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フィンランド こぼれ話 第 3 回
-2002/04/18-
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今回は コーヒー文化について(またしても長文の為要約)。フィンランドだけ
についてでは有りませんが面白いと思いました。
「コーヒー(kahvi)」
皆さんの中にも朝はコーヒーからという方も多いでしょう。ここフィンランド
でも職場、年中行事、お祝い等多くの場面でコーヒーが登場します。
データでは、フィンランド人は1人あたり年間9.7kg、言い換えると137リット
ル(690杯弱)を消費するとか。よく聞く理由は「気候が寒いから」。
コーヒーは今では普通に飲めますが、同時に数年前からとてもお洒落なものと
して、もてはやされています。トレンドを意識する人の間では、macchiatto,
cappuccino, latte, cre’meの違いは説明できて当然、1,000ユーロもするエ
スプレッソマシンが結構売れるとか。
フィンランドへの輸入は、南米産アラビカ豆を挽いたものが94%(注1)。
「革命的飲み物」
欧州にコーヒーが入ったのは1600年代。定期的な輸入はまずオランダと英国
が始め、欧州初のカフェは1650年オックスフォード(注2)。清教徒達はアル
コール無しだなんて素晴らしい、と思ったようですが、英国のカール2世は
コーヒー文化を憂慮し然るべき立場の男達が仕事を忘れ時間を浪費する、と禁
止。今度はロンドン社交界女性達に広まりました。カール二世がこれを禁止し
たのは「反社会的雰囲気の増大」が理由だったようです。
「カフェ」には今まで見られなかった風景、つまり紳士的ブルジョワ達が陣取
り、これまでワインやビールを飲みながらの時と違い、会話がより明確に、目
的がはっきりしたものに−つまりより危険に−変わっていったのです。
フランス、太陽王ルイ14世はコーヒーを飲まず、トルコのスルタンが送りこん
だスレイマンが、女性達をコーヒーと東洋的魅力でとりこにしたのを苦々しく
思ったほど。
パリの社交界の花達は、スレイマンの招待に列を作り、屋敷で卵の殻のように
薄い陶器のカップに注がれる強い液体の香りと薔薇の花びらを浮かべた風呂と
を楽しんだようです。
1686年パリ初のカフェProcopeができ、後にモンテスキューやヴォルテール、
ルソーが何時間も流行最先端の飲み物を手に活発な議論を交わしたとか。た
だ、フランス革命には、1789年7月12日にCafe de Foyから踏み出したCamille
Desmoulinsが「武器を取れ!」と叫ぶに至るのは100年近く後の事ですが。
仏ではワイン業者達がコーヒー人気と無駄な競争を続け、そしてプロシアのフ
レデリク大王は「あんなもの飲めるか!」と国民に以前同様ビールを飲むよう
強要。本当はご多分に漏れず(スウェーデンの支配者同様)、外国から入る
コーヒーというものを放置する事による貨幣経済の混乱を恐れていたようで
す。そしてスウェーデンのクスター三世は、コーヒーは毒だ、習慣的に飲用す
ると死ぬ、と説明しましたが飲む人はこっそり飲んでいました。王国の東の果
て、当時統治下のフィンランドでは無慈悲なほど高額なコーヒー税がかけられ
ました。そんな中1700年代末にフィンランドへ旅してきたイタリア人は、牧師
館にてどれだけたくさんのコーヒーを振舞ってもらったかを記録しています。
時は経ち、1946年2月大戦後初めてトゥルク(Turku)港にコーヒー船が着いた時
は何千人もが警察のブロックをくぐり抜けて群がったといいます。
「資本主義のオイル」
ヨーロッパはコーヒーが上陸した頃かなり粗野な場所でした。水は価値が無
く、人々は温かい飲み物など知らず、朝食はビールを鍋で温め、その中に卵を
割りいれ、バターと塩とで味付けし、冷たいビールでパンを胃に流し込んだ、
という記録があるほどです。
そして1700年代、普通の北欧人たちはほとんどアルコール中毒でした。日に何
