〜 保育日記 〜

◆ありがとう、そしてさよなら。  (2006/5/30)



 一年前の今頃、私は毎日くたびれ果てていた。
 新年度になり クラスを持ち上がったのはよいが、担任は私ひとり、補助無しになってしまったからである。
 今日からひとつ上のクラスになりましたからね、と言って2歳児が理解するわけもなく、進級したからと言って突然おむつがはずれるわけもない。子どもたちは昨日のまま、保育士だけが半減するのは非常に辛かった。
 子どもたちの月齢は幅広く もうすぐ3歳になる子から2歳になりたての子までがおり、トイレに行って帰ってくるのを補助するだけでひと仕事。早生まれの子は自分の手で足を持って ズボンに足を通すような状態だったからである。さあ、お外に行きましょう、と言う頃にはすでにへとへとであった。

 そして夏真っ盛りのある日、妊娠がわかった。ひと月ごとに子どもたちは成長していたが、夏の水遊びで着脱の機会は増え、月齢が高い子も 汗ばんで履けるはずのズボンが上がらず 却って手助けが必要になったりと、まだまだ手がかかっていた時だった。
 一日普通に仕事をすると疲労困憊。その頃腰痛もひどかった。ただでさえ状態が悪い体で妊婦になって、この先大丈夫なのかしら…と不安になった。

 その矢先だった。突然、子どもたちに手がかからなくなったのである。
 それまでパンツやズボンの上げ下ろしを手伝っていた子が、当たり前のようにひとりで着脱をしてトイレを済ませて席に座るようになった。
 昨日までできなかったよね?どうして?
 ずっしり背中にのしかかっていた荷物がなくなったような感じだった。
 私が妊娠初期のだるさで体が思うように動かなくなるのと反比例して、子どもたちはにこにこと元気よく、生活面(食事、着脱、手洗いなど身の回りのこと)で ほとんど自立して行動するようになったのだった。

 これには本当に助かった。ありがたかった。
 何もしなくても何だか疲労感があり、ぼんやりと眠く 頭も体も働かない私にとって、一番のサポートだった。
 子どもたちは何かを察したのか?と思うほど、彼らの変化は唐突で鮮やかだった。

 お腹が膨らみ始め、体が重くなってからは
「トイレ行きましょう」
「ごはんの準備よ〜」
と私は号令をかけるだけで、子どもたちは動いてくれた。お世話しないのが申し訳ないくらいだった。0,1歳クラスだったら こうはいかない。
 冬になると、何も言わなくても 私が食事のテーブルを出そうとすると 子どもたちが駆け寄ってきて一緒に運んでくれ、他のクラスの椅子を「XXがやる!」と我先にと張り切って用意してくれるようになった。
 そうして子どもたちに助けられて、私は何とか産休前(産前6週前)まで勤務し、退職の日を迎えた。

 私の退職は、クラスの子どもたちの卒園と重なった。
 お腹の子どもは勿論大切だけれど、私はクラスの子どもたちのことも とても愛していた。かわいかった。だから里帰りはせず 卒園式まで出席し、最後まで見届けたのだった。
 そして、子どもたちと別れた。
 みんなのおかげで無事に元気なあかちゃんを産むことができました。みんなみたいないい子に育つといいな。
 ほんとうに、ありがとう。そして、さよなら。
 


Back  Home