2.自立形成期
この時期に教会は、本山宣教師によって据えられた土台の上に、日本人牧師と信徒だけによる教会形成に取り組まれました。自立への模索がなされる中、1967年9月、教会の土地と建物を宣教団から買い取る計画が立てられました。福音宣教の為にと価格は、宣教団の購入価格と同額の200万円でした。これを4年計画で支払い、完了した翌年1972年6月には「宗教法人京都聖書教会」の認証も受けました。


大衆伝道が盛んになった時期でもあり、1965年には本田弘慈師によるクルセードに、また1972年にはクルセード「京都をキリストへ」に参加しました。

二回の日本伝道会議が京都会館を会場に開かれた時(第一回は1974年、第二回は1982年)は地元教会として宿舎の斡旋等の協力もして参加をしています。

1975年2月京都聖書教会の長期計画10ヵ年計画が採択されました。この計画に基づいて西加茂開拓伝道が開始され、4年後にはこの地区での子供集会も始まりました。

スクラム伝道や「いのちの教会」個人伝道など、伝道の為の様々な方法に教会は積極的に挑戦しています。

1976年、福音交友会の向日市での開拓伝道が始まり、西田義久、艶子兄姉と松村健治 良子兄姉が協力の為向陽聖書教会に転会をしました。

この頃、教会は老朽した会堂の建て直しと、西加茂地区での会堂建設という二つの大きな課題に直面していました。1978年3月、現在の鉄筋コンクリート造二階建ての新会堂が献堂されました。その際、教会土地の北側68坪が売却されています。
教会は新会堂が与えられた事に感謝し、西加茂地区での会堂建設の為に約束献金を行い、将来の為の基金としました。1982年には、京都市近郊に教会墓地を取得しました。
1966〜1983年