2001年8月の日記(Pa:iva:kirja)

夏,,も終り?

 

30 Torstai  Tiskikone 皿洗い機

今困っている事がある。皿洗い機が壊れて2週間になり、毎日手洗いしないといけないことだ。旦那がいるときは交代だが、一人だと勿論自分の食器はたまる一方でやっぱり見苦しいのでちょこまかと洗う。便利さに慣れてしまうと前はやっていたことが面倒でしょうがない。部品を取り寄せて修理部分を取り出して新品と入れ替えようとすると、、、はまらない。よく見たら型式が違うではないか。これは外してみないとかいてないところだった。ああ、またか。でプロを呼んだ。昨日おじさんはきてなにやら40分ほどもやっていたのだが、私にフィンランド語で説明しようとしてべらべらべらっといい、私は聞き取れたのは「ここは古いままで交換してないから」というところと「ご主人にも後で電話する」ということ。なんでだ?という疑問は出たけどつい勇気が出ず、わかった。といってしまった。悪い癖だ〜〜〜!旦那に電話してもらえるとなると聞く気が半分以上失せる。旦那は帰ってきてがっくりしていた。まだおじさんは電話して無いらしい。直らないとなると新しいの買うってことに、、、ちょっとまてよ。幾らくらいかなぁ、、考えないようにしよう。出費が多い今日この頃。

29 Keskiviikko (Wed) ちょっと前の映画の話と、、

実は先週末映画を観たんだったが、書くのを忘れていた。「Planet of the Apes」(でしたっけ)である。ティム・バートンって所で面白いですよね。でティム・ロスって最近のだと「海の上のピアニスト("1900")」でしたよね。顔分かるのかしらんと思いながら観に行きました。マイケルジャクソンに似ているという噂の女の猿役の人も、イギリスではかなりメジャーなコスチューム女優、ヘレナ・ボナム・カーター。(時代物がおおい)ロンドン前にイギリスのものだったらなんでも好きだと思い込んでいた私は必然的に彼女が出ている映画をたくさん見る事になったのでした。「眺めのいい部屋」あれはフィレンツェが舞台か、「ハワーズ・エンド」、あ、あと「フランケンシュタイン」にも出てましたね、フランケン君の恋人役にするために。でも彼女だと全然分からなかった! 映画自体は、オリジナル(更にテレビシリーズ)を見た人には面白みは無いかもしれないけど、メイクやら俳優さんのうごきやらはほんとすごい。鑑賞後旦那とApeのまねをして会話してみたほどだった。「うほうほうほ?」「フガ!(どんどんどん=ドラミングの音)」何をいってるのかお互いに分からなかったが。私は大体映画やなにかをみるとすぐ影響されるので動物モノはやばい。犬の物語なんかも元々犬っぽい事も災いして、「くーん」とかいいながらご主人様に甘えるワン公になってしまう。でもこれじゃ旦那の思うままあやつられるのですぐ人間に戻るが。 

あとこの日旦那とやっとゴルフをしにゴルフ場へ。彼は先日18ホール回ろうとしたとき途中雷で中断したので、今回が本当の初めてのラウンドとなる。もうそりゃ大変でしたよ。短気なやつをなだめながらなんとか全部終わるのは。クラブを折るかと思いました。(私がストレスたまって)ゴルフってやっぱりストレスがたまりますね、一緒に回ってる人の性格にも影響されるし、自分が調子悪ければそれはそれでよくないし。でも嬉しかったのはハンディキャップが36に下がった事。これで誰かのマーカーをしてあげる事もできる。ほんとは34が正式なのだそうだが、大目に見てくれるらしい。冬までにいくつ下げられるだろうか?

28 Tiistai 市役所の都市計画課を見学

今日は前知り合った女性が、もし時間が有ったら自分の職場を見にきてはどうか、ということでお言葉にちゃっかり甘えて氏の役所をはじめて見に行った。といっても幾つかの建物に分かれているので全部見たわけではなく、今回お邪魔したのは都市計画課がある郵便局の建物の7階。18名ほどが働いているらしい。コーヒーブレイクなどで廊下のテーブルに座っている人が私をみて一斉に話をやめる。ああまたか、外国人を見たときの一般的な反応ですね、ヘルシンキならだれもこんな純粋な驚きを示してくれないだろう。慣れると相手にこれを期待してしまう。さて、なぜその人かというと、6月にポリの一部の小さな村の一部を修理、再建築する計画が新聞に掲載され、その辺に住んでいた私のフィン語の先生がこれを読みなさい、と宿題に出したことから。その記事に私が「外国人の集まり」の一つで会ったフィン人女性の名前が出ていたのである。道理で彼女のメールアドレスはxx@pori.fiだと思った。で早速彼女に遅まきながら記事を見たよ、と書いたら今度見に来たら、といってくれた。 彼女の部屋に入ると、予想通りたくさんの大判の地図。殆どはポリの地域、一般地図は日本のと同じ様な地図記号が遣われていて面白い。ただ田んぼのマークは勿論無い。お寺マークも無い。針葉樹と広葉樹って違うマークだったっけ?(針葉樹は三角形の底辺が無い、白樺などを意味する広葉樹は○の下の部分が無い) 前smtさんのサイトでヘルシンキは街全体の建築を木製の模型で把握し、吟味するという事を拝見した(正確では有りませんが)が、ポリにはそれは無いらしい。ただシュミレーションソフトで縮尺というかスケールを小さくしてみる事はできるらしい。その恐らくUNIXベースのソフトもかなり凝っているようで、習得に二ヶ月近くかかったと彼女は言っていた。このソフトは外注で作ったらしいが、全部の自治体は勿論それぞれ独自のを使用していてデータ互換は出来たらいいだろうけど遠い夢だという事。日本と一緒ですね。まあ都市計画でデータ交換って必要なんだろうか?成功事例などの紹介とか? 私は素朴な疑問で、こんな事を私に全部話していいのか、と聞くとこういう事は全部オープンにされているべきで、多分新聞にも時々告知が出ているはずよ、と言っていた。(私は恐らく読むのが苦痛で飛ばしたんだろう、、)彼女と会っている間にも、街頭の地域の人がぱらぱらと会いにきては自転車置き場の塀の高さとか、そういう事を質問しに来ていた。Kesa:mo:kki(夏小屋)を立てていい場所というのも特に湖周辺には色つきで記されていて、黄色い部分は夏小屋建築OKということだろう。南西部は海にも小島がたくさんある地域でもあるが、島に一定の広さがないと建設は認められないんだそう。こういう所は初めて行ったので面白かった。

