〜 保育室から 〜

テレビ・ビデオについて (2003/5/21改)

どこの家庭にもテレビ・ビデオがあるのが当たり前の現在。
テレビを見ない生活なんて考えられないでしょう。
しかし、子どもたちにも大人と同じテレビ生活をさせていいのでしょうか?
以下はすべて私の個人的見解です。


 ◆テレビは子守にならない

 何歳くらいになったら、テレビを見ておとなしくしていてくれるようになるかしら?
 たまにこんなことを言うお母さんがいます。歩くようになって目が離せない子ども。家事をする間、テレビを見て静かにしていてくれたら楽だろう。
 ちょうど夕飯の支度に忙しくなる時間帯、テレビでは教育的子ども番組を二時間近くやっています。これならいいでしょう。これを見ていてもらいましょう。そう思うのでしょう。また「うちの子、テレビ見ていてくれないのよ。すぐ飽きちゃうの」というお母さんもいます。

   ”この頃「となりのトトロ」がお気に入りで、昨日は3回もビデオを見ました”・・・これ、本当にあった連絡帳の記述です(子どもは3歳)。映画2時間×3=6時間、テレビの前に座りっぱなし。これでは「テレビに子守をしてもらう」ですよね。
 2,3歳の子どもでも集中していられるのはせいぜい15分から30分。飽きてしまっていいのです。何時間もテレビの前にいられる方が異常だと思います。それにテレビは子どもを引きつけてくれますが、ほんとうは子守にはなりません。
 
 テレビは一方通行で情報を流すだけです。流れてくる情報を受け取るだけでは、子ども自身が考える余地がありません。
 赤ちゃんがことばを獲得するときに必要な応答がありませんし、人間とのやりとりがありません。
 子どもは繰り返しが好きという特徴があります。同じ絵本を何度も「読んで」とせがまれて 三回目には大人の方が飽きてしまい、間を空けたり声音を変えたり効果音を入れてみたりすることはありませんか?そして子どもたちの質問や合いの手に答えることも出来ます。しかし、テレビは相手の有無などおかまいなしです。子どもの疑問に立ち止まってくれることもなければ、適切な応答をしてくれることもありません。

 それに テレビから流れる映像は情報過多で 子どもの情報処理能力を超えています。そもそもテレビの光自体、子どもには刺激が強すぎます。目にも悪いでしょう。新生児で0.02前後の子どもの視力は、4,5歳になってようやく大人並みになると言われています。


 ◆悪影響の心配

 視覚的問題だけでなく、テレビは心理的発達にも影響すると思います。
 テレビ漬けで育った子どもは 性格がゆがむ、犯罪を起こす、という実証はないでしょう(研究自体少ない上、研究されてもメディアには乗らない可能性が高いでしょう)。けれどもテレビが性格や行動に悪影響を及ぼす可能性はあると思います。
 子どもは外で元気に遊ぶもの、というと古くさい固定観念だと思われるかもしれませんが、子どもには必要なことだと思います。外で遊ぶ=自分の体と五感を使って経験を重ねる、自然物と触れ合う、ということです。実体験なしにテレビの送りつける仮想現実の世界に はまることは危険だと思います。

 視聴時間と子どもの年齢、見る番組によってもテレビの影響は違うでしょう。
 昼間は外で十分に遊んだ後 夜だけテレビを見るのと、朝からずっと室内でテレビを見て一日過ごすのとでは違います。ろくに実体験のない1歳前くらいからテレビを習慣的に見るのと、4,5歳から見始めるのとも違うでしょう。
 それにすべての「子ども向け」番組が「子ども向け(子どもによい)」だとは限らないと思います。
 例えば 親の世代がヒーローものを見て育ってきて、「子どもの頃自分も見たから」「子どもにはこれを見せるものだろう」または「自分が懐かしくて見たい」と見せているケースが多いようです。しかし、親が見ていた頃より子ども向け番組の数が多く、見せはじめる年齢が低いように思います。
 他人と関わる経験もしていない1歳くらいからヒーローものを見ていたらどうなるでしょう?ヒーローごっこは昔からあるけれど、今 子どもたちがやっているのは「ごっこ」ではないのです。遊びのルールを知る前では、ごっこ遊びになりません。それぞれがヒーローになりきり、相手にキック、パンチをするだけ。叩かれたら痛い、暴力をふるってはいけない、などの認識もなしに目の前にいる人は攻撃対象になってしまいます。やりたいことと運動能力が釣り合っておらず、手加減なんてできません。相手の痛みにも気づきません。

