2001年11月の日記(Pa:iva:kirja)

Pa:iva:sta: pa:iva:a:n..(day by day)

 20 Hullan leiriin   (went to students' camp to introduce our culture in Hulla)

日記やらニュースの更新がどんどん遅れてます。すみません、公私、じゃなくて私事ばかりが忙しくて何も手につきません。。。(今は公が無い私)今日はTukioppilas(学級委員みたいなものというか、13-16歳までの学生で、下の学年の子達を助ける役割の生徒)達100人のキャンプがポリから30分の所で有って,MLLという(マンネルヘイムと看護婦だったお姉さんが子供の為に作った団体)ところの知り合いから頼まれ、「移民に自分たちの文化について教えてもらう」と言うテーマでクラスから4人出ることになった。私は、最初折り紙を教える予定だったのが、ロシア人の女の子が私ができると言うんで譲って、私は日本語でフィン人の名前を紙に書かせ、ピンバッジを作る担当に。ところが当日一人でやるのかと思ったらロシア人の子は「一人じゃ出来ないから手伝ってくれ」というではないですか、、いつも断れない性格が災いしてどっちつかずになったりしてしまうのですが、しょうがないね〜といっしょにやろうとしたら、フィンランド語で全然彼女は説明できない。折って見せるだけです。彼女も喋ろうと思えば結構できるんだけど恥かしくて声が出ないらしい、、、若いねぇ。(ちなみに18歳)なので私はへたくそなフィンランド語で学生達に苦笑されながら懸命に説明。(ちなみにカエルを作った)30人のグループに30分ずつ、3つ連続は疲れた!グループで先生がにらみを聞かせているところはやっぱり生徒も神妙な様子。先生ってほんと大変。おまけにガキども(失礼)は全然聞かないし、、午後、今度は一人で日本語を書かせる番。私が彼らの名前を最初聞いてアルファベットで書いていると、どうも聞いたことが無い新しい名前が多い。またしてもいろいろ間違え、失笑されてつい笑われるのがきらいなもんで、頭に血が上ってしまった。「なにこれ、中国語?日本語?」とべらべら喋っている女の子がいたりしてなんとなく疲れちゃいました。喉も痛くなり、半分のクラスメートはMLLの人が先に迎えに来た車で帰り、私とタイ人の子は残ってバスで揺られ、これで帰れると思いきや、数人の学生がキャンプ地で乗り遅れたらしくまた戻り、と長い1日でした。

<反省点>名前を片仮名で書くだけだし、と思って全然準備をしていかなかった私が悪かったです。ほんとに。タイの子は何を喋るかちゃんと週末考えてきていたし、南米の人もサルサダンスの教え方を考えてきてました。あと最初に説明を受けた時、多分小さな人数のグループだ、と言われていたのを鵜呑みにしたが、何か起こっても大丈夫なように準備をしておくのはほんとに大事ですね。。。仕事じゃないとついて抜きをしてしまう。でも手抜きをすると相手も察知するんですよね、やっぱり。私も聞く側なら、話すほうが楽しんでるかとか、嫌がってるとか結構見ているのに、それを忘れてました。今度から気をつけよう、、、もし次があれば。それから、特に若い子達に向って喋る場合だけではないけど、何か面白い話をしないとやっぱりついてこない。後、タイ人の友達は、たとえ笑われても全然気にしない、と言っていた。「だってだれでも母国語でさえ100%完全な人なんていないじゃん!」だそうだ。確かに!私よりかなり若いのに、しっかりしていてとても感心した。彼女はお父さんを早くに無くして、旦那さんはフィンランド人で離婚後の再婚,2人の子供に養育費を送っているというなかなか24歳の女の子にはハードな状況にして、母親にどうにかして仕送りをしている。皆苦労してるのに、私はほんとに良く忘れるけど甘ちゃんだ、、まあ引き受けた以上はできるだけちゃんとやらないといけないですね。毎回学んでます。

翌々日の木曜日は、今度は幼稚園に20分ぐらいと短いのだが、日本人ってどんなの?というのを子供たちに見てもらいに行く。出来上がった折り紙や、書の小さなかけもの、友人の母が作った押し絵、扇子などを持っていこうかと思っている。小さい子の方がまだやりやすいかな。私の子供も大きくなったら憎たらしくなるんだろうなぁ、、われながら子供の頃は反抗的だったし。

