掃除のストレス(2000.12.9)


   子育ては、時に不毛の闘いが続く。私は掃除はきらいではないが、部屋がちらかっていたりするといらいらするから必要に迫られてきれいにするというのが正直なところだ。

   今日は、おとといケンに風邪をうつされて頭が痛いところへ、子どもたち3人を私ひとりでみることになった。予定通りだったら上2人は夫とともに茨木のおじいちゃん、おばあちゃんの家に泊まりに行き、私はケンとふたりで静かな休日を過ごすはずだった。
   しかし、予定は変更となり夫は仕事。かくして私は頭痛を抱えつつ、子どもたちがあちこち散らかした後を掃除して回るはめになった。

   掃除というのは、「あーきれいになった」と片付いた部屋を見回すときが一番いい気分に浸れるのに、子どもがいると、そう思うまもなく、また汚れて…、それを繰り返すうちにだんだん空しくなってくる。
   遊んだら自主的に片付ける習慣がついている子どもなんて、そうはいないだろうし、家の中でじっとしているだけの子どもというのも問題だから、仕方がないと割り切ればいいのだが、親のコンディションが良くないと、そう寛大にもなれない。

   何回かの掃除の後、今度はケンが袋入りの麩(なぜか我が家では、みそ汁などに入れる乾燥した麩が好きで、時々おやつのようにして口に入れるのだ)をテーブルと床にばらまき、そこいらじゅう麩と粉だらけになってしまった。
   エミやユカに拾うよう言うと、ケンまで拾い出したのはよかったものの、服が粉だらけになって…。ほんと悪気がないのはわかるが、こちらはおだやかではない。最後は、3人を別の部屋に追い出して、掃除機をかけることになった。

   子育てはすぐに結果がでるものではない。だからこそ現在の不毛を嘆かず、忍耐しなければならないのだろう。動物ならそれぞれの本能に従って、子どもたちは成長していくのだが、人間の場合の子育ては、明らかに親自身が人間として成長するよう意図されているように思えてならない。

   まして3人の子育ては楽ではない。(4人以上の子どもを育てている方はもう無条件に尊敬してしまう!) もしエミとユカだけだったら、今ごろは子育てなんて結構楽なんて思っていたかもしれない。確かにケンがいないと余分なそれだけ仕事も少ない。
   でも、「育児は育自」なんていわれるし、人間としてもうひと回りもふた回りも成長しなければならない私にはやはり3人が必要なのだろう。それにしても果てしない掃除のストレスからは早く解放されたいものだ…。


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