27 Maanantai SataMa PJ面接

今月始めにあったサタマプロジェクトオープニングデーから3週間ほどたった。先週までフィン語コースがあった私はやっと面接にいける。Korkeakouluyksikko(TurkuとTampere大の協力で出来た高等教育機関みたいなもの。大学レベルだそうで、ポリテクニクとはまた違う.説明が難しい、、、)の担当の人の部屋へ。彼女はルーマニア人で在フィン20年近くになる人で、フィン語はかすかにアクセントはあるらしいが(姑談)エネルギッシュでとても好感の持てる女性だ。金曜に電話した時に私がへたくそながらもフィン語で話したので努力をかってくれたようで、今日も会うなり「通訳無しでいいわね、分からなかったらお互い説明すればいいわ」と私のためにゆっくり目に話しながら始まった。オープニングの時に各自履歴書、アプリケーションフォーム、各種証明書を提出してあるので担当者は背景は既に知っている。それを元に、「今何をしたいか、何が欠けているか」を話し合う。私の場合、過去3回職場換えしているが計6年の職務経験があるのでオフィスワークはほぼ問題ない。できればマーケティング方面(まあその中でも細かくいうと消費者向けのプロダクトマーケティング。)で行きたいが、地方在住者の弱み、英語だけではままならない。やっぱりフィンランド語を何とかしなくちゃねと言う事になる。来月10日から4ヶ月毎日6時間のコースがまた始まるが、彼女の提案はそれに加えて、輸出入について学べるコースをAmmattikorkeakoulu(これがポリテクニク)同時に取ると言うもの。(ああ、ただしそのクラスは週一とはいえ、朝8時開講でそこまで行くのは来るまで1時間弱、ということは6時には起きなきゃいけないんですよ、お姉さん!)加えて、11月からこの高等教育機関である会社で職務経験を得られるコースが開設されるらしい。それについても検討しようとの事。そういうものには入れれば言う事は無い。 似たような「フィンランドで働いてみよう!」という申込書も職安からきていた。これも11月末から半年間、同時期、ただしアシスタント職で月に一週間程度らしい。これについて担当者の人は即電話をして詳細をこちらに送ってくれるように話をつけてくれた。素早い、、、。さて、勉強でもするか。その前におなかすいたからご飯を作ろう。この調子で作って食べて疲れてシャワーして寝てしまうんだけど。

25 Sunnuntai (Sun) Satakunnan Messut 魚のメッセ

私の住むサタクンタ地方での地方の展示会が有ったので行ってきた。テーマは魚。ポリ、ラウマともいい港でフィンランドでも有数の魚のおいしいところらしい。フィンランドは冬に備えての為か、保存用の料理も数多い。酢漬けなどは代表的なものでそれにタマネギやにんにくなど色んな野菜も入っていたりする。何故か軍隊のPR場も併設されていて、戦車やシュミレーション射撃やビデオなど色んな迷彩色テントのブースがあった。先週軍隊のトレーニングに行ってきたばかりの夫は嬉々として私に色々説明してくれた。爾来関係の所では、(日本もフィンランドも、たしかアメリカも?条約には調印していない筈だが)「カンボジアやモザンビークなどの事でみんな非難するけれども、あれは誰もどこに仕掛けられている川からない粗末なもんだ、自分達は計画を練りにねって、戦争が終結したらちゃんと仕掛けた地雷を回収できるように地図などを保管してある」と担当の人に教わった。成る程、そういう所が無計画な国とは違うんですなぁ。地雷にも対人、対戦車など色々有るようだが。マシンガン射撃も試してみたが、重くて私は全然ポイントが定まらない。横にPCディスプレイでセンサーで照準を赤い線で描き出すのだがあまりにフラフラで恥かしかった。勿論全部的の外。。。ちょっと射撃を習いたくなってきた。

肝心のメッセだが、漁業関係だけでなく地域の会社も大まかな所は出展。(銀行、保険会社、銅板会社、製紙会社などなど)ザリガニ養殖の会社もあり、水槽に1年、2年、3年とザリガニの幼虫と言うか稚魚と言うかが入れられていた。1年の奴はほんとに小さい〜桜海老みたい。となると私達が食べたのは5年以上だろう。おいしかったです、ご馳走様。 日本の健康器具メーカーも一社きていた。あのデパートのエスカレータ側なんかにある足や腰ののローラーみたいなものである。(日本人は居なかったが)特に何も買わずに帰ってきた。前日ならアジアンキッチンと言うテーマでアジアの料理コーナーもあったらしいが、、、私の所属する会ももし人が出せたらすしコーナーをだす予定だったが、没になったとの頃。

帰ってから昨日つったカマスをオーブンで蒸し焼きに。レモン絞り汁、人参スライス、リーク(太ネギ)みじん切りを中につめ、粗挽きペッパーと塩をまぶし、ホイルで包む。そのまま30分で出来上がり。今日はご飯と味噌汁で食べたけど、普通はフィンランドならジャガイモだろうなぁ。

