〜 保育室から 〜

泣くことの意味  (2004/4/14)




◆泣く=悲しい?

 人は悲しいとき、辛いとき、悔しいとき、感動したとき…様々な理由で泣きます。それでも泣くと聞いて いちばんに浮かぶのは、悲しい、ではないでしょうか。
 そして 子どもが泣いていると 「悲しいのね、かわいそう」 と感じる人が多いのではないでしょうか。
 けれども子どもが泣く理由は悲しいからだけではありません。大人と同じように。



◆別れの涙

 保育所に入りたての子どもたちは、大抵朝お母さんと別れるときに泣きます。それが何ヶ月も続くと かわいそう、やっぱり子どもを預けて働くのは早かったかしら…と胸を痛めるお母さんも多いと思います。
 「お母さんが行ったあとすぐ泣きやんで遊び始めましたよ」 と保育士に言われても、 毎朝別れ際に泣かれるのは さぞかし辛いことだと思います。 しかし「すぐ泣きやみます」というのはお母さんを安心させるための嘘ではありません。子どもは親の不安を察するので、まず心配性の親を安心させようとする方便の場合はあるかもしれませんが。

 子どもたちを見ていると、親と別れるときに泣くのは 悲しいからだけではないように感じます。 
「お母さんとここで別れなきゃいけないのは頭では分かっているけど、完全に納得できないから 踏ん切りをつける”儀式”として泣こう」
「お友だちと遊ぶのは楽しいんだけど、お母さんと別れるのは寂しいから それをアピールしておこう」
という泣きもあるように思います。子どもの年齢が高ければ高いほど、別れの涙はひとつの儀式である気がします。
 1,2歳なら 「ここで別れてもお母さんは必ず迎えに来てくれる」ことがはっきりわかってきますので、別れの儀式を親子で決めるのもひとつの手です。「あくしゅでバイバイ」や「ぎゅっ(と抱きしめ合う)」する親は多くいます。これをやったら踏ん切りをつけるという約束ができあがると、泣いている子どもを保育士が引きはがすようにしなくても 別れられるようです。

 子どもたちの真情はわかりませんが 端から見ていると
「ここで泣かないとお母さんがかわいそうだから 泣いておくか」 
と ”とりあえず” 泣き、お母さんの姿が見えなくなると さっきまでの涙は何だったの?!と言いたくなるくらい けろっとして お友だちと元気に遊び出す子どももいます。
 泣かれて辛そうに去っていったお母さんが何だか気の毒になる瞬間です。

 泣かないで別れてくれたらいいのに、笑顔で手を振ってくれたらいいのに − 泣かれている間はそう感じると思いますが、いざ泣かなくなると 別の意味でかなしくなると思います。 お母さんを振り向きもせず、一直線にお友だちのところへ走っていく子ども。喜ぶべき成長の証ですが、親としては必要とされなくなったようで、虚しさや寂しさに襲われるかもしれません。



◆赤ちゃんが泣くとき

 話を赤ちゃんまで遡らせましょう。赤ちゃんが泣くのは
・おなかがすいたとき
・おむつが濡れたとき
・眠いとき(眠いのに眠れないとき)
・居心地が悪いとき
・かまってほしいとき
・体調が悪いとき
などの理由があると思います。いわゆる「たそがれ泣き」のように理由が判然としないが、夕方になるとぐずり出すということもあります。
 いずれにしても赤ちゃんが泣くのは なんらかの異常を知らせるときではないでしょうか。赤ちゃんはことばが喋れません。 声を出して自分から他者に何かを知らせたいときは泣くしかないのです。声ならば多少遠くにいても聞こえます。お母さんが赤ちゃんに背中を向けていてもわかります。
 泣くことは赤ちゃんにとってほとんど唯一の情報伝達手段なのです。

 「バウリンガル」という犬の鳴き声を解析して 犬の訴えたいことがわかる機械(一種の玩具?)が売られていますが、赤ちゃんの泣き声を解析して 眠い・おなかがすいた・おむつが濡れた などのメッセージに変換する機械があるそうです。 泣き声を聞き分けるのもお母さんや保育者に必要な能力だと思います。泣き声だけでなく時間や状況も合わせて判断することになるでしょうが 赤ちゃんと接するうちに「この泣き方はXXだわ」 と分かるようになると思います。
 ことばによるコミュニケーションに慣れてしまい、意味のない泣き声やわけのわからない喃語しか発しない赤ちゃんに苛々する方もいるようです。それは「この私にわからないことがあるなんて」という自信を揺るがせる恐怖なのかもしれません。自分はお母さん・保育者駆け出しなのだと思い、赤ちゃんの必死の訴えを聴き取れる保育者になって欲しいと思います。



◆涙は子どもの武器〜泣かせちゃだめ?
 