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 26  初日   (the first day for training)

一人で大騒ぎしていますが、始まりました。たった三人だけのオフィスで,メッセの繁忙期も終り、しずかなものです。コーヒーブレイクはフィンランドでは法律で日に二回と決まっているようですが、ここでも朝9時半からと午後2時半から30分ちかくおしゃべりです。で,この際普段からわからんことを聞いてやれと思っておられるのか分かりませんが、日本についての思いつくかぎりの質問をされてタダでさえ覚束ないフィンランド語がもう余計めちゃくちゃになっています。

 22-24  testi   (test)

コース終了を控えて、三日連続でテストがあった。初日は聞き取りテスト,二日目は文法テスト、三日目は読解/作文テスト。どれもそれなりに私には難しかったのだが、日本でやるテープ流してはい終り,ではなく今回は先生が文章をゆっくり読む形式。なので助かった。文保テストが一番怖かったが、前々日習ってパニックになっていた分格(partitiivi)や目的格(objektiivi)を考え出すとこんがらがるので覚えたもの以外はあまり考えないようにした..皆によくあるのが、問題を眺めて最初に浮かんだ答えが正解なのに、何回も見直すうちにやっぱり違うんじゃないかと思い始めて直して×になってしまう事。ああ、いい点数だと良いなぁ。

 9  Haastattelu  (interview for 2 weeks job training)

ここ最近私は気ばかり焦っていたというか、気忙しだった気がする、というのも今月末の週から二週間、学校のコースで定められているTyo:harjoitus paikka (職業訓練の場所)を探さなければならなかったからだ。クラスメートは子供好きの人は保育園(pa:iva:koti)、友達のエクアドル人のおばさんは元イスラエルで数年ホテル勤務だったので、(そこでなぜかフィンランド人と付き合うことが多くついに今の旦那さんと結ばれたらしい)ここのソコスホテルなどに直接出向いてアタックをかけ、見事場所を勝ち取った。そこでは以前もうちの学校からの外国人生徒を受け入れた事があり、いい印象をもっていてくれたそうだ。私は客商売に向いていないというのが以前寿司屋などでバイトした経験から見にしみていたので、お皿を割ったりして肩身の狭い思いをしないですむ普通の会社などが良かった。前やっていたマーケティング、プロモーションがらみで興味があるDTP関係なら尚良かった。でポリジャズのオフィスやら、観光事務所やら、新聞社やら、果ては友達に無理に誰か知らないかとまで聞いてみていた。腰を揚げるのが遅かった為、新聞社は「こんな間近になって取れるか」←もっと丁寧に。と言うお返事。でも返事くれるだけましかもしれない。ほかは音沙汰無しだったので、先生が前言ってくれていた学校に来る?という申し出を真剣に考えていた所、メールに「明日電話して なにがし」といういかにもシンプルなメールが入っていた。差出人を見ると、サタクンタ地方の展示会を取りまとめるメッセ関連の事務所。まさに前やっていた仕事と関連している。あわててそこのWebsiteをもう一回確認して、名前を「名前の日」のリストから見て男性だと分かってから電話すると、女性が出て、「貴方の電話待ってたけど今いないから後でまたかけて」との事。時間を置いて再度かけると本人が直接でて、「○○(フィンランドでは電話に出て名前だけ言うのは普通)。」で「△△ですが、メールいただきました、今お邪魔ではないですか?」『全然。沈黙、、、、、、』私「え〜っと、では、、」『明日こっちに来て』私「朝は学校があるので、午後でもいいですか?」『、、、、じゃあ3時。じゃあ明日』ほんとあっさりしたもんだった。会社などに直接電話してフィンランド語で話したのは実を言うと、恥ずかしながら初めてだったのでこれが普通なのかどうか良くわからないのだが、とりあえず翌日面接に出向いた。

