◆社会はまだまだ男尊女卑
遡ることウン年前(笑)…私が新卒で就職したのは、保育とまったく関係のない業種の会社でした。入社時は男女に扱いの差はなく、与えられる仕事は男女ではなく部署によって違いました。
就職しての二年くらいは忙しいながらもやりがいを持って働いていられました。が、三年目を迎え毎春の昇格・昇給で差がつき始める頃、不快な気分を味わうことになりました。
何故なら同期の男性の方が昇格が早く、査定が高くついたからです。女性の私には何年経っても査定でのプラス評価がつきませんでした。それは私だけではありませんでした。女性の方が仕事で劣るからでもありませんでした。直属の上司>部長>本部長>人事部、と査定の書類が回る中で、男性の評価は生き、女性の評価は落ちるという仕組みになっているのでした。
その上人事考課の査定をする際に「あいつはこの間結婚してかみさん専業主婦だから、昇格させて(給料を上げて)やらないといかんなあ〜」という仕事以外の要素を加味して査定する上司がいることもわかりました。これが世間的に見て特殊な例なのかどうかは知りません。しかし江戸時代の武士が「XX家」に忠誠を捧げて仕え、すべてを保障してもらっていたのと同じように、「○○会社」に仕える男性社員が彼らの家族の生活を会社に保障してもらっている図式は、日本では当然なのでしょう。
「500人の社員を抱えていると言うことは、その家族を含めると約千五百人を抱えているということだ」という幹部の発言に、いたく感銘を受けていた先輩(男性)もいました。
個人の能力評価ではなく「会社がXXの家族の面倒を見る」という価値観がのさばっているのならば、女性に査定がつくことはほとんどないでしょう。結婚しても扶養家族が増える女性は少ないでしょうから。
たとえ会社の売り上げに貢献しても、私個人が会社から評価されることはないのだ。と私は感じました。年に一度の昇給時期が過ぎれば、またその感情は収まり仕事に取り組んでいけるのですが、心の中のもやもやが消えることはありませんでした。
◆悲観的な未来予想図
会社には育休を経て復帰する女性も少なくありませんでした。が、子どもを保育園に預けながら働く厳しさを、私は目の当たりにしました。
保育園のお迎えの時間があるから定時で上がらなければならない。37.5度の熱が出ればお迎えをせかす電話が鳴って帰らなければならない。子どもが登園禁止の感染症にかかれば休暇を取らなくてはならない。
仕事は毎日定時で上がって片づく種類のものではありませんでした。従って残業を頼めない子持ち女性に回ってくるのは比較的単純で簡単な仕事。本人のキャリアからすれば物足りない、味気ないもの。それに子どもが一旦病気になれば5日間くらい休むのは普通で、結果有休もすぐになくなります。
そうして評価されない仕事をしているうちにどんどん後輩が自分を追い抜いていくのです。 それは子育ての時期に少し我慢しなければならないいくつかの事項のひとつかもしれません。けれども、そういう女性の姿を見て ああなりたいという憧れが生まれるはずがありません。
未来は、明るくも楽しくもないな。…数年後の自分がかくありたいと思える女性は、残念ながら会社には存在しませんでした。
◆仕事と評価の狭間で
私や周囲の女性は「会社」には評価してもらえなかったけれど、直接チームを組む同僚たちは評価してくれました。もう四年目なんだからこのくらいの仕事できるだろう、この仕事をメインでやってみて欲しい、そうやって人を育てたい…先輩たちはそう考えていたようです。それは素直に嬉しいことでした。いつまでも新人と同じ仕事をしているよりは、自分の身の丈に合った仕事をする方が楽しいに決まっています。
けれども会社が下す評価はこの程度。…仕事内容と会社に評価されないことの間で何か納得行かないものがありました。
このままここにいても仕方ないかもしれない。私はそう思うようになりました。
◆手に職を
転職を考えたのは会社のせいばかりではありません。今思えば働くことに関して、私自身の認識も甘いところがありましたから。
実は学生の頃からぼんやりと、将来もし結婚して子どもが出来て…という状況になっても家で働ける職業に就けたら、今すぐにではないけれどいつかそういう仕事ができたら、と思っていたことも転職の土台でした。そのため私の能力ではとうてい無理な職業に就こうと密かに勉強していたこともありましたし。
そして一生できるような職業− 独身、既婚、母親、おばあちゃん、若い、中年、、と自分のライフステージが変わっていくことを生かせる仕事に就きたいという思いもありました。それに”現場”に関わり続けることができる職業に就きたい。会社員はいつしか管理職として現場から遠のくもの。。。
それらの思いと会社で見ていた働くお母さんの現状とがいつしか重なり合って、保育士になろうと思い立ったのでした。
◆肝心なこと
保育士の資格を取ったからといって、就職があるとは限りません。また、収入大幅減は覚悟しなければなりませんでした。
が、自分ひとりで食べて行くにはどんなに安い給料でも何とかなるだろう、生活していけるだろう、と開き直りました。何せ私には、私を経済的柱として頼る配偶者も扶養家族もいません。その点は気楽なものでした。
しかし両親は資格を取ってやがて転職するつもりだという娘を影ながら心配していたようです。どこの会社も不景気で仕事がない時代に、勤め先が確保されているだけでもしあわせなことだ、と思っていたのでした。転職先だってあるのかどうか。けれども止めろとは言わない両親でした。
◆転職して
私の転職は若気の至りというやつかもしれません。上司や会社に不満を持つのはどこでも多かれ少なかれあること。それを許せないと思うのか、世の中そういうものさと思えるかで、勤続できるかどうかが決まるような気がします。
転職直後は保育の仕事に慣れず辛いこともありました。会社にいた方が、そこそこ仕事をこなし、心地よくいられたかもしれないと思ったこともありました。
けれども今会社にいた方がよかったか?それとも転職してよかったか?と聞かれれば、転職してよかったと答えると思います。
保育士という仕事に不満もたくさんあります。今度は社会的にあまり評価されない職業(と言うと語弊があるかもしれませんが)になりましたが、それでももやもやは感じません。というのは、たぶんに私が歳を取り、嫌なことは適当に流す術を覚えたせいかもしれませんが。
私の適性が前職なのか保育士なのかはわかりませんが、今はこの仕事に就けて満足しています。
これはいつか他の項目で書く予定ですが、保育士の仕事には前職の経験もとても役立っています。それは転職について共通して言えることではないかと思います。保育士に限らず転職を考えている方は、遠回りしたと思わずに新しい仕事に挑戦して欲しいと思います。今までの経験は必ずどこかで活きるはずです。
転職にせよ就職にせよ、仕事をするスタンスやプライベートとのバランスをどうするのか…働くことについて、じっくり考えて欲しいと思います。