◆ふと我が身を振り返れば
保育士として働き始めた頃、私がよく思っていたこと。
保育士って…
・子どもたちに対して否定的な発言が多い
・子どもを誉めない (できて当たり前!)
・いつも怒っている
この人たち、子どもが好きでこの仕事をしているのか?と疑問に思っていました。
それから数年経った私の発言はというと。…不本意ながら、保育所で働き始めた私がいやだなと感じていた保育士たちの言動に近くなっていることにふと気づきました。頭の中の理想と現実の行動には差があり…このサイトを見てくださっている方が今の私の保育を見たら、でめって 口ばっかりじゃない!と言われるであろう言動・行動の数々ではないか…と。
◆ドウシテコンナニ怒ルノカ?
『ナンデ出来ナイノヨ…』
私はX歳児クラスの担任。でもうちのクラスの早生まれの子どもたちと ひとつ下の▲歳児クラスの4,5月生まれの子どもたちでは、向こうの方が「できる」ことが多い。 うちのひとつ年上(のクラス)なのにどうしてできないんだろう? ひとつ上なんだからできるようになってよ。介助しなくて済むようになってよ。
…進級して一ヶ月経つのに、どうして前のクラスに入ろうとするのよ〜。自分のカバン掛けの場所くらい覚えててよ…。
『時間ガナイ!!』
わー、もうこんな時間。お片づけまだ終わってない!給食の準備始めなくっちゃ。毎日同じこと言ってるのに何でなかなかトイレに行かないのよ〜。
早く早く〜。もうご飯来ちゃうよ〜。
『早く寝て〜』
お昼寝中に先生いっぱいやることあるんだから、早く寝てよぅ。あー、あと何分トントンしていれば寝るんだろう?うとうと目を閉じかけているのに、どっ、どうして廊下の足音でまた目が3mm開いちゃうのー?! あー、もうー、お昼寝の時間なんだからさっさと寝るの!
***
保育中にありがちな苛々の場面。その時々の自分の精神状態によっても違います。ゆったり待てる気分の時もあれば、行事前で忙しくて毎日自分自身が何かに追われていて慢性的に苛々している時もあり、女性の場合は生理周期も気分に関係してきます。
冷静になればわかるのです。 生活面の自立を促すのは大切なことだけれど、X歳では●●ができなければならないと思い込み、「X歳なのに(X歳クラスなのに)こんなこともできないなんて!」と目くじらをたてることはないのだと。特に低年齢では個人差が大きいので、X歳クラスだからこう、と まとめるのは無理があります。
それに自立する過程では甘えたり失敗が多かったり時間がかかったり…一直線にはいかないもの。いつも「まだできてない」「早く」と言って怒ってばかりで厳しくしても自立が早まるわけではないのです。もっとゆったりと構えて、もっと時間に余裕を持って活動すればよいのであって、怒っていても子どもたちを萎縮させるだけ。難しいけれど、時期を待つのが得策なのだと。
…デモ保育シテイル最中ニハ、ソンナコト言ッテラレナイノヨ。
ところがある時、うつ病に関する本を読んでいてわかりました。私は 子どもたちの「できる」「できない」を私自身の仕事の評価に置き換えて考えている−だから苛々するのだ、ということを。
X歳児クラスなのに下のクラスの子より●●ができないのは、担任である私の指導が悪いから。私が保育者として能力が低いからなのよ。
−どこかでそんな風に考えていたのでしょう。
実際、保育士の指導不足が原因でクラスが落ち着かないとか片づけが出来ないということはあると思います。でもすべてがすべて保育士の能力やひいては子どもの能力が低いせいではない。原因の見極めが保育士にとって大切なのだと思います。
そして、 自立を進めることは必要。けれど子どもたちにとって大切なのは− 低年齢であればあるほど −保育所という場と保育士を信頼して安心して心穏やかに過ごし、保育者の愛情を受けて育つこと。どこに重きを置くかで、保育の仕方はまったく変わります。
慣れは怖いです。初心を忘れずにいるのは難しいです。忙しさに紛れて子どもたちを追い立てるだけになってしまうこともあります。初心のままでいればいいとも思いません。けれども、時々立ち止まって自分の保育を見直し、保育の目的や方法を考え直してみようと、新しい年度を迎えて思っています。