24 Lauantai (Sat) Ravut (ザリガニ) 

昨晩、ずっと楽しみにしていたザリガニを食す日がついに来た!塩とDillで加減して茹でたものを大皿に山盛りにして、皆前掛けをつけ、お行儀悪いのも何のその、ハサミの一番おいしい肉を関節をちぎりながら引き出し、トーストした食パンにバターを塗り、ディルのみじん切り(適せん)を乗せ、ザリガニ肉をのっけて頬張る。うんまい!ポイントはスープ(ゆで汁というべきか)殻のスープがいい味になっている。なんと12個食べてしまったが、もともとさっぱりしたものなので胃には負担がない。指を洗うボウルにはブラックカラントレモンスライスを入れ、かすかにいいにおいがしていたが、途中でもう何回も指を洗った為意味がなくなった。エビや蟹を食べるのと基本的にはあまり変わらないが、こちらは季節の風物詩でもあるため、テーブルクロスから、前掛けから、ペーパーナプキンから全部ザリガニのパターンが使われている。一枚写真をとったので、現像したらお見せします!(滅茶苦茶になる前まだ誰も手をつけていない状態) ちなみに一流レストランでも1,2,3とクラスが有るうち小さ目の3番クラスをだす事もあるらしい。小さいと、食べられる部分が格段に減る。フィンランドで有名なのはエリクソンという会社。今回はそこから購入したそうだ。日本のザリガニと同じく、ハサミが喧嘩か何かで無くなって小さいのしか生えていないととっても悲しいもんである。でもおいしかった。幸せ。(やっぱり食べている時が、、、)

今日、土曜は、昨日夜に舅と夫が仕掛けてきた魚網をボートで巻き上げに行った。こっちの人はほんと一通りのアウトドアをこなす。湖の真ん中近くに名前を書いてあるポールが浮かんでいてそれが目印。私は「大漁の女神」となる筈が2匹の骨が多すぎて食べられない魚しか引っかかっておらず、とっても申しわけなかった。午後に今度はリール釣りへ。10分で丁度いいサイズのHauki(Pike=カワカマスの一種)が釣れ、二人で日曜の夕食用にと貰って帰った。さばく方は旦那と舅がしっかりやってくれて助かった。

ちなみに、別荘まで私が始めて運転していったのだが、未舗装道路に入ってからスリップが怖くて40キロ前後で走っていたら30年近く同じ道をずーっとと居っている旦那はいらいらしてしょうがなかったらしい。帰りは運転させてくれなかった。

23  フィンランドの映画監督

といっても唯一ハリウッドで何とか頑張っているレニ・ハーリンのこと。彼は新作を引っさげて意気揚揚と夏にフィンランド帰国していたが、先日雑誌OPTIOの表紙になんかハリウッドがらみの言葉が書いてある。記事を拾い読みして旦那に訳してもらったところ、マンネルヘイムについての映画を計画しているらしい。マンネルヘイムといえば、フィンランドの英雄だ。しかも、役者はジュード・ロウらしい。なんと〜〜〜!そりゃ冒涜だろう!というところで夫婦の意見は一致した。ジュード・ロウがいけないというんじゃないが、人間性の厚みが彼に演じられるんだろうか?あの若さで?マンネルヘイムのどの年代をやるのかにも寄るが、彼がフィンランドに戻ってきた時は既に壮年期だったと聞いている。じゃあロシアに居た頃の事を?まあ納得の行っていない事が多すぎるのだが、旦那はハーリン映画なので中途半端に終わって二度とマンネルヘイムテーマでいい映画が作りにくくなることが怖いらしい。ずっこけるのは十分ありうる。アクション映画じゃないんだし、、、ちょっと頭に血が上ってて感情的になった。私は路線としてはカウリスマキのアキさんの方にやってもらいたいもんだけど、、そうもいかないのかな。アメリカで売れなくていいからインディペンデント分野でやって欲しい。(トゥームレイダーも観た私がこんな事言うのはおかしいんだけど)

22 クラス分け       自慢していいでしょうか? だめ?                                                         

コース終盤になってきて、今後のクラス分けを、授業中一人一人別室に呼ばれて言い渡された。ヒモみたいに細く切った紙に、それぞれ名前、在フィン期間、最初の辞書無しテスト、次のテスト、文章理解度、総合レベル、最後にどのレベルのクラスかをクラス名以外%で書いてある。結果私はレベル3から始めていいけど、この秋は1,2しか開講してないから2からうけてもいいぞよ、というものだった。心の中では、嬉しいけど、でもピコ-ンピコーンと警報がなっていた。おかしい。私が3なわけがない。普段からあんなに間違ってるのに。rとlとか、a とa:とか、y、j、の辺り。何回旦那と喧嘩した事か。まあ昔からテストの方が実力より良かった事は有ったけど今回もそれか?でも絶対Taso2から行っておかないと、あやふやな所をごまかしながらこのままいってしまいそうだ。いまでもそうしてるのに。。。「あれなんだっけ、ほらあれ」てな感じで。「走る」という同士を覚えるのに5階掛かった私は頭がいいとは思えない。脳の老化?それもありますねぇ。さて、エクアドル、ロシアの人とも同じコースにいけそうだ。中国の人は面白い事に喋る方は結構いけるのだが、書くほうがかなり弱いらしく、レベル2なのに1から始めると言う。マケドニア人は自分の会社を早く始めたいようで、フルタイムコースでフィン語なんてとんでもないと、あっさり断っていた。ほんと人それぞれだ。まあ私はまだ子供もいないし、旦那も口はうるさいけど家では自分の事は自分でやる人なので、勉強する時間はたっぷり有る筈なんである。子供が3人いる人と同じ様にしていては罰があたりそうだ。 

今日は母方の大好きな祖母の81歳の誕生日。対象末期の生まれなのだが、いつも計算の仕方を忘れる。うちの家族の中で一番健康体だが、きっと体質がいいんであろう。最近もう長生きしたくない、と言い出して、若い頃のように色んな事をしたりできず、友達も殆ど他界し、趣味も減ってきているのでその気持ちも分かるこちらは何もいえない。私も50年後生きていたら同じ事を言うんだろうか。うーん。フィンランドに居るだろうか、それとももう我慢できなくて日本に帰って、でも日本の友達とも縁が切れて寂しくすごしているだろうか。でも年金を納めてないから公的機関からは支給が無いな。積み立てでもしておかないと、、と限りなく連想はどんよりしてしまった。庭に出て花壇の雑草を手入れし、食事を作り、旦那を待った。

