|
|
|
美遊の七五三も終わり落ち着いたので、さぁ作ろうかと4ヶ月後、妊娠判明。
今回は、妊娠判明とともにつわりはやってこなく、美遊と二人でランチができた。
もしかしたらつわり無いの?なんて思っていたらやはりキテしまった…妊娠判明
から21日後のことだった。(T-T)
今回食べられたものは、ちゅーちゅーアイスとフルーツでほとんどを過ごしまし
た。
でも体重は3キロしか減らなかった。(-_-;)
母子手帳をもらって(ノ゜凵K)ノびっくり!!美遊のときはやたらとデカク普通の母子
手帳入れに収まらず母子手帳入れを探し回ったくらいだったのに半分の大きさ
になていた。
妊娠4ヶ月の終わり…美遊が早産で生まれたので、今回もそうなる可能性が高
いということもあり、子宮口を縫うシロッカー手術を行いました。
手術の日に初めての胎動を感じました。
「ママ、がんばろうね」って言われているみたいでした。
無事に手術は終わりました。
手術後、痛かったら嫌だよーと思っていたが、痛みは全く無かったが、術後は1
時間近く寒気がひどく布団と電気毛布にくるまれていました。
他に入院中なんだっけ?(゜〜゜)ヾが辛かったかと言うと、手術の前夜(就寝中)「胃
が痛い」と言ってきた人が私の隣に入ってきた。
まだ食事していないと言って、おにぎりや飲み物を食べる音が聞こえてきたと思
ったら、しばらくするとゲーゲー吐いて、治まったと思ったら、うーんうーん唸り、結
局、陣痛室に移され出産。
唸っている声を聞いて、自分まで子宮が収縮してこっちまで陣痛がきそうだった
よ。
後は、つわりもほとんど治まっていたのに、手術前後、丸一日半の絶食は辛かっ
た。(特にみんなの食事中は)
ともあれ、術後3日目には退院。
出血が治まったら普通の生活をして良いと言われ、出血は1週間で治まりこの頃
から安定期に突入。
|
|
|
|
|
|
|
妊娠中期に入り、美遊と第一候補の幼稚園の未就園児の集まりに行ったり、幼
稚園で開かれるバザーや夕涼み会などへも行きました。
夏には友達と保育園の一日体験入園に参加したりもしました。
でも、その楽しかった日々は長くは続きませんでした。
赤ちゃんが下がってきていて、子宮口を縫ったところがズレていて破水する可能
性もあると言われてしまいました。
その日からまた寝たきりの生活に戻ってしまいました。
|
|
|
|
|
|
|
寝たきりの生活が美遊にとても悪いし自分も精神的に追い込まれ医師に相談。
美遊を一時的に保育園に預けて、ママはしばらく入院することに。
保育園には入院と同時に手続きをし、すぐに保育園の受け入れがOKに。
でも、3日間は慣らし保育だったので2.3時間ほどで帰ってきました。
パパはその間午前中仕事を休み、午後ママの実家に美遊を預けてから仕事へ
行ったり、日曜日は土曜の午後からまた、ママの実家に美遊だけお泊りしたりと
大変だったみたい。
産科病棟には子供立ち入り禁止なので保育園の帰りに隣の外来の場所で短い
時間だったけどパパと美遊が会いにきてくれました。
入院から12日でママは退院。
美遊はママの出産予定日から1ヶ月間まで入所の手続きをしているために、ママ
が帰宅後も元気に保育園通いをしていました。
そして、美遊を産んだ35週に突入。
10月11日は保育園での運動会。
その日から36週に入るから、陣痛きて産まれてもいいやと思う気持ちで、運動
会を見に行くことを決めていました(保育園からの方が病院近かったし)。
そして、35週と5日美遊を産んだ週数がきました。
パパに「今日の週数で美遊が産まれたんだよねぇ」と話していました。
その日の夜、『あれ?あれ??』なんか陣痛のようなものが…それも10分や5分
間隔で。
子宮口を縫っているため、医師に「陣痛がきたら、早めに来て」と言われていた
ので、すぐさま病院へ電話を入れた。
でも「間隔が、一定になったらまた電話して」と言われてしまった。
夜中、4時近く間隔が一定になり始め、電話をしたら「入院したかったらしちゃっ
てもいいよ」と冷たいお言葉が…。
でも、病院のほうが安心なので「パパ、病院へ行ってくるね」と言い一人タクシー
に乗った(美遊を起こすのも可哀相だしね)。
タクシーの運ちゃんに荷物運んでもらったり、受付の人呼んでもらったりしてしま
った。
|
|
|
|
|
|
|
病院に着いて、子宮口を縫った糸を抜かなくてはいけなかった。
私は怖がり痛がり屋さんで「ちょっと待って」を繰り返してしまった(もちろん麻酔
は無いよ)。
だって担当医に抜糸する時、「出産よりは痛くないよ」なんて言い方されてしまっ
たんだもん。
でも縫ったところがズレていたため、全く痛みを感じなかった。ラッキー。
そんなことしてる間に、朝7時。
私は、陣痛の痛みも嫌で早く産んでしまいたかったので、陣痛室で立ったり歩い
たり、お産が進み
