2001年2月の日記(Pa:iva:kirja)
買物にもたつかなくなったけどまだ友達ができなかった時
1 Torstai (Thurs) 手袋投げた事件
前日、奥歯の詰め物がとれた。ここまでは良くある話である。削りが甘い為詰め物が取れるのだ。それがなんと何かの拍子で(その時はこんな悠長な事考えてなかったが)そのまま飲み込んでしまった。これはかなり焦った!ヘルシンキにいる家族の友人の歯医者さんは優しいと聞いている。が、次にHskにいく予定はまだない。悩んでも仕方ないので困った時の唯一の味方(=夫)に相談。「ん〜考えてみる」これが口癖なのだが、はっきりいえないことに関しては絶対明言しない。私たちの将来に着いても2年前はこうだった。余談はさておき、なんとか翌日地元の歯医者を予約。胸騒ぎ。というのは後から書いているからかけることで、実際は怖くてどきどきしていただけなんである。翌午前中、寒空の下歯医者へ。閑散としたビルの中のフロアで、病歴、アレルギーの有無などを簡単に旦那の助けを借りて書く。そして診察。英語でブツを飲み込んだ旨説明するが、それはどうやら自然の摂理で体外に出るらしい。ほっとしたのもつかの間、空洞を埋めなければならない。彼はちゃっちゃっと手元にギア(目の端でとらえた感じ)を用意し、旦那が昔少年時代に治療に来た話なんぞ2人で悠長にしながら私の治療を容赦なくうぃーんとはじめる。おい!手元を見ないのか〜!が、私は口の中に器具が入っていて声も出ず、体も動かしにくい。こぶしを筋が浮き出るくらい握り締めて愛情深い夫にサインを送る。が、むだ話は続く。そのうち歯をごりごり削りだした。麻酔するとか何とかきいてくれ〜〜(身体中で叫んでいるつもりだけど声は出ない。そして目尻には涙がにじむ)3分位で神経に触る部分を削り終わり、つめる段階。そしてかみ合わせ具合を見るため赤い紙片?を噛ませる。更に腹が立ったのはこの時。英語を喋れるはずなのに、私が喋るのも分かってるはずなのに、歯医者は私のあごを数回、動物にでもするようにがくがく押す。なんだか家畜になった気がした。逆らって力を入れようものなら更に次なる攻撃が来る。囚われの身としては言う事をきかざるを得ない。人間性を売り渡した気がし(大袈裟だけど)涙ぐみながら治療は終わった。この間15分。日本より早いし、腕も良いけど、終わって自由になった途端私はおおっぴらに涙が出そうになり我慢する為声が出なかった。一部の怒りは旦那に向いていた。何で気付いてくれないの!そして患者へのインフォームドコンセントを怠った医者へも。あまりの怒りに、ただならぬ様子の私に気付いた旦那が「どうしたの?」と聞いた瞬間、はめようとしていた手袋を近くの椅子に叩きつけてしまった。中世なら決闘である。私は女だが。大人気ないのは重々承知しているのだが、感情的になると私は止まらない。これで喋れていたら「訴えてやる!」位いっていた事と思う。3ヶ月たった今でもまだ覚えていて更に悔しい。思い出すタイミングが運悪く寝る時間だったりすると根に持つタイプの私は、「異国の地で暮らして一ヵ月のアジア人の人権を軽視し、コミュニケーションの意思を示さなかったヤブ歯医者」などと形容詞をつけてもっといい形容詞が無いかどうかとか脳みその無駄遣いで確実に就寝が一時間以上遅れる。やはり子供っぽいでしょうか?医者にかかる場合(とくに歯)、これから何をするか教えて欲しい人と、聞くと怖くなるので早くやっちゃって、という人がいると思われる。私は前者、旦那は後者。似てない者カップルである。