で、久々にこういう機会だったので緊張しました。。。-4度の中、分かり易い筈の住所を歩くが、同じ建物のA番地は見つかるものの、探しているBがない。Aのコンプレックスにあるコーヒーショップのオバサンに聞くと、すぐそこよ、といって連れて行ってくれた。小さいドアがちゃんとあった。。。事務所の名前も書いてあった、、、でも静か。言われた3階に小さいエレベータで上がる。呼び鈴が無いドアだったので、ノックを一応して入る。一番近い部屋は端末の電源は入っているが無人。「Paivaa(こんにちは)」と恐る恐る挨拶してみると奥の方から呼んでいる声がする。ずんずん進んでいくと、一番奥の部屋にテーブルに書類をいっぱい広げた簡素な部屋でおじさんが端末に向ってぱちぱち売っていた。外国人だと分かっているからか、普通道端でいきなり視線があって躊躇するフィンランド人とは違って、握手、挨拶、はい椅子に座って、、と進み、何ヶ月フィンランドにいるの? 10ヶ月です、結婚してるんだったよね、はい、フィンランド人と。この姓ってあの会社の人と親戚?(舅がやってる会社) 、、、ということで私の今の苗字はフィンランドでも珍しい、この地方だけのものなのだが、フィンランド人でもフィンランドの名前と知らずに私の名前を見て、これは日本の名前か、などと聞いてくる人もかなりいる。なので説明が省けてうれしかった。年に4,5回しかメッセが無く、スタッフも常に常駐ではないらしいのだが、いたってのんびりとやっている。これが日本の同じ様な会社なら何かとばたばた印刷屋さんがCD-ROMを届けに来たり、広告を打ったりするのにフォントや割付の場所がどうだの、お客さんからの問合せが何だのとせわしないものだと思う。こんなんでいいんかいな、と正直思った。恐らくヘルシンキで毎月のように行われるメッセを仕切っている事務所ならもっと活気があるんだろう、と信じたい。話が少々ずれたが、でここでやってる事を書いとくね、とおじさんは自らWordで一枚の紙にカタカタとパンフ作り、広告うち、クリスマスカード送付(ドイツ、ハンガリー、スウェーデンなどなど欧州の数国)申込書の管理などをぺらっと作ってくれた。であっさり「じゃあ26日から二週間朝8時から7時間ね」と決めてくれた。こんなんでいいんだろうか。。。特に私に何をやらせたいというわけでも無さそうだ。Websiteから質問事項を10以上用意してきた私はちょっと肩透かし気分だったけどとにかくめでたい。英語のパンフを日本語にしてくれても良いよ、ぐらいだそうだ。まあでも、るんるん(古いって言わないで下さいね)で帰った。

 7 Ka:vimme Liinaharjan vanhainkoti  (Visited old people's nersery home in Liinaharja, Pori) ja pikku juhla

さてさて、書くとなると学校がらみばかりで申し訳ないが、今日は老人ホーム見学。言っては悪いが、最初全然興味を持っていなかったので、着いてからJohtaja(トップの人の一般的呼称)の人がまずコーヒーとケーキを皆に振舞ってくれたのは嬉しいオドロキだった。ここはポリに4個所ある公的老人ホームの一つ。色々と将来の事も考えるととても面白かった。詳しくはポリのローカルインフォページを作りますのでまたお知らせします。(このまんまにしないように使用、、たくさんメモしたし)