 きょうだい喧嘩をすると下の子が泣いて、それを見て「おにいちゃん・おねえちゃんが悪い」と言われたお兄さん・お姉さんはいませんか?
 その逆で「泣けばお母さんは自分の肩を持ってくれる」と うまいこと涙を見せていた弟・妹もいるかもしれませんね。
 大人には「泣いている = かわいそう」の方程式が働いてしまい、こんなことになるのですが 最初にも書いたように泣いているのは悲しいのだ・かわいそうだ、という図式は必ずしも真ではありません。
 赤ちゃんの泣き声から 発展していくと 子どもが泣くのは 悲しい・悔しい・痛い・思い通りにならない・大人の目を引きつけたい、やがては 自分が被害にあったことをアピールするような場合もあります。おもちゃの取り合いで、取ろうとしている方が大泣きしていることもあります。
 女性に多いと思いますが、話をしているうち感情が高ぶって涙が出てきたことはありませんか? 悲しいとか怒っているとかとも違う意味で、言葉よりも涙が溢れてきてしまうような…子どもの涙にもそんな原因があるような気がします。子どもたちの情動変動はとても激しいですし、ことばですべてを表現するのはまだ難しいのです。感情の高ぶりが 誕生直後から持っていた能力「泣き」になってしまうのは当然のように思います。

 泣いているのをやめさせようと 即座に子どもの要求に応じたり 泣かせまいとかまったりする傾向もみられます。意外と このところ おばあちゃんに多いのです。 指を挟まれて痛くて泣いているのを放置してはいけませんが、泣くと即時に子どもの要求を満たさねば!とあれこれやってしまい、結果「泣けば思い通りになる」ことを自然に覚え、些細なことでもとにかく大泣きする場合もあります。
 
泣いたら子どもの"欲求"を満たさねばならないと感じるのは赤ちゃんの時期に欠かせない本能ですが、子どもたちに自我が芽生えて来るにつれて 大人も泣きに対する行動を変えていく必要があると思います。

 何十分も大泣きしていて、しゃくりあげて息を吸いすぎて呼吸がおかしくなる (我が家では泣ききる、と言っていましたが)状態まで放っておくのはいけませんが、ある程度泣かせる方がいい場合もあります。
 赤ちゃんは泣くのも運動、と昔の人は言いますが 確かにそうだと思います。体を自由に動かせない赤ちゃんは泣くことで 腹筋や声帯を使い 自分の体を鍛えて(?)いくのではないでしょうか。
 一時保育でお子さんをお預かりすると、大抵家庭から離れたことのないお子さんで最初大泣きします。おもちゃやことばかけで すぐに気分が変わる子もいますが、ほとんどはある程度泣かないと落ち着かないようです。気が済むまで−自分の感情を発散させてしまうと少しずつ涙が消えて、周囲を眺めるようになります。下手に泣きを止めようとすると「泣いていたい」欲求を中途半端に妨げられて余計苛々するような…そんな風に感じるときもあります。
 泣いている > 泣きやませなければ > 泣きやまない > 大人が苛々する > 声を荒げる …という悪循環に陥らないためにも 状況によって大人の側にもあきらめが肝心だと思います。
 勿論、泣いている子どもはいつまでも泣かせておけばいいと言っているのではありません。



◆最後に

 この文章を読まれた方に この人は保育士なのに随分冷たい人だなあと思われるような気がします。が、泣きに対してオロオロし、何でもほいほいと要求を満たすような大人が増えてきたように感じたので、ひとつ冷静に泣くことの意味を考えて、感じ取って欲しいと思って書きました。
 これは去年から書こうと思っていたテーマで 構想を練っているうちに(笑) 保育雑誌で同名の特集が組まれていました。その雑誌は既に発売されていますが 未読のまま書きました。これから私もその記事を読もうと思っています(^^ゞ。




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