ケンイチとショウは正反対のタイプの男の子。
例えて言うなら、ケンイチは生徒会長を務めるような 優等生で真面目タイプ、ショウはちょっと不良っぽくて 若いうちはかなり遊ぶが
就職した途端熱心に働き、営業で成績優秀になるタイプ。
そんなふたりが無二の親友。まるで少年マンガの設定のようだが、彼らは何故かとても気が合った。昼食やおやつは隣に座り、ふたりだけで遊ぶことも多かった。
朝から「ケンイチー、何してんだよー」と ことばづかいはよくないが、ショウの照れ混じりの誘いを何度も聞いた。
その保育所は主に0−2歳児が対象で、3歳児になると他の幼稚園・保育所に転園する児が多い。ショウは家の近くの幼稚園に行くことになっていた。但し年度制できっちり1年を区切るわけではないので、大抵新しい園が始まる前日まで子どもたちはやってくる。入園式が来た順に、ひとりずついなくなる。だから、子どもたちの中で 新年度の区切りはあまり明確でないだろう。
ショウの最後の登所日。4月の園庭は暖かく、子どもたちは外遊びを思いきり楽しんでいた。ケンイチとショウはぞうさんのすべり台の上からジャンプする、という危険な遊びを思いついてやっていた。
「そんなところから飛び降りたら怪我するからやめなさい」
そう注意されると、彼らはしぶしぶ飛び降り遊びをやめた。
しかし彼らは”注意されたのでとりあえず”やめただけで、その遊びの面白さを忘れられないようだった。保育士の目を盗んでやればいい、とでも考えたのかもしれない。ショウはすべり台から降りてくるとケンイチにこう言ったのだ。
「じゃ、明日、またやろうね」
ケンイチは答えた。
「うん、明日やろうね」
明日。そう、確かに明日は来る。でも、それは彼らが思っているような明日ではない。
この保育所に来て、ケンイチと、ショウと遊ぶ、という今まで当たり前だった明日は もう来ない。彼らは別々の場所で
別々の生活が始まるのだ。それを、彼らは知らない。
明日から ショウくんは違う幼稚園に行くんだよ − もうここで、ケンイチくんと一緒に遊ぶのが当たり前の毎日は来ないんだよ − 私はそう言いそうになった。けれどやめた。
すべてを見透かす神のごとく、私が彼らに未来を告げる権利はない。ただ、多分生まれて初めての春の別れを経験する親友同士を 見ていることしかできない。彼ら自身の記憶には、残らないかもしれない別れを。
こうやって彼らも、人との出会いや別れを覚えていくのだろう。これから、沢山のことを知って行くのだろう。
あしーたがあーるさ あすがあるー。
日本中のあちこちで耳にする歌である。子どもたちもすぐに覚え、元気に歌っていることが多い(終わらない節に悩まされることも?)。ケンイチもよく歌っていた。
明日があるさ。そしていつかきっと、わかっていくんだろう。