よよ、一日の事でこれだけ紙面(画面だけど)つぶして良いものか、とも思うが趣味のページだし良いとする。後日、くだんのHskの歯医者に似たような件で(でも詰め物は飲まず)治療お願いした。いやもう、天国でした。ちなみに、彼は日本でまだ奥歯とはいえ詰め物に金属を使っている医院が多いのに驚きまた興味津々である。どなたかあの金属の名前ご存知ありませんか?こちらでは陶系統のものを前歯にも奥歯にも使い、できるだけ元と同じ様な色に仕上げる。金属は大口開けて笑う時に恥かしいんだそうだ。はぁ、落ち着きました。治療費は500MK前後かかっていた。私はなぜか、北欧は医療費ただだという誤解をしていたが、今回は急で公立の歯科の予約なんてとてもできず、私立に行ったためだった.、、、義務教育費はほぼ無料である。これまた数は少ないが、私立だと話は違う。幼稚園などもそう。
3 Lauantai (Sat) 自分たちの健康、そして大人になるって、、、
姑が二度目の足の手術で家で安静にしているので2人で見舞いに行った。食欲は戻ったみたいで安心。旦那が軽く料理を作ってあげる。結婚式までに元気になって欲しい。人間ってほんの少しからだの一部が動かなくても本当に不便に感じると思う。私は3歳頃に片耳の鼓膜が中耳炎でだめになって(高い手術2回したけど失敗)高校まで席替えのたびにびくびくして(つんぼって言う人もいましたんでね)先生にいつも便宜を図ってもらっていた。周りにそういう人が殆ど居らず、殆どわからないハンディなのに結構いじけたりしていたものである。こちらに来てから姑も片方の耳が悪く、まわりにもそういう人がいてでも全然気にしていない。おおらかだなぁ、とリラックスできた。まあ上のような事情で母には昔から苦労ばかり掛けた。私の話になってしまったが、話し戻って。姑はパーティではハイヒールを履きたいといっている。前向きでいつも元気に振舞う所、ほんとに尊敬している頼りになるお方なのである。
余談ばかりになるが、私はいままで好き勝手な事をしてきて親にも迷惑を大小かけたけど曲がりなりにも育ててもらって感謝している。大学にも親の経済的精神的援助で行けたし、留学も結果的に親の手を最後には借りざるを得なかった。(為替レートが悪かったのと、旅行分が足が出てしまいヘルプを頼んだ) 30近くなってもいつまでたっても手のかかる子供である。何時になったら自立できるのだろうか。結婚費用も、なんだか旦那がどうする?と言ってきたので引け目に感じるのも嫌だったし、自分の貯金から出そうとしたけどそれは手をつけるなと言う。つまり親に頼めって事?話し違うんじゃないの? まあこれは話し合って落ち着く所に落ち着いた。日本なら、結納金貰って準備するのにねぇ、と母はため息である。感傷的になった母から、娘の親はつまらない、とかイスラム教とフィンランドの結婚の制度は同じね、(女性側が費用を負担する面)とも言われてしまい宗教の話はまったく関係ないが申し訳なくて涙が出た。実際には最近フィンランドでも伝統はあまり関係なく、特に私の家族が総出でフィンランドに繰るなどの出費も考えてくれ、彼の側がかなりの部分出したのだが、うちの家族は全員で海外旅行である。なんやかんやで100万位軽く飛ぶ。国際結婚を少し後悔した日々もあるこの準備の数ヶ月の始まりだった。親には幾ら謝っても足りない。また涙がでそうである。しかし、この件では既婚者の知人友人から色々と経験談とともに慰めてもらい、本当に救われた。ありがとうございました、やっぱり私は甘ったれです。
