| 3年過ぎた地震の町 |
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第1章 まえがき 今日(平成13年4月20日)、仕事帰りにバックを電車に忘れてしまった。 2つ以上の荷物は持たないと決めてから、始めての忘れ物。 バックには、僕の全てが入っている。途方にくれて駅員に忘れ物報告をして、沿線に連絡してもらい、しばし駅構内で情報を待っていた。 思えば、以前にも同じように途方にくれて、たたずんでいたことをおもいだしている。 そこは、1998年10月2日の暑い日で神戸の新長田駅の交番の中。やはり財布を落として家に帰るすべもなくなり、途方にくれている自分がいた。 そこの自分も、何故ここにいるのか何故こんなドラマの中に自分がいるのか、自分に問い掛けていた。 1995年1月17日午前5時46分に戦後最大級の災害となった阪神大震災が起きてから3年8ヶ月がたっていた。 ひどい自然災害で気になっていたし、いつか現地に行きたいと考えていた。 それは自分ではボランテイアや調査目的で訪問する程の積極性はなかったし、考えてみれば自然災害が対岸の出来事ではなく、いつ身近な出来事として起こるかわからないこと。それに、ぼくが子供の頃過ごした京都や大阪に近かったこともあると思う。 それは意外にも突然チャンスが訪れた。 僕の関わった仕事で、住宅リフォームのコンクールで建設大臣賞を受賞し、設計者の変わりに神戸の受賞式に行くことになったのだ。 今さらとの思いもあるが、仕事と家庭の時間の中から行く機会が中々見つからず、ボランテイアの様な顔で現地を廻る程の意識はないし、当事者の気持ちを考えると、どうしても心の中で野次馬気分の自分が見えて中々行く勇気がもてなかった。 そこで湧いた神戸出張の話は願ってもないチャンスに思えたし、震災から3年8ヶ月は時期としても良いと思えた。 そこですぐに本屋に走り今の震災後の状況を知ろうとしたら、驚いたことにどこの本屋にも関連書籍が1冊もなかった。幸い図書館には、当時の報道写真が残っておりある程度の予備知識を得ることが出来た。 そして、訪問の仕方は行き先を決めて見に行くのではなく、ただ被災地を歩き廻ること。それしかそこの空気を感じとることは出来ないと考えた。 仕事で行く出張を利用して自分の希望を押し通すのは気がひけたが、せっかく1泊の出張で行くならと、会社のメンバーとは別行動で僕一人余分に休暇を取ることにした。 そしていよいよ出発の日がやって来た。 |
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| 発生時期 | 平成7年1月7日 午前5時46分 |
| 震源地 | 淡路島北部 北緯34度36分 東経135度03分 |
| 震源の深さ | 14H、マグニチュード:7.2 |
| 各地の震度 | 神戸、洲本:6、豊岡:5、姫路:4、一部:7 |
| 被害の状況 | 平成13年3月31日現在 |
| 死者 | 6,398人(行方不明者:3人) |
| 負傷者 | 重症者:8,574人、軽傷者:31,499人 |
| 全壊 | 棟数:103,998棟、世帯数:178,362世帯 |
| 半壊 | 棟数:136,934棟、世帯数:258,790世帯 |
| 合計 | 棟数:240,932棟、世帯数:437,152世帯 |
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