般若心経が日本人のもっとも好む仏教経典であることは言うまでもない。
写経と言えば般若心経以外にないだろう。

般若心経をあしらった湯飲みや手拭はもとより、ネクタイ、ペンダント、腕時計までがちまたに出回っている。もはや経典の粋を超えて、むしろお守りに近い。

般若心経本となると枚挙にいとまなく、般若心経のホームページも色とりどりに競い合っている。

私は京都の一教会で牧師として働きつつ、隣町にある仏教大学で仏教研究の手ほどきを受け、仏教の学びを少しづつ続けさせていただいている。これから般若心経のテキストを私なりに読み解いていきたいと思う。

般若心経は大乗仏教の代表的な経典群である般若経典に属している。漢訳般若心経は10種類以上あるが、日本でしたしまれているのは玄奘(げんじょう 602〜664年)が中国語に翻訳したとされるテキストである。

玄奘は仏教の原点を求めて単独で中国からインドに大旅行を敢行し、帰国後に多くの経典の翻訳を行った人だ。彼の「大唐西域記」は今も7世紀前半の中央アジアやインドの地理、文物を知るうえで貴重な一次資料である。

玄奘はこの大旅行の間、般若心経を肌身はなさず所持して唱え続けたという。彼自身も後代に「西遊記」の三蔵法師としてきわめてポピュラーな存在となるが、般若心経が千数百年後の日本国でかような人気商品になろうとは想像も及ばなかったに違いない。

般若心経には学問的にもまだ解明されていない問題があり、私はその謎解きのようなことも試みてみたいと思っている。

米国の仏教学者ジャン ナティエ女史が10年前に「国際仏教学会誌」に載せた大部の論文「心経:中国の偽典」に私は瞠目した。

偽典とはキリスト教用語であり、神の霊感を受けたものとしてとじられた聖書以外の周辺書物をさす。ナティエが般若心経を偽典と呼ぶのは、インドの原典を持つ正当な経典の中国語訳ではなく、最初から中国語で書かれた偽の経典ではないか、という意味である。

その張本人は玄奘だろうとも推測するのである。

日本の仏教会ではまだ評価されていないが、般若心経の見方を根本的に変える可能性を持つこの仮説を紹介しつつ、般若心経の新しい読み方も探っていきたいと思う。

そして、般若心経の「般若」とは知恵を意味するので、聖書の中の知恵をテーマとした箴言との対比や「空」を同じくキーワードとする伝道者の書との対比等もおいおい行っていきたいと願っている。


共立基督教研究所所員(仏教学)
牧師の般若心経談義

大和昌平
「般若心経を読む」
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