リットルもビールを飲み、もっと強い酒も飲み、朝から晩までほろ酔い気分で
仕事をするといった風でした。そこにコーヒーが来て、酔っ払っていた頭を
しゃきっとさせた訳です。ヨーロッパにはコーヒーはすぐに広まり、そして定
着しました。頭脳を明晰にし、力を湧かせるコーヒーは、産業と資本主義に
とって素晴らしい同盟相手となりました。なぜ現代でも職場にお手軽なコー
ヒーサービスが有るか、これで皆さんにもお分かりでしょう。
「奴隷制度と共に」
コーヒーがビジネスとして成長したのはある程度安価に豆を入手できるように
なってからです。価格は丁度植民地主義と奴隷貿易の頃から下がり始めまし
た。
もともと野生のコーヒーはアフリカにしか生育していませんでした(世界初の
コーヒーはエチオピアでとの記録あり)ヨーロッパ人たちはそれを南米へ持ち
込みました。西アフリカから南米へのこのコーヒーを運ぶたびで多くの人が死
にましたが、コーヒーはアメリカ大陸の南でプランテーション制度のもと根を
はり、中でもブラジルは今でも世界一の生産量を誇っているのはそういう歴史
的背景があるからともいえます。
*参考データ* 同記事より
<注1>「2000年度 コーヒー産出国」57カ国で生産されており、1位から以下
のとおりここにきてアジアの進出が目立ちます。
1位 ブラジル
2位 ベトナム (1990年代には順位はかなり下)
3位 コロンビア
4位 インドネシア
5位 メキシコ
6位 象牙海岸
7位 インド
<注2>1500年代から最初に各都市にできたカフェのデータ
メッカ1500年、カイロ1500年、コンスタンティノープル1555年、オックス
フォード1650年、ロンドン1652年、ハーグ1664年、アムステルダム1665年(推
定)、マルセイユ1671年、ハンブルグ1679年、ウィーン1683年、パリ1686年、
ボストン1689年、ニューヨーク1696年、ベルリン1721年、トゥルク(フィンラ
ンド)1773年。
<注3> 年間コーヒー消費量ランキング (北欧諸国は僅差でした.数字は棒グ
ラフで凡その所です)
1位 フィンランド 9.7kg
2位 ノルウェー 9.5kg
3位 デンマーク 9.1kg
4位 スウェーデン 8.5kg
5位 オランダ 7.9kg
6位 オーストリア 7.8kg
7位 ドイツ 7.2kg
8位 スイス 7kg
9位 ベルギー 6.1kg
10位 フランス 5.5kg
11位 イタリア 5.1kg
12位 スペイン 4.8kg
13位 ギリシャ 4.2kg
14位 アメリカ 4kg
15位 日本 3kg
(Helsingin Sanomat 2002 3/30 特集ページD4〜D5)
++++++++++編集後記++++++++++++
いかがでしたでしょうか。前回「フィンランドのコーヒー文化」とお知らせ
しましたが実際は欧州一般的なお話になってしまいました、どうかご容赦くだ
さい。さて、私も朝食にはフィンランドのチーズと野菜たっぷりのオープンサ
ンドにコーヒーをつい飲んでしまいます。それにしてもこれだけコーヒーを飲
むのに、フィンランド人にはまだ「スターバックスって何?」という人もいて
驚きます。(まだ国内に無いので)また、一人当りの消費量9キロといっても子
供や紅茶党の人は入りません、それだけ1日にたくさん飲む人が居るという事
でしょう。
それから、フィンランドでは職場において法律で日に2回の「コーヒー」ブレ
イクが定められています。そこで人は1杯、2杯とカップを重ねるわけです。昨
年、職場研修に行った先では、1回の休憩で最低30分以上コーヒー片手にお
しゃべりをしていました。つまり、無職になると途端にコーヒーを飲まなく
なったり,,,ですから「最近コーヒー飲んでないなぁ、、」とつぶやく人には
ちょっと気をつけてあげねばなりません。(これで気まずい経験をした事があ
ります)
次回はまだ内容は決めていませんが、ビジネス関連の短めの記事を2つ程、配
信は4月24日頃の予定です。
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