〜 保育日記 〜

手のかからないよい子  (2002/1/28)



  先日ある本を読んで憤った私。かなり端折って言うと、赤ちゃんはとにかく抱っこするのがよい、という主旨で、0歳児保育やワーキングマザーを否定するような文章が見受けられる。

 しかし、はっとする内容もあった。
 それは、大人が顔を出してあやさない赤ちゃんは いつもただ天井を見上げているため、蛍光灯の光をよく見るようになるということ。
 先天的に幾何学模様より人の顔を選好する赤ちゃん。なのに、視界に顔が存在しなければ、いちばん刺激の強い光を注視するようになってしまうという。
 実際、妙に蛍光灯の光を喜ぶ子ども、人の顔を選好しない子どもはいる(顔を選好しない要因は他にもあると思うが)。

 そのことから端を発して 0歳児クラスに入ったときふと考えた。
 ミルクやおむつ替えの時くらいしか泣かない、保育士にとっては手のかからない「よい子」はよい環境で育っているのだろうか。
 自力で移動、つまりハイハイができるようになるまで、、いつも機嫌がよい赤ちゃんは動けない状態のまま放って置かれることが多い。
 仰向けではベビージム(ブランコみたいな形で3つくらいのおもちゃがぶらさがっているもの)をあてがわれ、うつぶせで数個のがらがらをそばに置かれる。通りすがりに「○○ちゃん、XXしてるのね」くらいのことばかけしかしない。

 確かに、0歳児クラスはミルク、おむつ、泣く子の世話に追われる。だが、いつも機嫌良く遊んでいる子どもへの関わりが少なすぎはしないだろうか。そんなことでいいのだろうか?

 関わりは多すぎても少なすぎてもいけない。けれど、天井の蛍光灯を喜んで見つめる子どもにはなって欲しくない。



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