2002年(平成14年)7月〜9月

日  付
(H14年)
自分勝手な思い込み日記
9月30日 今日付けで退職だったが!
今日一日忙しかった。僕の契約した物件を施工管理に引継がなければ、お客に迷惑が掛るので、 今日一日で4件まわった。
しかし、さすがに一昨日決まったお客にまでは引継ぎが出来ずあきらめた。 もういいと思った。これで楽になるとも思った。
夜になっていきなり、一級建築士事務所への移動の打診があった。
何も考えず承諾した。自信喪失のまま辞めたくなかった。
9月29日 店長より営業不向きの烙印を押される。
こんな自分が契約出来た物件
若勇邸(165万)、杉原邸(60万)、姉崎邸(85万)、
小島皮膚科(40万)、鴨川イン平塚(10万)
9月26日 日々のアポ取りと現調の毎日に疲れた
作成中
9月15日 夜9時より社長ミ−テング
営業マインドの最教育
営業は契約を取るために存在する。
営業マンと説明員との違い
葛西班に移動
9月12日 営業体制の変更
フロア分けがなくなり、班ごとの実績競走となる。
相馬統括以下
葛西班:吉川、矢作、佐藤      
原田班:星、宇井、倉持、児玉(本社より)
堀内班:斎藤、中村、新井、富沢
(インテリア)隅谷主任、佐野
青木班:望月、小沢、高橋、岡野
9月10日 夜9時より社長ミ−テング
10日間の営業実績について
・現在の段階で、売上げ実績が無いことが信じられない。
・アポが取れたら、その日の内に連絡し明日伺うことから話を始めること。
・物件が、50万程度ならその場でクロージグする。
・店内でする接客の目的は契約を取るため、その場でテストクロージングをして、現調時に契約することを考える。
9月9日 夜9時より社長ミ−テング
日曜日の結果
・1323名、620組
・アポ軒数:60本、1億4000万
給与システム変更の説明(3ヶ月間)
・会社経費を含む利益率35%以下の物件は、対象外とする。
・会社経費を除いた利益金額から600万を引いた金額の1.5%が、歩合対象となる。
・利益率35%以上であれば、契約月に半分支払う。
・クローザ−のノルマは、月3000万とする。
9月8日 朝9時より社長ミ−テング
第2週目の日曜日のお客対応について
・9〜10月に広告宣伝費として、3億使ってお客集めていること。
・アポインターは、見込み客と当分やらない人を見分けて対応すること。
・フロアごとの対応は辞めて、クローザ−は1階にて接客を行う。
・クローザ−は、全フロアを案内しながらアポイントをとること。
9月04日 ”叔父英一”の通夜出席
叔父はあっけなく68才で他界した。骨に癌が見つかり手後れとのこと。
母の実家の跡取りで、僕が生まれたところでもある機織り会社の御曹子 として生きた一生だったが、波瀾の人生を歩んだ人だった。
御冥福を祈ります。
9月01日 ペンタくん平塚店オープン
大規模な宣伝効果のため、多くの来場者があった。
夜9時から社長ミ−テイングより
・1400名の来場数、現調依頼87件(2億3600万の計画相談)
・ホ−メスト対応、20件(4億2千万)
8月31日 自分は、3階フロア担当となる
ペンタくん平塚店の体制
相馬統括以下
B1階担当(外構、水廻り):川口フロアマネージャー・中村
1階担当(戸建て全面リフォーム):原田フロアマネージャー・倉持・富沢・斎藤
2階担当(マンション全面リフォーム):堀内フロアマネージャー・高橋・新井・星
3階担当(部屋別リフォーム):葛西フロアマネージャー・岡野
(カーテン)隅谷主任、佐野
4階担当(システムキッキン取替え):吉川フロアマネージャー・宇井・矢作
8月30日 平塚での勤務が始まる
本社コールセンターの営業の人達(18名)と共に、平塚へ!