今週から軍隊演習で、近くの基地からとはいえ帰りが遅くて夜9時ごろになる。初日は始めて実物で見た彼の軍服(といってもここは迷彩服)に惚れ直した。帽子で顔が半分隠れていたからか、おなかが目立たなかったからか、、、、本人もその気になってて写真もとらせてくれた。フィンランドは60歳近くまで時々群からの呼び出しがある。期間はまちまちだが、最初の兵役を終えると、35歳まで年に一回、年を取るごとに数年に一回程度にまで減るがやはり呼び出しがある。でお隣の国に対する計画を立てたりするわけだ。

17-19 H:kiにて                                                                <17 Verneri, 18 Leevi, 19 Mauno, Maunu,>

学校後、Helsinkiへ旦那と車で向う。今日はわれわれの結婚式にも遠くから来てくれたカップルの男性の方が出張でフィンランドにきているためだ。その人も、というよりはその人は日本に10年、頭もとってもよく、オヤジギャグの切れも並ではない、しかも読む本が「三島由紀夫を全部日本語で」よんじゃったりしている人だ。今はアジアの別の国に駐在で、そっちも暑くて大変そうだが、冗談は相変わらずたくさん披露してくれた。旦那と彼は5年ほど?友人なので、もう会うとすぐ色んな話が飛び出す。この人は日本語は達者だが、旦那が彼と話す時は何故か英語になるので私も久々に英語を使わないといけない。やっぱりいい練習になった。(実は分かったつもり、もしくは振りをして後で相手に聞くというのは私達夫婦の間ではちょくちょくある、今日は私の番)金曜は仕事後のその友人をホテルから拾って(ロビーで待っている間、たくさんの着飾った女性達がたくさんたむろしていておもむろにどこぞの会場へ向けてか、出て行った。フィンランドの人は、どうも、、、、センスがダサい。まあ今回は年齢が私より少し上の40〜60代らしき人たちだったのだが。若い人には全身隙無しの人もいるし、いろいろなんだけど、、、でも私はこういうフィンランドも大好きである。外見で気張らなくてもいいという所。その代わり中身に関する突っ込みはとっても鋭い)さて、すぐ側のKuuと言うレストランへ。ここはインターコンチネンタルの近くだ。入ってみると大混雑。金曜の夜ですねぇ。3人でメインとデザート。友人は牛のステーキ、旦那はカンタレッリ(フィンランドの茸)ソース和えスズキの一種、私は、、、なんだったっけ。チキンの何か。ああもう忘れている。で散々色々楽しい馬鹿話をして翌日の約束をして別れた。

土曜日、今日は天気も何とか晴れていたので、私にとっては3度目(旦那は数十回以上だろうが)友人はまだ言った事がない元・要塞のSuomennlinnaに行く。ピクニックでもできればよかったのだが。昼前にフェリーに乗り、15分で着いて、歩き回る。アイスクリームを食べたり、また色んな話をしたり、ほんとに楽しかった。この島にはボートの係留所もあり、近くのカフェで4時間200MKなど料金を支払うシステムになっているらしい。車の駐車場と一緒だ。ビールをそれぞれ一本(私チェコのブドヴァル、友人Kokko、旦那はコロナ)飲みながらまた話。先日私達が来たここであったジャズフェスの話とか、仕事とか、彼の駐在している国での事とか。国名は出さないが、その彼は、そこで英語の語彙を制限しないといけないのでストレスがたまるらしい。オーストラリアで教育を受けたりした人でもそのまんまはなすとなんだかとんちんかんな事を返してきたりして安心できないんだそう。(自分の事を言われているようでした) あと日本だったら例えば音楽など、みんな自分の好きな分野のCDなどに本と詳しくて店にもかなりマイナーなCDまで仕入れてあったりする。その国は例えばCD屋ひとつにしても種類が少ないとか、住んでみないと分からない悩みと言うのもいろいろ聞いた。

ちなみに前日、このサイトを見てきた彼は、私達に三島を3冊(うち一冊は地下鉄五反田駅のハンコ入り!やっちゃいましたね〜)貸してくれた。好きな順に「仮面の告白」「永すぎた春」「美貌のよろめき」だそうだ。早速帰った夜からよろめき〜の方から読んだ。今「永すぎた〜」の途中である。おいしいものは最後にとっておくんである。旦那は私がこういう本を見るといてもたっても居られないのを良く知っているので、「困るよ〜、今はフィンランド語やらなきゃでしょ!」とぶつぶつ言っていた。

この彼は話題が尽きない。彼ら2人が喋っていると私は聞いているので精一杯で口を挟むのは結構タイミングを見計らわないと上手くいかない。もともと私は割ってはいるのがすごくヘタで、よく色々言い逃す。アピールはまだまだヘタなんである。さて、夕方になり、今度はフェリーで戻り、船着場すぐ近くの二階がミシュラン3ツ星を持っている(私達が言ったのは1階)、もと船のキャプテン宅を改造した(というか改造してないと言うか)レストランへ。UPMKyummeneビルの隣、パレスHより前。ここもまあまあおいしかった。装飾も気取っていなくて、でも心地よい雰囲気だ。フィンランドでは付け合せとして絶対出てくるポテトも、3人の皿それぞれがマッシュ、スパイスを混ぜてベイクしたもの、チーズを混ぜた乱切りなど色々で嬉しかった。前菜のトマトスープは失敗したが。ヘルシンキメニューというフルコースで300MK以内。上手く選べばとてもおいしそう。

今回また思った。食事の時は本当に会話が大きな要素をしめるもんだ、と。まあ旦那はフィンランドで海外、日本についての話やその辺の話を自由に話せる知人が殆ど居ないので、乞う言う友人が来るとほんとに生き生きしている。高校の同級生にあったりすると、「何してたの?」「海外に10年いたんだよ」「・・・・・」で会話が止まるとか。フィンランドもまだまだ保守的なんである。勿論そうでない人たちもいるが。