 テレビから与えられるイメージは明確すぎるので「想像する」余地もありません。これも重大な欠点だと思います。
 絵本や紙芝居も声音を使わずにふつうに読む方が子どもたち自身の想像力をかきたてると言う人もいます。国語の教科書も教師が音読せず、まず子どもたちに黙読させるやり方もあるそうです。
 イメージを膨らませることもなく、ひたすら受け身になってしまう。詰め込み教育のようでもあります。


 ◆ルール作り

  しかし はじめに書いたように、テレビを見る生活は当たり前になっています。テレビなしの生活も不自然かもしれません。
  ですから、テレビを見せるにもルールを作るのがよいと思います。
  ひとつめは時間。
  続けて見るのは30分まで、1時間まで、一日何時間以内と決める。
  ふたつめは番組。
  絵本や洋服を選ぶように、テレビの内容も選ぶのです。欧米では日本のアニメを暴力的だと言って嫌う親も多いですね。言い過ぎじゃないかと感じる場合もありますが、日本人は子どもに見せるものについて鈍すぎるのではないでしょうか。取捨選択しないで湯水のごとく与えている状態には疑問を感じます。ことばづかいの荒いもの、暴力シーンが多いもの、画面展開が早すぎるものなどは排除すべきだと思います。

  ある幼稚園の遠足の帰り、バスの中で「北▲の拳」のビデオを流したところ 保護者から「子どもに見せないで欲しい番組だ」と苦情が出たそうです。
 それを聞いて 「これを見せちゃいけない、あれを見せちゃいけないってことはないのよ」と言った保育者がいました。私はそうは思いません。アニメ=すべて子ども向けではないでしょう。本にも純文学から官能小説(!)まであるのと同じです。子どもたちに見せたいアニメもあれば、そうでない内容のものもあります。
 また、暴力シーンを見たからと真似するのは性格的な問題だと言う意見の保育者もいます。しかし子どもは模倣から学んで成長していくもの。それに子どもたちはまだ 「テレビでは●●をしているけれど、実際にやってはいけない」という判断ができません。堅苦しく聞こえますがテレビ教育が必要ではないでしょうか。あれはテレビの世界では許されること、お友だち相手にやってはいけない。お母さんはこういう場面はいやだと思う。と、テレビの見方・判断を伝えていくのも手だと思います。
 子ども向けだけでなく、 大人が見て笑えるバラエティも 子どもがそのまま真似したらいやだと思うものがあります。これも見せる・見せないを検討すべきだと思います。
 
 しかし、テレビを見るのにルールが必要なのは、実は私たち大人かもしれません。テレビのある部屋にいるときは、なんとなくテレビをつけっぱなしにしていませんか?(私も人のことは言えませんが) テレビはBGMのようになっていて、テレビがついたままごはんを食べたり新聞を読んだり。それでも大人なら「今自分が主にすべき事」がわかり 「すべき事」に集中できますが 「集中する」ことを学んでいる途上の子どもたちにはそれができません。
 テレビをつけたまま食事していたら、テレビに気を取られて食事が進まなくても仕方ないのです。そんな状況で「ちゃんとごはんを食べて」と言うのはかわいそうです。 
 それから始終テレビがついている家で暮らしていると、人の呼びかけに対して反応が薄くなる傾向がみられるそうです。テレビは音の強弱があるようで 実は一定の音量になるように調整されています。いつもテレビの音=絶対に必要ではない「雑音」が流れているので、それを無視することを覚えてしまうのです。そのために本当は必要な呼びかけ −自分の名前を呼ばれたときでさえも、反応しない子どもが出てきています。 
 このように 「自分にとって必要な情報(この場合は音声)を選択する」能力が育つのを阻害してしまう危険性を考えて欲しいと思います。