4 Sunnuntai (Sun) ロビンソン・クルーソー?
といっても私ではない。映画へ。「Cast Away」トム・ハンクスが無人島に流されてしまう話である。FeDexの回し者のようでもあったが面白かった。バレーボール会社はあの後ボールの売れ行きは上がったのだろうか。映画の前に、結婚式の為の希望プレゼントリストを姑に渡す。現金を渡したいと思う人はこちらでは少ないようで、できる範囲内で希望プレゼントの中から買う。たとえば、食器セットなら、ある人は大皿一つを、またある人はケーキ皿5枚、などと部分でそろえる訳である。プレゼントリストは例えばストックマンなどのデパートのしかるべき部門に預ける。出席者はそこに電話して注文をする。面白いシステムだと思う。これは後でやってよかったと思った。今日は夕食にそぼろ寿司を作る。さやえんどうは無いのできゅうりで緑を代用。旦那は昼にパンを焼いてくれた。丸い小型のパンで素朴な味でおいしかった。焼きたてにバターをつけてとろける所をパクっといくとたまらないっすねぇ。
5
Mannnantai フトンとベッド ついてない日
結婚祝にもらったお金でベッドとフトンを買った。これまではシングルベッドで一ヵ月2人で生き抜いた、というより寝抜いた。かなり狭かった。夕方布団を長距離輸送で荷物が届く集荷所のような所に取りに行く。Hskには布団を売っているおしゃれの店がありそこから敷布団を購入。でもかなり重い。ダブルサイズで何十キロも有りそうである。2人で息を切らしながら車へ運ぶ。それを家までもっていき、今まで使っていたベッドを知人の倉庫に入れさせてもらう。これまた力仕事である。そこで運の悪い私は車の鍵をかばんに入れ、そのかばんを車中に残し違う車に乗り換えた。後で鍵が要る事になり、家具屋さんがベッドを届に来る時間に間に合わなくなりそうになり車の中でさんざん旦那に怒られる。(この程度のぼけ、結構有るが今日はタイミングが悪すぎ)なんとか時間前に家に着き、息を整える。家具屋さんが来て旦那と共にベッド組立て。かなり寒い頃で、金属に触ると手がくっ付きそうに冷たかったらしい。お2人さん有難う。寝てみる。ひろい〜〜〜エンジェルやってみる。余裕である。(エンジェルとは雪が降った時に地面に横たわり大の字になって手足を上下に動かすと面白い模様ができる子供の頃やった遊び) よいですなぁ。やらかした事も忘れて上機嫌に戻る。気温-10℃前後。
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Torstai 寒波真っ只中。もうこの辺で良いんだけど
最近寒い。私のちっぽけな期待に十分すぎるほど自然は応えてくれている。なんせマイナス15度を毎日余裕で超えている。外に出ると冷気が鼻の中で凍る。顔の周りはマフラーでぐるぐるまきである。10年前に結婚してきた人のお話で、空港から外に出たら-40度だったというお話を後に聞いた。想像できない。昔シベリア抑留で労働させられた小学校時の校長先生は、素手で金属のドアノブを持つと皮がくっ付いて取れなくなった、と言っていた。このままさらに寒くなればそういう事も有りそうである。フィンランドの古い建物ではドアの取っ手が木で出来ているものも結構あるのだが、気候を考えてのものなのかもしれない。
さて、今日はフィン語レッスンの日なのだが、自宅でやっていなかったので外にで無ければならない。しかし私は車が無い。自転車なんてこの積雪(20センチ位)の中無理である。バス停まで何も無ければ5分の距離だが、10分以上凍えながら歩く。でもってバスを待つのに更に数分。冷凍肉になった気分である。なので、知り合いの人がくるまで送り迎えしてくれる事になった。悪いですねぇ、、助かります。 夜、姑が友人の友人の息子夫婦が私達と同じ様に日本人の奥さんがいると教えてくれ、ぜひ連絡を取るよう奨めてくれる。どきどきしながら電話、相手の女性はとても親切に話してくれた。近いうちに会う約束をして電話を切る。楽しみ。