日曜は、朝そういえば、今大聖堂の裏から入る地下に無料で主にルドルフ・コイブと言う人のイラスト画などを展示していて、旦那と
行ってきたんだけどとてもよかった。Koivu氏の名を冠したイラスト関係の賞もあるらしく、受賞者達の作品も展示してあったが、やはりコイブ氏のが一番素敵だった。タッチがとても繊細で、クリスマス時期には彼の絵を使ったカードも結構出回るらしい。私も去年のクリスマスはそれをもらった。(気付いてなかったけど。無神経ですよね)

16 Torstai   学校について                                                                                     <Aulis>

まだコースについて説明していなかった。これはフィンランドで仕事が欲しい人たち(滞在許可があればどこの国の人でも)がそれぞれ自分に欠けている分野に付いてのトレーニング、勉強をするための成人学校のようなもの。職安とそこが提携して私の場合はフィン語を学ぶ。この二週間コースを受けて、レベル1,2の二つに分ける.但しこの二週間コースは今年12回目のもので、年数回しかオープニングが無い為、待っている人も相当数にのぼるらしい。ただ、今日一人1時間割当てられる面接できいた限りでは、例えば60歳の人に職安コースを受けてもらっても仕事を探せるチャンスは低い為、ある程度の年齢、在フィンランド期間、動機(どれだけ気合が入ってるか)、現時点でのフィンランド語レベル等の要素を比較して一クラス20名程度を選ぶらしい。今はロシア人10人、イラク人夫婦2人、マケドニア、南アフリカ、エクアドル、中国、日本各一人。エクアドル人の女性は11歳を筆頭に3人の子供持ち。小さい頃から母親になるのが夢だったとかで、近頃悪い意味でニュースになる虐待などの事件からは無縁の本当にいいお母さんであり、私達にまで色々面倒を見てくれる人だ。旦那さんが国連に働いていた頃知り合ってこっちに来て子供2人を生んで、旦那さんが事業を始めて90年代になって破産、かなり苦労してエクアドルに渡り、3人目のお子さんを生んでその子がハンディを負った(the challengedというべきかも知れないが、なんだかうそくさいので、、)子で社会保障制度的にフィンランドが優れているので再移住してきたそうだ。とっても明るくて皆が頼りにしている。私が近いうちに子供も欲しいというと、こちらで受けられる保障や、病院についてなど、まだ私には子供の影も形もないのだが全部レクチャーしてくれた!それまで覚えておけるかな〜、、、ははは。だが自分が関係なければ、色んな話も素通りする。引退後の年金の話などもそうだ。大事なのは何か有った時に、しつこいくらいに役所にどんな保障があるか、洗いざらい聞き出さなければフィンランドでは誰も何も教えてくれない。まあ日本の役所でも同じ様なものか。私は日本関係の組織の一つに会員として入ったがそのおかげでこの半年、ほんとに色んな事を在フィン日本人の方から教わった。やっぱり同国人とのお付き合いは不可欠だ。特に子供がいる場合は生活面での情報は本当に必要だろう。

さて、言葉のクラスだが、最初はほんとにアルファベットの読み方から始まった。おいおい、てな感じである。次は数の数え方、12ヶ月の名称、曜日、などなど。この辺までは私もOK.午後一番でテストだった。辞書は使用不可。問題を見る。当たり前といえば当たり前なのだが、質問も全部フィンランド語。うーん、わかるけど、答えがわかんない、、とか私が今までごまかしながらやってきた顔の部位の名称(あご、ひじ、かかと、額、うなじなどなど、、)が見事に裏目に出てその辺かなり悪かったと思う。来週早々に結果を返されるらしい。この日のテストは単語関係が多かった。語彙を見るんだろう。 続きは上へ。

15 Lauantai  初ゴルフコンペ                                             <Marjatta, Marja, Jaana>

私はやっぱり運動オンチだ、、、改めて認識した。はじめてゴルフコンペに参加したのだが、総勢30名程度の女性コンペで、クラスがあったため最後の時間を希望し、一時間前に到着、キャディマスターに名前を告げて打ちっぱなしなどで神妙に練習。悪くない。ということは今までの経験から言うと、実地が悪くなるということだ、パターを練習。まあまあ。ああ3パットは少なくしたい。ハンディを見ると、一番下の54から、この間一回提出したので52に下がった。少しでもうれしいもんだ。マーカーになってもらうのは、ハンディ34かららしく、誰とまわってもスコア提出できるわけではないようだ。 さて、ティータイムが来て、誰とまわるのかどきどきしていたのだがそれらしきおばさまが貫禄たっぷりにいらしたので挨拶をする。鷹揚に頷いてくださる。そしてもう一人の方は少し若めで40代か。よく喋る明るい人だ。一応、へたくそなんで今日1日よろしくお願いします、ということをいっておく。(ちなみにこの2人はそれぞれハンディ10、17のツワモノである。日本でキャディをしていた時お客さんの女性でこのレベルの人は滅多にいなかった残念ながら。まあバーのマダムで20年やってたりする方は別だが)この2人、本当にショットが美しい。惚れ惚れしてしまった。途中で貫禄あるほうが私に旦那さんって○○で働いてるでしょ?貴方達冬に私のコーヒーショップに来たわよね、と言って来た。、、、やっぱり小さい街だ。旦那が仕事でもいつもコーヒーやお菓子を会社に仕入れているお店のオーナーだった。ここのクッキーはとっても甘いが、美味なのである、、、。ご承知のとおり私のフィン語はほんとにお子様に負けるので、話になかなか入れない。でもプレーで忙しいので(ボールは予想通りあちこちわけのわからない所に飛んでってくれるので)それ程情なくはない。つらいのは界隈害する事がない手持ち無沙汰な時である。同じ日本人奥さま達も数年立った方でさえ色々苦労されている模様。おっと話が脱線。結局スコアは65,57.ハンディは52貰っていたのと、ピステボギー(実はよく分かってません)というルールでホールごとのハンディが少しずつ変わり、算定方法も違っていたらしいのだが、結果34,14?位のスコアになっていた。よく分からん。ぶつぶつ。 終わって17:30スタートだったので4時間経って(途中ショートホールでつまったりしてバナナなどもぐもぐ食べたりして)10時前。まだ暗くはないが夜の気配。皆わいわいおしゃべりしながらスコアマーキングし合い、クラブハウスに軽食が用意されていた。マッシュルームスープとパン、ブルーベリーパイにバニラソース、お決まりコーヒー。なるほど、丁度いい量だが、早く帰りたくてたまらなかった私はパイだけ取って様子を見た。スコアから順位発表で上位数人に商品が渡され、拍手時間も掛からずに終わった。もっと知り合いが多かったら楽しかったかな。まあこれから増やそう。