学校の後、姑と一緒に旧裁判所の建物へ行った。ここにはポリの市観光事務所もあり、ポリのシンボルクマちゃん像のまん前に立っている建物だ。今日ここでいくつかのギルド関係のマスター授与式があり、一人の家族で使っている宝石屋さん(私の結婚指輪もここで買ったし、結婚式の翌日のお互いへの贈り物もここで。あと舅の会社とも取引があるので)が金細工士の上級者(masteriという風に書いてあったが、徒弟制度はフィンランドでももう無いとかで、ぴったりくる訳がムズカシい)としての資格を取得したので、招待状が送られたらしい。地元新聞にも彼の作品が掲載されていたが、うーん、きれいだけど趣味が違う。舅が都合で昼のパーティにいけないので代わりに私がお供することになった。あまり出来ない経験なのでほいほいついていく。(黒のロングタイトスカートとジャケットに着替えた)Laatihuone(旧裁判所)は中もとても美しい建物だ。劇場と同じ様に天井画も描かれている。そこで長い色とりどりのガウンを着た人たちが招待客たちに挨拶している。最初気付かなかったが、彼らはそれぞれのギルド所属の証明であるガウンを羽織っているそうだ。金細工士(GoldSmith),美・理容師、ベーカリーなど等色んなギルドがあるものだ。前方に一人だけ高齢のガウンの男性が腰掛けていたが、恐らく書くギルドの中でも最長老の人らしかった。部屋には3,40人ほどの関係者。外国人は見て分かる範囲では私だけ。最初に市長がへたくそなスピーチを長々と続け、司会のギルド女性も話が長い、、、冷たい椅子にみな座ってもぞもぞしていたところ、やっとバラの花一本ずつとマスターの認定書が手渡される段になった。最後に例の宝石屋さんがスピーチ。これが一番短くてポイントをついていて良かった。そして皆にシャンパンが振舞われた。さすがフィンランド人、だれもお酒を飲める機会逃さない。トレイのグラス(なみなみと入っている)が無くなったところですかさず司会が「すぐ次が来ますから」とフォローを入れていたのが面白かった。姑の知合いたちに挨拶して私達は帰宅した。ヘルシンキからも数人きていたらしい。ちなみに、ポリにはこの宝石屋さんが認定をとるまで、70年間このマスターの資格を持つ人の席は空席だったらしい。こういう所はやっぱり自分の知合いがいないとどうも居心地が悪い。数年後には私も何人かと気軽に喋れるようになるんだろうか。

 4 Ka:vin Villa Maireassa ja Ahlstromin omistajen aluella  (Visited Alvar Aalto's Villa Mairea and areas owned by Ahlstrom group in Noormarkku)

フィンランドの建築家といえばまず第一に名前が上がるであろうアルバー・アールト(但し私が発音するとえ?と聞き返すフィン人既に数人。そんなにおかしいか〜!ふん)がマイレという友人の娘さんの為に1939年頃設計したヴィラをクラスで訪れた。ここに行きたいと提案したのは私である。夏の間,機会を逃したので、こういう時でもなければガイドさん付きで案内してもらう事などちょっと難しい。ただ、夏しかあいていないというのはよくあるが、それも納得できる。冬に見るのと夏とでは全然違うだろう。ラッキーな事に今日も寒かったけど青空が広がって、暖かくしてノールマルックという人口約6千人の村?に皆で車に分乗して出発。私が理解した所によると、マイレの父親は現在もフィンランドで大企業グループの一つであるAhlstromの創始者の家系でその辺一帯は未だにアールストロムグループの所有となっている。マイレア邸は一族の所有。すぐ近くにアールトの友人でもあり建築家でもあったハッリ・グリクセン氏(元はドイツ系らしい)が子供たちの為に作った素晴らしい邸宅、ハヴォリンナもある。こちらは一般公開はされていない。写真を数枚撮ったので近いうちに公開します。マイレア邸にはフィンランドでは不可欠なサウナ(しかもスモークサウナ)も勿論家のすぐ側に備わっており、その隣にはプールが有った。これは私達がアメリカ西海岸の風景を映画等で見るとき必ずでてくる、ひょうたんのような形やいろんな形をしたプールがあるが、世界ではじめて作られたのはアールトのここのプールだったらしい。それを後年、アメリカで模倣されたとか。これは知らなかった。一階部分しか見せてもらえなかったが、数ヶ月行きたいと思いつづけていたのでとてもいい機会だった。居間には、デンマーク製の面白いデザインの小さめグランドピアノがあった。サイド部分革張り、上蓋はプラスチック?でスケルトンタイプで面白かった。ガイドの方は私が日本人だと分かると、色々話をしてくれた。予想以上の数の日本人が訪れているのは確かだ。ゲストブックにも結構日本人の名前を見つけた。

