ダイジのサッカー日記
2006FIFAワールドカップ・ドイツ大会
グループF
「日本VSブラジル」編
もう更新っていうか、仕切り直しっていうか。せっかくドイツまで行ったので突発的にアップしておもひでをカタチにしておこうかと思います。約2名くらい更新待っててくれる友人がいることも分かったしね。
なにしろ次回が南アフリカですからねえ、さすがに妻子を置いて何ヶ月も前から予防注射とか打って(?)喜望峰あたりまでサッカー観に行くのはムリがある?てわけで意地でも3大会連続のワールドカップ日本戦観戦完遂!多くの方の暖かい理解のもと行ってまいり
ましたジャーマン。
大韓航空、行きは席に一個ずつモニターがあって「キングコング」これで4回目だなあ、なんて感じで意外と苦にならなかった10時間。
現地の係りの人はいかにも「たまたま友人に頼まれた現地に住んでるだけの日本人」という感じで統率力、キャプテンシーのなさ、サッカー的雰囲気のカケラもないところがご愛嬌でしたが。
とか書いたところで中田英寿引退のニュースが友人のメールから入ってきました。前日に後輩に「次回のワールドカップでも中田だけは絶対必要だ!」と力説していたばっかりなのに・・・・。
オシムのサッカーにも絶対に中田は中心選手として必要とされると思ってました。
あー試合前に言ってくれたら(言わないところが彼らしいんだけど)「これが中田の最後の雄姿か」って違う思いで見たに違いない。
中田のA代表デビュー戦になった国立での韓国戦も生で観戦し、最後のドイツでのブラジル戦も現地で観る事ができたのは思えばとても幸運という気もするけど、会場のあまりの寒さに試合後「なんかぶっ倒れている選手がいるなあ、坪井かしら?でもとにかく寒いから早くバスに戻ろうっと」なんて不謹慎な思いではなく「20年に及ぶサッカー人生の重みを最後のピッチの芝の感触の上で噛み締めているヒデの姿を焼き付けなければ」という180度違う角度で観る事が出来なかったのは悔いが残りますなあ。
で、話は戻ってドイツツアー。空港からホテルへ向かうバスからフランクフルトの競技場に集まるオランダとアルゼンチンのサポーターの姿が!「おお、ホテル着いたらタクって乗り付けてちけっとダフって観ようかな」なんて思ったんだけど結局ホテルのバーでビール飲みながら観ました。
トーナメント進出決めてた同士だったんでまあこの両国の対戦から期待できるほどの内容ではなかったしね。
ホリデイインは部屋も広くて清潔だし中々グッド。翌日は13時にドルトムント向けて出発ということで朝からフランクフルト観光。
ガイドブックおすすめの観光コースまんまで中央広場から大聖堂、ゲーテの家(ゲーテが住んでた家なんだけど調度品とか食器とか古ーい本とか当時使われていたものが沢山残っているし見所はなかなか多かった)と進む。ゲーテの家ではサポーターっぽくない10人くらいの韓国人集団に写真撮ってあげたり、外で3人のアルゼンチンサポーターに「一緒に写真撮ろうぜ」と声をかけ、彼らはノリノリで青いユニフォーム(ナポリのか?)を私の体に合わせて「マラドーナ、マラドーナ!」と言いながらパチリ。シャッターを押した男がすかさず手を差し出して「ファイブダラ〜」とニヤリとするあたりはさすがにしたたかでユーモアたっぷりのアルゼンチン人、なんか気の利いたカウンターを返したかったんだけどニコニコしてやり過ごしました。
午前中で一通りフランクフルトの中心を見てしまいホテルへ。
さあこれからバスでドルトムントへ!ガイドの日本人男性は「綺麗なガイドを期待していたみなさんすいません。たまたまフランクフルトに住んでて友人に頼まれて」ウケるなあほんとに今回の現地の係りの人たちはシロートくさくて「たまたまフランクフルトに住んでるドイツ語しゃべれる日本人」って感じの人が多かったけど開き直っていたこの人が一番しっかりしていた。
バスの中でビールを飲みつつ3時間半、両側はひたすら緑の森が広がっていました。
ドルトムントに着く、さあ憧れのヴェストファーレンスタジアムはすぐそこだ。なにしろワールドカップとか関係なくテレビでブンデスリーガのドルトムントの試合見るたび「すげえ雰囲気のスタジアムだなあ」って感動してたんですよ。
なんつーか客席が急角度でそこが黄色一色のサポーターで埋まってる様子が「うっわあなんていうかある意味キモチ悪い」っていうくらい迫力あって傾斜がキツイから上のほうの人なんか勢い余ってパラパラ落っこってくるんじゃないかっていう風に見えるし「ここでいつかサッカー観たい。あとカンプノウでバルサの試合観たい」って思いが今回ブラジル戦選んだ理由の一つだったんです。
まあ思えば中田の魂がオレを呼んでいたのかもって今は思ってますけどね。(ん?)