 ◆ビデオについて◆

 ビデオになると「繰り返し」見られる分 視聴時間が長くなるでしょうから、これもルールを作るとよいと思います。内容がどんなに優れていても「トトロ」を一日3回見るのは多すぎます。上で書いたように、子どもは繰り返しが好きなので 同じものを何度も見たがるのは当然のことですが、絵本と違ってビデオが子どもを拘束する時間は長く、その間に子どもたち自身の感覚を使ってできる経験をする機会を逸していることになります。
 但し、ビデオ(DVD)ソフトの方がいいのでは?と思うこともあります。ソフトでも宣伝はありますが、テレビでは合間のコマーシャルでひたすらキャラクター商品をアピールするからです。
 ”6つのポケット”(*)をもつ子どもをターゲットにした商品市場は売ることしか考えず、モノに囲まれた子どもがどう育つかなどは気にしていません。

  ”日曜日は子ども向け教育番組の放送がないのに 子どもが見たいとせがむから”予備で録画してある方もいます。子どもが小さいほど放送が無いというルールがわからずに泣いてしまい、対応に困っての自衛策なのでしょうが 「無いものは無い」ときっぱり断るべき時はあると思います。ビデオに限ったことではありませんが、これを代表的な例として 子どもたちが 「せがめば何でも自分の思い通りになる」と考える傾向にあるような気がします。
 根本的に「今日は放送が無い」というルールがわからない年齢なのに日常的にテレビを見せる必要はないと思っています。

 (*)6つのポケット…子どもひとりにつき 父、母、父方の祖父母、母方の祖父母の6人がお金をかけてくれるということ。最近はこれに独身のおじ・おばが加わり8つのポケットと言われることもあるそうです。

 ◆ゲームについて

 テレビから発展しますが、ゲームも内容・時間、子どもの年齢・経験の豊富さで話は変わると思います。現実でできないことを体験できるのがゲームの面白さのひとつだと思います。私もゲーム好きな方です。

 しかし、現実と空想の区別がつかない歳からゲームを始めたら?けんかの痛みも知らないで、暴力的なゲームにはまり「現実でしてはいけないこと」と認識できずに現実でやってみようと思ったら? そして、リセットボタンひとつで人が生き返るように 簡単に他人の命を考えていたら?
 電車の運転手になりたかったけどなれなかったから、ゲームで運転手気分を味わう。子どもの頃の夢を叶える魔法みたいにゲームを楽しむのなら賛成です。けれどはじめにゲームありきでは 「ゲームで運転手気分を味わったから本物を操縦したい」と逆の発想をしても不思議はありません。このケースが怖いのです。


 ◆考えよう

 私はテレビだーい好きだったし、ゲームもだーい好きだけど、ふつうの社会生活を送っているわ。テレビを見るのにルールがいるの?と思われる方もいるでしょう。上に述べた例で、テレビだけが原因はないこともあるでしょう。
 それでも 考えてみてください。”私”が子どもの頃、どんな番組を見ていましたか?親はどんな番組を見せましたか?1,2歳から一日中テレビを見ていましたか?ビデオは何歳のときからありましたか?ゲームは? ●●漬けだったと言っても、今の子どもたちと状況が違いませんか?
 テレビが普及してから生まれた世代は、家にいる間 テレビがついていて当たり前かもしれませんが、当たり前が正しいこととは限りません。家庭では時間割のように●時にごはん、●時にお風呂、と決まった行動をするのは難しいと思います。決まり切っていないよさもあると思います。それだからこそ、テレビ・ビデオのつけっぱなしは意識的に自制しないといけないと思います。
 これは子どもにとってよいもの?そうでないもの?これでよいの?− 大切なのは立ち止まって考えることだと思います。自分の頭で。
 

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