14 Tiistai   学校後、一人で運転、ゴルフ(15ホール回ってきた)   <Onerva, Kanerva>

無事「一人で運転ゴルフ場から生き返り、じゃない行き帰り」してまいりました。一人の方が緊張しないかも、、、でもまだ行きなれてない所は考えている間に通り過ぎそう,運転はまだまだ。
 
明日は学校後(テストは時間内に終わらせて)初のコンペ参加。日本ではOB会などでおふざけ半分のコンペはやったこと歩けど、実際のコンペははじめて。これでスコアが少しでもましになれば、一緒に回る人は今日チェックした所ハンディ17,10の2人でかなり上手そうなので、マーカーになってもらえるかも知れない。先日惨憺たるスコアだったのだが提出したら今日見たところ52に下げてくれていた。少しでも嬉しい。今日も実は全部ではないけど、途中から知人が一人出回っているところに混ぜてもらった。3番から始めてまあボールも無くしたけど楽しかった。
 
学校に着いて、クラス17名うち10名ロシア人あとは様々。一つ首を傾げてしまうのは、授業中さすがにベルは鳴らさないものの、先生が携帯に電話が掛かると「Terve(親しい間での挨拶、ちと男っぽい)」で結構長い間喋るのだ。先生がこれなら、生徒はよりマナーが悪くなると思うのだが。せめて、話したいなら教室外に出て欲しいもんだ。でもこういう事で文句行って査定というか表を悪くされるのも困るので今は様子見である。

11 Lauantai,  運転練習                                                <Sanna, Susanna>

夏になってから何回か車の運転をしてみた、といっても今日が3回目。一回目はプリメーラの小型版、フィンランドでアルメラという名前の車種。1500ccサイズかな。これがまたハンドル重いし、マニュアルで(フィンランドはAT車は一段ランクが上で値段も高いので普通はマニュアル車仕様)ギアも重い。近くを10分走っただけで十分疲れた。で今回はオペルのコルサ。日産で言うならマーチのサイズ(ちなみに,マーチはフィンランド名:ミクラ)。会社の車を借りての練習である。事故の時の保険など気にしながら練習始め。ゴルフ場に一人でいけるようにならなくてはならないため、ゴルフ場への道を中心に練習。道路標識等、トナカイやヘラジカなんかを別にすれば大体は同じである。ただ慣れてないうちは標識が目に入らない。視野が狭い狭い。文字通り円形のサークルに入ってどこで出るかタイミングがつかめなくてウィンカーが出せない。(サークルから出るときに右ウィンカー出さなきゃだめ)おまけに、最初困ったのは左ハンドルだからウィンカー出すつもりでワイパー動かすという動作をパニックの語とに繰り返していた。どこかで書いたかもしれないが,私は運動オンチである。販社神経も鈍い。だから個人競技とかゴルフのようにゆっくりできるスポーツがいい。(まあスカッシュも好きだけどあれはどこにボール打って裳かえってくるし、、)運転に戻って、今日は、まず車に乗り込んでそのまんまエンジンをかけたら車がいきなり前へ飛び出した。そう、旦那がのって帰った時ギアをファーストに入れてエンジンを切っていたのである。私はいつもニュートラルで切るので、かなりびびった。ガレージに衝突する寸前でブレーキを踏み何とか事なきを得たが、その時おしゃべりしていた近所の人たちは全員凍っていた。いやー、こわかった。それが尾を引いて、どきどきがおさまらない。ああほんとこわかった。しつこいですね。ハンドブレーキも有るのだが、それを上げない理由は、冬-20度ではハンドブレーキが凍り付いて解除できなくなるからだそうだ。冬の運転いつになったらできるだろうか、、、といっても車が運転できないとかなり話にならないので事故歴2回の私も練習せざるを得ない。そのうち一回はヤンキーにぶつけられたんだけど。塀をこすったり,サイドミラーを割ったりしたのは数に入れてません。はい、これで誰も助手席に乗りたくなくなりましたね? 今日はこれまで〜!