相馬係長、児玉(本社残り)・斎藤・星・岡野・中村・新井
原田主任、葛西・宇井・倉持・星野(本社残り)・富沢
堀内主任、川口・吉川・矢作・高橋
(インテリア)隅谷主任、佐野
8月29日 夜、平塚へ引っ越し
作成中
8月25日 初契約を決めた。
ありがたいことに初契約がきまった。
不思議なもので、何故と思うほど不思議な初契約だった。
実は約束の時間に家にたどり着けず迎えに来てもらったのだ。 それも1時間も遅れての話である。
ことの始まりは、インターネットから出されて渡された地図を信じ、 余裕で着くつもりが、地図に示された場所に該当する家はなく、あわてて連絡して場所を聞いて 歩き始めても中々見つからず、汗だくで走り回ったあげくお客のほうでしびれをきらし、迎えに来てくれた。
見積金額を説明すると予定より大分オーバーしているとのこと。
半分駄目もとと思い、僕が困った様子で、 今日何とか契約してもらえないかと言ったところ、2〜3日考えさしてくれと奥様が言った。
そこで、今まで何も言わなかった御主人が、契約してやりなよと奥様に言ってくれた。
何故言ってくれたかはわからない。しかし、契約は決まった。
この「谷口邸」は、想い出に残る出来事になった。
8月20日 さすが大会社、今日健康診断があった。
作成中
8月14日 妻の実家で、今年も過ごせた。
作成中
8月13日 作成中
作成中
8月13日 今年も大磯ロングビーチに行けた。
作成中
8月6日 コールセンターからの情報対応
作成中
8月5日 社長とのテレビ会議
作成中
7月30日 営業の先輩との同行体験
作成中
7月27日 施工管理の先輩との同行体験
作成中
7月23日 今日から始まる別世界
新しい会社での一日が始まった。
営業教育が1週間始まる。
7月19日 高校時代の友人の母親(83才)が亡くなった
昨日、高校時代の友人から突然電話があり、母親が亡くなり明日通夜なので都合が付いたら来てほしいとのこと。
通夜の席で久しぶりに、高校時代の恩師と同級生2人と会い、帰りに今度同窓会をやろうと言って別れた。
聞くと、恩師は5年前に胃癌による手術を行い、今5年目を迎えているとのこと。僕の親父も同じ病気で亡くなっているので、思わず胸が痛くなった。
7月18日 息子達に転職の話をした
今、毎日家にいる状況なので、子供達にいまの状況をはなし心配しないように告げた。
再度の転職に子供達は、どう思っているか聞く事は出来なかった。ただ、これから頑張るとしか言えなかった。
7月17日 JW-CAD 勉強中
この1週間で、JW-CADを習得したいと思い、毎日パソコンに向かうことにした。
午前中はトレーニングに出かけるようにして、体・精神・魂のバランスに注意して生活しようと思う。
7月16日 台風の中、本社までの時間の
台風の中、転職先の本社までの通勤時間を確認のため、朝から出かけた。 そして、転職先の会社担当に電話を掛け、30日より出社する約束をした。
午後は澁谷の町をふらつき、夜は武蔵小山のいつもの飲屋に行き、転職の話と会社が平塚になるため、恐らく来れなくなることを告げた。
自己満足のためとは言え、これで自分のけじめをつけて次ぎの会社に行こうと思う。
この半年位、いつも飲屋に居た女性が病気のため辞めたとのこと。これも縁なのかも!
7月15日 今日、退職した。
「ペイントハウス」で頑張ることにした。
7月13日 渡辺建設工業は、諦めた。
電話をしたところ、現在採用する準備が出来ていないので、今は無理との返事だった。
いろいろはっきりしない部分も多いが、諦めることにした。
7月6日 面接結果がわかるはずだった。
渡辺建設工業の採用結果がわかるはずだったが、困ったことに、辞める予定の人がいたので求人したが、仕事を最後までやってもらうこととなり、退職するのが9月頃になると言う。その上、今の時点では内定も言えないとのこと。結局来週の土曜日にはっきりさせるとのこと。
7月2日 午後に、渡辺建設工業の面接
木工事の扉枠詳細図や家具の詳細図を書くことが主な業務で、思った通りの内容だった。
今の気持ちとしては、地元の会社で地味ではあるが技術職としてこれから働けたらと思った。
7月2日 午前に、再度の診断
超音波検査による診断とCIT検査を行った。CITは、30分の間に10分間隔でレントゲンを撮る検査で、幸い異常は発見されなかった。
しかし、あの時の痛みの恐怖からか時々下腹部の張りを感じることがあり、あの痛みの恐怖は当分忘れられそうもない。
7月1日 採用により早期退職を希望した
早速ペイントハウスの採用を理由に早期退職を願い出たが、引き継ぎが完全に終ったらとのこと。
また、退職後も連絡取れるように、今度の会社にも話しておくように言われた。ずるずる伸ばされるのか僕がけじめを付けられないのか、早目に退職出来るか心配になって来た。
改めて思うに、在職中の転職活動は難しく仕事らしい仕事は与えられず、かといって会社から転職活動の電話も出来ない。今回初めての経験なので非常に孤立感に陥っている。
このまま9月まで過ぎてしまうのは、自分にとっても会社にとっても何の得も無いと考え、改めて来週のミ−テイングの時に、退職希望を15日に決めたいと思う。