 3  Pyha:inpa:iva: (All Saints' Day)

日は日本で言うならお盆のようなもので、キリスト教の聖人達を称える日(で合ってるとおもう)ドイツでは昨日の2日だったらしいが。で、人々は手に手にろうそくや寒さで枯れにくい常緑樹のリースを持ち、墓場へ向い短いお祈りをささげて帰る。他の方のところでもろうそくの説明があったが、フィンランドのろうそくは手首ほどの太さのものがプラスチックの15センチ前後の容器に入っており、長い芯に火をつけ、星型やらの通風口が側面に開いている金色の薄い金属の蓋をかぶせ、お墓の側に置くのが普通らしい。お花はこの時期には既に寒くなっているので、あまり飾らない。今年はテレビのニュースでプラスチックのオーナメントタイプのものが増えたという話が出ていた。陶器のエンジェルなどもそこそこ人気らしい。うちは旦那がそういう人工的なものが大嫌いなのであっさり却下。私も日本のトイレやバスに有ったりするプラスチックの造花など嫌いだったのでろうそくだけでいいと思った。夜の墓場はそうしてろうそくの火があちこちにちらつき、とても静かで,寒くて、きれいだった。

 2  Leffaan "Capteeni Correlin Mandoriini" (Film ”Capten Correli's Mandorin” )

日本では既に公開されているらしいが、フィンランドでも「コレリ大尉のマンドリン」が今日公開になった。古典的戦争ラブロマンスだったが、ニコラスケイジがすきなのと、最近人気上昇中のスペインの女優ペネロペ・クルスも気になったので旦那が突然思い立って映画行こうと言ったときも二つ返事でいく!と言った。後半特に泣かせどころが多かったが、ギリシャの島の非常に美しい海辺の村の風景など、それだけでも目の保養になった。実際にはああいう占領下での軍人と村の娘という恋愛があのような形で終わる事はかなり少ないだろうが、、、ギリシャの世界大戦時の関わり方に着いて実は殆ど無知だったので、どこまで歴史に忠実かは?だが、少しだけ勉強になった。ニック、イタリア訛り英語は練習したんだろうか。マンドリンは特訓したらしいが。。。 ちなみにこの今日の日記のタイトル、”Leffa”というのはスラングの映画のこと。Elokuvaと言う事も勿論あるが、たーくさん同意語があるのである。勉強してもしても足りない。。。しかも忘れる。

 1  Teatterin ilta. "Juokse rempesi edesta:"(Theatre play ”Run for your wife” )

つ今晩は学校が半額払ってくれて希望者達は夜の観劇と相成った。タイトルは「妻の為に走れ!」という元はロンドンで上演されているもの。バカ笑いできる分かり易いストーリーだった。筋は,一人のタクシー運転手は実は二重生活をしている。二人の妻と二つの家を住み分けているのだ。これまでは全てうまくいっていたがある事件をきっかけにすべてごちゃごちゃになり彼はその辻褄合せに奔走する,、というもの。やっぱり、というかイギリス物だけあって下ネタジョーク満載でお世辞にも上品とはいえないが,その方が誰にでも分かり易いのは確かだ。ただ小さい子も着ていて、中年女優さんがボディ一枚でおっぱいを半分はみだして揺らせながらどたばた走り回るところはあんまりいい見世物ではなかったのではないかと,...私の子供時代だったら気持ち悪いと思いそうだ。それともお母さんみたい、と思うんだろうか?でもゲラゲラ笑える事は間違いない。学生チケット60mkのところを30mkで済んだので尚更だ。幕間の休憩には前もってザッハトルテとお茶を予約しておいた。ケーキ美味しかった!ただ、こういう所は客に知っている人が多い方がより楽しい。休憩時間、開始前,終了後に挨拶やおしゃべりをするのも楽しみの一つだと思う。3月にプレミアに来る機会があって、その時は私は殆どポリで誰も知らなかった。旦那も仕事は違う街なのでご同様、まわりにあれはだれそれの息子とその外国人の妻だ、と気付いた人は数十人いたらしいのだが、誰も話し掛けては来ない.後日姑たちは「あれ、息子さん夫婦なのよね?」と色んな人から聞かれたらしい。やっぱりフィンランド人はある意味シャイなのである。 でもパラドックスでは有るが、ここでもかなり携帯の普及した社会であり、携帯電話がかかると、無口といわれている筈のフィランド人は喋る喋る!相手が50メートル先にいて姿が見えようが、「あ!あそこにいるのね、みえるわ〜」といいながら喋りつづける。電話は人格も変えるんだろうか。