〜 保育日記 〜

緊張のお絵かき  (2001/7/24)



 ミユキはお絵かきの大好きな女の子。お姫様からアニメキャラ、オリジナルの怪獣、自由自在に描いてみせる。彼女は当時4歳だったが、運動会の団体競技の光景を事細かに−小学校低学年でもここまで細かく描けるだろうかという−描く才能には、誰もが舌を巻いた。

 子どもたちは、先生に絵を描いてもらうのが大好きだ。私は本格的に絵を習ったことはないけれど、小さい頃からお絵かきが好き。だから、先生絵を描いて、と言われると張り切って描いてしまう。一緒にお絵かきをしていて、いちばん楽しんでいるのが私かもしれないくらいに。

 子どもたちは子どもたちなりに判断基準があるらしく、私の描く絵はたいてい「先生上手」と言ってくれ、さらに絵を描いてとせがんでくる。
 その頃既にポケモンが流行っていて、保育園に保育士手作りのポケモンさいころがあった。そこに描いてあるキャラクターを描いて、と言われ、よく知りもしないキャラクターたちを描く羽目になった。
 次はこれ、その次はこれ、子どもたちはさいころを回しながら、白い紙にできあがってゆくポケモンたちを楽しそうに眺めていた。

 子どもたちが「これ描いて」というときには2つのパターンがある。
 ひとつは、大人に何かをしてもらいたいとき。自分の要求が通るとうれしくて、できあがった絵を大事そうに鞄にしまって帰る。
 もうひとつは、自分にはできないと諦めているとき。だから代わりに先生に描いてもらう。
 後者のときは 「練習しないと描けるようにならないよ」と言って、子ども自身が描くように促した。先生ばっかり上手になっちゃうよ、と言っていたが、何のことはない、ひとりでいくつも絵を描くのに疲れたというのも本音である。

 絵の上手なミユキでも、たまに「先生、これ描いて」と言ってくることがあった。
「先生に描いてもらわなくても、ミユキ自分で上手に描けるじゃない」
と答えると
「でも、描いてほしいんだもん」
と言う。何かしてほしいこともあるのか、そう思って描き始める。

 ところで、子どもたちのお絵かきには消しゴムがない。潔く、力強くひとつひとつの線をひいてゆく。しかし消しゴムに慣れた大人の私は、思い通りの線が描けなかったとき、つい消しゴムを探してしまう。訂正なしに満足のいく絵を描くというのは難しい。

 ミユキは、私が絵を描く様子を 誰よりも熱心に見ている。他の子ができあがってゆく絵を眺めているのに対し、ミユキが見ているのは私の手の動きのように思えた。
 顔と耳の線をどうやってつなげるか、丸を描くときはどうするのか、私の手の動かし方をじっと見ている。描く順番も興味があるらしい。(但し、彼女の描き順が私に影響されることはなかった) 
 小さな動きのひとつも見逃すまいというミユキの視線は、とても鋭く強かった。だから、一本一本の線を描くのにも非常に緊張した。いつもはひょいひょい動かす鉛筆も 妙に力が入ってぎこちなくなったりした。

 そんなとき 訂正したい線があるときは困る。ちょっと間違えちゃった、と直すのもなぜかやりづらい。そんな線も描けないの?−彼女は思ってもいないのだろうが−何となくへたくそをさらけだしてしまったようで、絵に関しての尊敬を失ってしまう気がして、居心地が悪かった。

 絵ができあがるとミユキはいつもにっこり笑って満足そうだった。それは絵の出来よりも、絵を描くを見ていられた満足感のような気がした。
 ミユキはあるとき、お礼に「せんせい、ポケモンじょうずですね」と文章まで書いて、ポケモンキャラをたくさん描いた絵をくれた。それは今も 大事な宝物としてしまってある。


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