10  Torstai, SataMa projectに出席                        <Lauri, Lasse, Lassi>

今月初め、ポリにある、Tampere(タンペレ:フィンランド三大都市の一つ?)大学とTurku大学(トゥルク大:フィンランドで一番古い大学)がジョイントベンチャー形式で作っている学部がSataMa(サタマ)プロジェクトというものを開始するという事で招待が有った。 これは、フィンランドでも初めての試みだそうだが、ポリが含まれるSatakunta地域に住む外国人のために、仕事が見つかるよう何らかのサポートをしようというもの。SataはSatakuntaの最初の言葉、またstamaは港という意味もある。最後のMaは、Maahanmuuttoo=imigrationで丁度いい造語という感じ。この日3つのプログラムが同時開催で、講堂にはおよそ100人弱集まっただろうか、殆ど90%は絶対ロシア人と分かる人たち。一人黒人の男性と、アラブ系と思われる夫婦1組、アジア人は私一人だけ。後はどこからかの白人軍団。一時間、全部のプログラム共通のイントロ説明で、その後それぞれの部屋に分かれた。黒人の人と話してみたら、彼はサウスアフリカ出身で、私など及びもつかない高学歴の人だった。でもなんでポリにいるのか聞き忘れた、、、来年からヘルシンキでMBAやって、その後ロンドンのLBSに行くそうだ。うーん。お金持ち。それか奨学金という手も有るかもしれないが普通ビジネス学位では奨学金あまり無いですよね?あとデンマーク人のおじさんと話したが、彼はVanha-Rauma(ユネスコ指定のRauma旧市街)在住で娘さんが去年交換留学で一年日本に行ったというではないか。でもってもうすぐ日本人の女の子を受け入れるという。実はこの受け入れられる子を私は知っている。去年結婚前後から行きだした四谷の大学書林のフィン語クラスで、秋から入ってきたのでクラスメートだったりした。まあ世代が違うのですごく仲良く間ではならなかったけど、、。翌日、この彼の娘さんであるデンマーク人の女の子から携帯にSMSが入っててこれまた流暢な日本語で参りました。若いっていいね、、、(若さだけでなく勿論努力したと思う)私も努力で補わなきゃダメか。  肝心のプロジェクトの方は、部屋に30名近く居たそれぞれが一人2時間の面接時間を月末にかけて予約し、担当者と話して専門を深める為には何が必要か、この大学などで受けられるどんな講義を取ったらいいか、相談に乗ってくれるらしい。勿論すぐドンぴしゃりの仕事が見つかる人は少ないだろう。(なかには本業が役者さんの人も居たらしい)なので可能な所から少しずつ、プロジェクト終了は2004年秋を目処にしているらしい。冗談で、うまくいくようなら他の大学などにプランを売ろうか!などと担当の人は元気に言っていた。彼女自身も移住20年のルーマニアの人で、同じ立場で相談に乗れるということだろう。確かに見下すだけで何もしてくれなさそうな職安の人より余程親しみが湧く。面接を受けたらまた日記に結果を書きます。

8 ネームディ Nimipa:iva:                                         <Sylvi, Sylvia, Silva>

先日、旦那の名前の日が有ったので、前からプレッシャーをかけられていた「ベッド・ブレックファースト」なるものを早起きしてやる羽目になった。というより私の誕生日にも結婚記念日にもやってもらっているのでやらざるを得ない雰囲気で、、、あと何をあげるかもかなり迷った。実は5月のイタリアへの新婚旅行の際、旦那の三島由紀夫の英語版ハードカバーを寝ぼけて電車においてきてしまい散々叱られた思い出がある。ほんとあれは失態だった。しかももう一回書くが、ハードカバー(タイトルはActs of Warship)。今では探しても絶版である。仕方ないのでペーパーバックでアマゾンから頼んだ。ほんとは結婚記念日に間に合わせるつもりが遅かったので今回にずれ込んでしまった。あとはルイ・アームスロトロングの生誕100年でもあり、今フィンランドではジャズの100年というアメリカの会社が製作した番組を毎週流していて私達も観ているので、ルイのCD4枚組みを買った。朝6時半に起きるつもりが、私の時計がこんな時に限り遅れており旦那の目覚ましと共に起きてしまった。でも彼は雰囲気で察して起きてこなかったので、寝癖の髪の毛を気にしながらも朝食を準備、持っていくと、予想以上に喜んでくれて(ここ数年誰にもやってもらう機会が無かったらしい。ちなみにメニュー。在フィンの人にはおなじみ、オープンチーズサンド。パンかカレリアパイの上にスライスチーズ(今回はMustaLeima:黒ラベルというエメンタール系のチーズ)胡瓜スライス、ハム、トマト。ヨーグルト+START!のイチゴ入りMysli。彼はコーヒーが飲めないのでミルクティー。プラス、スクランブルエッグ。あーつかれた。文句言っちゃダメか!日々の糧を稼いでもらってるんだし。

その後実は3ヶ月ぶりにジムへ。まだ30回チケットの数枚が残っているので,早く使い切らねばならない。18ヶ月有効だけど気になって、、午後はずっと仕事関係のメールとレター。相変わらず作っては削り、見直して、で時間がかかっている。でも変な事書いてお客に気を悪くされるよりは、、、うーあー。早く慣れなきゃいかん。

7 初18ホールラウンド(勿論ゴルフの話)                                        <Lahja>

フィンランドで初めて18ホール全部まわった。姑のすごく仲のよい73歳の耳鼻科医のおばさんだ。どきどきだったが、とても人当たりの良い人ですっかりリラックスして(スコアもリラックスしすぎた)回れた。楽しかったが、折角ハンディを下げるチャンスが、OBやらわんペナルティやら、草の丈が長すぎててっきりハザードと思ったらラフでボールを拾い上げてしまいまたペナルティとったり、あごの高いバンカーではまってしまい4回打ったり、とにかく全部やりたくない事をやってしまった。やっぱり少し勝手が違ったかな。フィンランドのコースは殆ど山の無い地形からもわかるように、フラットなものが多いのだが、代わりにウォーターハザード等盛りだくさんに設置してある。ああ次はいつハンディの低い人とラウンドできる事やら。、、と思ったら教えてくれた女子大生の子が、来週このクラブの会員の女性向けコンペがあるというので、誰も知らないけどサインアップしてみた。さて、どうでしょう。

6 原爆記念日                                                             <Toimi, Keimo>

今日は広島の原爆記念日だった。県民だったので、義務教育時代毎年夏休みなのに8月6日は出席して、朝8:15分の原爆投下時刻に一分間クラスや、体育館で集まって黙祷をしたものだ。アニメ「裸足のゲン」やその他の関連映画、TVなども先生達が用意していて観たものだった。こちらで日本の朝8時というと、時差で夜中の2次15分になってしまうため、リアルタイムでは黙祷はしなかったが、午前中にちょっとそのことに付いて考えた。広島ばかりが一応名前だけでも世界に知られているのに対して、長崎の9日の方はそこまで知られていないのが少し申し訳なかったり、今回ブッシュはんが来なくて良かったなどと思ったり(あのおっさん,父親と一緒で戦争すきそうだし、世界で一番頭がいい人では絶対無さそうなんで好きでない.もし居たらだけどシンパの方、失礼。)にしてもフィンランドにも広島デーなるものがあるらしい。都市部の方だけど、フィン人で羽織り袴を着て現れる人もいるらしい。勘違いじゃないのかなぁ? 広島市にある原爆資料館は、日本の戦争関係の資料館としてはかなりフェアな作り方をしていると思う。爆死した、当時の外国人捕虜の人たちについての資料もちゃんとある。あと広島市長は毎年原爆記念日のイベントを仕切る役目もあるわけだが、歴代の市長は核実験が行われるたびに、フランスやアメリカの大使館、など該当部署に核廃絶の依頼を公式文書で発行している。そのレターを全て壁に墨から角まではりつけてあるのは興味深い展示方法だった。それまで私も知らなかった事もあって。。。去年、数回目ではあるが十何年ぶりに行ってみて、更にパワーアップしていて涙がとまらなかった。特に被爆して生き残った方々が手記を寄せられていて、それに小学生達だったと思うが、その風景を絵にしていて、それが一番堪えた。いつかフィンランドへもそういう展示会を呼んでみたい。まあ夢だけど。そうしたら「原爆の所為で若く見える」なんて悪気が全然無くてもいう人も少しは減るんじゃないだろうか。同時に私も他の人たちが持っているであろう深い部分に失礼な事など言わないように、気をつける事も勿論必要だ。ちょっと重い話でした。

