サルに学ぼう、自然な子育て
岡安直比(おかやすなおび)著
草思社(本体1400円)


   著者は霊長類学者で、一人娘を伴ってコンゴでゴリラ孤児院の院長になり、内戦で現地を離れてからはイギリスやフランスで生活しているそうです。
   ゴリラの成長段階には年相応≠フ行動基準があり、人間の人生はゴリラの1.5倍というどんぶり勘定で子育てをしてきたという内容には、結構説得力があります。

   ゴリラは12、3歳で社会的に成熟して自分の家族を作っていくそうで、人
間はその1.5倍とすると最終的な親離れの時期は16から18歳ということに
なります。
   また、それに先立つゴリラの離乳は3、4歳頃。母親はそれまでの密着した関係をきっぱりと断ち、子供が泣いてすがっても突き放すのだそう
です。 
   それでも、人間に限らずゴリラにも個体差があって、子育て下手のゴリラは子供にせがまれると拒みきれず、ずるずると子供の要求に従った結果、子供も自分もゴリラ社会の中で生きにくくなってしまった例もあるそうで、こういう実例はわが身を反省する材料になります。
   サル社会では子供が親離れをするずっと前、つまりこの離乳期にまず親が子離れをするというのが自然なのだそうです。

   少子化の現代、実はこの子離れというのが難しそうです。人間ならものごころつく頃に子供がスムーズに親から独立した一歩を踏み出していけるように(もちろん何もかも自立することは無理ですが)親が心していかなければならないということでしょうか。
   過保護や過干渉が子供をだめにすると言われつつ、その加減がわからないというのが、私を含む現代の無経験な親たちの現状でしょう。
   さらに一世帯あたりの子供の数は少ないのですから、へたをすると親のほうがべったりと子供をずっと手許においておきたいと思うこともあるかもしれません。そうなると、なぜ子どもを育てるのかという問題にまでつきあたります。

   親としての本能はだんだん感度が鈍くなり、子どもたちをどのように育てて次の時代に送り出していったらよいのか、その理想を見失っています。
   親業講座というのがあったりしますが、そういうので根本的なところを学ぶ必要があるのかもしれません。

   ところで、本の中で、苦もなく食料を与えられ、刺激の少ない動物園のゴリラにちょっとした仕掛けをして、彼らの生活に潤いをもたらしているとエピソードがありました。与える食事の量を一定にせず、時にはほとんど食べるものがない状態をつくるのだそうです。
   すると、ゴリラたちは翌日はそわそわして食べ物を待ち、嬉々として与えられた食事にとびつくのだそうです。

   考えてみればコンビニがあちこちにある日本では、子どもたちがお腹がすいてたまらないという状況に陥ることはほとんどありません。家にいてもどこかしらにお菓子があったりします。
   食事の前にお菓子を食べれば、そのあと何も食べられなくなるのは当然ですが、理屈の通じない子どもにそれを説明するのは至難の業です。
   買っておかなければいいのでしょうが、そうもいかず、悩んでいる親も多いのではないでしょうか。
   しかし、喉が渇いていたら水一杯がおいしいし、お腹がすききった状態だったら普段嫌いな人参だっておいしく感じるかもしれません。何でも豊富にある環境の中では、そういう状況をつくることも大変ですが、子どもたちが、食べることに感謝できるようなきっかけをつくれないものかと思います。
   そのためには親がまず感謝して食べることも大事ですね。反省しました。