ところで今日は渡芬一ヵ月経った日だった。夫がご褒美とかでドーナツとバラの花を買ってきてくれる。ドーナツは自分が食べたかったらしい。「ミスドがこっちに欲しい」とぶつぶつ言いながらも嬉しそうに食べていた。ダスキンさん、フランチャイズさせて頂けませんでしょうか?所ジョージはCMで使えないと思うけど、まさかワールドワイド契約してる!?ロイヤリティを払っていたら芬蘭では人件費が出ない。さて、こちらのドーナツはでかくて味もしつこめ。砂糖が多い。ミスドがほんとに恋しい。
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Lauantai ばななんばななんば〜な〜な♪
久々にご機嫌である。 旦那は昼過ぎまで仕事、でも夜バナナケーキを焼いてくれるらしい。私はメイン担当だけど手抜きで焼きソバと味噌汁だけにした。でもこれだけでもかなり奴は喜ぶのである。フィンランドにはラーメン屋が無い。焼きソバ屋も無い。お好み焼きなら自信があるので将来ほんとに屋号をあげてはじめようかな。(わたしは大阪と広島のハーフ(もしくはダブル)なので)あと味噌汁も自信がある。書くとなんだかたいした事無いんだけど、基本はやっぱり大事だと思う。でも例えばビーフストロガノフなんてできない。その辺は旦那にお任せする。(洋風全般)私はアジア担当である。アフリカ担当その他がいない。
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Mannantai またもついてない日
ここのところ月曜に仕事帰りの夫とスカッシュをする習慣である。スカッシュはロンドンに行った時に始めた。それまでは日本ではなんだかハイソなスポーツに見えたが、実は全然そうでもなかった。単に天気の悪い事が多い国で室内でやれるスポーツって事だけだと思う。その証拠に日本では蒸し暑いのと、あと屋外でできる気持ちの良いスポーツも多いのであんまり普及しないのでは?あとアメリカ西海岸では殆ど見かけないであろう。東海岸ではそこそこ盛んらしい。気候からしてもヨーロッパでは割とどこでもできると思う。で、我々の場合かなり体格の差が(パワーも)あるのとで私が負けるのが常なのだが、3年目になり、(まあ日本にいた間殆どしなかった、数回池袋のハタスポーツにて。古いが安くてよかった)すこーしずつ上達してきた。サーブさえ取りこぼさなければ真ん中位置を常にキープして走り回って拾える。やっている様は我ながらあっちへバタバタこっちへバタバタでかっこ悪いんだけど、結果です、結果。ついに1ゲーム奪取に成功した。セカンドゲーム、途中で足をひねる。痛い、、軽い捻挫かな。私は数年前ゴルフの試合中に記野根っこが枯れて空洞になった穴に足を突っ込み派手に転倒、ひどい捻挫をしてから癖になった気がする。(でもその時はギブアップせずに最後までプレーしました。団体戦だったので)家に帰ってフィン語レッスンの宿題(作文)をやろうとするが進まず。うろうろしても文章が書けるわけも無い。すっきりしない。替わりに新婚旅行予定地のフィレンツェについてネットで調べる。ベルディ生誕100年って事もありオペラが観たいのだが、、、なかなかスケジュールが合わない。明日は天気がよければクロスカントリー。
17 Lauantai ニコラス・ケイジ
「フェイス・オフ」以来彼のファンになった。同時にトラボルタも大好きである。「パルプ・フィクション」からなので昔から追っていないのが残念だが。ニコラスの方は「スネーク・アイズ」でもぎんぎらぶりが良かった。そして今回「Family Man」を旦那と観た。旦那とは、結婚に関しても奴が帰国すると言うので決まったわけで、彼はまだ恋人期間が欲しかったと言うのがこれを思い出し書きしている夏にわかった。まあ何もかもヴィザの所為である。でお互い結婚で逆に不自由とか実現しにくいことができるのは当然で、お互い言わないけど不満だった事だろう。この映画をみて、結婚してよかったねぇ、としみじみ言えた。何が大事な事かを忘れなければ、別に金持ちで無くっても、自分の優先順位で満足できれば良いのではなかろうか。「普通の何がいけないの?」ともいえる。ここで「普通ってどんな事?」と言うのは野暮なんでやめましょう。勿論目標を低く設定するわけではない。うまくかけないのだが。ただし、同じ映画を見ても人それぞれ立場によって感想は全然違う。友人の今彼女いない歴2,3年の男友達は、(いや、魅力ある人なんですけどね。これみたらごめんよ)面白いコメディだった、としか思わなかったらしい。コメディだと?確かにそういう場面もあるが、、、千差万別なんだなぁ、と思った。できれば夫婦で見て欲しい映画である。倦怠期の人たちでもいいかも知れない。恋人達だといまいち子供の事などで実感が湧きにくいかもしれない?か、プレッシャーを相手に与えてしまうかも?どうでしょう。反対に恋人時代を謳歌する映画は夫婦でみると戻れない青春と言う事を意識するかな!?しないか。