2 Torstai Hki:in                                                                                       <Kimmo>

Suomenlinna(元フィンランドの要塞で今は外せない観光地。フェリーでいける)にてViaporiJazzというフェスティバルがあり、8月2日に午後うちを出てHelsinkiへやってきた。Hさんに正しい事を教わったのだが、ヘルシンキはHkiと最初と最後をくっつけて略せるらしい、、、今までそれでメッセージ貰った事も有ったのに気付いてなかった。ははは、、、さて、気を取り直して,Jazz.今回なんでこんな遠くまで来たかというと、教会と結婚式後のパーティで歌ってくれたポリ近辺出身の女性歌手の人が出るからだった。実はポリジャズにもほぼ同じ組み合わせで出ていた。名前はMiili Forsten(ミーリ・フォルステン)。20代後半でショートカットのプラチナブロンドがとてもはまっている大柄で素晴らしい声の人だ。まだ新人で名前が売れていないようだが、今後きっと大物になると信じている。(ひいきかな!?)彼女も自分の結婚が確か今月だったはず。組むのはフィンランドでも第一人者といわれるベテランのHeikki Sarmant(ヘイッキ・サルマント)と彼の兄、そして国会議員でもあり自らもバンドを率いるReiska Laine(レイスカ・ライネ-皆レイスカ〜と声をかける-)。この議員さんはポリジャズの時期は自転車でその辺をきこきこ走っていてなんとも気楽な感じに見えた。こんなのを最初に見たら、いつかテレビで国会中継を見て彼が出ていたらかなり違和感を感じそうだ。  それからこのプログラムだけでなく、全部で150mkのチケットで計3バンドを鑑賞できた。

一番目は2人組みの若い男性2人で、うまいのだろうが,リズムに乗れないで不完全燃焼だった。二番目は私達が第ファンのJukka Perko(ユッカ・ペルコ)にヴィブラフォンがかなり達者なSeveri Pyysalo(セヴェリ・ピューサロ)、そしてペルコと組む事が多いドラムTeppo Makinen(テッポ・マキネン)とバス担当VilleHuolman(ヴィッレ・フオルマン)の4人組。始まるや否や部屋の入場客たちが身体を揺らし始めた!やはり最初の2人とは違う。身体全体で楽しめる音楽だ!私は彼らを観るのは4回目だが、今夜は今までの中で一番彼らはリラックスしていて随所にいろいろな遊びが見られた。ドラムが見せ場の時途中で一旦ストップしてみんなでニッコリしてからタイミングバッチリでセッション再開したり、ユッカペルコがわざとヴィブラフォンの彼に長めにソロをやらせて顔を真っ赤にしながら目まぐるしくスティックを動かし(ほんとに残像が見えた)それでも応える場面やら、非常に楽しめた。三番目が上述のミーリ達だ。彼女は、私達の式のときはほんとに楽しそうに気楽にやってくれたのだが、今回は公の場なので待ちの時にもかなり緊張していた様子。 今夜は全曲Heikki Sarmantのものをやっていた。それもスタンダードとは違ってなかなか良かった。一つだけ問題が、、ミーリは声も雰囲気も素晴らしいのに、服がいつもなんだかちぐはぐだ。もっとびしっと決まる服を着て歌ったらきっともっと素晴らしいのではないかと思った。こんな事を思うのはとても申し訳ないとも思うのだが。終わってから彼女に挨拶に行って、緊張してたね、と旦那が話し掛けたら今はすっかり楽になったようでそうなのよ、と笑っていた。今後に是非期待したい。

さて、夜も更けてライブが終わったのは既に23:30である。その為途中で席を立つ人もちらほらいた(TVクルーも含め)だが曲の途中に入ったり出たりするのはもうやめてほしいなー。はぁ。ステージの上から見ても誰が何してるか一目瞭然なのに。それはおいておいて、この日は結構寒くセーターに皮ジャケットにストールを持っていったが、帰りはそれ全部羽織らねば寒かった。海の側って直に来る。フェリーに乗ってさあ眠いし帰ろうと思っていたらユッカ・ペルコ軍団も楽器を背負って乗り込んできた。が客席はさすがにライブ後でみんな顔を知っているので避けて出入り口近くのテーブルに陣取り、皆で盛んに熱く議論をしていた。旦那が聞きかじった所、フィンランドがEUに入ったためにどうなったかとか、それから派生して90年代の彼らそれぞれの思い出(大きな仕事を貰った事を挙げていたメンバーも)とか、そこでペルコは「じゃフィンランドがEU加盟した為に商売がまったくだめになった数千人の農家はどうなんだよ」などとも言っていたらしい。フィンランドの農家は今までにも色々打撃を受けてきたが、この加盟が一番こたえたようだ。そしてスーパーにはたくさんの輸入野菜が並んでいる。それ以外には給料が安くて大変らしいとか色々な話をしていた模様。フィンランドもミュージシャンは本業だけではなかなかきびしいという状況を垣間見た(聞いた)気がした。