する友人に会って
今の設計事務所業界の厳しさ、大手事務所の大変さを聞かされた。
彼も辞めるにあたって、自分がやりたいことと現実の仕事にギャップが大きくなり、我慢出来なくなり前から希望していた独立の道を選んだようだ。
ただ僕と違うのは、悩んだ時のストレスで眼球が動かなくなり、一週間ほど入院したそうだ。本人はそれ程の不安も不満も感じていなかったそうだが、体が拒否反応を示したようだ。僕の場合、体の変調の前に不満・不安・ボヤキに泣き言。そして精神の不安定を感じたら逃げ出すタイプなのかもしれない。
10月26日 またやった、行きつ、戻りつ
今日現場に行くのに、また電車の乗り越し、戻り超しを繰り返してしまった。ちょっと考え事をしていたら乗り越してしまい、あわてて戻ったらまたも乗り越してしまった。落ち着いて考えれば最初に乗り越した先でも乗り換えが出来たことに気付いた。
原因は簡単で、仕事に対する不安で頭の中が一杯になり、今大事なこと注意しなければならないことから、意識が逃げてる結果だと思う。
いくら不安を抱えて考えても、なにも生まれないし何も解決しないことを知り、早くへたな考え休むに似たりの意味を理解し、まずイマのことに集中できるようにしたいものだ。
10月25日 コンサルの役目とは
現場で漏水事故が発生し、その対応の仕方は、まず原因の特定のため監理者としての判断を行う。 原因が既存のコンクリートや納まりに問題があった場合、理事に立ち会いを求め状況を理解してもらう。 そして、共用部分に問題があって起きた事故は、居住者に対し組合が対応するものであることを説明する。
もし工事上の不手際で発生した場合の事故なら、施行者の責任に於いて対応するもの。と言うはっきりした態度と方向性を示すのがコンサルの役目である。そこで躊躇や遠慮、無自覚な対応をすることで余計に問題が曖昧になり、僕の不安の種がまた増えることになる。
10月18日 はじめての人前での調査報告
今日はじめて、調査結果報告を理事達の前で説明した。終わったあと所長から、同じ内容の話は繰り返すな、専門用語は出来るだけ使うな、時間配分を考えて喋れ、と言われた。ごもっとも!
この経験は、慣れていくもので体験を繰り返すしか、この不安や緊張から抜け出せるものではないと思った。
10月11日 僕の担当物件の漏水事故で考えたこと
業者は仕様書通りに施行しただけ、既存の建物が悪いために起こったこと、 漏水世帯の保証することは出来ないと言ってきた。
それで、ぼくは漏水世帯に行って揉めないように取り持つ役目を果たした。
しかし考えてみれば、監理する立場の人間であれば施行者の立場を守るような行動はおかしなもので、 漏水事故を起きないように施工するのがまず第一で、監理者は起きないように何をしたかを問うだけでよいはずと感じた。つまり僕の悩みの根源は、自分の立場を守る意志の欠落からくる八方美人的対応から、自分で自分を追い詰め、結局のところ廻りの人に頼るしかない子供のままの人間ではと感じた。
10月10日 後輩が会社設立の一報が届く
何年も会っていない友人から電話があり、今度事務所を辞めて独立するとのこと。 夫婦とも一級建築士で、良い住宅設計家を目指すという。
今は、頑張れと言うしかない。自分で決めたこと、僕に何の協力が出来ると言うの。 思い出してもらいありがたい気持ちだけです。
10月8日 とうとう始まった戦争
とうとう始まってしまった。これが宗教戦争に発展しないことを思うばかりである。
10月5日 自分の甘さを改めて知る
今日は花の金曜日、毎日の緊張から解放される夜は、自分勝手な時間にしたい・・・、と。 思って以前の会社の友人に電話をしたら通じない。それではと他の友人に久しぶりに掛けたらあえると言う。 急な願いを聞いてくれる友人は心底ありがたいと思う。その後人も増え3人で久ぶりに呑んだ。
会社を辞めて1年半、残るも地獄、辞めるも地獄と大袈裟に話していた頃の話に盛り上がったが、実際どちらも大変な状況を再確認した。改めて僕の状況もまだまだ恵まれている状況かもしれないと飲みながら思った。