さて会場の外はまだ3時間以上あるのにブラジル人だらけだけにプチカーニバル状態。あちらこちらで太鼓叩いたりサンバ歌ったり、試合前はもう勝ち抜け決まってるからなのか親日家なのか「ジャポーン!」「ジーコ!」とか叫んじゃって、あちらこちらでニッポンとブラジルの合同撮影会が行われていました。シャッター頼まれた日本人も「ワン、ツー、ジーコ!!」と掛け声かけたりしてブラジル人を喜ばせる。
私もボランティアのフェイスペインティングの人に青のサッカー選手の絵を左の頬に、違うペインターの人に日の丸を右の頬に描いてもらい何人かのブラジル人やナゼか日の丸を持ったドイツの子供たちと一緒に写真を撮って「これぞ世界の祭典ワールドカップ」ってムードに浸りました。
でもイザ試合前の選手紹介のときはしっかりブラジル選手にブーイングしてて試合前の友好ムードは一蹴されたのかと思ったら本来一番キビしいブーイングを浴びせるべきロナウジーニョの時に思わずなのか「おおォー!!」と感嘆の声を大多数の日本人があげてしまっていました。
そんなミーハー心が捨てきれない我々は予想外の会場の寒さの中キックオフを迎えたわけですが結論的に
「これまでの2試合は暑さやら緊張なんやらもあって動きが悪かったけど、この試合はナイトゲームだしもう失うものもないし吹っ切れた100%のサッカーを見せてくれるだろう」という思いはまたも裏切られたっていうのが正直なところですね。
(一人一人は「勝ちたい」「がんばりたい」気持ちは勿論十分持っているんだろうけど)
特に俊輔。4年前の悔しさ、セルティックでの成功、この大会で彼が抜群の存在感を見せるだろうという期待要素はたくさんあったと思うんですがしかしナゼ?コンディションが悪いのか?
まあ残念ながらこのチームは一番肝心な時に一つになれなかったですね。
最初っから危なっかしいシュート打たれまくって思わず「川口可哀相!」
モチロン玉田の素晴らしい先制ゴールの時はそりゃ両隣の人と思いっきり抱き合いましたよ。
2002年のベルギー戦の鈴木、稲本のゴールの時もそれまで顔も見てなかった隣のごっついゴリラ系兄ちゃんと20年ぶりの再会を果たした肉親同士のように抱き合ったしね。
今回は右の若いネエチャンと左の若いニイチャンと肩を組んでジャンプしました。ああいうとき当たり前のように知らない人と抱き合える感覚って他ではまず味わえないですね。
まあこのまませめてハーフタイムまでいってくれればねえ。多少の期待は持てたんだけど同点にされた段階で正直かなり諦め入ってしまいました。
だっていいようにボール回されて危険な状況作られまくるし、ボール持っても前に運べないし、点の入る予感、失点されない安心感ってのは持ちづらかったですねえ。
で、後半、ロウナドに復活の機会を与え、個人的にとても恐れていたジュニーニョ・ペルナンブカーノにも恐ろしい軌道のシュートを決められノーマークのジウベウトにも決められ万事休す。
いつかはGジャン脱いでユニフォーム姿にならなきゃと思ってたけどあまりの(二重の意味の)寒さに最後まで脱げませんでした。終わりのほうは応援する気力も萎え、終了の笛のあと「あ、誰かぶっ倒れている」という人の声にピッチを見ると確かに誰だかが大の字で寝ている。
でも最初に書いたように早くバスに帰りたかったのであまり気にもせずにその場を離れてしまったのでした。(ああ悔いが残る・・・・・)
そんなわけで翌日は風邪をひいてしまい観光もそこそこに(一応マイン川のクルーズと観覧車に乗った)その次の日も飛行機まで時間があったので街に出て意地でビールを飲みました。
空港ではツアーで仲良くなった人が「ユ・サンチョルいてましたよ」とあっさり言うのでソックリさんがいたのかと思ったらどうみても本人。近寄って小声で「ユ・サンチョル?ユ・サンチョル?」と囁くとかなり迷惑そうに小さくうなづいていました。
マリノスサポであることを表す何かでも持っていれば彼の反応も多少違ったのかもしれませんが・・・・。
帰りの飛行機は窓側も通路側も満席で中央の4人がけの真ん中の席(行きは窓側で隣は空席だった)、しかも一人一台のDVDモニターもなんもなし!
のワリには5時間くらい熟睡できたおかげでほとんど苦になりませんでした。持って行った「ダヴィンチ・コード」中・下もほとんど読まず。いつも荷物の少なさに驚かれるのが快感なんですがそれでもまだまだ減らしようはあるなあ。
てわけで3度目のワールドカップ観戦、中田英寿の激闘の記録を追い続ける私の8年間の冒険(ん?)は終わりを告げたのでした。(2敗一分だったけど、そう思って振り返るとなかなか意義深い経験に思えてくるなあ)
それにともない私のホームページ更新も頻度をさらに下げざるを得ないことは想像に難くありません。
ではまたいつかお会いしましょう。
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