やすい体勢をとったりしていました。
9時頃、顔見知りの助産婦さんに「研修生、付けていい?」と言われ、内心面倒
だなーと思ったが、すぐに吹っ飛んだ。
だってマッサージしてくれるっていうんだもん。
しばらくすると「〇〇さん(私のこと)はお産早くなると思うから、もう陣痛室に移し
て」と言われてしまった。
分娩台にあがってからも、研修生さんはずっとマッサージを続けていてくれた。
でも子宮口は開いてくれても、破水が起こらず。
そういえば美遊のときもなかなか破水しなく人工破水させたんだ…じゃぁ破水の
心配はほとんどなかったんじゃん…なんて思いました。
結局、また耐えにたえ、人工破水をしました。
破水が起こらなかったため、美遊のときと分娩時間が12分しか変わらず、11時
間47分かかって出産。(破水からは早かった)
35週と6日目、10月9日、午後2時45分、2710グラム、49.1センチ男の子
でした。
今回は、ものすごく元気な声で泣いてくれたので、超嬉しかったよ。
でも、やっぱり早産の為、NICU行きが決まっていたので、またホッペだけ撫でて
連れて行かれてしまった。
さて今回も見事に避けてくれてしまった小股からお尻。
子宮口の抜糸の時のセンセイが小股を縫ってくれたんだけど「センセイ、それ麻
酔してるの?」とかって言ったら、「お前、麻酔してなかったら、大変だぞ!」「で
も、痛いよー」とかって押し問答みたいにしていたら、早産の為すでにスタンバイ
していた小児科のセンセイが笑っていたそうです。
その医師は普段からほとんど笑わないセンセイらしい。
でも、今回の出産は、マッサージ付きーの、楽しい出産でした。
|
|
|
|
|
|
|
今回は、週数のわりに体重も2710グラムあり、呼吸もしっかりしているというこ
とで、保育器には入りませんでした。
普通の新生児室にあるのと同じベッドで寝ていました。
美遊のときもそうだったが、初抱っこはパパでした。
ママはお尻が痛いのと、産後2時間後で抱っこする気力が残っていなかった。
(夜には抱っこしました)
でも、新生児ってやっぱり小さくって可愛い。
ママは妊娠中不安だったの。
美遊に溺愛しすぎていたので、生まれてくる子も、同じ位に愛せるのだろうかと。
でも、赤ちゃんの顔を見てすぐにふっ とんだわ。
しかし分娩室で産んだ時、顔を見て思ったが「美遊にそっくり」というのが第一印
象だった。
退院は36週で一緒に出来るけど、一日だけ足りないが体重もあるので一緒に
退院できるでしょうと小児科の医師に言われた。
皆にとって当たり前のことだろうが私にとっては初めての事だったので、ものすご
く嬉しかった。
|
|
|
|
|
|
|
28週に性別が男の子と判明。
パパは前回同様、生まれるまで性別は知りたくないのことだったので、教えない
つもりだったのに、ついポッロっと言ってしまった。
なので今回は、男の子の名前だけを考えました。
今回もイニシャル〔M〕でいこう…というのが第一条件。
パパが一度「〔まこと〕は?」と言われたが、今風じゃないからママは即却下。
姉や友達までもが考えてくれちゃうほど男の子の〔M〕は難しかった。
パパに色々考えてもっらて、その中に「輝{めぐる}」がありました。
しかし「輝」だと「めぐる」とは読まないんでは?とママは思いました。
でも妙に「めぐる」という名前に惹かれてしまい、ママは即漢字を考えました。
「めぐ」はママの一文字がたまたま{恵}が含まれていたので即決定。
「る」はあまり漢字が無かったのでその中から、一番良い画数で決め「恵琉」にな
りました。
でも、ありそうで無い名前だったので不安でしたが、色々な人に「いい名前ね」と
言われ(´▽`) ホッ。
|
|
|
|
|
|
|
結局また私一人での退院となってしまった。
体重はあったものの哺乳力が弱く退院するのは心配だということでした。
慣れたとはいえやっぱり寂しかったです。
今回も毎日、母乳を家で絞り冷凍して病院に届けに行きました。
1時と3時の母乳をあげる時間が唯一恵琉と一緒にいれる時間。
美遊が日曜日は保育園が休みだったので日曜だけは面会が出来ず自分も寂し
かったし恵琉にも寂しい思いをさせたわ。
産まれてから19日目無事に哺乳力も付き10月26日に退院が出来きました。
美遊のときよりも長く入院生活を送ってしまった。
|
|
|
|
|
|
|
退院してからは、母乳オンリーで搾乳もほとんどしなかったので、3時間おきの授
乳は美遊のときよりかは楽でした。
でも、やっぱり眠かったけどね。
1ヶ月健診もなんなくクリアーで体重3748キロ、身長53.4センチでした。
心配といえば乳児発疹がひどくて髪の生え際からボロボロと発疹が剥がれ落ち
オリーブ油など試しました(オリーブ油は本当はNGだったようです)。
でも、気が付けば綺麗になっていました。
|
|
|