この映画とは違う小説なのだが、アメリカの作家の短編で、ある特定のコインを集めて新聞売りスタンド出新聞を買うと自分が選んでいたかもしれない別の人生に入り込む、というものがあった。これも面白かった。彼はコインをみつけては今の生活に飽きたら別の次元の所へ言って別のその人生で、帰宅時、階段を3段飛ばしで帰り、奥さんと蜜月を過ごししばらくしてまた飽きたら戻る、というわけだ。身勝手な気もするが。
19 Mannnantai 仕事の週
実は2月初旬から、前に働いていた会社からお仕事をテレコミュートで貰っている。こちらに来てフィンランド語が出来ない私にすぐ仕事ができるわけ無く(H:kiでも厳しいらしい。優秀な人でさえも苦労されていると聞く)プータローになるところを救ってもらった感じである。主には翻訳だが、何がしかの収入があるのはとてもありがたい。あとこちらではみんな何してるのか、と当然のように聞いてくる事が多いので。前仕事をもっていた身としては、無職は手持ち無沙汰で社会から取り残されているようで悔しいんである。今週一杯朝昼晩とかかりきりになりそうな仕事量だった。
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Lauantai また仕事
週末に来た仕事を片付けたとほっとしたのも(ほんとうに)束の間、次の仕事が来る。でもありがたいことだ、、と思うようにしよう。私が仕事でひーこらしているのを見て旦那がパスタ料理をしてくれた。ありがとさん!明日はチョコマフィン焼いてくれるって?ますます嬉しい! 彼は焼き物がうまい。こういうときはいい旦那だな〜と思う。食べ物に弱いカミさんである。明日は結婚式について姑達の家で3人で打ち合わせ。ジャズバンドを頼むとか、料理のメニューの概要、ゲストについてなど。
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Mannantai 新しい出会い
といっても勿論!男性ではない。こちらでいう職安が外国人向けの組織があると教えてくれたので行って見る。名前はSatakunnan Monikuluttuuri Yhdystus(サタクンタ地域多文化センターのような感じか?) 年間50MK、学生25MKでフィンランド語週2回+会話を楽しむクラス、その他コンピュータを習いたい人のための基礎授業、ロシア系移民の為の英語、そしてスェーデン語、ロシア語を習いたい人へのロシア語クラス等などある。あと各種イベント。行ってみて古ぼけた建物の地下一階におそるおそる入る。若い男女数人が椅子に座って待っているのでとりあえず挨拶だけ。彼らもてんでに「ヘイ」と返してくる。英語で話し掛けてフィンランド語を習いたい、と他の人に言う。取り仕切っている代表者が忙しい中説明してくれる。今日は月曜なので会話の夕べみたいなものがあるらしい。さっき会った人たちは近くの学校の学生で多文化についての授業で労働経験をつむピリオドが7週間あり、それで手伝いとして来た初日だったようだ。代表の人が、私に自己紹介させ、(これは何回もやっているのでフィン語でできた。でも質問されると答えられない。もどかしい)誰か彼女にマンツーマンでフィン語教えてみる?と聞くが、人は良さそうだがはずかしがりやなフィンランド人らしく、ためらっている。予想していたので、とりあえず会話の時間に参加させてもらう。エストニア人のおおきい中年女性、ソマリア人の男性2人、そして私が外国人で後はフィンランド人。自己紹介の部分で何とか色んな人に着いて聞き取ろうとするが、厳しい。ソマリア人の人たちは11年住んでいるらしく、まったく問題なし。いつかああなりたい。